晴風に二発の魚雷が撃ち込まれ、アーダルベルトでは騒然となっていた。
「二発の魚雷、いずれも時限信管のついた実弾だ」
「無警告射撃とはね…」
「無制限潜水艦作戦でも展開されてるの?」
航空管制室や射撃指揮所などでアーダルベルト乗組員達は表情を引き攣らせて話す。
「せめてアンテナ出すとかで降伏勧告くらいしそうだけどね」
「あー、これじゃあ私たちも面倒ごとに巻き込まれること確定じゃないの」
「面倒くさ〜」
事前に横須賀校からの依頼があったことはアレクサンドラから共有されており、後輩ともなる日本の学生を前に流石に人心が働いてこの任務を承諾していたとはいえ、他校の学生艦に見つかったとなれば面倒なことこの上ない。
「どうする?大使館にでも逃げ込む?」
「そもそもマイン・カイザーがね〜、お偉いさんだし…」
「こう言う時、名家ってのは強いわよね」
射撃指揮所でハイデマリー、ヨハンナ、カーリンの三人は口々に話す。
「まあでも、マイン・カイザーに主砲の引き金は握らせちゃダメだけど」
「「そりゃそうだ」」
そこでハイデマリーに他二人は多いに頷く。なにせ訓練とはいえドッカーバンク事件を引き起こした大罪人である。絶望的なまでに射撃の腕前はなかった。
「なんでクレー射撃は上手いのに砲撃外すかなあ」
「「さあね」」
二人はそう答えると、副砲の照準器を覗き込んで海面を見つめながら彼女達は返した。
艦橋でも今の二発の爆発を前に話していた。
「まだ
そこで冷や汗を拭うエーリカ。彼女の言った兵器は日本が開発に成功し、世界を震撼させた雷跡の残らない最強格の魚雷だ。
速度も射程も威力も、全てにおいて他国の魚雷を凌駕する破格の性能を有した兵器であり、何より航跡が残らないと言う邪悪な特性を持っている。
「あの兵器は高いからまず学生艦に積まないだろ」
「まあ、訓練も必要ですしね」
しかし純酸素を使う点などの敏感な箇所があり、それ故に扱うための専用の訓練などを必要とする。基本的に学生艦にそんな面倒なことをさせられるわけがないので、その点では安堵する。
「だが、最初にそれを使われていたら我々はやられていたな」
「ええ、一発でも晴風に当たってたら轟沈ですよ」
非常に強力な威力を持つ魚雷の直撃を受けていないことに二人や他の艦橋要員も安堵する。
「取り敢えず、これから徹夜も考慮して夜食の手配を」
「畏まりました」
アンネリーは承知すると、アレクサンドラは言う。
「うむ、炊事員には苦労をかけるな…もっと続く場合は、余のビール配給も考えてくれ」
「分かりました」
次々とアレクサンドラは手配を進めると、エーリカは尋ねた。
「こらからどう対処されますか?」
「ふむ…どうしたものかな」
そこで晴風の姿をレーダーで監視しながらアレクサンドラは考える。
現在、伊201による襲撃を受けている最中で、縦陣を組んでいた晴風とアーダルベルトは同時に襲撃される可能性を恐れて互いに援護できる形で二手に分かれて航行していた。
「魚雷は最大で八本残っています」
「地中海の時と違って向こうは素人ではないのが厄介だな…」
アレクサンドラはそう言い、海賊が操船をしていたUボートを思い出す。あの時と違い、乗り込んでいるのは海洋学校の生徒だ。しっかりと教養を持ち、潜水艦の遅らし沙を皆様でわかっている彼らに同様の方法で攻撃を行っても効果が得られるとは思えない。
「おまけに、対潜攻撃機は地上に置いてきたときたもんだ」
「元々捜索に重きを置いてましたからね、今回は」
表情を引き攣らせるアレクサンドラにエーリカは言う。そう、今回の航海は急いでいた事や広い目を欲したことで、爆雷を積載した機体を持ってきていなかった。
「ですが幸いにも伊201は後部魚雷発射管を有していません。正面に四本の魚雷発射管を持つだけです」
「最も望むのは、このまま我々の居場所を見失って退散する事だ」
そんな願望に近い望みを口にすると、エリーミルが提案してきた。
「飛行船を上げますか?」
「哨戒飛行か…」
そこでカタパルトから飛行船の展開を提案した彼女にアレクサンドラは承諾する。
「宜しい。直ちに発艦準備を、必要なら対潜装備も載せてくれ」
「分かりました」
エリーミルは命令を受けるとすぐに格納庫から飛行船の発艦準備を行っていく。水素ガスを注入していき燃料も注いでいくと、十分ほどで準備は完了する。
「発艦用意良し」
『カタパルト射出。発艦する』
そこで火薬カートリッジを装填して船体中央から二機の飛行船が音を立てて射出されると、洋上に浮かんで晴風とアーダルベルト周辺の哨戒を行う。
その頃、晴風では伊201からの追撃がない事で緊張感が解れつつあった。
『周囲、何も見えません』
野間は見張り台から報告を入れると、艦橋に備えられた時計を見て真白は言う。
「一時間経ったか…」
そこで最初の二本の魚雷攻撃から静寂が場を支配している状況に彼女は言う。
「速度差から十分距離は開いただろう」
「そうなの?」
「向こうはずっと最高速度で動けるわけじゃない」
