東方理想郷~east of utopia~ 作:ホイル焼き@鮭
約1年ぶりの投稿となってしまいました。
いくら不定期とはいえ、これは酷いですね。
少し煮詰まってしまったということもあり、意欲が湧かなかったのが原因でした。
今後もこういうことがあるかもしれないのですが、よろしければ今後も本作品をよろしくお願いします。
「ふむ。何か必要なものはあるか、リン?」
腰に据えた鞘から銀色に煌めく大太刀を抜きながら、妖忌はそう言った。
場所は移り、鬱蒼とした木々に囲まれた少し薄暗い広場に、俺と妖忌は立っている。
なぜ戦うことになっているのか、未だに納得のいっていないながらも、俺はとにかく霊力刀を生成する。
「なるほどな。得物が要らぬならよい。さて、存分に死合うとしよう」
「ええと。その前に、意図だけ聞いてもいいですか?戦いの中でしか見えないものがある、とはどう言った……?」
俺がそう制すと、妖忌は露骨にガッカリした顔で、ふぅと溜息をもらす。
「分からん奴だのう。言葉に出来ぬからそう言ったというのに」
「いやまぁ。それはそうでしょうけど。それにしたって、戦うには理由が必要なものでして」
「ふっ……理由の。お主はどうやら、根っからのお人好しらしい」
ニヤリと凄惨な笑みを浮かべると、妖忌の姿がブレ、目の前から消える。ん――――どこに………?
「理由など――――――殺らなきゃ殺られる、と言うだけで充分じゃのにのう」
「――――――ッ!!」
跳べッ!
咄嗟に、俺は霊力で強化した足でバックステップする。
刹那、俺がいた部分の土が抉られる。
破壊は空気までも切り裂いたのか、ふわりと一陣の風が頬を撫でる。
止める気は無かった。少しでもステップが遅れていたら、妖忌は俺を殺していた……!
「ふむ、反応は上々。勘は中々良いようだの」
「……本気で斬りました――――ねっ!?」
俺が言い終わるよりも先に、妖忌は剣を銀色に閃かせて剣閃を生み出す。俺は真横に跳んで、閃から逃れる。
「随分と余裕よのう。死ぬかもしれんというのに、無駄口を叩きよるなどとな」
問答無用、か。
仕方ない、気は進まないけど……。出来るだけ手加減して、無力化するしかないな。
何を見せてくれるのか知らないけど……必要とあらば是非もない。
「―――――ッ!!」
踏み込み。そして袈裟斬り。
なんてことは無いその所作は、妖忌が振るうことで必殺の一撃となった。
見切るのがやっとのその一撃を、刹那の間で判断し、体をどうにか半身にそらす。
逸らしきれなかった制服の端が、スパリと切り捨てられる。
しかし、これはチャンスだ。
霊刀をバットのように横薙ぎに振るい、刀を振り下ろした妖忌の隙を狙う。
ガキンッッ!
いつの間にか妖忌の左側へと移動していた刀に、俺の一撃は防がれる。まさかと思いながらも、それを可能にさせた膂力と技量に、心底驚嘆する。
しかし俺の持っているのはただの刀じゃない。霊力で出来たエネルギーの刀だ。
つまり――――
「……むんっ!?」
硬化させた刀身を一度分解。そして再構築。
妖忌の刀は、受ける俺の刀を失って勢いを余らせ、ブン、と空を斬る。
そして俺の再構築した刀が、俺の腕に追随して妖忌のがら空きの左脇へ。
完全に捉えた。霊刀は言ってしまえばただの棒だ。殺すまでは至らないだろう。
と、安堵していると――――――――
「うぐッ!?」
刹那。
右側頭部に衝撃を感じながら、俺は左側へと吹き飛ばされていた。
なんだ?何が起きた……!?
