東方理想郷~east of utopia~ 作:ホイル焼き@鮭
あれから数時間。
白玉楼に戻り魂魄の夕飯を頂いてから、俺は割り当てられた部屋で休息を取っていた。
あれからゆゆちゃんは、いつも通りの雰囲気に戻っていた。どんな意図があって、あんな話をしたのか。それは俺にも魂魄にも分からなかったが、分かる必要もないのだろうと思った。
さて、そろそろ皆忘れてる頃かもしれないが、今回の旅の目的は今一度幻想郷の皆のことを知ることである。この世界に俺がいるべきなのかどうか。そこから分かると思うからだ。
ということなので、誰かいることを期待して白玉楼を散歩に出ることにした。まぁ誰も居なくても良いのだけど。今まで知らなかった魂魄の話も聞けたし、ゆゆちゃんの謎な一面も見れた。紅魔館では色々とあったが、そう色々起こりすぎても困るのでこんなもんだと思う。
こうして渡り廊下を歩いてみると、確かにバカでかい。だって先見えないもん。
しかし吹きさらしで、どこから見ても月が見えるのはとても良いと思う。
しかし誰にも会わないなぁ。まぁ二人しかいねぇからな。
少し進むと、左側に襖が見えるゾーンに着いた。俺の記憶だと魂魄の部屋だった。
……妖忌から聞いた話を話すべきなのだろうか。
話して何になるとも思えないし、そもそも魂魄もそれくらいわかってそうなもんである。確固たる理由がなければ強くはなれない。俺を傷つけることなんて考えず、全力で向かえばいいのである。
その精神の隙が、魂魄を弱くしている―――――それが答え。
きっと間違いないのだろう。仮にも剣の師匠の言である。
しかし、朝に言ってしまった俺の発言とは少し異なる―――俺の意見では、魂魄に足りないのは筋力であるからだ。
まぁそれにしても大きく異なるわけではないのだけどね。要はその躊躇がなければ、より大きな力が出るという話だ。人間が無意識に力をセーブしているように、そのセーブを外せばより筋力を発揮できる。
さてさて、どうすべきか。
まぁ一人間にすべきことなんてわかんないので、基本すべきよりもしたいで行動すべきだ。
あ、でもすべきって入ってんな。
うむ、人生テキトー。
コンコン。
ノックをしてみる。トイレノック。全く根拠がないのに信じてる人もいるから避けようねってなってるの、まじJAPANって感じだよね。
「はい。誰ですか?」
「どうもー。高橋です。少し失礼してもいいー?」
「り、凜さんですかっ?えーっと……………ど、どうぞ」
少し上擦った声が中から聞こえてきた。あんまり自分の部屋に入って欲しくはないよな。女の子なら尚更。
まぁ許されたんでいいよな。人生はテキトーである。
中に入ると、イメージよりは質素な部屋が出迎えてくれた。
あんまりジロジロ見るのも失礼なのでそれ以上は描写しないが、白玉楼は全室和室なのでそこまで大きく変わり映えはしない感じだった。
魂魄は部屋中央のテーブルでお茶を飲んでいたようで、湯呑みと茶器が置かれていた。
「どうも〜。こんばんは」
「こんばんは………。えっと、何かご用ですか?」
「まぁ、そんな感じだね。あんまり時間を取らせる気はないんだけど、いい?」
「あっ、はい。……お茶、飲みます?」
「んー……ごめん、いい?」
少し迷ったが、貰うことにした。円滑なトークには水分が必要である。
テーブルを挟んで対面して座る。
コポコポ…という音とともに、琥珀色の液体が湯呑みに注がれ、こちらへと差し出される。
「どうぞ。粗茶ですが」
「ありがとう」
一口いただく。香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、渋味が喉を通っていく。美味しい。ほうじ茶ね。
「うん。美味しい」
「ありがとうございます」
「……なんか緊張してる?」
「えっと。はい、少し」
「ごめん、気張らせちゃったね。少し、魂魄に話したいことがあっただけだから。あんまり気を張らないでね」
「……ふふ。ありがとうございます。凜さんはいつも気を配って下さいますね」
「そうかな?そんな気はないけれど……」
「だと思います。凜さんは色々と鈍いですから」
……むぅ。
人の気持ちに鈍いと言われたことはあるけれど、まさか自分の行動にも鈍いと言われるとは。
…………でも確かに無意識かもな。
