国を背負う巨獣が、俺にだけ「痛い」と言う   作:三打して待つ人

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聞こえない人たちの声

帝国の放送は、俺たちより先に各国へ着いた。

 

飛行国獣エリュン、修道会の制御を離脱。

 

帝国航路と停戦命令を拒否し、航行禁止区へ侵入。

 

帝国救難艇を攻撃、一隻を破壊。

 

初約資料を持ったまま東南へ暴走中。

 

嘘だけではない。

 

エリュンは帝国航路を拒んだ。禁止区へ入った。砲架艇一隻を戦闘継続困難にした。初約資料はエリュンの三経路へ分散している。

 

並べ方が違う。

 

帝国砲撃、資料引渡し要求、古代碑破壊、十五年前の虚偽に近い安全勧告、飛行艇の索弾。それを外せば、原因なしの暴走に見える。

 

「反論を放送する」

 

俺が言う。

 

「誰の声で?」

 

ソラネの手を通訳僧が読む。

 

俺が聞いたことを話す。

 

それが一番早い。

 

全市声路を使った時と同じ誘惑だ。俺の声だけを大きくすれば、短い一言で人を止められる。

 

「五人」

 

ミラが透明板を開く。「同じ時刻線へ、別の観測を載せます。結論を先に合わせない」

 

ソラネは古代碑の粉と翼梁撓み。

 

俺は骨伝で受けた圧、引き、空き、感覚像。

 

ミラは提示した進路、代価、赤紐への返り、実際の飛行線。

 

ネネは帆糸、風量、翼角、腹風嚢圧。

 

ジオは砲撃、信号、回答、索弾、こちらの入力と停止時刻。

 

「私は?」

 

バシュ親方が公開通廊から訊く。

 

「翼梁修繕の構造照合。エリュンの進路証言には入れない」

 

「それでいい」

 

本人の知る範囲を狭くすることは、席を奪うのと違う。

 

東の休翼床まで、あと一刻。

 

飛行艇五隻は距離六キロ。砲船二隻は十一キロ。砲口は閉じているが、帝国放送は骨伝中継塔を通って広がっている。

 

こちらは四線。

 

セラト。

 

オルナ。

 

砂双国。

 

ヴァルドへ戻る警備艇。

 

一つの長い反論では、途中で崩れる。五人の板を同じ時刻番号で分け、受けた側が重ねられる形にする。

 

「五人が相談して同じ話を作った、と言われる」

 

ジオが指摘する。

 

そのとおりだ。

 

俺たちは同じ場所にいて、同じ目的で帝国から逃げている。観測手段が違っても、結論を先に決めれば五枚の衣装になる。

 

ソラネが公開順を変える。

 

各人は他四人の完成板を見ず、受けた生値、測定位置、道具、時刻、欠測を先に封じる。ミラだけが全時刻の索引を作るが、内容欄は伏せる。五枚を送った後、受信側が重ね、食い違いを返す。

 

帝国放送と関係ない現在の翼値で練習する。俺の主割れの擦れ一とネネの翼前後差一は、位置が違うので一致にしない。ミラの角度六と俺が感じた腹側の引きも、入力前後がないから結ばない。

 

合わない場所が残る五枚を封じてから、本番へ入った。

 

「最初の時刻」

 

ジオが刻む。

 

芽吹き月36日朝、帝国砲三発。左翼膜、主翼梁、修道院外縁。エリュン側発砲なし。

 

ソラネは砲撃後の主割れ、枝7.5歩、都市傾きの変化。俺は七歩と誤読し、外部三観測で訂正したこと。ネネは人間の声より先に記録した翼面と落下率。ミラは接近三路と、救助を許可した事実だけを封じた。エリュンの怒りや帝国への敵意は、誰の板にも書かない。

 

「第二時刻」

 

資料要求と公開審理。

 

ジオは一刻回答、期限前照準、発射時刻。ソラネは初約八節の構造と複写未許可。俺は三列振動を人語へ訳さず、ネネとミラは砲口の下がりと弾道変更を別々に出す。

 

「第三時刻」

 

東南旧路。

 