そんな、一瞬の思考の硬直。それが仇となった。
凄まじい轟音と共に、妖忌は空中の俺の目の前にいた。そして、振り下ろされる銀刀。
咄嗟に霊力を張り巡らせ、空中で体勢を整えようとするが―――――――間に合わない。
「づ――――っあああっ!」
取り残された左手首の重さが消える。
吸血鬼化を施し、ありったけの魔力を流す。
左腕を垂らしながら空中で浮かんだままの俺を、妖忌は満足そうに見上げている。
「素晴らしい。
―――――――足だ。
確かに俺は、上半身の体勢は崩した。
しかし、下半身は違う。
妖忌はハードルを乗り越えるように腰を宙に上げ、腰を中心に弧を描くように足を回転させ、俺を吹き飛ばした。
そして着地後まもなく、吹き飛ぶ俺と同等以上の速度を出し、万全な体勢で俺を切り裂いてみせたのだ。
それを可能とするほどの速度―――そして動体視力。文と同等―――いや、瞬発力ではそれ以上!
「気を緩めたな。相手への研ぎ澄まされた殺意なくして、刀は通らぬ。
「一戦一殺。一度相見えればどちらかが死ぬ。それが果たし合いの常道よ。
「お主が殺らぬならば―――――儂がお主を殺るまで」
左手に熱を感じる。先刻切り落とされた左手の残骸がスゥ、と消えると共に、先程まで消失していた左手が現れ、汗が滲み出す。
妖忌から放たれているのは、純然たる殺意だ。加減をして勝てる相手ではないと、滲み出る殺意が証明している。
………やるしかない。
「『屹立すること林の如く』」
身体の硬度を強化。動きの柔軟さは損なわず、ただ硬度のみが強化される。
「『速きこと風の如く』」
バサリと広がる黒翼と共に、最高スピードが格段に強化される。
「『侵略すること火の如く』」
腕力が向上する。
さて……間違いなく対応力は上がった。上げすぎたギアを考えると、後のことが偲ばれるけど……。死ぬよりはマシだ。
「ふむ。少しはやる気になったようだ。……しかし、それでも殺の色は出さぬか。それもまたよし。
「ソレを突き通せるか―――――儂が見極めることとしよう」
すぅ、と妖忌の姿が消える。先程までの高速移動による消失とは様相が異なる。
つまり――――霊力の分散を用いた、存在感の消失による力だ。
先程まで濃密に感じられた殺気も既になく、霊力すら感じ取れない。
いや――――正確には感じ取れはする。しかし、ありとあらゆる所に散らされていて、形を感じ取れないのだ。
霊力は全身を流れるエネルギーであり、心臓から四肢に向けて循環しているヒトの生命源だ。よってどうしても心臓には霊力が集中していて、簡単に隠すことは出来ない。
もちろん多少の隠蔽は出来る。自己を流れる霊力(オドと呼ばれる)を、外部に散在する霊力(マナと呼ぶ)に性質を寄せればいい。多少の練習を積めば誰にでも出来る。また霊力流を生命活動に必要な最低限度に抑えることで、多少の実力を隠すことも出来る。
しかしそれでもどこかに偏りが生まれる。ソレを見抜くのは実力のある者なら可能だ。
だが、これは違う。均等でもなければ、どこかに偏り、空白が生まれることもない。あまりに巧妙すぎて、視界で捉えているはずなのに『見えない』――――上手く形容は出来ないが、そういった感覚だ。
ただ、無い訳では無い……どう見えなくとも、そこには確かに存在している。
なら――――俺はそれを変えられるはずだ。
「事象を理想的にする程度の能力――――――妖忌の霊力を正常な流れに」
能力で、少なからず変化があるはずの妖忌の霊力流を元に戻す。
しかし、霊力流は変わらない。相変わらずの希薄さで、周囲を無造作に散らばっている。
周囲を見渡す。
前、後ろ、右、左。どこにも居ない。
なら上―――――――――ッ!!
ギィンッッ!!
