四月八日 二一:〇〇頃
紀伊半島沖合
そこで晴風の護衛と監視を行いながら横須賀に向かうプリンツ・アーダルベルト。その艦内でアレクサンドラ達は困惑していた。
「どういう事だ?」
「わ、私にもさっぱり…」
アレクサンドラの疑問にアンネリーも困惑した様子で答える。
「海上安全委員会からの広域通信を拾いました」
「…」
そこで正式な通知として発表された内容に再度目を通す。
『現在、横須賀女子海洋学校の艦艇が逸脱行為をしており、同校全ての艦艇の寄港を一切認めないように通達する。
また以下の艦は抵抗するようなら撃沈しても構わない。
対象:陽炎型航洋直接教育艦 晴風』
その通信文に乗組員は首を傾げていた。なぜ撃沈も許可するような通達がいきなりあったのか…。
「我々、聴取は送信しましたよね?」
「勿論。横須賀校に晴風を捕まえた話はしたはずよ」
そこでマリアは多いに頷く。ちゃんと送信履歴と応答の履歴もあるので、間違いなく横須賀校には送られているはずだ。
「…情報が錯綜している可能性があるな」
なにせこの通信文が発表された段階で既に
「如何なさいますか?カイザー」
そこでエルフリントが聞くと、アレクサンドラは少し沈黙した上で指示を出す。
「当たり前だが、撃沈は無しだぞ」
「勿論です」
彼女達は晴風の処遇を決定すると、再度アレクサンドラは通達を見る。
「それに、この文章は正式な文章では無い可能性のほうが高い」
「何故です?」
アンネリーが首を傾げると、彼女は言う。
「どう考えてもこの文体は公式な文書にするにしては砕いた表現らしく無いか?」
「私はあまり日本語が得意では無いのですが…」
そこで指摘をされて再度日本語を読むと、彼女が教わった日本語と照らし合わせていた。
同じ頃、晴風艦橋でも同様に混乱が広がっていた。
「げ、げき…」
撃沈も構わないという通達は、彼女達に底知れない恐怖を呼ぶ。
「撃つのは好きだけど、撃たれるのはやだぁ~!」
西崎は先ほど艦橋を襲撃されたことを思い返しながら頭を抱えて叫ぶ。
「何所の港にも寄れないって事?」
「そう言う事だな…」
岬はその通達の意味を聞くと、苦々しく真白は頷いた。
「わ、私たち…完璧にお尋ね者になってるよぉお~…!!」
舵を握っていた知床は、自分たちがおかれたこの状況に思わず涙して天を仰いでしまう。そんな中、岬は夕方頃に聞こえていたあの無線を思い出す。
「もしかして武蔵も同じ状況なのかも…だから非常通信を…」
「こっちと違って、簡単に沈むような艦じゃない」
そんな彼女に真白はそう言う。確かに武蔵は戦艦だ。それも世界最強と謳われる史上最大級の戦艦だ。沈められる艦艇が居るのかと探す方が大変だろう。
「でも助けを求めていた。だから…」
岬はそこで武蔵の事を思っていると、そんな彼女に真白は怒鳴った。
「我々の方が助けが必要だろう!!それに、実技演習もしていない私たちがどうやって助ける気だ!」
そう、今の晴風は撃沈すら許可されている立場的には非常に危うい。何も知らされていない武蔵よりも晴風は自分達の身の危険があった。
「学校へ戻る方針は変えるべきじゃない。それに助けに行くにしてもプリンツ・アーダルベルトにも迷惑をかける事にもなる。武蔵のことは学校に報告して任せよう」
「…分かった」
岬は真白の意見に渋々と言った様子で、自分の晴風のことも考えて判断を下した。
「だ、大丈夫だよね…?」
「「「「「?」」」」」
すると、そこで知床が真白が言ったプリンツ・アーダルベルトに関してある懸念を示す。
「その…ドイツ艦から…ほ、砲撃とか…」
「「「「…」」」」
そこで全員が沈黙して自分たちの背後を航行しているプリンツ・アーダルベルトを思う。
彼女達は自分達の艦に強襲をかけて占拠した後、聴取を終えてから開放の後に横須賀に向かう二隻。こちらは駆逐艦、相手は巡洋戦艦。おまけに機関修理中でこちらは小回り以外に勝る部分はなかった。
撃沈も許可されている現状、向こうから撃たれても文句の言えない状況にあった。
「…多分。大丈夫だと思う」
岬はそんな艦橋の中の暗い雰囲気を打ち消すように口を開いた。
「どうしてですか?」
「私たちと会うときに通信だってしてきたし、それに…
海の仲間は、家族だから…」
「…」
彼女の言葉に、真白はいつもであれば『そんな根拠のないことで…』と言った事だろう。しかし今、自分たちが置かれた状況を考えるとそんな言葉にすらもすがりたくなってしまう。現にプリンツ・アーダルベルトの仰角が動いたと言う情報はなかった。
「シロちゃんの言う通り、このまま学校に戻ろう」
「うい」
そこで岬の方針に立石が頷くと、彼女は言った。
「じゃあ私が艦橋に入るから。皆は休んで」
彼女はそう話すと、そこで納沙が言う。
「今夜の当直は、私とリンちゃんです」
タブレットでシフト表を見せながら彼女は言うと、真白は岬に呆れたため息を吐いた。
「正しい指揮をする為には、休むのも必要だ」
「私は大丈夫だから…」
真白は言ってもシフトを無視して行動しようとする岬を軽く叱った。
