「この地に人間の場所などない。今すぐ立ち去れ」
身長三メートルはあろうかという巨大な戦士。彼は、リオスを見下ろすと吐き捨てるように言った。
周囲を取り囲む岩のような体格の男たちも、険悪な表情でこちらを見ている。
少年は予想外のことに驚き、狼狽すると、言葉を詰まらせながらも抗弁した。
「ちょ...ちょっと待ってくれよ。ゴロン族と人間は味方どうしだろ?昔は一緒に戦ったって...」
「人間の時代はそもそも終わったのだ。それに勘違いするな。ゴロンにとって他種族との同盟は一時的なものに過ぎない」
リーダー格らしきゴロンの男はそう言うと、東のほうを指さした。
「立ち去れ。弱き人間といえどもお前らの領域に留まっているなら我らも口出しはしない」
「な...なぁ。ゴロンの兄ちゃんよぉ。あんただって聞いたことあるだろ?剣士フロウと狩人リゴールの名前をよぉ....」
その時テツジが恐々とした様子で顔を上げて言った。そして続けた。
「この二人はなぁ、そのフロウとリゴールの息子...」
だがゴロンの男は最後まで聞かなかった。
「何かと思ったらモグマか」
大男は鼻を鳴らすとさも軽蔑したように呟いた。
「地に潜り隠れて過ごすモグラのごとき臆病者....それが珍しく地上に出てきたかと思えば一丁前に歴史の講釈か?」
その瞬間だった。リオスは気配を感じ、傍らの狩人を何気なく見やった。そして驚愕した。
ラジーブは、何の予備動作もなしにいつの間にか弓矢を構えていた。その矢尻は、目の前のゴロン戦士のリーダーの顔に真っすぐ向けられている。
「なッ...おい!ラジーブ!よせよ!」
リオスは思わず叫んだ。周囲のゴロン族の戦士たちが一斉に身構える。たちまち殺気が空気を満たし、その場の雰囲気が張り詰めた。
だが狩人は相手から一瞬も目を離さず静かにこう言った。
「...この者、仲間。我、侮辱、許す、ない」
だがリーダーの男は意にも介さず含み笑いし、首を振った。
「やれやれ、愚か者が。ゴロン族にそんな武器が通用するなどと本気で思っているのか?」
しかし、狩人は一歩も引かない。彼は弓をきつく引き絞ったまま応じた。
「ゴロン、装甲、硬い...。ゴロン、弱点、ある」
「なに...?」
ゴロンの男が目を剥く。ラジーブはほんの少し唇を歪めながら続ける。
「...ゴロン、腹...弱点」
それを聞いたゴロンの男は数秒間顔を固まらせて黙った。だがやがて、さも忌々し気な溜め息をつくと、片手を上げた。
「構えを解け」
周囲の戦士たちが両手を下ろし、やや空気が緩んだ。
「貴様...ただの人間ではないな」
ゴロンのリーダーは目を細めるとラジーブを見つめた。狩人はゆっくりと弓を下ろすと答えた。
「我、シーカー。このふたり、仲間。戦う」
彼はリオスとテツジに顎をしゃくり、言葉を継いだ。
「我、この少年、囮。鬼、多い。モグマ、掘る。溶岩、流れる。鬼、全滅」
「むう....」
それを聞いたゴロンのリーダーは腕を組み片手を顎にあてていたが、やがて口を開いた。
「知略をもって魔物どもを全滅させたと申すか。それはまことか?」
尋ねられたリオスは力強く首肯した。ゴロンの男は納得した様子で軽く頷くと、片手を差し出した。その目に当初浮かんでいた険しい色が、若干薄れてきている。
「ドゴロだ。貴様の仲間を侮辱したことは謝罪する。話を聞こう。何用ゆえこの地に?」
「ども。俺、リオスッす。こっちがラジーブと、テツジ」
リオスは自分の三倍はありそうな巨大な手を握ると答え、改めて口を開いた。
「俺たちはフィローネから旅をしてきたんだ。その目的は.....」
その時、狩人が強い目線を送ってきた。察したリオスは慌てて口をつぐむと言い直した。
「あ...その...詳しいことは族長さまと会って話したいんだ。もしかして、あんたが族長さまかい?」
「私は族長ではない」
ドゴロは首を振った。そして再び怪訝そうな表情になって尋ねた。
「密命か。そんな大層なものを帯びるにはまだ若いように見えるがな。いずれにせよ我々は行かねばならぬ」
そう言うと、ドゴロは踵を返した。他のゴロンたちも興味を失ったようにこちらに背を向け、何人かは早くも身体を丸め始めた。
「ま...待ってくれ!」