甲高い音を立てながら、妖忌の刀は俺の左腕を滑っていく。
上方からの刀を垂直にした一撃を、俺は半身に身体を捻りながら左手で刀を滑らせるように掲げ、受け止めたのだ。
今の俺の硬度は、天人並み―――ナイフも楼観剣の一撃も通さなかったあの天子ちゃん程に高められている。それくらいの芸当をこなすことに、わけはない硬度だ。
当然、刀は左に逸れ、斜めに力が掛かることになる―――――そして、右手はフリーだ。
空中の自由の効きづらい妖忌なぞ、振りかぶれば一撃だろう。鬼の力に天狗の速度、天人の硬度が合わされば、確実に即死。
――――――だが、それでいいはずがない。
右手を指鉄砲の形に変え、指先から小さな霊力球を生成、そして極大化。
俺が素直にその量の霊力球を生成するより、能力で極大化させた方が幾分か速い。
その間、わずかにコンマ1秒――――天狗の思考速度なら十分に感じ取れる時間だ。
霊力球に吹き飛ばされる、妖忌の表情もハッキリと見える。妖忌の顔は、笑っていた。
ゾクリとした。俺の能力は事象をまるきり変換する――――つまり元からそうであったように改革される。同座標に2つの物質が存在することは出来ないため、「妖忌がその場にいる」という事象は弾かれ「霊力球が妖忌にヒットした」という事象が成立する。世界の持つ『強制力』による修正だ。
よって通常の弾幕の数倍のエネルギーをその身に受けているわけで―――――命には関わらずとも、その衝撃は十分に体内を掻き乱しているはずだ。
意識があるだけでも奇跡――――鍛えていない一般人なら死んでもおかしくない。その衝撃を受けてなお、笑っていられるその気質。根本からのバトルマニアだ。
鬱蒼と生い茂る枝葉をバキバキとへし折りながら、妖忌は真後ろへと吹き飛んでいく。
十数メートルは吹き飛んだだろうか。辺りに撒き散る噴煙が、その破壊力を証明していた。
殺してはいないはずだ。いかなエネルギーでも、弾幕は弾幕。
衝撃こそあれ、外傷には至らない。内部はズタズタだろうが、命に関わる程ではない。
しかし抵抗を許すほどかと言えばノーのはず。
その予想に反して、妖忌は往年のジャッキーチェンの如く仰向けの状態から跳ね上がり、上体を起こす。
うわぁホントに人間かよとげんなりしつつも、妖忌はこれ以上争う気はなくなったようで、呵々と屈託のない笑い声を上げる。
「なるほどのう……お主は真にソレを貫き通す『力』があるようだの」
「……ふぅ。終わりですか、講義は?」
「かか。そうだの、お主のことは大抵わかった。そして、お主も儂の伝えたいことがわかったんじゃないかの?」
……無理言うなぁ。
とは思ったものの、何となく察せることはあった。
妖忌は最後の最後まで、俺の命をとることに躊躇はなかった。俺を殺す理由など何も無いはずなのに、その刀はまっすぐに俺を殺すために使われた。
刀を使う際に、心でセーブをかけてはならない―――そのブレーキがある限り、今以上の力は出せないということだ。
そう妖忌に伝えると、うむ、と言葉を返してくれた。
「そうじゃの。幽々子の言う、活人剣と殺人剣。それも儂と妖夢の違いじゃが、最も違うのはそこじゃ。儂は刀を振るう時に躊躇はせん。相手を殺せんとしてもな。あの子は常に、その躊躇がある。それを外すには、なぜ剣を振るうのかという『理由』が最も肝要よな」
妖忌はそうまとめると、さて、と一区切りをする。生傷だらけの体をひと伸びすると、人体からはおよそならない様な奇っ怪な音が響いた。
「終わりじゃの。まぁ、さっさと帰るがいい、小僧」
「って、すごいあっさりしてますね……。その体、治しましょうか?」
「要らん。よう分からんもんに頼るほど、儂はお人好しじゃないわい」
…まぁ、確かに。言われてみればそうだ。
じゃあ、と言って、懐から転符を取り出すと、妖忌は最後にと言って話し始める。
「忠告じゃがの。お主は強いが……心の中はぐちゃぐちゃじゃ。あまりにも強大すぎる力が、お主を歪なまま強くしとる。それは分かっているな?」
「……はい。それはもう」
「その歪み――――――放っておけば、いつかお主を喰らうぞ。その時その力は、お主を蝕む巨大な病原となろう」