彼女はおそらく一度許して仕舞えば、今度も同じ理由でシフトを破って無茶な行動に出るに違いない。それに、真白の副艦長としての任務を腐らず全うするためにもここでしっかりと戒めておく必要があると思っていた。
「良いから!休んでください!!」
流石にこうも言われてしまっては岬とて奥手に出てしまう、大人しく艦橋を後にする以外の方法が無かった。
「う、うん…分かったよ、シロちゃん…」
彼女はそれだけしか返答を許されないと、彼女のシフト破りを警戒して真白は艦長室の前まで付いてきてしまっていた。
そして艦長室で岬はベッドに座りながら武蔵からの緊急電を反芻していた。
「(もかちゃん…)」
それは晴風も受信していた、あの武蔵の無線通信だ。
「(助けに行きたい…でも今は…)」
彼女はそこで卓上に置いた写真立てを見つめる。そこには幼い頃の岬と知名のツーショットの写真が置かれていた。
「はぁ…もっと艦長としてしっかりしないと…」
そしてベッドで横になると彼女はそう呟き、天井を見上げた。
その頃、遠く離れた海域で小さく見えない影が洋上に突き出ていた。
「航洋艦…Y、4、6、7…」
「出ました」
その潜望鏡から、夜目を鍛え上げられた乗組員が海中からその白い船体番号を読んでいた。
「横須賀女子海洋学校所属の航洋艦、晴風です」
「噂の下手人か…」
航海灯を点灯していたおかげですぐに判別がつくと、艦長は副艦長に聞かれた。
「降伏勧告を行いますか?」
「ああ、浮上して通達を行う」
「了解しました」
副艦長は敬礼をすると、潜望鏡を旋回させた艦長は首を傾げた。
「…ん?」
それは晴風の後方を追従するように航行していた一隻の大型艦だ。
「見慣れない艦艇が追従しているな…」
そこで聴音員がその言葉に反応するように答えた。
「三軸の推進器音。我が国の艦艇じゃあ、あり得ない音を出しているぞ」
「では外国艦というわけか…」
その艦艇は晴風よりも暗かったが、次第に機関音と航海灯を点灯していたことで船籍番号を視認できた。
「照合できました。ドイツから遠洋実習中のプリンツ・アーダルベルトです」
「了解した」
そこで艦長は晴風の追従をしているプリンツ・アーダルベルトを見て首を傾げていた。
「晴風の後方にぴったりくっついているな」
「では、護衛を?」
「ああ、恐らく先に見つけてしまっていたという事だろうな」
そこで潜望鏡から目を離した艦長はそう判断すると、晴風をプリンツ・アーダルベルトが護衛していると判断した。
「やれやれ、先を越されたらしい」
「なるほど。我々の出番は無さそうですな」
副艦長は肩透かしを受けたような気持ちになった。
「とりあえず学校に晴風の位置を連絡しておけ。一度浮上して、状況説明を求めよう」
艦長がそう言った時、別区画から歓喜の声が聞こえた。
『やっと捕まえたぞ!この食糧泥棒め!』
『畜生、いつから乗り込んでいやがったんだ?』
彼らの声を聞いて艦長はため息を吐いた。
「やっとか…」
「あのネズミですか。確か、西之島新島沖でゴミ漁りをしていた時に乗り込んだんでしたっけ?」
「ああ、全く。艦内に変な感染症でも持ち込まれたらどうしてくれるか…」
彼はそう呟くと、艦長帽を被り直して潜望鏡を越しに晴風とプリンツ・アーダルベルトを見ていた。
夜間航行の最中、今日の当直担当であったエリスとマリーは艦橋で舵を握っていた。すると聴音室から連絡が入った。
「もしもし?」
『こちらフローラ。海中で推進器音探知』
そこで端的に伝えられた情報にエリスは驚いた。
「推進器音?」
『ええ、二軸の推進器音。ディーゼルエンジンで、方位三〇。現在五節で航行している模様』
「フリーデ、艦影見える?」
『何も見えねえ〜っす』
水上目標が見えず、水中に音が聞こえる。その瞬間にマリーは呟いた。
「
「らしいね。何処の潜水艦なのやら…」
そこでエリスは潜水艦を見つけたという報告をすぐにアレクサンドラに行った。
「…」
その時、アレクサンドラは艦長室で購入したばかりの新作ゲームを堪能していた。秋葉原にて購入していた薄い本を前に堪能をしていた時だった。
『艦長、潜水艦らしき艦艇が発見されました。どうなさいますか?』
その連絡にすぐに彼女はゲームを中断すると受話器で応対する。
「潜水艦?」
『はい。水上目標が見えませんし、二軸の推進器音を確認しています』
「…」
そこで報告を受けたアレクサンドラは少し顎に手を当てて考える。
「(恐らく日本の潜水艦だろう。今回の遠洋実習で潜水艦が到着するのはまだ先のはずだ…)」
ハワイを最終目的地とした遠洋実習を行う中、彼女は母校の行っている遠洋実習を前にすぐに回答を導き出した。
『戦闘配置を発令しますか?』
「良かろう。対潜戦闘用意だ」
『了解しました。マイン・カイザー』
そこで艦内に警報が鳴ると、乗組員達は走って配置につき始める。
「何事ですか?」
「潜水艦を発見した」
艦橋に駆け上がってきたエーリカに答えると、アレクサンドラは晴風にも連絡を行った。