そもそも水中の高速性能を重視した設計とはいえ、ずっと燃費の悪い速度で航行すればたちまち燃料切れである。そもそも水という高い抵抗を示す物質の中を無理やり進むとなればそもそも燃費は悪くなる。
「じゃあ、何とか逃げられたかな?」
そんな真白に岬はパッと表情を明るくさせた。
「逃げるなら任せて!!」
「それって自慢する所ですか~?」
「こ、ココちゃ~ん」
舵を握りながら今までで一番自信がある様子で知床が言うと、納沙がツッコミを入れたので彼女は少し困った様子で答えた。
「ふふふっ、困りますよ航海長〜」
そんな知床に納沙達は笑っている中、艦橋に真白が持ち込んだ鮫のぬいぐるみを、海豹のアイマスクを被せられた五十六が見つめていた。
そしてしばらくの静寂が続く中、岬は万理小路に聞いた。
「万里小路さん。何か聞こえる?」
『あら、お許しあそばせ。起きておりますわ…』
彼女は岬の声に気づいて起きた様子で、そんな彼女に岬は申し訳なくなる。
「ごめんね、こんな遅くまで…でももう少しお願い」
『畏まりました』
目を覚ました彼女は、そこで改めてヘッドホンを頭に被った。
「ふわぁ~……ねむ…」
そんな彼女の隣で大欠伸をする立石。
「んあぁ~…駄目だ~、眠い…」
そして暗い艦橋を前に西崎も眠気が襲ってくると、ちょうどよく艦橋にお盆を持って炊事員の杵崎 ほまれが現れる。
「そんなみなさんに、杵崎屋特製のどら焼きです」
彼女はそう話すと、お盆に五十六の焼印を押されたどら焼きを提供する。
「どら焼き!?」
そこで甘味を前に目を煌めかせる彼女達。一つずつ受け取っていくと、岬はほまれに聞いた。
「他の部署にはもう配ったの?」
「はい、艦橋が一番最後です」
彼女は頷くと、艦橋では和気藹々とした雰囲気が広がっていた。
同時刻、アーダルベルト艦橋でも似たような光景が繰り広げられていた。
「んー、これは中々…」
フォークを使ってそのケーキを食べるアレクサンドラは満足そうに笑みを見せる。
「私の故郷で、私の好物の
「え、じゃあ実質宮廷料理みたいなものじゃないですか〜」
そこでモニカが苦笑気味に舌鼓を打ちながら言うと、オリヴィアが言う。
「それ言ったら、私たち毎日艦長と食事しているんだから毎日晩餐会よ?」
「はははっ、そりゃあ違いない!」
アレクサンドラが笑うと、他の乗組員達も笑ってしまう。すると艦橋にケーキを届けにきたグレーテルは言う。
「今日はクリスマスではありませんが、
「「「おお…!」」」
彼女達は配給したショカコーラと共に甘味を堪能していた。
「んん〜、甘いの最高〜」
聴音室でもフローラは満足げにシュトレンを一口齧ると、ラム漬けのさくらんぼが弾けて芳醇な香りが口の中を覆った。
「ああ〜、ビール欲しくなるわ〜…」
そんな事を呟いた時、彼女のつけていたヘッドホンに独特な泡が吹き出る音と注水音を聞く。
「っ…!」
その音を聞き、フローラは即座に意識が耳によると反射的に艦内無線に向かって叫んだ。
「魚雷発射管注水音確認!撃ってきます!」
その直後、ガコンという金属の重たい音とスクリューの音が確認できた。
「魚雷音四!方位右一二〇!」
通報を聞いてその方に展開していた飛行船や見張員は双眼鏡を覗き込む。
「探照灯照射!」
そこで船体中央に設置されていた探照灯が海面を照らすと、接近中の二本の魚雷を視認する。
「魚雷発見!」
『数二、距離三〇〇〇。こちらに接近中』
上空を哨戒飛行していた飛行船も海面を照射して二本の白い航跡を確認した。
「迎撃せよ!副砲、対空砲、発射始め」
「指向可能なすべての砲熕兵器は右舷へ!」
「照準は探照灯の光に合わせろ!」
そこで砲塔が旋回を行うと、船体は旋回を始める。
「取舵一杯!最大戦速!」
「宜候、取舵一杯!」
アレクサンドラは照射される海面を見ると叫んだ。
「各個に自由射撃!撃ち方始め!」
「撃て!」
直後に副砲の斉射がされ、十五cm、一〇.五cm、八八mm、三七mm砲の射撃が行われる。
「始めやがった」
砲声を聞いて格納庫にいたハンネはその手に集束手榴弾を握る。
その視線の先では着水した砲弾が次々と時限信管が作動して爆発を起こし、浅瀬を航行していた魚雷を迎撃する。
そのうち一発の副砲弾の榴弾が発射された魚雷の機関部をへし曲げると、あらぬ方向に飛んでいき、時限信管が起爆して爆発を起こす。
「…っ!」
その時、監視していたモニカが報告する。
「一本残っています!」
「しまった!深めに設定していたか」
そこで深度魚雷攻撃を行った攻撃に一瞬反応が遅れると、すり抜けた魚雷が接近する。
『魚雷接近!』
『迎撃!撃てるだけ撃て!!』
そこで機関砲の砲撃を行うと、そこでハンネは紐を引っ張って姿勢を作って照射されている光に合わせて遠投で投げる。
「馬鹿!何やってる!!?」
「ほれ、見てな!!」
そこで思い切り手榴弾を振ると海中に飛んで行った集束手榴弾は着水すると直後に爆発。するの水中で爆発した集束手榴弾の爆発で魚雷の弾頭の着発信管が作動し、誘爆を起こした。
「うおっ!?」
その爆発した水柱が上がって甲板にかかると、その様子を見てハンネはガッツポーズをした。