思えばいつも、他人に気遣いながら生きてきた気もする。出来ている和を崩さないこと。突出しないこと。それが自分の中で、小さな頃からのルールだったのかもしれない。
問題を起こさず、求められた自分でいること。……そうすれば幸せになれるとでも、信じているのか。
……だとするなら、あまりにも稚拙だなぁ。
「あは。そいつぁごめんよってね…。まぁ話ってのは朝のことでね」
「突然ですね」
「あは。回りくどいのは苦手でね」
「なるほど…どうぞ」
「どうも。いやまぁ、朝は少し、結論が雑駁になっちゃったなと思ってさ」
「そんなことは。整然としていて、とても参考になりました」
「まぁ、そう言ってくれるのはありがたいけど。ちょっと付け加えたいことがあってね」
「付け加えたいこと……ですか。はい」
「君のお師匠さんであるところの妖忌にね、会ってきたのさ」
「なるほどお師匠に会ってきたと…………って、会ってきた!?」
「うん」
「ど、どうやって……!?」
「どうって……まぁちょっと能力でちょちょいと」
「…………そうでした……忘れてましたけど、凜さんってそういう次元の人でしたね……」
多少げんなりして困惑している魂魄(韻文)。うむ、見ていて愉快。
しかしさすが魂魄、こほんとひと区切りのつけると一転、真面目な表情に切り替わる。
「………師匠は、元気でいらっしゃいましたか?」
「うん。明朗快活とはかの御仁のことって感じ」
「……そうですか。良かったです」
そうとだけ言って、魂魄はそれ以上言葉を発さなかった。ふむ。
「聞かないんだね、何も。気になることいっぱい、あるんじゃないの?」
「まぁ。師匠のことですから、きっと色々考慮した上で今を生きていると思いますので。ならば、私がその去就に口を出すべきではないのかなと思います」
………ふむ。なるほど達観している。
色々考慮した上、ねぇ。
俺が見る限り、魂魄の剣は未だに未完成だ。それはきっと、まだ道半ばの状態で妖忌が姿を消したからなのだと思う。
その状態の弟子を置いて、放浪の旅に出る。傍から見る限り、それは浅慮なように見える。
しかし目の前の魂魄からは信頼の念が感じられる。
ならばその行為には何らかの意味があるとみて然るべきなのだろう。
うーん。まぁ俺にはわからないだろうな。
「なるほどねぇ……。まぁ、朝のことがあったからさ。一応、現状分析?みたいなもんを聞いてみたわけよ」
「なるほど。だから朝の話を先に出てきたと」
「うん、そうね。必要かもしれないなぁと思ったから、来てみたんだけど……どうかな?」
「………それは……そうですね、気にはなります。でも、どうでしょう。その答えを、私は聞くべきなのでしょうか」
と、そんなことを言い出す魂魄。
うーん。べきと来たか。さっき心の中で思ったことがダブるな。
すべきことなんてのは人間には分からないので、やりたいようにやるのがベストだと俺は思う。これは魂魄だけの問題であって聞いても聞かなくても周りに迷惑などかけないのだから、尚更である。
「聞きたいなら聞いた方がいいんじゃないかな……とは思うよ。参考になるかなとは思うけれど、聞きたくないなら聞かなくてもいいんだし」
「…………」
そこから魂魄は、少しの間悩んだ。その胸中は俺にはあまり分からないけれど、彼女の中で何かの葛藤があることは伺えた。
分からない。それもおかしな事だと思った。
目の前の彼女はキャラクター。キャラクターの胸中なんて、当然のように察せたはずだった。どんな作品を見ても、察するに十分な設定がそこにはあったからだ。
でも、違う――――――その懊悩は、俺には推し量れない。同じ人間だからだ。生きてる人の気持ちなんて、わかるはずがないのだから。
………そんなことも接するまでわからないのだから、俺もヤキが回っている。
……結論は、まだ出さないけど。
「……聞きます」
やがて、魂魄は口を開く。
……なるほどね。
「ふむ……理由を聞いてもいい?」
「……きっと聞かないと、後悔するんだろうなぁと思ったから、ですかね」
「ふぅん。なるほど」
後悔する、ね。
いいね。とてもシンプルだ。整合性も理屈も合理性もない。決断には、シンプルな感情だけあればいい。
……それくらい、俺も分かってる。
そのくせ悩んでいるのだから、お笑い種だ。
