バディズ   作:CABRIELL

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燿くんのお話です この話見る前に悪魔狩り(チェンソーマン)を先に見るこ事をおすすめします。
石河燿(いしかわ ひかる)
石河光太郎(いしかわ こうたろう)の叔父です。


変な男

「一寸先は闇」

その言葉通り、この業界では未来など誰にも見通せない。有望な新人も、歴戦の強者も、ある日突然、地獄の淵に飲み込まれる。それが公安デビルハンターという仕事だ。

高級ホテルの最上階、ジャズの音色が流れるバーで、岸辺は眼帯をしたバディ、クァンシと向かい合っていた。

「クァンシ。お前と組んで、もうすぐ九年か」

無糖のバーボンを喉に流し込み、岸辺は遠くの夜景に視線を投げる。クァンシは淡々とワインを口にするだけで、愛想など欠片もない。だが、そんな関係こそが、長く生き残るための適度な距離感だった。

「情がわく相手が死ぬから酒が増える。だったら、最初から情を持てない奴がいい」

そう吐き捨てた岸辺は、近く、クァンシのもとに新人が配属されることを知る。

数日後、その新人・中野ミナミが現れた。童顔で、まるで子犬のような新人は、クァンシへの憧れを隠そうともしない。

二週間にわたる訓練を経て、ある夜、三人は馴染みの居酒屋へ繰り出した。

「悪魔と戦う時の、コツのようなものはありますか?」

ミナミの問いに、クァンシは「思い切り殴る」と答え、岸辺は「頭のネジを緩めることだ」と付け加える。

まともな人間ほど、悪魔の恐怖に飲まれる。だからこそ、そのネジを外して自分を捨てるのだ。

しかし、どうすればその「ネジ」を緩められるのか。

岸辺は少し考えた後、ふと顔を上げた。

「ああ……なあミナミ。今のお前に適任な奴を呼んでやる。少し待ってろ」

岸辺は足早に外へ出ると、数分後、一人の男を連れて戻ってきた。

「……来るぞ」

ミナミが怪訝そうな表情を浮かべる中、現れたのは、ひらひらと手を振る一人の男だった。

「呼んだ?キシちゃん? あれ、姉さんもいるじゃん」

燿(ひかる)はそういうとゆっくりとイスに座った

ミナミ:「えっと……石河さん、ですよね? よろしくお願いします。あの、岸辺さんに『頭のネジを緩める』ことについて、石河さんが適任だって言われて……」

ミナミは、目の前に現れた「少し変わった男」の様子を伺うように、おずおずと尋ねた。隣ではクァンシが、まるで厄介な生き物を見るような目で燿を眺め、酒を煽っている。

クァンシ:「岸辺、わざわざコイツを呼ぶとはな。……ミナミ、あまりこいつの言うことを真に受けすぎるなよ。毒にはなっても薬にはならん男だ」

岸辺:「はは、違いない。だが、まともな感性を持ったままこの仕事を続けるのは地獄だ。こいつの『異常さ』は、ある意味じゃ教科書みたいなもんだろ。……ほら燿(ひかる)新人の可愛いお嬢ちゃんが質問したがってる。お前のその、腐りきった、いや、突き抜けた思考回路を開陳してやれ」

岸辺はニヤニヤしながら、石河に新しいジョッキを押し付けた。

ミナミ:「あの! その、石河さんは悪魔を相手にする時、怖くないんですか……? 私は、どうしても足がすくんでしまいそうで。どうすれば、石河さんみたいに……その、自然体でいられるんでしょうか」

ミナミは、石河の掴みどころのない雰囲気に戸惑いつつも、必死に教えを請おうと身を乗り出した。

燿「怖い.....?あ〜どうだろう俺は腹立つな攻撃してくんな!って感じかな」

ミナミ「は、腹が立つ……ですか? 恐怖じゃなくて、怒り……?」

ミナミは予想外の答えに、パチクリと目を丸くさせた。彼女が想定していたのは「勇気で打ち勝つ」とか「無心になる」といった類のものだったが、目の前の男から返ってきたのはあまりに即物的で、妙に軽い感情だった。

岸辺「聞いたか? これがネジが外れてる奴の言い分だ。普通は包丁持った強盗に襲われたら死を覚悟するが、こいつは『服が汚れるだろ、ふざけんな』で殴りかかるタイプだ。な、燿?」