帝国はリュータ崩落後の深霧危険を理由に十五年前から迂回を勧告。

 

ソラネは勧告前後で深霧も礫雨も悪化していない値。ミラは三路提示と再提示。ネネは腹圧と翼開き。俺は東南への長い引きと、北・停止への短い拒否。透明膜二枚は事実だが、産卵も幼体も理由も未確定とした。

 

「第四時刻」

 

造船所上空。

 

ジオは索弾発射が先だった時刻。ソラネは四線の受領時刻。ミラは退路選択。ネネは損傷と艇間を抜けた値。俺は砲架だけを止めた入力を記し、戦意は聞いていないと添えた。

 

五枚を同時に送る。

 

帝国の「暴走ではない」と一文で返さない。

 

受けた側が、暴走という説明と五観測を比べる。

 

最初の返りは砂双国。

 

時刻受領。五板の時刻差、最大一息。帝国放送は砲撃時刻を欠く。エマ、ヤシュ別印。

 

オルナは深霧の過去年値と移送原板番号の一致を返す。ただし透明膜の意味は未確認。セラトは旧航路簿に心薬便を見つけたが、用途は公開されていない。現在いる十二頭とアトラスの二十四を同じものにはしない。

 

警備艇。

 

帝国放送をヴァルド中継塔が「修道国反乱」へ題名変更。原文と変更後を別写しで王都へ送る。

 

返ってきたのは、一致だけではなかった。

 

食い違いも返る。航路税の準備は勧告より一年早い十六年前。オルナが確認した線は産師補給路とは限らず、荷名は空欄。セラトの心薬便も帝国中継倉庫から先がない。警備艇の王立記録には砲撃が二発しかない。

 

ソラネは変更決議十五年前を維持し、準備課税十六年前を前段へ足す。資材線は用途未確定、心薬便は造船所搬入の証拠にしない。三発目が帝国側と王立塔のどちらで落ちたかも未確定にした。

 

反論したい側から来た訂正だ。

 

それでも消さない。

 

帝国放送に勝つため事実を一列へ削れば、勝った後で俺たちの放送も同じ刃になる。

 

ソラネは訂正前と後を同時に再送する。

 

受信した住民の反応も一つではない。

 

セラトの商会は公開板だけで帝国航路を切るなと黄。オルナの二村は産師供給を失う危険から断罪へ赤。砂双国は共同給水を止めず、戦争参加は保留。

 

信じたから味方になる、ではない。

 

各国は自分の食料、薬、傷、進路へ五枚を使い始めた。

 

違う国が、俺の声を信じたからではない。

 

自分たちの記録と合う場所だけ白を返した。

 

市内からも返りが来る。

 

中央居住路の炊事組は、帝国の放送を切れと赤を出した。子供が「暴走する獣の上にいる」と泣き、説明するたび食事が止まるらしい。

 

隣の医療床は、切るなと白を返す。帝国航路が閉じれば火傷薬の次便が来ない。何を言われているか知らないまま進むほうが怖い、とある。

 

どちらも同じ街の声だ。

 

ジオが二枚とも時刻板へ載せる。すると今度は左仮支え区から、声路だけで告知するな、と黄が来た。

 

送信者は耳を負傷した縫索工だった。最初の砲撃で鼓膜を裂き、今は鐘も声路も半分しか拾えない。帝国放送を切るか残すかの投票が始まったことさえ、隣人の口を見て知ったという。

 

俺たちは国獣の声をどう残すか話しながら、人間の聞こえない人を板の外へ置いていた。

 

「文字板と触れ紐を全区へ」

 

ミラが告知方法を増やす。長一回は新しい板、短二回は訂正、連続三回は危険。寝床索を伝う程度の弱さにし、エリュンの負傷振動と混ざらないかソラネが別梁で試す。

 

縫索工は、受け取った透明板に自分で一文を足した。

 

聞こえないから静かなのではない。

 

その文は五観測のどれにも入らない。エリュンの選択を証明する数でもない。

 

だが、公開方法を変えるには十分だった。

 

