おとぎ話の始まり
昔々、あるところに一人の魔女がいました。その魔女は平和を誰よりも望み、争いごとをめっぽう嫌いました。とてもとても、とびっきり穏やかな魔女だったのです
幾万年もの前、魔女はエルフやヒト、他種族の人間達とも
永らく泰平の世を共に過ごしました。
皆でそれはそれは、素敵なお茶会なんかも開きました。ティーカップの中身が無くなることも気づかぬ程にも心躍る、夢見心地だったのです。
この時間がずっと続いて欲しい。
この何ものにも代えがたい、他者を慈しむ心を大切にしてゆきたい。
この頃はそう思っていました。
しかし、そんな平和も長くは続きませんでした。私たち魔女が壊した…
いえ、人類皆で壊した…のほうが正しいですね。
魔女。アタシたちの種族の名前なのです。穏やかな人が非常に多く、全人類の発展を切に願っていました。ある時、この世界の平和をより強固にしようと、文化の交流を兼ねて『とある力』を皆さんに分け与えさせていただきました。
魔女だけしか本来持ち得ない、偉大なる不可思議な力。優しいアタシたちにのみ許された強大な力。
そう、魔法。
魔法は凄い力なんです。あんなに重いと思ってた自分の身体で空だって飛べてしまうし、火を口から吹いたり、深い傷だって一呼吸の間に癒やせるのです。
まるでおとぎ話のようですね
アタシたちは人類皆の未来を祈って、
まじないとして皆に魔法という力を与えたのです。
でもアタシたちの込めた想いを嘲り笑うかのように、そのまじないは『呪い』へと変わりました。変わってしまったのです。
そんなつもりなんて、ありませんでした。
ある日から、みんなおかしくなりました。普段は滅多に怒らないようなエルフの友達も、血眼になりながら誰彼構わずに当たり散らしています。ヒトの友達も体調がすこぶる悪いのか、目尻に赤色の涙を溜めながら浅い呼吸をしていました。
魔女以外の他種族同士の喧嘩が絶えません。時に家族や知人と思われる者同士とも時に命を奪い合う…。胸の奥がキュッとなりました。まるで心の臓を掴まれているかのような圧迫感。罪悪感と言う牙がアタシを深々と突き立てました。
アタシたち魔女は他種族全員からの嫌悪の的でした。そりゃそうです。分け与えた魔法に呪いが憑いているなんて。彼らからしたら有り得ないですよね。
そして、戦争が起こりました。
アタシは抗った。この呪いに。誰かも分からない命が、知れず燃え散るようなこの戦争に。……でも、アタシや他の魔女たちでもそれは無理でした。
穏やかなアタシたちは、どうしても心の中の枷を取り外すことも出来ません。あるものは逃げ、あるものは傍観し、あるものは蹂躙される。
アタシたちは力に力で対抗できませんでした。道を間違えた者にすら、救済の手を差し伸べられない。アタシたち魔女は弱かった。
幾年戦ったのでしょう。。戦争は終わりました。
もう身体も心もボロボロです。同胞を含めて沢山の被害が出ましたが、どうにかここから立て直していかなくてはなりませんね。
そう思っていました。
「魔法のせいだ」「呪いのせいだ」「お前たち、魔女のせいだ」
「全ての発端の魔女に処刑を下せ」
他の人間たちからの後ろ指がこの頃から過激になりました。時の権力者にでも唆されたのでしょうか。
どうしてもアタシたち魔女を物語の悪役に仕立て上げたいようです。
彼らが主人公であり、アタシたちは何者にも同情をされない物語の悪役なのです。
アタシたち、数少ない生き残りの魔女たちは裁判にかけられました。
しかしそれは裁判と言う名を被った、処刑執行台に等しかったのでした。
魔法は使えても、所詮は生身の人間。魔女もその例外ではないのです。
ズドンッ
容赦なく断罪の刃が、アタシたちを繋ぎ止めていた命脈ごと断ち切る。
一瞬だった。誰に向けて良いのか分からない憎悪、恐怖もほんの瞬きの間。
電源が抜かれたように、アタシの意識は闇へと落ちる。
アタシは確かにそのまま息絶えました。
……息絶えたはずでしたが、開くはずのない視界がうっすらと開いたの。
感じるはずのない光を網膜が焼き付けるように知覚したの。
びっくりしたわ。だってアタシ、魂だけの存在になってしまったのだもの。
ふわふわと宙に浮くだけの滑稽な存在。
未練や後悔という細い糸がこの世にアタシをしがみつかせている。
そんなおとぎ話のようなことが起こるの。
アタシは肉体的な意味では死を迎えました。処刑をされてしまったのだから当然よ。
しかし、ここからは第二の人生が始まったようなワクワク感が確かに胸の奥底にあったのです。おとぎ話という絵本から飛び出した、何者にも囚われないアタシ。
魂だけになってしまったけれど、現世に留まることのできたアタシの存在意義を考えたわ。
……そう、考えたの。
アタシはこの物語を作り替える。アタシが変えてあげる。
志半ばで倒れていったアタシの仲間たちも、アタシたちをこんな目に合わせた酷い主人公たちも、全部引っくるめて。きっと皆喜ぶでしょう。またお茶会でもしましょうか。豪勢なパーティーを開くのも良いですね。
新しいページなんて要らないわ。アタシがここからおとぎ話自体になるのですから。魔女の呪いですか…良い響きなのです。悪役にぴったりの、まさしく厄災です。
……最近、良い子を見つけたのです。魂だけになってしまったアタシに適応出来る、素晴らしい肉体を持った子を。まさしく器と呼んでも良いでしょう。
あの子の身体さえ、手に入れれば。物語は一気に終幕へと近づくのですが。
大切にするために呪いをかけておきましょう。大丈夫ですよ。痛くありません。他の人間よりも、ちょっとだけ長生きする程度の力を与えただけです。貴方を傷つけるなんて、これっぽっちも思ってなんかいません。
リンネ。
アタシと一緒に、悪い主人公たちを退治しましょう。ゆっくりで良いのです。
貴方のペースで。ゆっくりゆっくりと変えていきましょう。
この物語の結末はハッピーエンドで良いですね。口出しなんかさせませんよ。
貴方と出会ったとき、これは運命だと思いました。貴方とアタシでしか果たせない、物語の転換点です。他の誰の役者も、つけいる隙が無いくらいの。
さぁ、そろそろ物語の幕が上がります。拍手の準備は良いですか?
二人で作り上げるおとぎ話。どんなシナリオなのでしょうか。待ち遠しい限りです。