岸辺は呆れたように笑いながら、焼き鳥のつくねを口に放り込む。

クァンシ:「燿、お前のそれは、単に思慮が浅いだけではないのか。敵の強弱すら測る前にキレていては、いつか本当に死ぬぞ」

クァンシは冷めた視線を燿に向けながらも、どこか呆れたような、あるいは長年の付き合いゆえの諦めのようなトーンで言葉を添えた。

岸辺:「そう。その『想像』ってやつが一番厄介なんだ。想像力は、時に悪魔の獲物を美味しくするためのスパイスになっちまう。燿、お前は悪魔を前にして、自分が食われるとか、死ぬとか、そういう想像はしないのか?」

燿「食おうとするなら殺すからな死んでも呪い殺すって思ってる」

ミナミ「し、死んでも呪い殺す……」

ミナミは、燿の口から飛び出した物騒すぎる言葉の熱量に、思わず背筋を震わせた。それは「正義」や「義務」といった綺麗な言葉とは対極にある、執念に近いドロドロとした生への執着、あるいは死すらも利用しようとする狂気だった。

岸辺:「聞いたかミナミ。死ぬのが怖いんじゃない、『死なされるのが癪に障る』んだよ、こいつは。相手が悪魔だろうが神様だろうが、自分を害する奴は一寸先でも地獄まで追いかける。そのくらいの図太さがな、ネジを緩めるってことの正体だ」

岸辺は愉快そうにテーブルを叩き、空になったジョッキを店員に掲げる。

クァンシ:「……全く。呪い殺すなど、悪魔よりよほど悪魔らしい発想だな。だがミナミ、これが公安で長く生き残る奴の、一つの真理でもある」

クァンシは少しだけ表情を和らげ、戸惑うミナミに視線を向けた。

クァンシ:「恐怖は、自分を『弱者』だと認めることで肥大する。だが燿のように、自分が被害者になることすら許さない傲慢さがあれば、悪魔は付け入る隙を失う。……もっとも、こいつのは傲慢というより、ただの意地汚さに見えるがな」

ミナミ:「意地汚さ……。石河さん、あの……そんな風に思えるようになるには、やっぱり相当ひどい目に遭ってきたりしたんですか? それとも、最初から……その、そういう性格だったんですか?」

燿「元からかな.....?考え方変えたワケでもないから元からだと思うよ」

岸辺「元から、か。……だろうな。後天的にそんな性格になれるんなら、今頃公安は聖人君子か、もっとマシな地獄になってるはずだ」

岸辺は吐き出した紫煙の向こうで、燿の顔を眺めながらニヤリと笑った。

岸辺:「いいかミナミ。世の中には『努力して強くなる奴』と『元から狂ってる奴』の二種類がいる。ここのクァンシは前者と後者のハイブリッドな化け物だが、この燿って男は、生まれた時からネジの袋をどこかに置き忘れてきたタイプだ」

ミナミ:「元から……。じゃあ、石河さんは最初からデビルハンターになるのが怖くなかったんですか? 私は、採用試験の時も、今も、ずっと心臓がバクバク言ってるのに……」

と握りしめ、自分と「石河 燿」という男の間の、埋めようのない距離に溜息をつく。

クァンシ:「……ミナミ、そう落ち込むな。元から狂っているというのは、裏を返せば、普通の人間が持っている『大切な何か』が欠落しているということだ。こいつらはそれを酒や戦いで埋めているに過ぎない」

クァンシはそう言って、燿のジョッキに自分のワインを少しだけ垂らす悪戯をした。

クァンシ:「燿。お前、その『呪い殺してやる』っていうマインドで、今まで一番危なかった時はどうしたんだ。九年もやっていれば、呪い殺す暇もなく終わりそうな場面もあっただろう」

岸辺:「ああ、気になるな。お前のその『呪い殺す執念』が、実際の修羅場でどう役に立ったのか、新人に語ってやってくれ」

燿「あ〜まあ危なかった時は美人に会うんだ!って思いながら頑張ってたよ」

ミナミ:「び、美人に会う……?」

ミナミは、あまりに直球で俗世的な答えに、持っていた箸を止めて固まった。死線を潜り抜けるための原動力が、崇高な理念でも執念の呪いでもなく、ただの「煩悩」だったことに拍子抜けしたのだ。

