"せいすい"って、なあに?   作:鯣 肴

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第8話 マリーちゃんのにっき

「えへっ。チヒロくんが私といなかった夏休みの日。その部分を埋めると私の日記が完成するの。自分の日記じゃなくて、チヒロくんのことを私が見た日記。それなら自由研究になるでしょ。どう? これまでありそうでなかった自由研究!」

 

 いやいや、ダメでしょ、これ。まあ、斬新っちゃ斬新だけどさ……。

 

「チヒロくんがいっつもすごい自由研究ばっかりで、たまには私もすごいのをやりたくなったの。これならインパクトあるでしょ!」

 

 ……うん、確かにインパクトあるよ。僕には、ね……。それだけだよ。これ呼んで先生どういう反応すると思う? きっと引くよ。間違いなく。それに、こんな日記書いたって他の友達にばれてごらん? きっとその日からマリーちゃんの周りから人がいなくなるよ。悪いこと言わないから、やめとこう、ね……。

 

 いや、ダメだって、マリーちゃん。捨てられた子犬みたいな目で見てきてもダメ。

 

 うわあ、これは予想外だよ、いろいろ。まるで、お兄ちゃんがリカ姉ちゃんからされるイタズラ並みだよ、これ……。僕はお兄ちゃんみたいに、好き勝手にいじくりまわされるのはごめんだよ。どっちかっていうと、僕がマリーちゃんを……、いや、何考えてるんだ、僕は!

 

「え、どうしたの? チヒロくん。さっきから一人ですんごい顔たくさんしてるよ。大丈夫なの? ねえ、何か言ってよ、ねえ。なんで固まっちゃってるのよ。……もしかして私何か悪いこと言った? ねえ、ねえったら……。」

 

 なんか言い寄ってきて、で、ぽろぽろしくしく泣き出したマリーちゃん。それを見てやっと我に返った僕はマリーちゃんをおだててなんとか泣き止んでもらった。そして、本当は引き受けたくなかったがその宿題を引き受けることにした。

 

 僕が読んでまずくない内容かあらかじめチェックしてOKなら提出するという条件で。さて、これはしんどくなりそうだ。マリーちゃんが見た体で、僕自身の日記を書いて用意しておかないといけない。マリーちゃんがOKな日記完成させるとは限らないしね。それでダメだったらおばさんとの約束破ることになっちゃうよ。それはまずいからね。

 

 さーって、マリーちゃん帰ったら頑張って仕上げよっと。とりあえず今日の日付けの分までは。

 

「じゃあ、早速だけど、それ見せて、マリーちゃん。」

 

「うん、でも、笑わないでね。」

 

 また顔を赤らめるマリーちゃん。え、マリーちゃんそんな顔色変えてばっかりでしんどくない? 僕ならしんどいと思うよ、それ。さっきマリーちゃんにそれの存在明かされたとき、僕、百面相やったし。しんどかったもん。

 

「えっと、なになに?」

 

 僕はすらすらすら、と、ページをめくっていく。まずいことが書かれていないかだけの確認だ。だからそう時間を掛ける必要はないのだ。まずいところがなければ。

 

 

 

 

 

8月1日

 

チヒロくんがめずらしく遊びにさそってくれた。うれしい。ちょうど1001回目だわ。

 

 

 

 

 

 あれ、なにこれ? 1001回目? なんかやけに数字が具体的なんだけど。 それに、こういったものに書くのは普通きりのいい数字だよね? 1000回目とか。え、でもなんで1001回目って書いてるんだろう? 数えてたとかは、まあないか。うーんなんでなんだろう?

 

(チヒロくん、なやんでる、なやんでる! かわいい。ほんとうに何か考え事してるチヒロくんサイコー! だって、ちょっとかっこいいし、顔じっと見てても何も言ってこないんだもん。それにチヒロくんなんかすっといいにおいするし。)

 

「ねえねえ、なんで1001回目なの?」

 

「だってチヒロくんが私をさそってくれた1001回目なんだよ、記念すべき。」

 

「え、普通、記念すべきとかなら1000回目でしょ?」

 

「でも、この日は1001回目だったんだもん!」

 

「いや、そこは1000回目にしとこうよ。」

 

「いや、1001回目なの! サインペンでなぞっちゃうからね!」

 

ぎゅいいいいん

 

「うわあ、やっちゃったかあ、まあいいや。」

 

僕は少し気になってほぼ全然読めていなかった前の方のページを確認してみる。

 

