"せいすい"って、なあに?   作:鯣 肴

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第19話 夜、ひとりで、独身の妙齢の女教師は、悶絶するっ! ~災厄編~

 憂いを帯びて。

 

 生徒たちが悉く帰って。

 

 暗い暗い夜の学校で。自分一人だけが残っている。

 

 少年の担任教師である、妙齢の独身の女教師は、上下ジャージ姿という緩さで、職員室の教師机に一人向かっている。

 

 日本人形にみたいに白い肌。日本人形を、大人にしたらこんなである、という風な古風な顔立ち。それでも時折、世辞で美人と言われることは無いでもないと本人は慰め程度に思っているが、実は世辞でないことの方が多かったりする。

 

 自慢の長く、真っすぐな黒髪は、くしゃっとぱさついてしまっている。そして体系は細身ではあるが、悲しいくらいに寸胴。着物は似合うが、悲しいかな、現代日本でその体型に価値は殆ど付かない。

 

 丁寧に手入れしながら乾かさなかったのだから、当然である。近所の銭湯から帰ってきたところである。どうせ、毎年のように、夏休み明けのこの時期は、しばらくの間は早朝にもなれば、家で仕事やらない主義の一部の教師が、夏休みの宿題確認という、積み上げられた仕事の山を片付けにくるのだから、その時間まで居れば、一旦帰れる。

 

 家は近いのだから、朝風呂含め、髪の毛の手入れも含め、朝には十分間に合う。

 

 銭湯行って気合いを入れることにしたのは、恐らく最大の問題作だろう、少年の自由研究に目を通すためである。やばみを感じて、分量も確認せず、後回しにしたそれに、流石にいつまでも尻込みしている訳にもいかないからである。

 

(周りのヤツ、誰か止めろよ……!)

 

 そう、内心毒づきながら、そのノートを手にとった。

 

 この形式だったら、中に何が書かれているかなんて、実質何でもアリなものである。カラー写真張り付けてあったり、最近っぽかったら、URLとかQRコード、いやいや、そんなものあってたまるか、と、邪な想像を首を振って振り払って、担任教師は、ノートを開いた。

 

 

 

 

 

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まえおき

 

 お兄ちゃんが、"お〇様せいすい"っていうジュースを、泣きそうになりながら底に穴あけて飲んでました。きれいなおじょうさまの絵がついた、缶ジュースです。

 

 ぼくは、お兄ちゃんに、「"せいすい"っってなあに」ってききましたが、とってもウソっぽかったです。口止めされましたが、おとうさんにもおかあさんにも言っちゃったんで。トモくんの出す自由研究の絵がそのときのやつです。

 

 テレビを見てたら、街の人にアンケートしてました。それを見て、これだ! とおもいました。わからなかたら、きけば、いいんだって!

 

 そういうことで、アンケートしました。

 

 "せいすい"って、なあに?

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(前置きつけたのは褒めてあげたい。きっかけもちゃんと書いて…―)

 

 ガタッ、と、担任教師は立ち上がった。

 

 自由研究の山の中から、それを、取り出した。

 

 ぴらり。

 

 長身で筋肉質で爽やかに日焼けした甘いマスクのオトコノコが、お〇様聖水という文言のラベル、お嬢様の絵が描かれた缶、その底に穴を開けたであろう、そこから漏れる、ビールのような、紅茶のような、そんな色の液体を、今にも泣き出しそうな表情で飲み干そうとする姿の、絵、である。

 

 うっとり……、はっ! うぐぐぐぐぐ、

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"、もぉおおおおおおおおおおおおおおおおお! クソガキ共がぁあああああああああああああ!」

 

 と、奇声をあげながら、長い髪の毛をばしゃばしゃする。

 

 美青年が嫌いな女子なんて存在しないのだがら。だが、それは置いておくにして――こんなものが、小学生の自由研究として、悪気も悪意も無く……無く? 出された!? のが問題なのである。

 

 で、キチゲを少しばかり解放できた担任教師は、再び、落ち着いて、椅子につく。そのやばい絵を、立て掛けるように広げ、それを背景に、あの自由研究の閲覧に戻る。

 

 

 

 

 

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零人目

 

・聞いた人…ぼく

 

・答え…わからないです。

 

・判定…ホント

 

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(漢字。調べて、書いたのね。チヒロくん、そういうところは真面目だよね。……。いいこと、なんだよ……。けどさぁ、そんなキミなら、頭をまともに使えば分かるだろう? こんな自由研究は、やばい、っっっ、て。)

 

 担任教師は声に聞こえる程の大きなため息を吐いた。わざとらしさ満開なため息であるが、心底本音の、嘘偽り誇張の無いため息であるのだから、救いが無いのである。

 