「――――――――――――それももう」
よーく知っていますよ。
そんな俺の答えを聞いて、妖忌はそうかと、初めて仏頂面を俺に見せた。
最大限の哀れみが、その目には宿っていた。
Place.Hakugyokurou
白玉楼に戻ってきた時、時刻は既に12時を回ろうとしていた。お昼時である。
コトコト、トントンと、なんとも楽しげな音が居間には響いていた。俺はゆゆちゃんと居間で大人しく料理が出来るのを待っていた。
手伝いを申し出てはみたが、やんわりと断られてしまったのだ。
お言葉に甘えて、俺も休息を取っているというわけである。まぁ、ついさっきまで殺し合いをしていた身としてはそれくらいしてもいいだろう。
「それにしても、いいお天気ねぇ……」
ゆゆちゃんがなんとなしにそう漏らす。特に返事も求めてない様子だ。
確かに、空は雲ひとつない快晴である。外はかなり寒いだろうが、思わず外に出かけてしまうくらいには良い天気だと思う。
「こういい天気だと、少し外に出かけたくなるわね」
「あは。全く同じこと思ってたよ」
「ふふ。そうよねぇ……せっかくの天気ですもの」
「それなら、少しお散歩でもいかがですか?」
そう言いながら、妖夢が亡霊たちと共に複数の料理が乗った皿を運んできた。
その様子は思ったよりもいつも通りだったが、少し目に疲れが見える気もする。
まぁこういった感覚は見るものの先入観が入るので、そうでもないのかもしれないが。
「あら、いいわねぇ。白玉楼も広いから、たまにはお家巡りもしてみたかったのよねぇ」
「あは。お家巡りってそういう意味じゃないと思うけどなぁ」
「あら、いやなの?」
「俺?んーん、全然やじゃないけど」
「じゃあいいじゃない。どうせ行き当たりばったりで、予定なんか決めてないんでしょ?」
「あは。バレてた?ふふ、いーよ、全然」
「話はまとまりましたか?では、皆さんお手を合わせて」
「「「いただきます!」」」
昼のメインメニューは肉じゃがだった。じゃがいもに箸を通すとほろりと柔らかく、中までしっかりと火が通っているのがよくわかった。口に運んでみると、醤油のコクとみりんの甘みが上品で、これこそ日本の味といった感じだ。
「うん。美味しい」
「ありがとうございます。外の人には、少し薄いかもと思ってたんです」
「あは。俺もこっち来て長いし、そこまで味濃くなくても全然平気だよ」
「そうですか。よかったです」ニッコリ
確かに、始めてこちらに来た時は味薄いなぁと思ったもんだ。最近の日本人は塩分とうま味を求める味覚になりがちだからなぁ。それだけ西洋の濃い味付けに舌が馴染んできているということだろうけど。
とかなんだの思いつつ、付け合せのお新香を口に運ぶ。ポリポリした独特の食感が小気味よく、野菜の新鮮さが感じられる。
味噌汁をズズっとすすると、味噌と具の野菜から出る素朴な旨みが舌に伝わり、これもまた美味だった。さすが魂魄だと思う。
うむ、久しぶりの食レポである。初めの頃に比べれば、随分と上手くなったんじゃない?
あは!誰に聞いてんだってね。
食卓に会話はなかった。魂魄はそこまで多弁な方ではないし、ゆゆちゃんはドカ食いに夢中であるからだ。俺も食事中は無理には喋らないので、納得の無言である。
……まぁ、朝の一件で少し喋りにくいというのはあるのだけど。
「さっきの話だけどさ。白玉楼ってそんなに広いの?」
食事の大部分を食べ終わったところで、俺はそう発言する。確かに白玉楼全体を見ることは無かったので、少し気になったのだ。
「えーと………どれくらいでしたっけ?」
魂魄がそうゆゆちゃんに問いかける。
ゆゆちゃんはその小さな頬いっぱいに料理を詰めながら、うーんと唸った。
「にはくふふんはとほもうわ〜」モグモグ
「飲み込んでから喋ろうやゆゆちゃん」
「あ、そうです。縦幅は二百由旬ですね」
「にひゃくゆじゅん……つまり何キロなのさ」
「えーっと。キロメートルはちょっとわかんないですけど……まぁ1000キロメートルくらいですかね」
「ふぅん1000キロ………って1000キロ!?」
箸を思わず落とす。広スギィ!