クァンシ:「……ふん。やはりな」

クァンシは呆れたように鼻で笑い、ワインの残りを飲み干した。

クァンシ:「岸辺もそうだが、男というのはつくづく単純にできている。死の間際までそんなことを考えているから、悪魔も拍子抜けして食い扶持を失うんだろう」

岸辺:「おい、俺をこいつと一緒にするな。……と言いたいところだが、否定はできん。いいかミナミ、これが『ネジを緩める』の具体的な実践方法だ。死に直面した時、まともな奴は『死にたくない』と怯える。だが燿みたいな馬鹿は、『ここで死んだらあの美人とデートできない』と怒るんだ。恐怖を別の欲望で上書きしちまうのさ」

ミナミ:「恐怖を……上書き。……それって、すごく不謹慎な気がしますけど、でも……確かに、そう考えている時の石河さんは、悪魔なんてこれっぽっちも怖がってなさそうですね」

燿は手を口に覆って咳をする

燿「ごめん...」

岸辺は冷めた焼き鳥を口に運び、少しだけ真面目な顔をして続けた。

岸辺:「まともな奴は、悪魔の恐ろしさを正しく理解して死ぬ。だが、燿みたいな奴は、悪魔のことなんてこれっぽっちも理解しようとしない。頭の中は美人のことか、次に飲む酒のことだけだ。悪魔からすりゃ、自分より理解不能なモンに遭遇してるようなもんだからな」

ミナミ:「理解不能なもの……。……石河さん、私、少しだけ勇気が出た気がします。悪魔を『怖い存在』として見るんじゃなくて、『私の楽しみを邪魔する腹立たしい奴』って思えばいいんですよね?」

ミナミは自分を納得させるように何度も頷き、燿の方を向いて拳を握った。

ミナミ:「あの! 石河さん! もし私が実戦で怖くなって動けなくなったら……その時は、石河さんがまた何か、ネジが外れるような変なことを言ってくれますか?」

燿「ドライバーとか持って来てーとか言えばいいの?ネジ緩めるために」

ミナミ:「ド、ドライバー……!? え、ネジを締める方の……?」

ミナミは目を点にして、手元に置いていた箸を落としそうになった。緊迫した戦場で、命を狙う悪魔を前にして「ドライバーを持ってこい」と言われる光景を想像し、彼女の真面目な思考回路がショートしかけている。

岸辺:「ドライバーか、そりゃいい。物理的に締め直してやるから、耳の穴から差し込めってか?」

岸辺は酒が鼻に入りそうになりながら、激しくテーブルを叩いて笑った。目尻に涙を浮かべながら、ジョッキに残ったビールを飲み干す。

岸辺:「いいかミナミ、これが石河燿だ。…なぁ燿、お前それ、本当に工具箱持って現場行く気じゃないだろうな?」

クァンシ:「……呆れた。燿、お前のそういうところが、新人を一番混乱させるのだ」

クァンシは溜息をつき、眼帯の奥の瞳を僅かに細めた。不機嫌そうではあるが、その声には長年この「変な男」と死線を潜ってきた者特有の、奇妙な身内意識が滲んでいる。

クァンシ:「ミナミ、こいつの言うことを文字通りに受け取るな。だが……もしお前が戦場ですくんだ時、そんな馬鹿げた冗談を言える男が隣にいると思えば、少しはマシだろう。悪魔の咆哮より、バディの戯言の方が耳に響く。それが私たちの現場だ」

ミナミ:「ふふっ……あはは! そうですね。もし本当に戦場で石河さんに『ドライバー持ってきて』なんて言われたら、怖がってるのが馬鹿馬鹿しくなっちゃいそうです。……はい! 私、ドライバーでもペンチでも、なんでも持って行きます!」

ミナミは吹っ切れたように笑い、石河のジョッキに瓶ビールを注いだ。

ミナミ:「石河さん、ありがとうございます。なんだか、公安に入る前の緊張が、少しだけマシになりました。……でも、本当に耳に差し込んだりしないでくださいね?」

岸辺「さあな、こいつのことだ。九年も一緒にいて、俺ですら次に何をしでかすか読めん。…」

そして次の日

燿も来る

燿「えっとここ?であってる?」

クァンシはやはり女性に優しいらしい燿は通り過ぎるまでに新人の男達の話の中でクァンシって人の指導があまりにも厳しいと聞いていた

燿はこう思った

「美人が指導してくれるから最高じゃん」っと

トレーニングルームの重い鉄の扉が開くと、そこには昨日と変わらず、冷徹なまでの美しさを湛えたクァンシが立っていた。彼女の視線は、すでに走り込みを終えて息を切らしているミナミに向けられている。