 

 

 

 

7月28日

 

チヒロくんがめずらしく遊びにさそってくれた。とってもうれしい。すきすきチヒロくん。ほんとすき。

 

 

 

 

 

 ……、あれ? さっきのよりもひどいぞこれ。それもこれ、読まれたらまずそうなやつじゃないの。女の子にすきとか書かれたら、きっとクラスでウワサになる。そうなっちゃえば僕ずっといじられるじゃないの。

 

 昔のお兄ちゃんといっしょの目に遭うのはちょっと勘弁してほしいなあ。お兄ちゃん、近所の人にもからかわれてたみたいだったからなあ。なんか、教科書のお坊さんみたいな顔してたもんな、あのころのお兄ちゃん……。

 

「マリーちゃん、アウト~! これアウト~! 女の子が、すき、とか軽く言っちゃあいけません。お兄ちゃんがそう言ってたよ。」

 

「え、え、きゃっ! 読まれちゃった(ハート)!」

 

 僕はさっと消しゴムを使ってそれを消そうとした。

 

ごしごしごし……。

 

 ……消えないんですけれど。鉛筆で書いてるのは確かなのに、消えない。すんごい強く書かれてるくさいぞこれは。でも、これ消さないと僕が終わる。くっそお、どうしたらいいんだ!

 

 あ、あれを使おう!

 

 僕は机の引き出しを漁り、それをつかむ。

 

カッ

ギュイーン

 

 よし、いける。

 

トントントン、ねりねりねり、トントントン!

 

 よっしゃああ、消えたぁぁ、……あれ、痕が残ってるよね、これ……うわあ、普通になんて書いてあったか分かるよ。僕の名前と”すき”が書いてあったところだけすんごいへこんでる……なるほど、だから読み飛ばしてしまったわけかあ。ページがそこでくっついてしまってたわけかあ……。

 

 ……こういうときは、たしか、そう、アイロンだあ!

 

 僕はマリーちゃんを連れて一階まで降りて、縁側の傍の部屋まで来た。ここにアイロン台とアイロンがあるからだ。机もある。

 

「マリーちゃん、続きここでやるよ。一体どれだけアウトあるか分からないからんね! 今からアイロンでこの痕消すからね。いや、しょんぼりしないでよ。僕が悪いことしてるみたいじゃないか。これは、僕とマリーちゃんの今後のためなんだよ。」

 

「え、それってもしかして――――」

 

「いい、マリーちゃん! ウソ書いたらダメだよ、ねっ!」

 

ドン

ずっ、ドシン

バシバシバシバシ

 

「……バカ……。」

 

すっ、

ドンドンドンドンドンドン

 

 そのままマリーちゃんは僕の家から出ていった。日記を置いて。どうしたらいいの、僕。

 

 

 

 

 

 とりあえず、僕は、マリーちゃんを追いかけた。こういうときマリーちゃんは決まって公園へ逃げ込む。公園のブランコ。いっつもへこんだ後はそこにいる。

 

スタタタタ

ざっ

 

「まりーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん、はぁ、はぁ。」

 

 マリーちゃんのところまで全力で走った僕は息がぜいぜいなっていた。きついけど、何とか次の言葉をつなげようとして、そして。

 

「ごめんなさい! 僕が悪かったから許してっ!」

 

 とりあえず謝る。理由は分からないけど、謝る。悪いと認めて謝る。それがマリーちゃんのご機嫌を取る方法だ。僕の知る唯一の。できることはこれしかないんだ。

 

「いやよ。」

 

「……。うん、ごめん。僕帰るね。」

 

 マリーちゃんに許してもらえない。心が折れそうになる。僕はかかとをひるがえして家に帰ることにした。頭をかくんと下げて。

 

「ちょっと待ってぇ、待ってよ、チヒロくん。」

 

がしり

 

 手をつかまれた。がっしりと。胸部で抱え込むようにしっかりと。あ、これなんかほのかに気持ちいい……。

 

 僕は足を止めてマリーちゃんの方を向く。半泣きだった。

 

「チヒロくん日記許してくれるなら、許してあげる。」

 

 うーん、これはもう、許すしかないね。こんなうるうるされたら断れないよ。

 

「いーよ。明日からの分は、僕のとこ来てリアルタイムで書けばいいよ。帰ろっか、マリーちゃん。」

 

「うんっ!」

 

 僕たちは仲良く二人、家へ帰っていった。

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