"せいすい"って、なあに?   作:鯣 肴

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第20話 夜、ひとりで、独身の妙齢の女教師は、悶絶するっ! ~僥倖編~

 後日談は、忘れた頃にわたしに襲い掛かった。

 

 碌に日も経ってないのに、鳥頭か! わたしは!

 

 わたしはすっかり忘れていた。

 

 想定よりはずっと短かったあの自由研究。けれど凶悪さは他と比べれば段違いで、三本の指に入ったそれのせいで、他の先生方からの突き上げやPTAのクソ共とのやり合い(わたしのクラスに集中しなかったとはいえ、きついもんはきついわ……)を乗り越えたわたしは、安堵して、週末に入った。

 

 土日の部活がないこと(一部除いて、だけど、当然それは回避した)。

 

 小学校の教師になって、よかったって思える、数少ない役得の一つである。もっとも、学校の先生の中では、ってだけだけどね。

 

 そうして、気付けば――ここにいる……。

 

「お疲れ……さまです……」

 

 和室の一室。赤を基調とする矢羽根模様の振袖姿の私は、放り込まれたのである。

 

 仕込まれたのである。おじいさまぁぁ……。

 

 お見合い、というやつである。

 

 しかし、何故よりにもよって、矢羽根……。いつものように糸巻きだったらまだましだったのに……。貝桶よりはまし……ましかぁ……?

 

 黒いスーツを着た、ちょっとやつれている。そんな中年のおじさんだった。口ひげを蓄え、顔に皺がありつつも凛としている黒髪のダンディーなおじさんだった。隠すもののない露出したおでこがぴかっと光っているが。

 

 あれ? 今回はそう悪くはないぞ? おじさんじゃなくて、おじさま、って感じじゃあないか。それに、どうやらこの人も無茶振りの被害者っぽいぞ? あれ? なら、いっつもみたいに油ぎったおっさんとかに下衆な息かけられて耐えるなんて地獄にはなら……ない……? それはそれとて、この人も間違いなく、いつもと同じように、被害者なのだから、わたしが最初にすべきことは、やっぱり変わらないのである。これだけは心底、

 

「貴方様こそ……。祖父がご迷惑を……」

 

 申し訳ない、と思わざるを得ないのである。

 

 頭をつけて、土下座した。

 

「こちらこそ……」

 

 ゴォン!

 

「痛っ……、申し訳ない……」

 

 と、人が良さそうに、額を押さえるそのおじさま。

 

 これまで、そんな風に、謝り返してくれる人なんて、当たったことが無かった。だから、ちょっと、ぐっと来た。でもそれはいくら何でも、ちょろすぎだろうと、わたしはすぐさま頭を瞬間冷却した。

 

「取り敢えず、一旦仕切り直しましょう。自己紹介から始めて、流れに沿って。そうして、互いの仲介人に、微妙な表情でも見せれば、それで御仕舞ですよ。わたしはいつもそうしておりますので」

 

 これまで当たったおっさんたちのことを思い浮かべていた。なるほど、こういう気持ちだったのかと。お見合いなんて、当たりと思えることなんて滅多にない。好みでするものではないからだ。でも、そうでも、心は正直だし、欠片程度の期待は、やっぱり、ある。

 

 悪いことをしたな……と思いそうになるも、……、わたしを舐め回すように見る視線。例外なかったそれを想い出して、相殺した。

 

 この人は、今のところ、唯一の例外になってくれる可能性があるっちゃあるが。

 

「わたしは、こういう者です」

 

 と、名刺入れを出して、名刺を手渡してきたのは、逆に新鮮過ぎて、笑ってしまった。

 

 バカにしたつもりじゃない。気が緩んだというか。

 

「はは……。どうも、こういうのは初めてなものでして。これでもまだ29です」

 

 その人は、そうやって、怒ることも不快な表情をすることもなく、そう言ってくれた。だからわたしも、その人の流儀に倣って、鞄に入れたままにしていた滅多に使わない名刺を渡した。不釣り合いな名刺だけど。

 

 だって、おじさま、改め、その人の名刺には、年不相応な肩書に加え、世間知らずなわたしですら知ってる大企業の名前が刻まれていたから。

 

 わたしなんかに、時間を割かせてしまうこと自体、畏れ多く思ってしまう。この人のスペックだったら、お見合いなんてしなくたって、自力で相手くらい幾らでも見つけられるでしょ?しかも年下よ年下。わたしより……。

 

 言っちゃ何だけど、わたしなんて、ゴミよゴミ。わたし三十路よ……。いいのかよこれ……。この通りの、行き遅れだよ。外面だけは整え……整えれてるのかなぁ……整って見せれていたら……いいなぁ……。ごほんっ。外見だけは整えてるけど、中身はヘドロ。ホントは口汚いし、かわいいオトコノコも、かっこいいオトコノコも大好きだし、薔薇《バラ》にも造詣《ぞうけい》があるし、最近は百合もいけそうに……ダメだなぁ、わたし……。

 

 教師だというのに名刺を持っていることを珍しがられたが、それはそれで話題として弾んだ。そうして、口の軽くなった、ちょろいわたしは、悪手そのものでしかないような、愚痴を口にし始めた。

 

「実は、わたしの担当するクラスから、大問題になる自由研究が出ちゃったんです……」

 

 酒も飲まずに酔っぱらってるのかわたしは、とこのときの自分の頭を叩いてやりたい。

 

「ほぅほぅ。大問題と。大きく出ましたな。ということは、PTAとカチ合うみたいな感じの?」

 

「えぇ、まぁ。幸い、一部の親だけでしたから。騒ぎ立てたのは」

 

 と、何故か先ほど鞄に入っていることに気付いたそれを、わたしは取り出し、見せた。

 

「今年問題になったのは三つありまして、そのうちの一つがこれで、別の一つを生み出した元凶だったりします。見て、みます?」

 

 と、それの表紙を見せる。それは、A4ノートの形をした劇物。

 

【アンケート ~せいすいってなあに? いろんな人に聞いてみました!~】

 

「あっ、せっかくですし、貴方が最後まで読み終わるまで、お互いコメントは無しにしましょう。そうして、感想言い合うっていうのはどうでしょうか?」

 

 そして、それは、わたしが想定している以上に、別の意味での劇物にもなった。

 

 だって、現に今、結婚前夜を迎えている。

 

 もう同棲もして、こうやって同衾もしている訳だけど、明日に備えて、旦那様はもう眠りについている。わたしは――、そう。わたしはそんな風にはすぐ眠れないよ。だからって、付き合って起きてられたら、それはそれで疲れるから、さっすが、旦那様って思うけどさ。

 

 ふぁぁぁあ……。あくびでた。もうちょっと、かな。

 

 まさか、旦那様が、あの"しらないおじさん"だとは感想聞くそのときまで、夢にも思わなかった……わぁ……。運命……感じた……し……心底……この人が……いいっ……て……すぴぃ、すぴぃ――




次で最終話です。
本日21時頃投稿予定。
必要に応じて、お気に入り登録などでお待ちいただけると幸いです。

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