岩の戦士たち
「あいつら...大丈夫かな....」
リオスは急な斜面を登りながら呟いた。
昨夜、少年と狩人は戦いを終えたあと岩壁の南側で宿営したのだった。リオスは川を見つけて身体を洗い、ゆっくりと食事をして疲れを癒した。そして夜明けとともに火吹き山のほうに来てみると、山頂から溢れた溶岩はあらかた流れ去ってはいたが、それでも赤い光を発する残滓がほうぼうに残されており、通常のルートでは到底登れそうになかった。それでふたりはモグマ達との再会を諦め、迂回して裏の登山道から山を越えラネール地方に向かうことにしたのだ。
「鬼どもがいなくなったはいいけど、今までの住処は捨てざるを得ねぇだろ?何もかも一からやり直しってのも大変だよな」
少年が再び呟くと、前方で黙々と足を運んでいた狩人が立ち止まった。そしてリオスの肩を叩いて山頂のほうを指さし、ついで聞き耳を立てる仕草をした。
「....?」
少年は怪訝に思ったが、言われたとおりにした。
すると、聞こえてきた。
火吹き山の鳴動音に混じって、歌声が風に乗って流れてくる。
―――火の粉舞う山並み越え―――
―――古き地中の神殿めざし―――
―――我ら夜明け前に出発せん―――
―――輝く黄金と財宝を求め―――
以前に聞いたときより、アップテンポで陽気な調子になっている。しかも、小刻みに打ち鳴らされるタンバリンの音、さらには囃し立てるような歓声も混じっていた。
狩人がリオスを見て、聞いたろ?とでも言いたげな表情をし、また歩き始めた。
「そっか...。あの調子なら大丈夫かもな」
少年は安堵し、相棒に続いて歩き始めた。登山道はやがて中腹で西に向かう分岐に差し掛かった。狩人と少年はその分岐に入って下り始めた。
赤黒い岩に挟まれた道なき道を進んでいく。足場はそれほど悪くないが、もはや火吹き山から離れているのに、木も草もほとんど生えていない。
「..なんだか殺風景なところだな」
リオスは足早に歩く狩人を追いかけながら言った。そして心配になってきた。
「なあ、ラジーブ。いつだったかファイが見せてくれたよな、ラネールの風景...」
少年は周囲を見回すと言葉を継いだ。
「確か砂漠みてぇな荒れた場所だったよな。食料とかどうするよ?」
すると狩人は振り向きもせず答えた。
「生き物、いる。食べる」
「な...なぁ...あんた生き物ならなんでも食べられると思ってねぇか?」
「野、生き物、強い。食べる、我、強い」
狩人は譲る気配はない。リオスは半ば呆れ笑いし、口を閉ざした。すると狩人が立ち止まり、少年を制止した。
「見る」
相棒が指さすほうを見ると、離れた場所にある岩の上に大きめのトカゲが座っている。午前の太陽を浴びに来たようだ。大きさは人間の腕ほどもあるから、ラジーブにとっては都合の良い食料に見えるのだろう。
「お前、試す」
ラジーブは自分の弓を肩から下ろすと、矢筒から矢を一本抜いて弓とともにリオスに渡した。
「なっ....おい、なんのつもりだよ」
「弓、試す。お前、狩る、食べる。我、死ぬ。お前、生きる」
リオスは困惑した。弓矢など、遊び半分の玩具しか触ったことがない。しかも生き物を狙うなど初めてだ。だが、ラジーブは自分は傍観者とばかりに腕を組むと顎をしゃくってきた。
「よ...よぉし。やったろうじゃねぇか」
リオスは弓に矢をつがえると、引き絞って狙いをつけた。すると狩人が言う。
「目、狙う、違う、腕、狙う、違う。腹、狙う」
「ぁ?意味わかんね。腹を撃てばいいのか?」
「違う」
ラジーブは近づいてくると、少年の構えに手を添えて修正し、仕上げに腹を平手で軽く叩いてきた。
「目、腕、違う。腹、狙う」
「は...腹で...狙うってことか?」
少年が呟くと、狩人は頷き、数歩後じさりした。
全く意味が分からない。リオスは深呼吸しながら弓の弦を引き絞った。そして祈るような気持ちで矢を放った。
矢が飛んでいく。それは獲物の一メートルほど上方を飛行していき、見えなくなった。オオトカゲは何かに気づいたように顔を上げ、素早く岩の上から飛び降りて逃走した。
「お前、下手くそ」
狩人が言う。リオスは苦笑いしながら弓を相棒に返した。
「しょうがねぇだろ。初めてなんだからよ」
ところが、ラジーブは矢の飛んでいったほうを指さして付け加えた。
「お前、矢。取る。矢、貴重」
「.........ったく。わぁったよ」