全市声路を止めはしない。帝国放送も消さない。音声、文字、触れ紐を同時に流し、どれで受けたかを回答欄へ残す。三つが違って聞こえた時は、最初の板を正解にせず送信側まで戻す。

 

試しに、砲船二隻、距離十一キロ、発砲なし、と送る。

 

声路では十一。文字板も十一。触れ紐は長一、短一を二度。ネネが最後の短一を一つ落とした。

 

「十って受けた」

 

「失敗を記録」

 

ジオはためらわず黄を引く。触れ紐の十一は、十と一の切れ目を区別できない。長一、短三、長一へ変更して再送する。

 

今度は各区から十一が揃った。

 

揃ったから、最初から通じていたことにはしない。

 

帝国の放送は一つの強い声で国境を越えた。こちらは、届かなかった場所を見つけるたび形を変えながら進む。

 

速さでは負ける。

 

でも、聞こえなかった人を、賛成した人として数えずに済む。

 

「裸耳の板はいらないんじゃない?」

 

ネネが、五枚の返りを見ながら訊く。

 

喉の奥が一度固くなる。

 

ソラネの粉、ネネの帆糸、ミラの進路、ジオの時刻で、ほとんど説明できている。

 

俺の感覚像は、誤読も混じる。証明しにくい。なくても公開板は立つ。

 

怖い。

 

右奥歯の響骨片を詰めた日から、役に立つ耳は俺の仕事の中心だった。槌を持てない今も、聞けるから席があると思っている部分が残る。

 

「なくても立つ」

 

言葉にする。

 

「でも最初の仮説と、外れた時に探す場所には使える。俺の板は一番目の答えじゃない」

 

「じゃあ、いる」

 

ネネは簡単に言う。「間違えた七歩も、三つ目を探す場所になったし」

 

耳がなくても仕組みが残る。

 

前なら、自分が消えるみたいで耐えられなかった。

 

今も怖い。

 

それより、ラグナの痛みが俺の歯と一緒に消えないことのほうが、少し大きい。

 

安心が、初めて恐怖を越えた。

 

 *

 

東の休翼床へ着く。

 

左翼を地面ではなく、上昇風の浅い層へ預ける。主割れ指半→指四分、枝半指、右翼擦り溝変化なし。新規負傷なし。自由主索ゼロのため、休翼床の固定輪二本を現地索で借り、所有と返却を記録する。

 

左翼の恒久修繕材は、休翼床の古い倉にある。

 

透明骨長材二本、空苔布十二、翼膜樹脂三樽。必要量は長材三、布十、樹脂二。長材が一本足りず、仮継鉄四本すべてを恒久材へ替えることはできない。

 

続行を選べば、第二上昇柱まで二刻半。礫雨で仮覆いと左翼へ追加荷重。途中停止床はない。

 

北へ移れば、材のある修道分院まで一日。今季の東南深霧上昇が閉じるまで推定二日。

 

住民七区の白三・三・一は、数字の好みではない。医療床と左仮支え区は停止。風畑と水槽は今季の空苔胞子と透明膜記録のため続行。記録庫は資料と材のため北。中央居住路は割れて黄だった。

 

人間側の三候補は一つに決まらない。

 

だからエリュンの選択へ責任を押しつける、とはしない。都市側は選ばれた道の代価を引き受ける条件を先に出す。

 

続行なら、医療床を中央低振れ区へ移し、長材二本を主割れと枝へ、仮継鉄一本を残す。停止なら砲船到達前に防火扉と住民降下索を準備。北なら東南調査を次季へ残し、透明膜の結論を作らない。

 

どの道でも、払う人間の仕事がある。

 

帝国放送は続く。

 

「エリュンは操路命令へ応答しない。周辺国は接触を避けよ」

 

操路命令へ応答しないことを、暴走と呼んでいる。

 

初約「声」の残りを確かめる。

 

三候補。

 

一つ、東南産卵風路を続け、第二上昇柱へ。

 

二つ、東休翼床へ一日留まり、左翼を恒久材へ替える。

 

三つ、北の中立風路へ移り、住民と資料を別国へ降ろす。

 

代価。

 

