本作は、あるBAD ENDのネタバレを含んでいます。
未読の可能性がある方は、その点をご注意ください。
「多数決とは、物事を決めるうえで【正しい】方法だが、それが【正しくない】場面も残念ながら存在している」
いつも集まっていた学校の屋上で、■■ちゃんといつか交わした会話を思い出す。
ううん、もしかしたら知識としてたまたま知っていたことを、■■ちゃんから教えてもらったことのように勘違いしているだけかも。
でも……、どっちだったとしても関係ないや。
だって、ボクが思う一番カッコよくて頭のいい女の子は、■■ちゃんだ。
それは昔もいまも、そして――これから先も、きっと変わることはないんだから。
「それは、悪意ある者たちが多数派であった場合。人狼ゲームにおいては、このような状況をパワープレイと言い、これに陥った時点で村人側の敗北が確定する」
誰を生かすも殺すも人狼たちの思うがままだからね、と■■ちゃんは補足するように続けた。
「えぇと、つまり詰み、ってこと……だよね? ■■ちゃん、そうならないためには、どうすればいいの?」
補足してもらってボクの理解もようやく追いついたけど、だからこそ尋ねずにはいられなかった。
人狼ゲームは、ルールを何となく知っているというくらいで、やってみたことはない。だけど■■ちゃんの話を聞いている内に、もし実際にやるようなことがあったら、人狼たちによって最後の最後までボクだけが生かされ続けている光景がありありと想像できてしまったんだ。
■■ちゃんは片手を開いて五本の指を立てると、それらの内の一本を折り畳む。
「人狼ゲームでは、昼の議論後はもちろんとして、議論が行われる前にも生存者がひとり減る。つまり、前日の投票結果が確定した時点で、村人と人狼が同数になっていたら、いま言ったような状況は必然的に成立してしまうんだ。だから、勝利を目指すのであれば、村人たちは両陣営が同数になるような事態から、そもそも避けなければならない。
仮に同数になってしまったのであれば――」
更に二本の指が続けて閉じられ、立てられている指は人差し指と中指が残る。ちょうどVサインを作っているみたいな手の形だ。
だけど、■■ちゃんは生き残った人狼に見立てたそれらを射抜くように睨んで、憎々しげに呟いた。
「――それまで重ねた議論は【正しくなかった】ということだ」
*
一発の銃声が静寂を切り裂くように鳴り響き、鬱蒼とした森を揺らす。
胸部を撃たれた少女が、はらはらと赤い蝶を舞わせながら、身体を大きくよろめかせた。
それは、この牢屋敷において、彼女自身もすでに幾度も見た光景。
だから少女も自分の命が間もなく尽きることをすぐに悟りつつも、唇を必死に動かし、相対している犯人に疑問を投げかけることを選んだ。
「エマ、ちゃ――、どう――、て――――」
エマはあまりにも深い闇を湛えた双眸を少女に向けながら、手にしている魔法の銃を構え直す。
ふたりが向かい合った湖畔には、雪がしんしんと降り続けていて、すでにうっすらと積もりつつあった。
「どうして……、だろうね? ボクにも、もう……わからないや。
だから――、」
再び鳴り響いた銃声が、エマの呟きをかき消し、少女の心臓は撃ち抜かれる。
しかし、向かい合っていた少女には、エマが銃声の奥で何と言っていたのかが分かってしまったのだろう。
彼女はその表情を深い悲しみ一色に染めながら、降り積もる雪の上に崩れ落ちるように倒れた。
エマは少女が人間としてその生を終えたことを見届け、構えていた銃をゆっくりと下ろすが、能面のような顔が何らかの感情を示して揺らぐようなことはなかった。
新たに十一人の少女が集められて始まった共同生活の中で、彼女と一緒に時を過ごした時間も少なからずあったというのに。
「エマさぁぁん!!」
ともすれば場違いにも思えるような明るい声が聞こえ、エマは顔を上げながら振り向く。