リオスは慌てて声を上げた。そして意を決すると、相手に近づいて手を口の横に当て、手招きした。男はますます怪訝な顔をしたが、振り向くと巨体を屈めるようにして顔を近づけてきた。
「...俺たち、ギラヒムの奴を狙ってるんだ。知ってるぜ。あんたら...あいつには嫌な思いさせられてるだろ?」
ハッタリも交えてそう囁きかける。ドゴロはまた身体を起こすと、無表情にリオスを見つめていたが、やがて言った。
「....それなら生憎なことだったな。ゴロン族はギラヒム殿とは講和条約を結んでいる」
―――???―――
リオスは耳に入った言葉を信じられずポカンと口を開けた。
「あ...今...なんて?」
「我が一族はギラヒム殿と講和関係にある。それだけだ」
再びこちらに背を向けて立ち去ろうとするドゴロを、リオスは必死で追いかけた。
「ま...待ってくれ!待ってくれ!なんだってそんなものを?あんたら正気なのか?」
それを聞いたドゴロは動きを止め、ゆっくりと振り向いた。少年の背筋に寒いものが走った。怒りを買ってしまったかも知れない。
だが、案に相違して相手の顔は無表情なままだった。男は言った。
「族長の判断だ。....だが...そうだな」
彼は少し考えるように上を向くと、言葉を継ぐ。
「....正気を失っておられるのかも知れん。族長は」
リオスは意味が分からず立ち尽くすしかなかった。するとラジーブが横から口を出した。
「一晩、宿。欲しい」
「それはできかねる。我々も宿のない身だからな」
ドゴロと名乗った男は皮肉な含み笑いとともに答えた。そしてまた言った。
「練石場東側の崖の洞窟に行け。そこに我が一族の残りの者たちと族長がいる。もし興味があるなら訪ねてみよ。だが、果たして族長と貴様らとで会話が通じるかは保証しかねる」
男はそこまで言うと、片手を上げた。百体以上にもおよぶゴロンの男たちが一斉に身体を丸め、転がり始めた。盛大に舞い上がった砂埃に呑まれた少年と狩人とモグマはしばらくの間咳き込んでいた。
* * * * * * * * * * * *
「....意味わかんねぇ。マジ意味わかんねぇ」
少年は頭を掻きむしった。状況がまるで見えない。狩人は真剣な表情で腕を組み、テツジはポカンとした顔で二人を交互に見ている。
「あんな強そうな連中が、なんで魔物と戦わないで条約なんか結んじまってるんだ?ボコブリンなんかパンチ一発で吹き飛ばせそうな体格してんのによ」
リオスは同じ場所を歩き回りながら呟く。その時、青白い光が空中に浮かび上がった。ファイだ。
「ファイ、あんたなら読み解けそうか?この状況.....」
『マスター、これは何か不穏なものを感じます。そもそも魔族との講和など前代未聞です。過去にさかのぼってもデータがありません』
尋ねてみると、ファイもそう答えた。彼女は前方を指さすと続けた。
『マスター、ゴロン族長と会見することをお勧めします。そうすれば謎が解けるはずです』
「...でもなんか嫌な予感がしねぇか?さっきの兄ちゃん、族長は正気じゃないかも知れないって...」
リオスは顔を歪めて呟いた。先ほど会ったゴロンの戦士は、荒っぽいとはいえキチンと筋立てて話をすれば理解してもらえそうな相手ではあった。しかし、その同じ種族の者が狂ったら、と思うと恐怖しか感じない。
「もしあんなデカイ連中が正気失ったらとんでもねぇことになりそうな気がすんだけど」
『だからこそです。マスター、いざとなったら私自身が対応します』
ファイが請け合う。そこでリオスは渋々ながら言う通りにすることにした。
一行は荒地を北東に進んだ。数時間歩くと、円筒を重ねたような建造物から放射状に広がっている壁のひとつが近づいてきた。
だがその時だった。
人の背の高さほどの何かが回転しながらこちらに接近してくる。
「ん?またゴロン族か?」
リオスは目を凝らした。だが、形が微妙に違う。ゴロンのような球形ではなく、分厚い円盤のような形だ。
それは猛スピードで転がってくる。リオスは怪訝に思い、そして嫌な予感を感じた。
「避ける!」
ラジーブが叫ぶと少年の袖を引き、モグマに合図した。三人は慌てて横に走り始めた。だが、その回転体には視覚や意識があるのか、こちらの動きに合わせ軌道を変えながら突進してくる。
狩人はリオスを突き飛ばし、モグマを押しやった。だがそこに回転体が突っ込んできた。