「じゃあ、簡潔に言うね―――――」
そう始めて、俺は部屋に入る前に考えた要旨を魂魄に話す。
必要なのは、「なぜ剣を振るうか」――――確固たる信念があれば、魂魄はもっと強くなれる。
要はそれだけ――――朝の俺の話は、ただ表面に現れている事を口にしただけ。
解決に必要なのは、振るう理由だ。
「…………そうですか。お師匠は、そう仰ったんですね。なるほど」
想像通り、魂魄はさほど驚いた顔をしなかった。それはきっと、事実として実感できているからだろうと思う。
「なぜ剣を振るうのか」。
魂魄の事情はある程度分かっている。母親を目の前で殺される辛さ。食べさせてもらい、母親を弱らせるだけの自分の無力感。
力があれば。
目の前の障害を切り捨てるだけの強さがあれば。
その願いがあってこそ、剣を振るっていたはずだ。
しかし、今となってはそれも過去の話―――魂魄が幼い頃(60年はあるだろうか)と今では、幻想郷のあり方は異なる。
今、なぜ。剣を振るうか。
俺には察することも出来ないから―――少し、興味があった。
「……魂魄は、どうして強くなりたいの?」
「……………………」
「先に謝っとくね。深くは知らない―――けど、浅くは知ってる。妖華さんのことも、名前も知らないお父さんのことも」
「……はい。何となく、そうだと思いました。幽々子様ですか?」
「まぁ、うん。無理に聞き出したみたいなもんだから、気を悪くしないでね」
「わかってます。大丈夫です」
「そう。だからまぁ、最初の思いは分かるよ―――欺瞞かもしれないけどね。でも、今やこの時代だ―――スペルカードで、平和な世界がここにはある。人なんて、年間10人も死んでない。それも寿命、病気、事故ばかり。そんな世界で―――君は何のために、力を望むの?」
なんのために、力を欲するか。
なんともチープな問いだと思う。
力自体に意味は無い―――必要なのはその先だ。
世界征服。金銭。酒池肉林。
なんだっていい。ゴールがなければ、どんなに速く走ったって意味は無い。
………魂魄は口を噤んでいた。もう何分経ったのだろうと思うくらいには、長い時間がそこにはあった。
しかし―――魂魄は迷いのある目で、ぽつりと口を開く。
「………弱いこと、は」
「……え?」
「弱いことは、罪だからです。弱い人は、不幸になるからです。
「だってそうでしょう?体が弱くて、満足に動けなくて。あの人は―――母様はいつも辛そうだった。………最後には、妖怪から娘を庇って死にました。
「不幸ですよね。弱いことへの罰なんだと、私は思いました。弱いことは、悪いことで―――罰が下ったんだと。だから強くなろうとしました。そうすればいいことが出来ると思いました。………母様から貰った命を、無駄にしないで済むと思いました。
「でも―――世は変わりました。
「私だって、もう強くなる必要なんてないこともわかってます。これ以上力を高めても、使われるのは一部だけなのですから。
「でも。じゃあ、私のやっていたことはなんなんですか?弾を振るうためですか?心身を鍛えるためですか?…私には分かりません。
「………いいえ。分かってます。全部、『無意味』です。でもその無意味しか、私にはないんです。私には、それが当たり前なんです。それくらいの分析は、私だってできます。
「でも――――それを認めたら。認めてしまったら―――――――」
そんな
母様は死んだことになる。
―――――それは、耐えられない。
魂魄はそう言い切った。そして口を再度噤む。
………認めたくない、ね。
俺はラブコメディの主人公ではないから―――その気持ちに共感し、心痛を感じることはできない。だから、その想いに納得することも、できない。
弱いことは罪だと、魂魄は言った。それはわからなくない。力なきものには何もなせない。弱さ故に、不幸を背負うことになるかもしれない。
でも―――本当に、妖華さんは弱いのだろうか。
確かに身体は弱かったろう。働くにも魂魄を妖怪から守るにも、十全な力は無かった。
しかし――――毎日身体に鞭打ちながら、懸命に働き、女手一つで娘を食わせ、襲われる娘の前に身を晒せるひとが、弱い、か?
………俺にはそうは思えない。俺なんかより―――よっぽど強い。
それに、魂魄が無意味なもの――――だって?