リオスは道から外れて矢の飛んで行った方向へ走り始めた。頭上から照りつける日差しが厳しいうえ、そこら中に地割れができている。油断すると滑落しそうだ。だが、飛んで行った矢は幸いなことに近くの藪に引っ掛かっていた。
矢を回収すると、額の汗を拭きながら、やっとの思いで相棒の待っている場所に戻った。
「ほい、矢。持ってきたぜ」
少年が矢を渡すと、狩人はそれを矢筒に仕舞い、何事もなかったように歩き始めた。
「な...なぁ...弓矢まで教えてくれんのは有難いんだけどよ。も少し分かりやすい言葉で教えてくんねぇか?」
相棒を追いかけながら少年はせがんだ。だが狩人は首を振った。
「戦い、言葉、ない。動き、覚える。
「なんだよ、
「お前、
「な...なんだか...難しい話になってきたなぁ。要するに、心と頭と身体の動かしかたみたいなもんか?」
少年が呟くと狩人は答えた。
「お前、少し、強い。頭、強い。心、弱い、身体、弱い」
「へぇ。なんか前より評価上がってんじゃん。それって3段階で1くらいってことか?」
なかなかかみ合わない会話を続けながら歩いていくと、やがて周囲に転がる岩が次第に小さくなってきた。前方は見渡す限りの平らな岩地だ。
休憩を取り、またひたすら歩く。日差しはきついが湿度が低いのが救いだ。リオスと狩人は歩けるだけ歩いてから、太陽が傾くころ野営地を設営した。
少年が焚火を熾していると、狩人は姿を消した。そして数分後、オオトカゲを尻尾からぶら下げて戻ってきた。
「切る。焼く」
「わ...わかったよ」
狩人が短剣を渡しながら言ってくる。少年は苦闘しながら獲物を解体し、細枝に刺した肉片を焼いた。味そのものは思ったより悪くなかった。空には満天の星が瞬き始めている。
「特訓。地獄。やる」
ほっと一息ついていると、ラジーブがやおら立ち上がった。リオスは慌てて顔を上げた。
「ちょ...ちょっと待ってくれよ。今日は弓矢もやったし、もういいんじゃねぇか?」
「お前、構え、覚える。よける、覚える。稽古、次」
それを聞いた少年の顔がみるみるうちに輝き始めた。
「つ...次って...?俺、初心者卒業ってことでいいのか?」
喜び勇んで稽古用の太い木の枝を見繕い、相棒のところに戻ってきた。だが、いざ向き合ったリオスは呆気に取られて口を開けた。
狩人は左右両方の手に木剣替わりの枝を構えている。
「お...おいなんだよそれ。俺だけ一本でそっちが二本ってズルくね?」
少年が抗弁すると狩人は当然のように言った。
「戦い、卑怯、ない。敵、一匹、ない。二匹、三匹、四匹、お前、知らない」
狩人は両手に持った武器を肩ならしのように振り回したあと、言葉を継いだ。
「敵、正面、ない。右、左、後ろ、斜め。上、下。お前、知らない」
相手の言うことはもっともだった。特に、火吹き山での追撃戦で無数のボコブリンどもに包囲された記憶が新しいリオスにとっては、その言葉は痛いほど心に刺さった。
「―――よし。わかったぜ。二刀でも三刀でもドンときやがれ」
リオスは構えると、摺り足で素早く前進し間合いを詰めた。だが初撃に横斬りを浴びせようとした瞬間、狩人の片方の枝が手首に命中し、次の瞬間もう片方が側頭部を打った。
「お前、死ぬ」
頭を押さえながら自分の得物を拾うと、冷厳な声が降ってくる。だがリオスはめげなかった。
「クソっ...もう一回」
「お前、戦う、ゆっくり。進む、弾く、斬る。遅い。躱す、斬る、倒す」
相手が途方もない高い要求をしていることも分かっていた。だが、魔物どもに支配されたこの地上で生き残るには必要な要求だ。
だが、何度打ちかかっても立ちどころに武器を弾き飛ばされ急所を一撃される。数えきれないほどの敗北を味わったところで、狩人が終了を告げ、リオスは座り込んだ。
「へへへ.....た...確かに地獄の特訓だな」
「地獄、良い。訓練、辛い。戦い、楽」
狩人が平然と言うので少年は苦笑いした。打たれた箇所がヒリヒリ痛む。リオスは何気なく言った。
「なあ、明日、俺に狩りをやらせてくれよ。今度こそは捕まえるから...」
だが、ラジーブは何か物音を聞きつけたように顔を上げた。地面に置いていた弓矢を素早く拾い上げると、弓に矢をつがえて東の方向に向き直った。
「ど...どうしたんだよ?」
少年が尋ねても狩人は答えない。今まで歩いてきた道のほうを険しい目つきでじっと見つめている。だがやがて彼は呟いた。
「来る。誰か」