ラジーブが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。そして、すぐ起き上がるかと思いきや、呻き声を上げながらもがいている。
「ラジーブ!」
リオスは相棒を振り返って叫んだ。駆け寄って助け起こすと、狩人はやっとのことで上体を起こした。
『マスター。シャコマイトです。魔力により変性しています』
ファイの声が聞こえた。向き直って回転体を目で追うと、大きくカーブしながら再びこちらをめがけて突進しようとしている。
「お...おいリオス...また来るぜぇ」
テツジが情けない声を上げた。リオスは剣を抜き放った。だが、さっき接近した時見えた。その物体は分厚い石灰性の殻で覆われていたのだ。むやみに斬りつけても意味がない。
少年は前に出ると、相手の注意を引くように手を振った。そして踵を返すと仲間たちから引き離すように方向を変えてダッシュし始めた。
思った通りだった。肩越しに振り向くと回転体はリオスを追いかけてくる。しかも早い。
全速力で走るとたちまち息が切れてくる。まだ間隔はあるが、引き離すには至っていない。リオスは前を向くと、行く先にあった岩の出っ張りに目を付けた。
最後の力を振り絞って、その岩に向かって疾走する。そして、岩に飛びつくと必死でよじ登った。
思った通りだった。その回転体は岩に激突して止まった。何気なく下を見た瞬間、リオスは驚いた。
それは巨大なヤドカリのような生物だったのだ。赤い甲殻に覆われた脚が巻貝のような殻から突き出ている。だが、衝突の衝撃でフラついているのか、その脚は頼り無げに蠢いている。
「ふざけやがって」
少年は呟くと、岩から飛び降り、その巨大ヤドカリの身体に思い切り突きをくれた。剣先を何度も突き刺すと、そいつは断末魔の悲鳴を上げ、徐々に動かなくなった。
「おぉい、リオス、大丈夫か?」
テツジが呼びかけてきた。少年は手を振ると仲間のもとに戻った。ラジーブも完全に立ち直ったようだ。
「ファイ、あいついったいぜんたい何者なんだ?あんな大きいヤドカリ見たこともねぇよ」
剣を納めながら尋ねると、ファイの声が聞こえた。
「元は無害な生き物です。しかし、魔力の影響で変性してしまったようです」
「我、感じる。電流」
狩人が自分の腕をさすりながら言った。
「電流?ビリってくるやつか?」
リオスが尋ねると狩人は頷いた。それで納得が行った。ただの体当たりで狩人がダウンを喫するなど珍しいと思ったからだ。少年はまたファイに尋ねた。
「物騒だな。このラネールにはああいうヘンな奴らが山ほどいるってことか?」
『そうです。そもそもこのラネール地方には、自然現象を司るため雷龍が配置されていましたが.....』
「おい待てよ。龍って...ほんとにいるのか?」
リオスは驚いた。龍など空想の産物だとばかり思っていたからだ。
『龍は実在します。三龍は最高位の位格を持つ精霊たちです』
「そ...そうか。あ.....そういや前も言ってたっけな」
するとファイは説明を続けた。
『ですが、ラネールを司る雷龍は三十年前に死んでいます』
「....し....死んだ?」
リオスはますます驚いて声を上げた。
『はい。あまりにも濃厚な魔瘴気に長期間晒されたためです。彼はラネールの住人を見守り世話をすることに没頭し、上空に退避しなかったのです』
「精霊でも...死ぬってことあるのかよ」
半ば信じがたい思いで呟くと、ファイは無機質な声で言った。
『あります。ただしその死因は肉ある生き物とは異なりますが。また受肉すれば物理的攻撃により損傷を受けるようになります』
するとテツジが呟いた。
「な...なんか恐ろしい話だよなぁ。俺っちも子供の頃聞いたことあるけどよ、オルディンでは炎龍さまが火山を押さえてるから生き物が暮らせるんだって話だったぜ。てことは雷龍さまのいないラネールでは何が起こるかわかんねぇってことだろ?」
『まさにその通りです。ここラネールでは、本来雷龍に制御されていた自然電流が無秩序に魔物たちに付与されている可能性があります』
ファイは冷厳に警告する。リオスは背筋に冷や汗が走るのを感じた。
念のため狩人に近づき、体調を確認する。軽い火傷を負った程度のようだ。だが念のため休憩を取り、テツジが狩人の傷に油を塗ると、一行は再び歩き始めた。