それこそお笑い種だ。心底くだらない。
だって――――――人はみな、無意味だ。
意味をつけるのは、いつだって自分自身だ。それらしいものを感じ取り、それだと思い込むことで初めて、人に意味が生まれるんだ。
彼女はまだ、それを見いだせていないだけ。
思い込むに足る意味を、思いついていないだけだ。
………なら、少しだけでも。
その手伝いをしたい。
「………聞くだけでもいいけど」
「………?」
「弱いのは罪だって、魂魄は言ったね。俺も、弱いことは辛いことだと思うよ。だって、力のない人には、なにも出来ないから」
「…………はい」
「ただ、それは罪なのかな?とは思う。弱さという罪ゆえに、不幸という罰を負ってるのかなって。俺は違うと思う。だって――――妖華さんは決して、弱くなんてないから」
「……何を…言ってるんですか?母様は弱かったです。身体が弱くて満足に動けないし、力もないし―――」
「そうだね。力はないと思うよ。でも―――強さは、力の有無では測れない」
「………」
「俺は知ってのとおり、大きい力を持ってる。きっとこの世界の誰よりも、俺の力の方が大きい。でも。
「俺にはできないことを毎日毎日誰かのために頑張ることはできないし、自分が死ぬことを覚悟して、子供の前に立つことも、きっとできない。
「そんな強いひとを―――1番近くで見てた君が。『弱い』だなんて―――本当は、思ってないんじゃないかな―――?」
魂魄の瞳をじっと見つめる。
大きなその瞳は涙が浮かんで滲み、赤く腫れ上がっていた。
何を思い出しているのだろう。母の姿か。在りし日の言葉か。
それは分からないが――――俺の言葉は、否定しなかった。
そうだ。
他の誰が妖華さんをなじったとしても。
誰よりも近くでその強さを見てきた、魂魄だけは。
彼女を弱いなんて、形容してはいけないはずだ。
それがまず、1つ目。
そして、二つ目は―――――――。
「うん。いい子だ」
そう言っておもむろに立ち上がり、そそそーっと対面に坐す魂魄の側に回る。
俺の目の前に、魂魄の背中が見える形だ。
よし―――レッツセクハラ。
「………?…………っっっ!!?な、何して…っ!?」
そのまま背中から、魂魄をぎゅっと抱き締める。
半人半霊は体温にはあまり差異がないのか、ほとんどヒトと変わらない温度を返してくれた。うむ。ぬくい。
「………無意味だなんて、言っちゃダメだよ」
「え―――――」
「生きてる意味なんて、元から無いよ――――誰もが自分で、それを見つけてるんだ」
「でも、私には―――剣以外、なにも」
「あるよ。だって―――君には、みんながいるじゃない」
「みんな――――」
「妖華さんがなくなってから、妖忌が育ててくれたんでしょ。んで、優しく微笑みながら、ゆゆちゃんが一緒にいてくれた。あと―――今、なんとかして君を元気づけようとする、ほんのちょっとバカな男も、君には居るわけじゃない?」
「それは……はい」
「他にもいっぱい居るけど―――きっとみんな、君のことが好きだよ。妖忌も、ゆゆちゃんも、もちろん俺も」
「……そんなことは」
「ないですって?あは。じゃあいっぱい好きなところ言ってあげようか?」
「え――――」
「まずね。気配り屋さんな所かなぁ。自分の分を削ってまで俺にお茶をくれるところなんか、すごいいじらしくて可愛いよねぇ。あと、お料理が美味しいこと。また一緒に料理しようねー。次はー、笑顔がすっごく可愛いこと。特にふと出る笑顔がすごい素敵だなぁって。あと、やっぱり努力家なところとか、すごく素敵なことだと思うし、あと――――」
「も!もういいです!分かりましたから!これ以上照れさせないでください……っ!」
「照れてるの可愛い。1個追加」
「っ!うぅぅ……もうっ!なっ、何がしたいんですかっ」
「何がしたい?うーん…まぁ、なんだろうね」
照れてる魂魄があまりにも可愛かったので、少しばかり嗜虐心が芽生えてくる。
魂魄の後頭部近くに置いていた口元を左の耳元に寄せ、そっと囁いてみる。
「ひゃっ…!」
「こんなに好きなところがいっぱい出てくるくらい―――君は素敵な人だって言いたい、かな」
「……凜さん……?」
「君のことを好いてくれる人がいることは――――君にとって、生きる『意味』にはならない?」
……エゴでしかないことは分かってる。
彼女の生に意味をつけるのは彼女だけで、そんな彼女が無意味だと言うなら、それは無意味なんだろう。
何もない。
そう思ってしまうほどに、彼女は自分に自信が無いのだろう。
それを否定はしない。他人の心の内を正義なく否定するのは、ただの暴力だ。
だけど――――自分の生を無意味だと思ってしまうのは、あまりにも悲しい。
周りの人が認めている。好きだと言っている。
妖忌は彼女に愛を注いでいた。
幽々子は、慈しみを持って彼女に接しているだろう。
亡霊たちは、彼女のことを大いに認めている。
俺も、彼女のことを憎からず思っている。
そのことは―――素敵なことだと思う。
それも―――彼女は、無意味だというのだろうか?