おっと、驚きのあまりホモが出現してしまった……。これは良くない。
それにしても1000キロは広い。そんなにいらないだろ。
「大丈夫ですか?換えのお箸、いります?」
「いや大丈夫。そっか……1000キロか」
「そうですね。多分」
「そりゃまた、とんでもなく広いね。住みづらくない?」
「まぁ。使うのは客間と調理場と寝室くらいなので、そんなに」
「ふぅん……誰が建てたんだろうね、そんな建物」
「大工さんじゃないですかね」
「いやまぁ。そりゃそうだろうけどそうじゃない」
「そうなんですか?」
「そう。そうなんです」
「そうなんですねー」
そこまで会話のキャッチボールをしてから、ぷっ、と吹き出す。何だ、この会話?
魂魄もつられて、ふふふと笑い出す。屈託のない笑顔に、思わず頬が緩むほどだ。
それを見たゆゆちゃんが、口をもごもごさせながらも、嬉しそうに微笑む。
魂魄はそれに気づくと、少し照れくさそうにはにかんだ。
―――――うん。いい形だ、ここも。
俺が居なくても、この形は続く。その事が少し悲しいような気もしたが、とても素敵なことのようにも思えた。
お昼を十分に堪能してから、俺達三人は庭に出てみることにした。散歩と言えど歩いていては日が暮れそうなので、空中散歩である。
居間に直接繋がっている中庭は、それだけで大学の敷地が丸ごと入りそうなくらいには大きい。確かにこの広大な中庭を見れば、二百由旬とやらも信頼できるような気もする。
中庭にこれでもかとぎっしりと植えられている桜の木は、もう葉を全て落とし、その肌を雪に濡らしていた。
「うん。寒いわねぇ」
「幽々子様。粗茶ですが」
そう言って魂魄は、懐の魔法瓶からお茶をコップに注ぎ、ゆゆちゃんに手渡す。
「あら、ありがとう、妖夢」
「凜さんも飲みますか?」
「ん、いいの?じゃあ、お願いしようかな」
「はい。どうぞ」
魂魄は手際よく手持ちの包みからマグカップを取り出し、コポコポと注いで俺に手渡してくれる。
薄青の可愛らしい外観で、持ち主のセンスの良さを感じるマグカップだった。魂魄のだろうか。
内側の白と、緑茶の鮮やかな緑がよいコントラストで、いかにも美味しそうだった。ズズ、と啜ると、茶葉の芳醇な香りが鼻に抜けていった。美味い。やっぱり緑茶いいね。
「美味しいわ〜」
「うん。美味しい。身体が暖まるねぇ」
「ありがとうございます」
魂魄はそう言って微笑んで、魔法瓶を包みにしまってしまう。そう言って、はーっと口に手をやり暖める仕草をする。
当の本人は飲まないのだろうか。寒そうだけど。
「魂魄は飲まないの?」
「あ、いえ。…実は不手際で、1つしかカップを持ってきてなくて」
「あら。そうなの」
「えー、なのに俺にお茶を注いでくれたの?なんか悪いよ」
「いえ。平気なので」
「平気なことないでしょ?ほら、飲みな?」
俺はそう言って、手にしたマグカップを魂魄に向けて差し出す。
最初は遠慮していたが、俺の引かぬ姿勢に観念したのか、その手をマグカップに伸ばし、受け取る。
しかし受け取りはしたものの、ソレに口をなかなかつけようとしなかった。
「どうしたの、妖夢?飲まないの?」
「うん。遠慮してるなら、ほんと遠慮とかいらないからね?」
「あっ、……いえ、そういうわけでは…」
「うん?じゃあなんで?」
「えっと……い、いえ!大丈夫です。いただきます!」
自分の中の何かを誤魔化すように首を振ると、魂魄はググッと緑茶を呷る。
え、そんなにしたら………。
「あっつっ!」シュン
思った通り、熱さに驚いてえずいてしまう。そりゃそうだ。
「大丈夫?魂魄。そんなに一気に飲んじゃ危ないよ?」
「あいじょうぶです……」
「いや大丈夫やないやーん。ってのはさておき、まぁゆっくり飲むんやで」ニッコリ
「気をつけます……」サンガツ
そんな一悶着もありつつ、とりあえずゆっくりと空中散歩を再開することに。
何故か魂魄がチラチラとこちらを見ているのを感じたが、目を合わせると慌てた調子で目を逸らすので、まぁいいかと思った。