 

 

 

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一人目

 

・聞いた人…兄

 

・答え…聖なる水と書いて聖水。もんのすん~~~んごいきれいな水だって思っとけばいい。

 

・判定…ウソ

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(チヒロくんのお兄さん、ホント、ありがとう。気遣いできる、素敵なお兄さんなのね。きっと、仲も良いのでしょう。凄い美少年だったって聞いたことがあるけど、……。いや、まさか、ね……)

 

 担当教師は、邪念を押し殺し…―背景絵を見た。どこか、少年と似ている気がする。雰囲気というか何というか。確かに、少年も同じく、顔は整っている。

 

 けど、少年はクソガキであり、だからこそ、違うだろう、と杞憂に終わらすことにした。

 

 知らぬが仏、とよく言うものである。誰にとっても――

 

 

 

 

 

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二人目

 

・聞いた人…トモくん

 

・答え…なになに? 分からないよ、教えてよ?

 

・判定…う~ん、分かったら教えてあげよっと!

 

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(下手人発見! チヒロくんよりもなお悪いわ!)

 

 ぺっ、と唾を吐きたくなる気分ではあったが、そんなことをするのは、人が見ていなくとも、はしたないことには違いないので、自重した。

 

 それでも、その顔には、酷く眉間にしわがよっていったのは、覆さない事実である。

 

 

 

 

 

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三人目

 

・聞いた人…リカお姉ちゃん(お兄ちゃんの彼女)

 

・答え…女の子が素敵に見えたら意味が分かるからね。とってもありがたい液体。それが聖水だよ。

 

・判定…ぼくが大きくなったらこのノートもう一回見よう。

 

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(これは……。ま、まあ、この子が無垢なことを知った上よね、きっと。きっと……)

 

 とても怖かった。少し震えそうなくらい。顔も知らない、少年の兄の彼女と名乗る……名乗る? 人物の記載は、とても意味深で。確かに、嘘ではない。

 

(でもさぁ。これって男女関係無いわよね)

 

 そう、どこか冷めた思考も浮かんできて、とたんにしょうもなく思えてしまった、マウント気分な、不機嫌な担任教師であった。

 

 

 

 

 

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四人目

 

・聞いた人…しらないおじさん

 

・答え…井戸の水って書いて、井水《せいすい》って読むんだよ。言葉の通り、井戸水のことさ。いいよね、井戸水。君は触ったことがあるかい? 夏でも冷えててとても気持ちいいんだよ。この近くの神社にあるはずだから、触れたことがないんだったら触ってみたらどうだい?

 

・判定…すくって、触ってみたら確かにすぅっってして気持ちよかったけど、それだと、お兄ちゃんがごまかすのって、おかしいよね? だから、ウソ、っぽいけど、ウソっぽくなかったんだよなぁ……。

 

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「えっ!?」

 

 担任教師は、思わず声をあげて、立ち上がってしまった。

 

 "しらないおじさん"。そのようなワード。意味深ワードとでも言うべきだろうか。"せいすい"、みたいに。そう、やばいのだ。やべえのである。

 

 "事案"というワードが頭にこびりついて、離れない。

 

(落ち着け、落ち着くんだ、わたし!)

 

 ぱぁん、と、自身の両手の掌で、左右のほっぺを、気付けするかの如く、叩く。

 

 赤くなっている。きっと。自身の嫌いな過去のあだ名ランキングで上位にくる、"おかめちゃん"というワードが浮かび、苦悩しそうになるも、

 

(もう、わたしは、立派な、大人っ!)

 

 開き直って、副作用を抑えた。

 

 そして、回答に目を通して、安堵する。

 

(作り話ね。でも、これ、凄いわね。この人、こんなのすらすら諳んじたのかしら? "しらないおじさん"、じゃあなくて、もしかして、"しらないおじさま"、なのかしらねぇ)

 

 と、妄想に浸り出す始末。

 

 それなりの時間が流れ、我にかえる。

 

(っと。わたしとしたことが)

 

 で、判定部分を読み、安堵した。少年に悪意は無いのは間違いなさそうだと。それと共にこうも思った。何故そこで、微妙に鋭さみたいなものをみせているんだ、と。そこまでいけたなら、もう、あと一歩で聞き出せそうだろうが、と。そうなってくれていればきっと、この宿題は、こういう形で世に出ることはなかったのに、と。

 

 そうやって、椅子で一人、のぞけって、頭を抱えた。

 

 

 

 

 

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五人目

 

・聞いた人…ぼくをみてくれたお医者さん

 

・答え…わたしに語らせると長くなるよ、少年。しかし、未だ君には早いと見える。だからお預けさ。

 

・判定…こんなのアリ?