その背後から、二日酔いを感じさせない足取りで岸辺がふらりと現れた。

岸辺:「……燿、お前。場所を覚える気がないのか、覚えるためのネジも捨ててきたのか、どっちだ。ここは九年前から変わってねえだろ」

岸辺は呆れたように壁に寄りかかり、手慣れた手つきで火をつけようとして、ここが禁煙であることに気づき、舌打ちをして煙草を耳にかけた。

岸辺:「外の廊下で新人の男どもが泣き言を言ってただろう。『クァンシ先生の指導は地獄だ』ってよ。あいつら、あばらの一本や二本でガタガタ言いすぎなんだよな。なぁ?」

クァンシは岸辺の言葉を無視し、こちらへ歩み寄ってきた。彼女のタンクトップからは、鍛え上げられたしなやかな肢体が覗いている。

クァンシ:「……来たか、燿。お前がいると訓練の邪魔なのだが、岸辺が『お前の狂いっぷりを見せるのも教育だ』とうるさくてな」

クァンシはそう言いながら、少しだけ口角を上げた。それは昨日、ミナミに見せていた慈愛に近い表情とは違う、戦友(バディ)に向ける冷たくも信頼の籠もった笑みだ。

ミナミ:「あ、石河さん! おはようございます! あの……本当に来てくださったんですね」

燿「女の子のお願いは断れないからね」

膝をついて肩で息をしていたミナミが、顔を上げて嬉しそうに笑う。だが、その顔は既に汗だくで、クァンシの「肩ならし」がいかに過酷なものかを物語っていた。

クァンシ:「燿、お前もそこに立っているだけなら、少しは役に立て。新人の男たちが私の指導をどう言っていたか知らんが、私のやり方は一つだ」

クァンシは、石河の鼻先に鋭い手刀を突き出し、ぴたりと止めた。

クァンシ:「『死にたくなければ、私に殺されるつもりでかかってこい』。……燿、お前がさっき考えていたような『美人の指導』が、どれほど血なまぐさいものか、ミナミに改めて見せてやってはどうだ?」

岸辺:「朝から本気かよ...」

クァンシは燿の顔面にあまりにも早い蹴りを放つ

燿は避ける

燿「びっくりした!」

クァンシ少ししゃがんでは拳で燿の腹を殴ろうちするが燿は受け流す

岸辺:「おいおい、いきなりかよ。朝の体操にしちゃあ、スピードが殺人的すぎるだろ」

岸辺は壁に寄りかかったまま、欠伸を噛み殺してその光景を眺めている。彼の眼には、二人の動きがスローモーションのように見えているのか、あるいは単に見慣れすぎて驚きすら忘れたのか。

ミナミ:「えっ、あ、ええっ!? クァンシ先生!? 石河さんっ!!」

ミナミはあまりの衝撃に、呼吸をするのも忘れて固まった。昨日、自分が受けていた「肩ならし」とは次元が違う。クァンシの蹴りは空気を切り裂き、その直後の重い拳は、まともに喰らえば内臓が弾け飛ぶような勢いだ。それを紙一重でかわし、流れるように受け流す燿の姿に、彼女は言葉を失う。

クァンシ:「……ふん。やはりお前は、どれだけ酒を飲んでいても反射だけは鈍らないな」

クァンシは低く構えたまま、獲物を狙う猛獣のような鋭い視線を燿に向けた。その瞳には、容赦のない「指導者」としての厳しさと、好敵手を前にした時のわずかな高揚が混ざっている。

岸辺「燿、お前、今のも避けたあとに『姉さんの脚、綺麗だな』とか考えてただろ?」

燿「なんでわかったの?俺めっちゃ脚綺麗って思ってたよせいかーい」

クァンシは燿の足掛けてコケさせる

クァンシは転けるた燿を踏みつぶそうとするが

燿は後ろに跳ね起きて避けた

燿「ちょっと喋ってるじゃん今!!」

クァンシは距離を詰めて燿の後ろに回り込んで回し蹴りを放つが燿も後ろに蹴りを入れてクァンシの脚に当てて蹴りを避けたクァンシは燿の首の首に腕を回して締めようとするが

燿が間から指を入れて脱出する燿はクァンシの脚に脚をかけるクァンシはわざと体制を崩して燿も転けさせるクァンシは殴ろうとするが燿はクァンシの腹に両手を回して仰向けになった