それを見たゆゆちゃんが「やれやれ」とでも肩を竦めるのが気にかかったが、まぁそれも含めていいかと思った。
………何となく察しがつかなくもなかったが、そこは断固気づかないことにした。
そろそろ、自意識過剰もほどほどにしたいのでね。
どこまでも広がるかのようだった中庭の端に着くと、渡り廊下らしき廊下が中庭の区切りとなっていた。
そこから先は裏庭らしい。裏庭といいつつも、スケールがバカでかいのでこれもまた広大だった。
こちらに生えているのは常緑樹なのだろうか。こちらの木々は青々とした葉をその枝につけ、白銀の世界で唯一と言ってもいい鮮やかな色彩を誇っていた。
また複数池もあるようだった。表面は既に凍っていて、生き物の気配はなかった。
そしてなんと言ってもその中央。他の木々とは一線を画すほどに巨大で、孤独にその姿を雪に晒す桜の木があった。
俺達はその木の麓に降り、その巨大な桜の木を見上げる。
「あらあら。随分と冷たくなって。最近来てあげなかったから、拗ねてるのかしらね?」
ゆゆちゃんはその木―――――――西行妖にその白く細長い指をぴとりと当てながらそう微笑む。
西行妖―――――『東方妖々夢』において、異変の原因となった桜の木。
俺はかつて、紫にこの木に封印されているものについて聞いたことがある。
「死体よ」
「………死体?」
「ええ、死体。あの木が満開にならないのは、その死体が西行妖を封印しているから」
「その死体って、誰の」
「……さぁね。もう1000年も前のことだから、忘れちゃったわ」
……1000年。1000キロも長いが、同じくらいには長いことだろう、きっと。忘れても仕方ないことである。
それはきっと。
今目の前で微笑む、
「西行妖はね。人を死に誘うんですって」
ゆゆちゃんは手をかざしたまま、そんなことを言い出す。
「………幽々子様?」
「凜が今日、妖忌の爺様の話をしたじゃない?だから、爺様から聞いた話をしようかなと思ってね」
「はぁ……」
ゆゆちゃんの様子はいつもと同じだった。あっけらかんとした、雲のように掴みどころのないいつも通りの西行寺幽々子がそこにはいた。
しかしどうしてか。
少し哀れんでいるように見えた。
それは西行妖をか。
それとも、未だそこに眠る『彼女』のことをか。
それは分からなかったけど―――――今は、ゆゆちゃんの好きにさせてあげようと思った。
「いいよ。続けて」
俺がそう言うと、ゆゆちゃんが少しこちらを見てニコリと微笑む。
そしてゆっくりと、噛み締めるように話し始める。
「とても良いお家に生まれて。なんでも出来るような人がいたそうよ。
「武芸も出来たのだけど、一番上手だったのは歌でね。歌の聖、なんて言われてたそう。
「偉い人にも好かれて、いっぱいのお弟子さんも取って。皆から慕われていたそうな―――――――」
そこまで話して、ゆゆちゃんはニッコリと再度微笑む。
「いいわよねぇ。なんでも出来て人望もあるなんて。そう思わない?」
「あは。そうだねぇ、随分いい人生を歩めそうだ」
「ふふ。あなただってそうじゃない。なんでも出来て人望もある。まるであなたみたいだと思わない?」
そう問われて、思わず苦笑いがこぼれる。
なんでも出来るってのは、まぁさておいて―――――人望もある、か。
薄氷の上に立つほど危うい人望だと分かっている身としては、少し素直には受け取れなかった。
「あはは―――そんなこたないよ。パルスィちゃんとか、俺の事嫌いな人もいるしさ」
「そうですか?私も、凜さんみたいだなと思いましたよ」
「ね〜。妖夢、ね〜」
「はい。ね〜、です」
「もう、二人してからかわないでよ。ほら、脱線してるよー」
「ホントなのに。素直じゃないわね、凜も」
「その人も、随分と歳をとって。70も近い、当時からしたら随分なお年でね。
「彼は言ったわ――――――死ぬ時は、満開の桜の下で死にたいと。歌にもなっているそうよ。聞いたことあるかしら?