一行はやがて石の壁に着いた。その高さは高かったが、狩人が難なく乗り越えると他のふたりを引き上げた。壁の上に登ってみるとそれは幅が広く、しっかりとした通路になっていた。
だが、放射状の通路の上を歩き、またそれを降り、また登ってを繰り返しながら北東に進むとやがて時刻は夕刻にさしかかってきた。ようやく放射状の壁が切れ、荒地の縁に聳え立つ岩壁が見えてきた。
「お...あれか?」
リオスは岩壁に空いた大きな穴を指さした。
「どうやらあれみてぇだな」
テツジも同意する。だがモグマの青年はやや怖気を振るった様子で首を縮めながら言った。
「....でもなぁ...あんなデケぇ連中が気が狂ったら、何してくるかわかんなくねぇか?ちぃっと様子見たほうが....」
「心配すんなよテツジさん。いざとなったらファイがなんとかしてくれるさ」
リオスは答えた。だがモグマ青年は疑わし気な目で見てきた。
「で...でもよぉ。ファイさまは精霊なんだろ?フワフワ飛ぶこたぁできても、あんなゴツイ連中を押さえつけることなんてできんのか?」
「そ...そりゃぁ....」
少年は一瞬言葉に詰まったがすぐにこう返した。
「本人が自分でイザとなったら自分でなんとかするって言ってたし、なぁ?」
ファイに尋ねてみたが、返事がない。気温が下がり始め、冷たい風がふたりの間を吹き抜けた。
「我、好む、ない。恐れ、退く」
その時狩人が呟いた。リオスはそれを聞くとカラ元気を出すように答えた。
「お...おうよ。俺も同じさ。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うじゃねぇか」
三人は洞窟の入り口に向かって進んだ。既に太陽は沈みかかっており、辺りは急速に薄暗くなってきた。
洞窟に足を踏み入れるとますます薄暗い。内部は殺風景で、わずかな草がまばらに生えているのみだった。
「ほ...本当にこんなところにゴロン族がいんのかぁ?」
テツジが周囲を見回しながら呟く。さらに進んでいくと、天井から何かが落ちてきて、モグマ青年は悲鳴を上げながら飛び退った。
それは黄色い粘液の塊のようなものだったが、動物のように蠢いている。リオスは反射的に剣を抜き放って斬りつけた。
粘液はふたつに割れた。まだ動いている。ひとつに斬りつけて叩き潰し、もうひとつに向き合うと、それは動きをやめていた。その周囲に小さな稲妻のようなものが走っている。
「電流!お前、用心!」
狩人が後ろから手を伸ばしてリオスを引き留める。少年は頷くと、それがまた動き始めるまで待ち、縦斬りで真っ二つにした。
「な...なんなんだよぉ。液体が動いてたぞぉ?あれも魔物か?」
「たぶん...な。とにかく用心しよう」
リオスは剣を納めた。顔を上げると、洞窟の奥に進む。曲がりくねった洞窟はやがてその幅が広がってきた。ところどころ天井が開いているので、夕暮れの空の光がぼんやりと射し込んでくる。
奥から何者かが会話する声も聞こえてきた。どうやら辿り着いたようだ。
やがて三人は大きな広場に出た。そこここに多くのゴロン族らしき者たちが座っている。
そして、一段高くなった場所に据えられた玉座のような石に、年老いたゴロンの個体が座していた。そのゴロンが喋る声が聞こえた。
「...かくして我らゴロンはギラヒム殿と講和を結んだ。今後は魔物を傷つけることはまかりならん。皆、心得たな?」
それを聞いているゴロンたちの顔を見てみると、皆生気がない。疲れ切っていてウンザリそのものといった表情だ。
「よいか。我らゴロンの誇りを思い出せ!我らは誰にも膝を屈めない独立した種族だ。ひとに
ゴロン老人の声が響くなか、聴衆の誰もピクリとも動かない。老人は続けた。
「どいつもこいつも儂を舐めおって!目に物見せてくれるわい!......昨日の晩飯は旨かった。たまには砂岩だけでなく泥岩を食してみるのも乙なものじゃ。こら!今儂の悪口を言ったな!耄碌したと思って見くびっておるのだろうが、ちゃんと聞こえておるぞ!」
だが聴衆の誰も言葉を発してはいない。ゴロン老人の意味不明な繰り言は延々と続いた。
「お...おいリオス...あの爺さん...なんか....ヤバくねぇか?」
テツジが不安げな顔で言う。リオスも答えた。
「...やべえな。だいぶ...イカれちまってるみてぇだ」