国を背負う巨獣が、俺にだけ「痛い」と言う 作:三打して待つ人
子どもを選ぶ欄は作らなかった。
代わりに、住民を追い出す欄ができた。
冬蔵前の共有板には、七と十二が消されずに並んでいる。人工の水路と熱籠で保てる卵が七。都市の荷をすべて外した時、産道を通れる卵が十二。その下へ、風道九本、生活用の帰り水一本、苔灯り荷車二台と書いた。
さらに下は、人の話になる。
中央七根村、約三万人。一季の移住。家、井戸場、菌床、冬蔵、仕事場、墓札、家畜籠。
夜鐘前に集まった住民は、割れた根道の両側まで埋めていた。座っている人より、仮支えへ載せた荷を抱えて立っている人のほうが多い。俺が板の横へ出ると、説明より先に声が飛んだ。
「卵を選ばないなら、今度は住民を選ぶのか」
根菜棚の番をしている女だった。腕に巻いた布へ、さっきの湯気が染みている。
「選ばない」
「じゃあ、誰も追い出さずに十二を通せるんだね」
答えかけて止まる。
その言い方では、俺が選ばないと宣言すれば費用まで消える。二日前と同じだ。
「今の家へ全員残ったままでは通せない。町の荷が産道を押してる」
俺は三回の試験値を読んだ。倉庫根を半分預けた時。全部預けた時。元へ戻した時。水蔵外棚と、三本目の町根でも、荷重、風道、帰り水、卵膜の位置が同じ順で開閉した。緑の膜は切っていない。戻せる試験だけで止めた。
「全部外せば十二の通る幅ができる。旧背面には九本の風道が開く。帰り水と明かりを先に入れれば、人を霧へ降ろしてから空気を試すことにはならない」
「戻るのはいつだ」
今度は冬蔵番の老人だ。
「決まってない」
ざわめきが太くなる。予想していた反応でも、聞きやすくはならない。
「最低で一季。産室の根が戻り、十二本の足圧が固定輪の外へ通るまで。元の輪へ戻せるかは、その時の根幅を測ってからだ」
「戻せないかもしれない場所を、一季と言って売るのか」
「だから売らない。今夜決めるのは、俺の案を買うかじゃない」
共有板を裏返す。白い面へ、俺は三本だけ線を引いた。
一つ目は町の荷を戻す道。風道は閉じる。人工工程の七は保てる。どの五卵が産道へ届かないかは、まだ選べないし、選ぶ欄もない。
二つ目は全荷重を外す道。十二は産室へ動ける。三万人は一季以上、旧背面で暮らす。冬蔵を分け、毎日変わる根幅へ住居を合わせる仕事が要る。
三つ目は、今夜はどちらにも進まず、仮支えを補強する道だ。朝までなら持つ。卵膜の圧は上がり続けているから、それより先は測り直しになる。
「俺が出せるのは、ここまでだ」
言った途端、根切り工の一人が板の三本目へ粉墨を足した。
「朝までしか持たない支えなら、支えをもう一段増やせばいい。二日は買える」
「索が足りない」
「採液塔の予備索を外す。どうせ荷を降ろせば、塔は今季使わない」
別の声が重なる。
「一季ぶんの町を、ひと塊で降ろす必要はあるのか」
板の前へ出てきたのは、白いひげの家移しだった。七根村の木鞍を組み直してきた男だ。俺の三本線の下へ、短い横線を七つ並べる。
「昔の村は七つだった。水場も火床も別だ。中央へまとめたから冬蔵が一つになった」
「冬蔵を七つに割ったら、見張りが七倍だよ」
「九つの仮棚を作っただろう。あれを七村へ二つずつ置くんじゃない。人数と霧肺持ちの数で分ける」
「同じ量じゃなくていいのか」
「同じ量にしたら、人数の少ない尾村が食べ切れず、子の多い頭村が先に空になる」
俺の板だったはずのものへ、知らない線が増えていく。
水番が四本の帰り水を、産室三、生活一に分けた。菌床番は外槽を村ごとに作らず、二村で一つの霧苔槽を見張る案を置く。根菜棚の女は、深霧へ降りられない咳持ちを先に外縁村へ移す欄を作った。ただし勝手に名を書かず、本人が選ぶ空欄にした。
墓札をどうする、と誰かが言った。
全部持っていく、という声と、根へ返す、という声が同時に上がる。シガが二つとも記録板へ書き、今夜決める荷から外した。生きている人を先に降ろすためだ。後回しは、捨てることと同じじゃない。
七つの横線は、少しずつ村になった。
家の数も、水の量も同じではない。仕事場を二つ持つ村、温槽を預かる村、灯りの苔を育てる村。移りたくない者は、荷の掛からない外縁根か、親類の村を選べる。残る権利は、固定輪の上へ住み続ける権利にはならない。その代わり、家をどの村へ載せるかは中央で決めない。