「願わくは 花の下にて 春死なむ
そのきさらぎの 望月のころ―――――――
「その望み通り、彼はその命を桜の木の下で迎えたわ。寿命だったらしいけれど、ちゃんと満開の桜の下で死ねたらしいわ。きっと、満足だったことでしょうね。
「その後を追うように、彼を慕っていた数多くの人も、その桜の下で命を絶った。中には、そこで自ら命を絶った人もいたそう。
「その桜は、埋められた数多くの死体の生気を吸って、ついに力を持った。『その桜に近づくと死ぬ』―――そんな噂が立ったことも、その原因となった。
「認識は力。多くの者に認知されれば、それは実際の力を持ってしまう。
「それが妖怪桜『西行妖』。かつてのこの木」
そこまで話してから、ふぅと息を吐くゆゆちゃん。
「どうかしら?凜はこの話、どう思う?」
そんな風に話を振られたので、少し考えてみた。
『願わくは 桜の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ』
俺でも知ってる。西行法師の挽歌としてはあまりにも有名な歌だ。
できるならば、桜の下で死にたいものだ。三月、桜の満開の時に。
雅な歌だと思う。桜に関する歌を数多く詠んでいる西行らしい歌だ。
『西行妖』と聞いた時から少し想像はしていたけれど、本当に関連していたとは驚きだ。
『人を死に誘う桜』―――ね。
西行本人は、自らの後を追うように死んでいった人たちを見てどう思うのだろう。そしてその桜が、妖怪桜として恐れられているのを見てどう思うだろう。
きっと、少し哀しく、また少し嬉しいと思うのではないか。
大きく壮麗な桜が恐れられ、人々が死んでいくのが少し悲しく。
自分と同じように死にたいと思うほどの敬愛が、少し嬉しくもあったのではないか。
そんな風に、俺は思った。
「――――――そう」
そんな俺の話を聞くと、ゆゆちゃんはなんとも言えない表情でこちらを見つめる。
その心では、何が起きているのだろう。忘れたと言っている、遠い過去の記憶を呼び起こしているのだろうか。
きっと、それは俺には分からない。
近くにいる人ですら分からないのに、千を生きた人の心など、分かるわけがなかった。
「彼は、そう思うのかもしれないわね。じゃあ、西行妖はどう思うのかしら」
そんな風に、ゆゆちゃんは西行妖に向き直りながら漏らす。独り言のようだった。
妖怪桜。西行妖。
人を死に誘う力を持ったその大木は、何をどう思うのか。
かつてその大きな桜は、きっと見るものを楽しませていたのだろう。
なのに、妖怪桜として恐れられるようになってしまった。人の思いによって。
それは、少し―――――――――
「悲しかった。私はそう思うのよ」
だから、と言って。
ゆゆちゃんはその大木が根を張る大地を見遣る。
「封印したんじゃないかしら。これ以上、この桜が人を殺すのが見ていられなかった。西行妖もそれを、望んでいたように見えたから」
そう漏らして、西行寺幽々子はまた西行妖を見上げ、目を瞑る。
……その気持ちを理解することは出来ない。けれど同じように、西行妖を見上げることくらいは出来るだろう。
魂魄も同じように、西行妖をまっすぐに見上げていた。
老木は他のどんな木々よりも、美しいように思えた。