ぱたぱたと駆けて来たのは、降り続ける雪に溶けてしまいそうな儚げな雰囲気の少女。
氷上メルル――牢屋敷の管理者であり、エマの【共犯者】であった。
エマは花が咲いたような笑顔を浮かべて、【共犯者】に声をかける。
「メルルちゃん、お疲れ様。そっちはどう?」
「エマさんの立てた計画通り、水精の間に入っていったのをバッチリ見届けました……! だから、私たちの犯行がバレることは万に一つありません。あとは私がエマさんのアリバイを証言すれば、準備完了ですね!」
首尾は上々であることを伝えながら、メルルは両手で握りこぶしを作って意気込む。
そんな彼女の姿を横目に捉えつつ、エマは軽く微笑みながら、かぶりを振った。
「――あるいは、そんなことをする必要すらも、本当はないのかもしれないけどね。生き残っているのは管理者であるボクたちふたりと彼女だけ。この時点で、彼女が魔女裁判の決める処刑を逃れることは、どうやったって不可能なんだから」
十三人いた少女が四人まで減り、管理者であるエマとメルルは、魔女裁判のルールに最大限則った形で終わらせることを選んでいた。
管理者がふたりに増えたからこそ可能になった、人狼ゲームで言うところのパワープレイ。
それは間違いなく、かつての魔女裁判では起こり得なかった結末だった。
「懸念点を挙げるとすれば、殺す方に選んだ彼女が大魔女様であった場合でしたけど、それも杞憂でしたね! いくら魔法の銃とはいえ、ちょっと便利なだけのおもちゃに大魔女様が殺されたりするはずなんて、ないですから。
さすが、エマさんです!!」
「ボクなんて全然。管理者だっていうのに、次々起こる殺人事件に翻弄されっぱなしだったし。いままで牢屋敷を管理してきたメルルちゃんのすごさを……メルル、ちゃん?」
メルルはエマの片手を両手でぎゅっと包み込むように握ると、かけられた言葉を否定するように、顔をぷるぷると左右に振った。
「私こそ、ダメダメです。ずっと、ずっとダメダメでした。挫けそうになったことだって、諦めたくなってしまいそうになったことだって、数えきれません。だけど、それでも、大魔女様にもう一度だけお会いしたくて、いえ……お会いできなくったっていいんです。もう一度、せめて一言だけでいいから、言葉を交わせたら――、ああっ、ああぁぁっ……エマさんは、エマさんは私のことを見捨てたりなんてしませんよね? 私たち、友だちですもんね? 大魔女様を一緒に探してくれるって、言ってくれましたよね?」
「もちろんだよ。ボクはメルルちゃんの【友だち】で【共犯者】なんだから」
エマは指同士を絡め合うようにメルルの手を握り返し、彼女に優しく微笑みかける。
つながった手から伝わった温もりとエマの言葉が、衝動的な不安に駆られたメルルの心を落ち着かせたようだった。
メルルが白く染まった息を吐きながら、顔をそっと上げる。彼女の透き通った瞳には、彼方に見える牢屋敷がうっすらと映っていた。
「叶うのであれば、ずっとこうしていたいですけど、そろそろ牢屋敷に戻らなくちゃですね。いつまでも寒い中にいたら風邪も引いちゃいますから……」
「大丈夫だよ。だって、そのときは、メルルちゃんが看病してくれるでしょ?」
「あううぅぅっっ。そのときは……もちろん、そのつもりですけどぉぉっ。ううっ、エマさぁぁん……!」
メルルは頬を紅潮させた顔を勢いよく左右に振りながら、困ったような声を上げる。
どうやら普段の調子が戻ってきたみたいで、エマの頬も自然と緩んでしまっていた。
隣を歩く彼女の耳元に顔を寄せ、エマはそっと囁く。
「大好きだよ、メルルちゃん」
「私も――大好きです、エマさん」
エマとメルルは、お互いに身体を寄せ合いながらはにかみ、牢屋敷に向かって歩いていく。
その足跡は、流された魔女候補の少女たちの血で、すでに真っ赤に染めあげられている。
それでも、握られた手から伝わる温もりだけをよすがに、ふたりは選んだ薄暗い道を進み続ける。
これからも、ずっと、永遠に。