七枚の停止板を各根へ回すと、最初に戻ったのは白四、赤二、空欄一だった。尾村は水番の夜番が足りず、頭村は咳持ちの寝床が風道へ近すぎる。空欄の根では、外縁へ移る家の荷運びを誰が払うか決まっていなかった。
水番を別の村から命じて回す案は赤のまま消された。夜番を一巡ごとの有給仕事にし、途中で降りられる交替表へ変える。咳持ちの寝床は風道から二根離し、外縁へ出る荷運びはオルナの修繕費へ載せる。直した板をもう一度回し、七枚が白になるまで固定輪には触れなかった。
「これなら、卵のために町を捨てるんじゃない」
家移しが言う。
「町の形を七つへ戻すだけだ」
戻す、という言葉に引っかかった。
四十六年前と同じ村にはならない。住んでいる人も、根の太さも違う。冬蔵はもう一つに戻さない。昔を正解にすれば、また育った根を古い輪へ押し込む。
「七つにする。でも昔の配置は写さない」
俺が言うと、根菜棚の女が鼻を鳴らした。
「あんたが決める話じゃないだろ」
そのとおりだった。
俺は粉墨を置いた。
七本の村線へ最初の印を入れたのは、住民たちだった。
*
夜半までに、中央村は七つの可搬根へ分かれた。
白い離れ目だけへ刃を入れ、生きた緑膜が橋を作っている場所は残す。家屋の荷は枝寄せ索へ預け、黒い固定輪を半段ずつ戻す。俺は刃も巻胴も持たず、七枚の停止板と十二本の圧線を同じ時刻へ置いた。
打撲六、湯気咳二、行方不明なし、骨傷なし。数字は増えていない。
風道は一本ずつ開いた。三本、六本、九本。苔灯りを積んだ最初の荷車が旧背面へ降り、白い霧の底に黄緑の輪を作る。帰り水は四路の一本から木樋へ落ち、霧苔槽を通さない生活水として水椀を満たした。
それでも、七村を置く向きは三つあった。
旧背面の頭寄りは風が強く、濾過はよくても住居索が振られる。中央は水に近いが、十二の足圧のうち二本へ触れる。尾寄りは水樋が長くなる代わり、深霧の流れが浅く、七本の可搬根を横へ並べられる。
ミラは赤紐を三本、古い成長板へ渡した。
「頭、中央、尾。どれも人間側の条件は満たします」
「尾は水番が二人余計に要る」
ハナが言う。
「中央は卵の道を二本塞ぐ」
ネネが帆糸を押さえる。
頭なら家が揺れる。中央なら卵の足場を塞ぐ。尾なら毎日、水を運ぶ人が増える。
三つの費用を共有板へ書き、固定輪を次へ緩めず待った。
オルナへどこがいいと人語で訊いても、返事は来ない。俺は旧樹洞の床へ左の指を当てた。短い連打が、頭だけで途切れる。
子を迎える歌。
ハナがそう呼んだ古い根歌は、まだ続かない。町の荷を七つに分けても、最後の固定輪が根を押さえている。
「三つを順に見せる」
ミラが言った。
頭側の仮索へ荷を一目盛り預ける。風が強まり、オルナの短脚が三本だけ動いた。中央へ移すと、水椀が揺れたが、十二本の帆糸のうち二本がたるむ。すぐ元へ戻す。
最後に尾側へ荷を預けた。
オルナの腹の下で、何十本もの短脚が順に地面を探った。尾寄りの深霧へ一本、二本と沈む。白い流れの下に硬い何かを見つけたらしく、足圧が戻ってくる。
右前、左中、尾から四本。
十二の卵位置へ届く圧は消えない。中央でたるんだ二本も張ったままだ。ネネが帆糸を左右へ入れ替え、テアが温度板を置き直し、ハナが水椀の順を読む。
同じ返りがもう一度来た。
「尾」
ネネが言う。
俺の耳にも、オルナが尾寄りへ重心を移す低い律が来ている。だが、決めるのは俺の奥歯じゃない。十二本の糸、温度板、水椀、短脚の跡。四つを住民へ見せる。
七村の代表が、自分たちの停止板へ白を入れた。
尾寄りの浅瀬へ、一季だけ町を置く。
黒い固定輪を最後の半段まで戻した時、旧樹洞の床が鳴った。
短い連打のあとへ、初めて続きが返る。
一つの強い音ではなかった。七つに分かれた村の床から、ばらばらの足音が根へ落ちてくる。荷を運ぶ人、索を引く人、怖くてその場から動けない人。歩幅も速さも違う。その違う足音を、オルナの根が順に拾った。
子を同じ場所へ押し込める歌じゃない。
小さい律の数だけ、通る幅を残す。人間が場所を空けたあと、どちらへ進むかを待つ。
そう聞こえた。
俺は翻訳を共有板へ書かず、測った形だけを残した。七つの荷が固定輪から離れた。十二本の圧線が出口まで続いた。オルナは三つの向きから尾を選んだ。
これが初約の「子」だと確かめるには、最後の返律が要る。
いつもの癖で、左手が打音板を探した。
俺が聞けば早い。俺が打てば、返った音を一番先に訳せる。
だから、槌を取らなかった。
「ネネ」
薄い打音板を渡す。ネネは驚かず、帆糸の結びを一本ずつ確かめた。