魂魄はしばらく口を噤んでいた。その心の内も、俺には分からない。
響いているのかも分からないが、分からなくてもいい。
俺に出来るのは、あくまでも提示だけ―――どう思うかは、魂魄次第だ。
「………わ、わたし…は…っ」
魂魄が口を開く。少し、震えている。
もちろん俺には、その心中も分からないが―――それでも何とか、言葉を紡いでくれようとしてくれているのは分かる。
「つまらない女です。ちんちくりんだし、変なこと気にするし、頭も回らないしっ。ダメなとこばっかで、ちっともいい所なんてないって、思ってます」
「そっか」
「……それでも、ですか?好きでいて、くれるんですか…っ?」
「もちろん。君にとって君がどんなにダメでも、俺にとってはとっても素敵な女の子だ」
「っ……。私は、生きていて…いいんですか……っ?」
「ん―――それは俺が許すことじゃないけど―――そうだな。俺の話にはなるけど――――俺は君と出会えて良かったと思うし、こうして君と触れ合えるのは嬉しい。 だから、俺は君が生きていて良かったと思うよ」
「…………そう……ですか。……そうですか」
「あは。なーんか小っ恥ずかしいこと言ってんね」
「………ふふ。凜さんにも、恥ずかしいとかあるんですね」
「あー。酷いこと言うなぁ」
「ふふ、ごめんなさい。でも………ありがとうございます」
魂魄はそう言って、その表情を綻ばせた。
うん。
月並みな感想だけど、やっぱり。
魂魄はずっと、笑顔の方が可愛い。
笑みがこぼれると同時に、魂魄の身体から強張りが抜けていく。身体を預けてくれているのが分かった。
そしてまた、魂魄は口を開く。
しかしその口調は穏やかで、震えも既に、止まっていた。
「―――ずっと、後悔していました。生まれたことも、あの日、山へ出てしまったことも」
「うん」
「辛そうな母様を見るのが辛かった。自分のために母様が死んでからは、もっと辛くなりました」
「うん。そうだろうね」
「だから……意味が欲しかったんです。私が生きる意味が。だってそうでなければ、母様はなんのために死んだのか、分からないと思うから」
「うん」
「だから、強くなろうと思ったんです。弱いことは罪です。なら強いことは絶対、いいことでなきゃおかしいじゃないですか」
「あは。まぁ、その前提ならそうだろうね」
「ふふ、幼稚ですよね。でも、それが生きる意味でした。だからずっと、強くなろうとしていました。……それしか、知らないんだと思います」
「そっか。………何か、変わりそう?」
「うーん………分かんないです」
その答えに、少し力が抜ける。なんだそりゃ。
……まぁ、六十年近くそんな生き方をしていたんだ。そんな簡単に、考えが変わるのもおかしな話か。
「ふぅん……そっか。まぁ、いきなり生き方なんて変えられないわな」
「はい。………だから、教えてくださいね」
「……ん?」
「生きる意味――――好きでいてくれる人がいるだけじゃダメなのかって、凜さんは仰いました。
「どうなのか、私にはまだ分かりません。だから凜さんが、私に教えてください。私の近くで、私を好きでいてください。………ダメですか?」
…………正直、少し困惑した。
言ってることがわからないわけではない―――が。
ちょっとばかり、愛の告白のようにも聞こえてしまったからだ。
そんなことはないのだろうけれど、この状況も相まって。
…………いやまぁ。言ったのは俺だし。
俺が彼女の近くにいて、生きる意味を見出してもらうべきなんだろう。
魂魄の頭に手を置き、あはと笑う。
「分かったよ。俺なんかが近くにいて、納得できるかは分からないけど―――近くにいるさ」
「…………ありがとう、ございます」
そう言って笑いかけた、魂魄の笑顔は。
この上なく、可愛らしいものに見えた。
目下の悩みなど、どうでも良くなるくらいは。
「(………あは。まぁ、そういう訳にはいかないんだけど、さ)」
今だけは、忘れていてもいいかもしれない。