「誰か?こんな夜更けに?」
リオスは怪訝に思いながらも自分の剣に手を伸ばした。だが、鞘から抜き放とうとした瞬間、聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。
「―――おぉい!リオス!ラジーブ!おめぇらかぁ?俺っちだよ、テツジだよぉ!」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「やっと追いついたぜ。結構走ったんだぜぇ?何しろ出発したのが半日遅れだったからよぉ」
テツジは背中に背負ったリュックを下ろすと上機嫌で言った。そしてリオスたちが熾した焚火に枝を足すと、火の上に鉄板を乗せ自分の持参した食材を焼き始めた。
「テツジさん....大丈夫なのか?モグマの住処はこれから建て直しが大変だろ?あんたは確か族長代行だって....」
少年は戸惑って言った。だがモグマの青年は手際よく調理を進めながら顔を上げた。
「それがよ、親父の奴、鬼どもがいなくなったショックで病気が治っちまったのさ。今じゃ忙しく復興作業を仕切ってやがるよ。それで、俺....思ったのさ」
テツジは数瞬間を置くと、考えるような表情で続けた。
「確かに鬼どもはいなくなったよ。でも、あいつらの親玉、ギラヒムがまだ残ってる。リオス、おめぇはそのギラヒムをやっつけに行くんだろ?だったら俺っちにも手伝わせてもらいてぇんだ」
テツジは完成した料理を手早く木の皿に盛ると、少年と狩人に渡した。口に運んでみると、香ばしい匂いがする。小麦粉と野菜と肉を焼いたものだ。モグマは得意げに言う。
「お好み焼きってんだ。悪くねぇだろ?」
野生料理ばかり続いていたからか、リオスは食欲をそそられすぐに喰いついた。だがその胸に心配が浮かび、少年は食べながら尋ねた。
「....でも、テツジさん。あんた婚約者がいるんだろ?そんな危険なことして...」
「それさ。それなんだよ」
モグマ青年は自分も食べながら声を上げた。
「俺っちは将来家庭を持って父親になったとき、自分の子供には仲間を見捨てることだけはするなって教えるつもりさ。...だとしたら、あの山で一緒に戦ったおめぇらを見捨ててちゃ示しがつかねぇだろ?それにリオス、おめぇ言ったじゃねぇか」
テツジは夜空を見上げてこう締めくくった。
「亜人と人間は兄弟のようなもんだ。片方が困ってるときにもう片方が何もせずにいるなんて、あっちゃならねぇってな」
それを聞いた少年の目に涙が浮かんできた。リオスは恥ずかしくなり慌てて顔を背けた。
夜が更けると気温が下がっていく。リオスはパラショールの布を広げて身体に巻き付けた。すると、テツジが言った。
「ちょっと待ってな。今穴掘ってやるから」
モグマ青年は両手に爪の生えた奇妙な形の手袋を嵌めると、立ち上がってどこかに消えた。そして五分ほどすると戻ってきた。彼の案内するままについていくと、地面に巣穴のようなものが三つ空いている。
「ひとり一室さ。『ホテル・モグマ』にようこそ...ってな」
テツジがウィンクする。穴に入ってみると、昼間の太陽の熱を吸った土が暖かく心地良い。リオスはたちまち寝入ってしまった。
夜中、狩人に起こされて見張りに立つ。途切れ途切れながらも、三人は巣穴の中で睡眠を取り疲れを癒した。
翌朝早く出発すると、三人はひたすら西に向かって進んだ。昼休憩を挟み前進すると、いつの間にか足元が黄色い砂岩になっている。
『マスター。もうすぐラネール地方に入ります』
ファイの無機質な声が聞こえてきた。目を上げると、前方には見渡す限り同じような色の砂岩でできた巨大な山々が広がっている。
「ファイ。ラネール地方に着いたらどう動けばいい?」
リオスは歩きながら尋ねた。するとファイは答えた。
『まずはゴロン族と接触することをお勧めします。もしゴロン族が味方につけば戦闘力は倍増します。そうでなくとも、安全な隠れ家を提供してもらうことはできるでしょう』
「ゴロン族か...。いったいどんな連中なんだ?」
リオスが呟くと、ラジーブが言った。
「ゴロン族、戦士。背の甲、硬い。拳、硬い」
「へぇ....素手で戦う戦士なんて、昔話みてぇだな」
感心して少年が呟くとテツジが横から口を挟んだ。
「だけどなぁ...あいつらちぃっと気難しいとこがあっからなぁ...」
「気難しいって...どんなふうになんだい、テツジさん?」