するとブザーが鳴る

燿「あれ?タイム測ってたの?」

岸辺はストップウォッチを止めると、無造作にポケットへ放り込んだ。床には、組み合ったままのクァンシと、その下に潜り込むような形の燿。

ミナミ:「す、すごい……。全然、目で見えませんでした。クァンシ先生の締めを指一本で外すなんて……それに、石河さん、あんなに激しく動いてるのにずっと喋ってて……」

ミナミは感心を通り越して、恐怖すら感じていた。自分があれほど苦戦したクァンシを相手に、遊びのように立ち回る燿の底知れなさに。

ミナミ:「あ、あの! 石河さん、大丈夫ですか!? どこか痛んだりしてませんか?」

ミナミが慌てて駆け寄り、床に転がったままの燿に手を差し伸べる。

岸辺:「心配いらねえよミナミ。こいつは痛いとか苦しいとかより先に、『至近距離で姉さんの腹筋が見れた』って幸運を噛み締めてるような男だ。……なぁ燿?」

燿「大丈夫だよ怪我してないよなんなら回復した」

ミナミ:「か、回復した……!? あんなに激しく動いて、クァンシ先生に踏まれそうになったのに、元気になってるなんて……」

ミナミは差し出した手を引っ込めるのも忘れ、呆然とした顔で燿を見つめた。彼女が今日まで教わってきたデビルハンターの常識が、石河燿というフィルターを通すたびに、音を立てて崩れ去っていく。

クァンシ:「……。やはり、薬より酒より、欲望の方がこいつには効くようだな」

クァンシは乱れた髪を無造作に手櫛で整えると、呆れを通り越して感心したように吐き捨てた。しかし、その眼差しの奥には、九年間も自分の理不尽なまでの強さに付き合ってきたバディへの、言葉にしない敬意が微かに混じっている。

岸辺:「聞いたかミナミ。ダメージをダメージとして受け取らず、ラッキーだと思い込む。脳がバグってりゃ、痛みすら快楽に変換されるのさ」

クァンシの姿がブレた。

次の瞬間には、容赦のない鋭い前蹴りが、空気を爆ぜさせながら至近距離まで迫っていた。

燿は避ける

クァンシはもちろんこれをわかっているので右ストレートが何度を何度も飛ばす燿は右に流してクァンシの脚を引っ掛ける

燿はクァンシの頭を支えようとするがクァンシは燿の側面の顔を蹴る

燿は一応衝撃を逃がして転けた

燿「痛い...鼓膜イカれるとこだった...」

クァンシ:「……。倒れる間際、私の頭を支えようとしたな。戦場でその甘さは命取りだぞ、燿」

クァンシは驚異的な体幹で何事もなかったかのように綺麗に着地し、トントンと自分の衣服の埃を払った。その表情は冷徹だが、燿の「頭を支えようとした」という突発的な行動に、ほんの少しだけ調子を狂わされたような、複雑な色が瞳の奥に揺れている。

岸辺「燿次はミナミの組手の相手をしてやれ。」

ミナミ:「えっ! 私が石河さんと……!? あ、あの、よろしくお願いします! 石河さん、お手柔らかに……! でも、私、さっきの動きを見て、少しでも石河さんに近づきたいって思いました!」

異常な余裕」を少しでも盗もうと、構えをとり直した。

クァンシ:「燿。新人をあまり変な方向に導くなよ。……もしミナミが変な性癖に目覚めるようなことがあれば、次こそはお前の首をドライバーで締め上げるからな」

クァンシは壁際に下がりながら、冗談とも本気ともつかない冷たい警告を投げかけ、二人の対峙を見守る体制に入った。

燿「ハハ!大丈夫だよ心配しすぎ2人とも...」

燿はミナミの方を向き直し

燿「よぉしいいよ!」

ミナミは燿に距離を詰めるが

燿はミナミを両手で持ち上げて

掲げた

ミナミ「あわわ!」

燿は降ろしてお姫様抱っこのような感じにする

燿「今殴れるよ.....?俺の事」

ミナミ:「えっ、あ……ええええっ!? し、石河さん!?」

ミナミの視界が急激に浮き上がり、天井の蛍光灯が目の前に迫ったかと思えば、次の瞬間には力強い腕の中に収まっていた。戦場のような緊張感が漂っていたトレーニングルームに、場違いなほど甘い「お姫様抱っこ」の光景が広がる。

ミナミ:「な、ななな……何をっ! あ、足が浮いて……! えっ、殴る!? 今、この状態でですか!?」

ミナミは顔を真っ赤にし、バタバタと足を動かそうとするが、燿の腕は驚くほど安定していて揺るぎもしない。あまりの密着感と、重さを感じさせないその怪力に、彼女の思考は完全にフリーズしてしまった。