 

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(うっわ。これ事案じゃね? 事案じゃね? 変態糞医者じゃあねえかっ! チヒロくんの反応次第では、……ダメよわたし。そんな想像しちゃダメ。どっちもダメ。この上なく汚いけど、見てみたい気もする怖い絵面と、ピンクなクソ絵面しか思い浮かばんわっ! 男かも女かも、そもそも、分からんっ! やばい! やばいやばい! やばいやばいやばいやばいぃぃいいいいい!)

 

 変なテンションになって、はしゃぐ汚い乙女心が、冷めたのは、また、結構な時間が流れたころ。なに、夜は長いものだから大丈夫さ。

 

 

 

 

 

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六人目

 

・聞いた人…ぼくの頭に包帯むいてくれたナースさん

 

・答え…ほぉら。これが"せいすい"よ。

 

・判定…消毒の綿棒のアルコールって、いくら何でも、子供だまし、じゃあない?

 

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(あぁ、癒されるわ。そう。こういうの。こういうのがいい! 無知シチュ! 無知シチュ! はっ……! ……)

 

 担任教師は、自身が深夜テンションに侵されているにしたって、タガが外れてきていることにはっと気づき、消沈するように自省した。

 

 

 

 

 

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七人目

 

・聞いた人…学 六郎(千広の父方の祖父です)

 

・答え…孫がご迷惑をお掛けしそうですが、止めることもできないだろうと踏まえ、ここで、謝罪させて頂きます。とはいえ、孫に嘘をつくというのも、年のせいか、心にくるものがありまして。折衷案として、このような毛筆書きの、今の孫ではどう足掻いても読めない崩し字に加え、檸檬汁による炙り文字という仕込みを入れさせて頂くことと相成りました。先生、貴方は国語の先生だと訊いた。だからこそ、噓偽りないことは、証明しようと思えば可能だ。貴方であれば。もし、孫が少年を辞めた気配があれば、答えを示してやることも、場合によっては、一考頂ければ幸いだ。それと、弦重郎に、儂の孫がお前の世話になっとる、と言伝頼む。

 

・判定…よめないよぉ、おじいちゃん……。墨だし。もしかして、先生、読める?

 

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「えっ? えぇええええええええええええええええええ! おじいさまの御友達ぃいいいいいいいいいいい? まじかよぉぉ……。まじかぁ……」

 

 と、目をごしごしして、

 

「……。まじかぁ……」

 

 とため息を吐いた。

 

 ほんと、ため息吐いてばっかり。

 

(レモン汁、ねぇ……。藪つついてたまるもんですか! おじいさまの御友達っての、多分本当だろうし。ナニコレほんと……。嫌な繋がり過ぎない……? っ……。寒気が、何か嫌な予感がする)

 

 なお、予感は的中するが、それは最初だけで、実際は良い方に転ぶのだが、それはもう少し後の話。

 

 

 

 

 

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八人目

 

・聞いた人…学 ステラ(千広の父方の祖母です)

 

・答え…無回答(やけに達筆)

 

・判定…おじいちゃん……。まあそうだけどさぁ。無回答だけどさぁ……。

 

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(ふぅ。何もないのが良い報せってね!)

 

 ここにきて、初めて安心できた担任教師であった。

 

 

 

 

 

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九人目

 

・聞いた人…おとうさん

 

・答え…逆に質問して煙に巻いときました。息子がいつもすみません。

 

・判定…こんな息子ですが、今後ともよろしくお願いします。悪意以て悪いことするタチでは無いんで。

 

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(……。お父様……、だったら止めてくださいよぉおおおお! ねぇぇぇぇぇ!)

 

 叫びそうになったのを、心の声に留め、けれども椅子から立ち上がって、拳を振り降ろし、机を叩く寸前だった。

 

 深呼吸して、椅子に座る。

 

(なら次は決まってるわよね)

 

 パラリ。

 

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(何も書かれていない)

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 パラリ。

 

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(何も書かれていない)

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 パラリ。

 

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(何も書かれていない)

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 パラリ。

  ・

  ・

  ・

 そうして最後に到達し、

 

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(何も書かれていない)

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 安堵の気持ちで、閉じた。

 

「あぁぁ、やっと終わったぁぁ……疲れたわぁ……」

 

 スタスタスタ――

 

 丁度足音が聞こえた。

 

 まだ、時計の針は――6時よりも遥か前。深夜アニメの時間帯の最後辺り。まだ明るくもない。夕焼け色すら訪れていない。

 

「帰って、身つくろいしよっと」

 

 そう呟いて、疲れ残りつつも、爽快な気分で、担任教師は、廊下へと向かっていき、一旦帰ると、遭遇した別の教師に一報入れて、帰ってゆくのだった。

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