トモくん、知らなかったかあ。逆にこっちがせいすいのこと聞かれることになるなんて。お兄ちゃんがウソでも一応教えてくれてて助かった~。さっすがお兄ちゃんだ。帰ったらお礼言っとこっと!
スキップしながらトモくんの家から飛び出し、帰路に着く少年。走れば8秒なのだ。スキップでも10秒程度で家に着く。なんとそんな短い間にイベントが起こった。なんと、兄の彼女のリカが少年の家から出てきたところだったのだから。二人は鉢合わせになった。となると、当然少年はその口から疑問をリカに向けて発する。
おっ、リカお姉ちゃんだぁ。これは、もう、聞くっきゃないよね。今日は結局だれにも聞けてないようなもんだし、今日の記念すべきアンケートに答えてくれる一人目はお姉ちゃんだあっ! あれ、お姉ちゃんなんか困ってる? あれ、なんで僕から離れていくのかな? 待ってぇっ、リカお姉ちゃ~ん!
昨日の自身の非常にまずい発言による気まずさを感じていたリカは鉢合わせた少年から徐々に距離を取り、一目散に逃げ出す。
「チヒロちゃん、また、また今度教えてくれるからね、じゃあね~!」
そう捨て台詞を残して。……とはいかなかった。少年の足はリカよりも速かったのだから。あっさり追いつかれて観念するリカ。
「はは……、はぁ、だめかぁ。はぁ、見逃してくれない……はぁ、よね。」
息が上がってはいるが、整った顔から発せられる笑顔。普通の男性なら彼女の言うことはすんなり聞いてしまうだろう。しかし、少年はまだ子供であった。全く効果はない。少年の頭の中にあるのは好奇心だけなのだ。聖水とは何かという答えを知りたいという好奇心。
「お姉ちゃん! 今すぐ、今すぐ僕は知りたいの。せいすいって一体なんなの? お兄ちゃんみたいにごまかすのはナシだよ。」
凄い勢いで走っていたのに全く息を切らさずに少年は真顔で、純粋な目でリカを見つめる。
『うわあ、どうしよう……。聖水……、教育上言えないよぉ。コウにもさっき泣いて頼まれたとこなのに……。絶対にチヒロには聖水の意味を教えるなって……。でも、もうだめ、だめ。隠し通せないよ~!』
葛藤するリカ。彼女が出した答え。それは――
「チヒロちゃん、聖水が何かっていうのはね、君がもう少し大きくなって、女の子が素敵なものに見えてきたら分かるからね。なんとなく、誰かに教えてもらわなくても、なんとなく分かるから。ね、それまで楽しみにしておいてね。」
先延ばしだった。今の少年にはとても言えない。しかし、少年が成長すれば、そのうち汚れに触れ、きっとその意味を自然と知ることになるだろう。それなら一切の問題はない。今知るのは時期尚早だというだけなのだから。そんなリカの考えも知らず、少年はガンガンと迫ってくる。食らいついてリカを離さない。
「え~、僕は今知りたいんだけど?」
不満そうにしている少年。しかし何かかわいげにもリカには感じられるので無碍にはできない。しかし、真実も言えない。
「きっと今聞いても分からないよ。」
全力ではぐらかす。必死なリカ。返答に身振り手振りが加わっていた。全身で少年に対応する。
「それでも教えて!」
全く食い下がらない少年。
「わかったよ。とってもありがたい液体。それが聖水だよ。」
作戦を変え、半端ながらも答えを与えることにした。まずい部分を隠して。
「ええ、それじゃあ分からないよ。」
少年は全く納得していなかった。首を傾げながらそのつぶらな瞳でリカを見つける。
「だから、言ったでしょ。今聞いても分からないよって。」
徹底的にあしらうリカ。
「ええ~……。」
「何年かしたら分かるようになるからそれまでガマンしようね~。」
「いやだ、いやだ、僕に分かるように教えてよ~」
リカは頭を抱えた。ひたすらダダを捏ねる少年に手をこまねくばかり。誰か助けてくらないかなと、リカは頭の中で思った。それが突破口になる。
『あっ、そうだ。私には無理ならもう、誰かに投げちゃえばいいや!』
いつものような悪い笑みを浮かべて少年に悪魔の言葉を吹き込む。しっかりと、ねちっこく。少年の標的が自分以外の誰かに変わるように。
「私には無理かなあ。どうしてもって言うんなら、誰か大人の人に聞いてみたら? きっと君に分かるように誰か教えてくれると思うよ。」
そう答えた後、リカはそこから走り去っていった。少年が考え込んでいるうちに。少年の気が変わらないうちに。
18時33分。もうすぐお風呂入らなくっちゃな。お兄ちゃんが上がってきたら僕の番だ。えっと、お姉ちゃんのアンケート結果もとりあえず書いとこう。えんぴつよ~し、ノートよ~し。でも、リカお姉ちゃんって書いても誰か分からないよな。じゃあ、こうしたらいっか。
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三人目
・聞いた人…リカお姉ちゃん(お兄ちゃんの彼女)
・答え…女の子が素敵に見えたら意味が分かるからね。とってもありがたい液体。それが聖水だよ。
・判定…僕が大きくなったらこのノートもう一回見よう。
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リカの姿が消え、家に戻った少年。自室の机の上で、ノートを広げ、鉛筆でそう記入した。そして、明日は誰にインタビューしようかにやにやと考え始めた。
『次はやっぱ、大人だよね~! 誰に聞こっかなぁ~!』