岸辺:「……クッ、ハハハハハ! おい見ろよクァンシ、これが石河燿の『組手』だ。格闘技術もクソもねえ。相手を戦意喪失させるんじゃなく、困惑させて脳をショートさせる。ある意味、最強の防御術だな」

岸辺は腹を抱えて笑い、壁を叩いた。昨日「寝技の訓練はするな」と言った意味を、今さらながらに痛感している。

クァンシ:「…………燿」

クァンシの眉間には、彫刻のような深い皺が刻まれていた。彼女の手が、無意識に腰の後ろ――本来なら得物があるはずの場所――へと伸びる。

クァンシ:「お前……教育と言って、何を新人に教えている。それは組手ではない、ただの事案だ。……ミナミ、何を呆けている。そいつが言う通り、顎でも鼻でもいいから、全力でぶち抜け。隙だらけだ」

ミナミ:「え、えええっ! でも、こんなに優しく持たれてるのに殴るなんて……あ、あの、石河さん! これ、何の訓練なんですか!? 心臓に悪すぎますっ!!」

ミナミは混乱の極みに達し、握りしめた拳をどこに振り下ろせばいいのか分からず、燿の胸板をポカポカと弱々しく叩くのが精一杯だった。

燿はゆっくりミナミを下ろした

するといきなり目の前に拳が飛んできた

燿は避ける

クァンシはタックルして

燿を持ち上げる

燿「やべえ!!」

クァンシは思いっきり床に投げつける

燿「痛い......」

ミナミ「石河さん大丈夫ですか!? 今、絶対頭打ちましたよね!? 床が……床がちょっと凹んでませんか!?」

ミナミが半泣きで駆け寄ろうとするが、クァンシは冷ややかな眼差しのまま、倒れた燿のすぐ傍らにスッと立った。乱れた息一つ乱さず、冷たい汗がその白い肌を伝う。

クァンシ「痛いならそのまま寝ていろ。その方が、世の中のため、そして新人の教育のためだ」

クァンシはそう吐き捨てながらも、床に転がる燿の安否を確かめるように、眼帯のない方の瞳をわずかに細めた。

岸辺:「おい燿、いつまで死んだふりしてやがる。お前なら今の衝撃も『姉さんの温もりが残る床で寝られて幸せだ』とか、そんなろくでもない感想で上書きしてる頃だろ? ほら、ミナミが本気で心配してやがるぞ」

燿は小声で

燿「あの投げる時にタンクトップがこう....バって上がった時に見ようとしたのに早すぎて見えなかったら....どう見ようか考えてた....痛い....」

 

クァンシ:「…………」

クァンシの周囲の温度が、一気に数度下がったような錯覚を覚える。彼女は無言で自分のタンクトップの裾をきっちりと整えると、倒れている燿の顔のすぐ横に、ドスッ、と鋭い踵を落とした。床のコンクリートに微かな亀裂が走る。

クァンシ:「燿。……お前が今、その痛みを快楽に変換してニヤついているのが手に取るようにわかる。……その腐りきった眼球を、一度ドライバーで抉り出して洗ってやったほうが良さそうだな」

岸辺:「はは、無駄だ。こいつは逃げやしねえよ。むしろクァンシが怒れば怒るほど、その躍動する筋肉に色気を感じちまう重症患者だからな。……なぁ燿、お前なら今のクァンシの殺気すら、『俺を構ってくれてる情熱』だとか思ってるんだろ」

クァンシ:「……ふん。また私のタンクトップがまた少し乱れるのを期待していたのではないだろうな?」

岸辺:「間違いない。こいつのことだ、地面に顔を伏せてる間も、『ローアングルからなら何か見えるかもしれない』なんて考えてたに決まってる」

岸辺はそう言って笑い飛ばすと、パチンと指を鳴らした。

岸辺:「よし、そこまでだ!燿、起き上がれ。……ミナミ、これが『頭のネジを緩める』の完成形だ。恐怖を煩悩で上書きし、屈辱を幸運だと勘違いする。そうやって九年。……まあ、お前さんがこの域に達する頃には、公安そのものがなくなってるか、お前さんが公安のトップになってるかのどっちかだろうな」

ミナミ:「石河さん、お疲れ様でした! ……あの、石河さんの戦い方、私には到底真似できそうにないですけど……でも、なんだか勇気が出ました。私も、自分なりの『ネジの緩め方』、探してみます!」

ミナミは眩しいものを見るような目で、土埃を払って起き上がった燿に深々と礼をした。

 




燿くんはちょっとおバカですね
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