続行は帝国追尾、礫雨、仮継鉄。

 

一日停止は砲船到達、食料、左翼修繕材不足。

 

北移動は旧風路を離れ、透明膜記録の場所へ今季届かない可能性。

 

住民七区へ同じ三候補を送る。白は続行三、停止三、北一。人間側で一つに決まっていないことも隠さない。

 

ミラが三本の赤紐を同じ長さで翼前へ置く。

 

答えを伏せる。

 

ソラネの粉。

 

ネネの帆糸。

 

ジオの時刻。

 

俺の骨伝。

 

最初に、北へ短い赤。

 

停止へ、長い振れのあと赤。

 

東南続行へ、右翼指二、腹圧+1、古代碑青列二分と遅れ一。

 

エリュンは休翼床から東南へ身体を向けた。

 

粉、帆糸、透明板、時刻、骨伝。

 

五つが、同じ選択核へ届く。

 

俺の歯がなくても四つ残る。

 

ソラネが初約板の「声」へ、残り半分の白を引いた。

 

初約第四節、声。

 

取得、4/8。

 

一度の選択で完成にしない。

 

東南続行の赤紐だけを残し、停止条件を一つ変える。礫雨が前値七を越えたら北へ戻る。左主割れが指一、枝一、住民区どこか一つの赤でも休翼床へ戻る。

 

エリュンへ再提示する。

 

東南へ同じ翼開き。

 

次に、三経路の位置を入れ替える。左に北、中央に東南、右に停止。赤紐の場所を覚えただけなら中央を選ばない。

 

北へ赤。

 

停止へ長振れと赤。

 

中央の東南へ腹圧+1、右翼指二。

 

粉、帆糸、透明板、時刻。四つが再現。俺の骨伝は、答えを聞いた後なので検証数へ入れない。

 

それでも成立する。

 

初約板の白は消えなかった。

 

命令を大きく響かせる節ではない。

 

聞こえない人、見えにくい人、遠くにいる人、国獣の身体へ直接触れられない人が、違う方法で同じ核へ近づき、違う場所を違うまま残すための節だ。

 

骨伝四線へ、取得条件を公開する。

 

各国から別の照会が返る。

 

セラトは、三呼吸孔の観測板を初約形式へ直したい。

 

オルナは、卵膜と母根の値を産師だけでなく水番・子供の帆糸へ分けたい。

 

砂双国は、共同給水後も二頭の進路を住民命令と分けて測りたい。

 

警備艇は、ラグナの七静釘周辺へ王立局外の観測席を求める。

 

関心が広がることを、すぐ制度成立とは書かない。

 

照会が来た。それだけを残す。

 

返信先の名義を決める時、ソラネは修道会、ジオは避難市、ミラは初約共同席を候補にした。

 

俺の名前は出なかった。

 

少しだけ胸が沈み、そんな自分に腹が立つ。さっき、耳がなくても仕組みが残るほうがいいと納得したばかりなのに、名札まで外れると惜しくなるらしい。

 

「共同席で」

 

俺は自分から言った。「誰か一人が消えたら止まる名前は、今作ってるものと合わない」

 

ソラネが白。ミラが白。ジオは名義の下へ、観測者五名と訂正者四国を別欄で残した。

 

人を消さず、所有者にも据えない。

 

それなら、俺の板が外れた日も、次の人が直せる。

 

初約索引の「声」欄に、白い細線がもう一本現れた。

 

古代碑の振動を受けた時にはなかった層だ。紙の魔法ではない。三列板と索引写しを重ね、取得時の返律を通すと、薄い凹みへ粉が落ちた。

 

数字、九十。

 

その横に古語二つ。

 

還る。

 

季。

 

九十の起点も、季の長さも、まだ分からない。入口を過ぎたら何が起きるかも白ではない。死の数ではなさそうだというだけで、安全の数へ塗り替えるわけにはいかなかった。

 

ミラが読み、ソラネが別字形と照合し、ネネが粉の順を記録する。

 

俺が最初にラグナから聞いた九十は、死ぬまでの数ではなかった。

 

国獣が還る季節の、入口を示す数だった。

 

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