「何回?」
「回数も決めてくれ。止める音も」
ネネは七村の足音を待った。速い村が一度止まり、遅い村が追いつく。十二本の糸が全部張ったところで、板を根へ当てた。
二打。
少し間を置いて、一打。
根の奥から返ったのは、同じ二つと一つではない。
十二の細い返りが先に走り、その外側をオルナの低い律が包んだ。命令への服従じゃない。人間が空けた道を、オルナが使うと返した音だった。
初約「子」。
二つ目の節が、俺の奥歯ではなく、七村の床とネネの板に残った。
*
産室の最初の膜が動いたのは、それから半刻後だった。
白緑の丸みが帰り水へ押され、広がった根の間をゆっくり通る。ハナもテアも引かなかった。止まりそうになるたび水位と温度を読み、オルナの次の圧を待つ。
一つ目が抜ける。
膜の中から、濡れた短脚が何本も床を探った。小舟ほどの体を包む根毛は寝ていて、息を吸うたび白から薄い緑へ変わる。頭と呼べる場所がどちらかも、俺にはすぐ分からない。
ハナが手を出さず、出口を空けた。
幼獣は自分で一歩進み、産室の縁から深霧へ降りた。落ちたように見えて、下からオルナの細根が一度だけ腹を支える。そのまま白い流れへ姿が消える。
二つ、三つ。
同じ生まれ方をするものはいなかった。四つ目は膜を頭から割り、五つ目は尾らしい側を先に出した。六つ目は産室の縁で向きを変え、後から来る膜の道を空けるように横へずれた。そう見えただけかもしれないので、作業板には向きと時刻だけを書く。
外では、七村の人数板に一つずつ丸が増えていった。歓声は上がらない。大声で根が縮むかどうかを、誰もまだ測っていなかったからだ。代わりに、村線を踏む足が止まらなかった。頭村が家一軒の荷を預け、尾村が水樋を一節伸ばす。そのたびハナが産道の幅を読み、ネネが十二本から一本ずつ緩んだ糸を外した。
卵を通す作業と、町を住める形へする作業は別々ではなかった。誰かが足を止めれば失敗する仕組みでもない。交替の名が板へ入り、疲れた者が抜けても次の手が同じ値を引き継ぐ。俺の合図を待つ列は、もうどこにもなかった。
冬蔵前の共有板を持つ手も、俺から七村の書き手へ移っていた。
七つ目で人工工程の安全数を越えた。共有板の七は消さない。あの設備で保てる数が嘘になったわけではない。町を動かしたから、使う工程そのものが変わった。
十一まで進み、最後の膜だけが出口で止まった。
テアの温度板が爪一枚下がる。ハナは熱籠を強めず、二番の帰り水を細く長く回した。ネネの糸には弱い張りがある。生きている、と断定する前に、オルナの尾脚が浅瀬を踏んだ。
低い圧が根を上がる。
最後の膜が戻り水へ乗った。
十二番目の幼獣は、先の十一頭よりひと回り小さかった。短脚の一本を折り畳んだまま、産室の床で長く止まる。やがて別の脚を出し、自分で体を引いた。
深霧へ降りるまで、誰も押さなかった。
十二の影が白い流れの下で一度だけ並び、それぞれ違う間隔で遠ざかる。明日も無事か、どこへ行くか、親子なのか。分からない欄は残る。
今ここで数えられるのは、十二頭が産室を通り、自分の脚で深霧へ入ったことだけだ。
ハナは泣かなかった。
代わりに、オルナ側の鍵を持って産室の二重鍵保管庫へ向かった。テアが帝国鍵を差し、二人で同時に回す。
「この子たちより前に、出ていけなかった子の記録だ」
原板は元の棚へ置いたまま、シガが薄紙を重ねる。裏面には、処置した卵から幼獣神経索を採り、帝国新陸計画のアトラス育成槽へ移送した日付、産師団の回収番号、受領印が列になっている。
研究回収品。
帝国の欄はそう呼んでいた。
テアが現場章を押した。ハナがオルナの修繕印を重ね、ジオが原板を動かしていないことと写しの時刻へ立会印を入れる。シガは同じ写しを三枚作り、一枚を産室、一枚をオルナ記録庫、一枚をジオの契約袋へ分けた。
原板を盗まず、未開封の銀箱にも触れない。それでも、子を品物として連れ出した記録は、帝国だけが閉じられる板ではなくなった。
外へ出ると、七つの苔灯りが深霧の浅瀬へ並んでいた。
ミラが俺の地図板を持って、その光を見ている。
同行の返事を聞く場面じゃない。俺は隣へ立ち、何も言わず板を受け取ろうとした。
ミラは渡す前に、七村から産室を避けて外周根へ抜ける線を一本引いた。元の固定輪にも、帝国艇にもつながっていない。
「その道は」
「直さない道です」
説明はそれだけだった。
俺の地図には、元へ戻すためではない線が一本増えた。