少年が尋ねると相手が答えた。
「あいつら、強い奴の言うことしか聞かねぇし、プライドが高いのさ。昔っから他の種族と一緒に戦うってことを好まねぇ。俺っちの親父もあいつらにはだいぶ苦労させられたみてぇだぜ」
リオスは頷いた。ともあれ、もしそんな戦士たちが味方になってくれればこれ以上心強いことはない。
―――説得して味方につける。
それが次にやるべきことだと少年には見えてきた。一行はもう一泊野営すると進み続けた。翌日には、とうとうラネール地方全体を見渡す断崖絶壁の上に出た。
『あれが工業地帯です。かつての練石場があります。そしてその西側にあるのが時の神殿です』
ファイが空中に現れ、指さした。
乾いた大地の上に、人工的な建造物が見えた。巨大な円筒を重ねたような建物の周囲に石壁が放射状に広がっている。そしてその西側には白い石造りの壮麗な神殿があった。
「よし、まずはゴロン探しだな。崖を降りよう」
リオスが言うと、ファイはこう釘を刺した。
『マスター、ご注意ください。この地方は魔物の数も種類も多く、厳しい監視網が敷かれています』
「わかった。無駄に戦うのは避けよう。本格的な作戦はゴロンの本拠に行ってからだな」
リオスがそう言うと、狩人は頷き、テツジは親指を立てた。三人は崖を下っていった。ラジーブはロープに鉤をつけて素早く下降し、ルートを確保している。一方、テツジは持ち前の鋭い爪のお陰で造作もなく絶壁を下っていた。
「...やれやれ、結局俺がビリッケツか」
リオスは苦笑し呟いた。だがもはや以前のような苦い思いは消え去っている。二人の仲間に続いて崖を下り切ると、そこにあった洞窟で休憩を告げた。
洞窟の前には、両側を岩壁に挟まれた下り坂がある。道の左右は草に覆われていて、久しぶりの緑が目に心地よい。
だがその先に目を移すと、まばらに灌木が生えた荒地が広がっている。休憩を終えると、三人は荒地に向けて歩を進めた。
「でもゴロンの住処ってどんなところにあるんだろ?」
狩人が弓を手に持ったのを見て、リオスは用心深く剣に手をやりながら呟いた。するとファイが答える。
『ゴロンは建物を建築する技術を持ちません。洞窟や遺跡を仮の住処とし、移住を繰り返すのが常です』
「やれやれ、そんな連中を当てもなく探すなんて骨が折れるじゃねぇか」
リオスはぼやいた。荒地は埃っぽく、風が吹くたびに根無し草が転がっていく。
「お...おい!噂をすれば、あいつらじゃねぇか?」
その時テツジが声を上げた。彼が指さすほうを見ると、それは荒地の西側だった。
砂埃を上げて、巨大な何かが転がりながら移動している。その数は百を超えていた。
「あ....あいつらが?」
リオスは驚いた。まるで丸い岩が転がっているようだ。
「ゴロン...って...丸い岩なのか?」
「違げぇって。身体を丸めてんのさ。丸めを解いたら姿形は人間と同じだぜ」
テツジが言う。少年は納得した。そして思い切って丸い岩の集団のほうに向き直ると、手を振って叫んだ。
「おぉい!あんたら!ゴロン族のあんちゃんたちだろ!」
リオスが何度か叫んで手を振ると、岩の集団が向きを変えてこちらに向かってきた。すると狩人が後ろから少年の肩を掴んできた。
「油断、ない。味方、敵、知らない」
「大丈夫さ、ラジーブ。だってファイが言ってたじゃねぇか。一晩の宿くらいはくれるって」
岩の集団はみるみるうちに一行の近くに転がってきた。リオスはその大きさに圧倒された。直径だけで一メートル半はある。
そしてその先頭の者たちが身体の丸めを解いて立ち上がった瞬間、少年はさらに驚かされた。
隆々たる筋骨。背中と腕を覆った岩のような装甲。身長は皆三メートルもありそうだ。
そうこうしているうちに少年と狩人とモグマの三人はあっという間に岩の巨人たちに包囲されてしまった。
「ど...どうも。俺、リオスってぇんだけど」
どぎまぎしながら自己紹介すると、岩の巨人たちの間からひときわ巨大な個体が進み出てきた。
「...人間か。人間がここで何をしている」
地鳴りのような声だった。その顔を見上げると、岩に彫りつけたような厳つい顔だ。
「あんたらゴロン族だろ。ちいっと...一晩泊めて欲しいんだけどよ...いいかい?」
辛うじて少年がそう言うと、ゴロンのリーダー格らしきその男は鼻で笑った。そして吐き捨てるように言った。
「寝言は寝てから言え。この地に人間の居場所などない。今すぐ立ち去れ」