「.....そうじゃそうじゃ。洞窟の入り口に生えていたラネールアザミを抜いておいてくれ。あんなふうに道の真ん中に生えていたんではどうも具合が悪い。む?儂の背に寄生虫がいる?バカを申すな。儂は一日二度砂浴びしておるぞ」
玉座に座したゴロンの老人の独り言は続いた。かと思うと、老人は顔を覆って嘆き始めた。
「ああ....ドゴロ。我が甥よ。なぜ出ていったのだ。儂はお前を邪険に扱った覚えなどないのに.....」
だが、しばらく嘆いていたかと思うと、彼は突然拳を握り、真っ赤な顔で怒鳴り始めた。
「あの大馬鹿者め。よりによって育ての親である儂を愚弄するとはなんという恩知らず!ええい、野垂れ死にでもなんでもするがいいわい。それはそうと今日の晩飯には何がいいかのう。まあいい。自分で調理することにするわい。最近儂の皿に毒を盛ろうとした奴がいたから、思い切り投げ飛ばしてやったわ。ワハハハ」
リオスはしばらくポカンと口を開けていたが、やがて首を振ると前に進み出た。
「あのぉ....サーセン」
だがゴロンの老人の繰り言は止まらない。そこで少年は老人の目の前に進み出ると大声で叫んだ。
「サーセン!俺、リオスって言います!」
洞窟に少年の声が響き、しばらく反響したあと消えていった。
その場が凍り付いた。聴衆のゴロンたちは皆目を丸くしてリオスを見つめている。
ようようの時間が経った後、聴衆からざわめきが漏れ始めた。互いに顔を見合わせ何事か囁き交わしている。
「なんじゃ.....何かと思ったら人間か。しかも子供ではないか。磨いた大理石みたいなツルツルした顔をしおって」
ゴロン老人は驚いた顔で呟いた。だが、少年に向けられたその両目は、よく見ると焦点が合っていない。リオスはやっとのことで口を開いた。
「あの....サーセン。突然で。一晩の宿、お借りできませんか?」
「宿?何を言うんじゃ。人間がゴロンから宿を借りる?聞いたこともないわい」
老人は顔を歪めてそう答えると、突然笑い始めた。
「ワハハハ....。人間というのは面白い生き物じゃのう。背中に甲もなければ、薄紙のような皮膚をしおって。そんなことでどうやって落石や落盤に耐えるというんじゃ」
リオスは目をパチクリさせ、慌てて言葉を継いだ。
「あの...族長さま...っすよね。ゴロン族の」
「いかにも儂が族長じゃ。族長の座は誰にも渡さん。誰じゃ!儂が族長の器ではないなどとほざいた奴は!そんな奴は追放じゃ!追放!ついほぉぉぉぉぉ!!」
族長は突然声を上げると、人さし指で洞窟の出口を指した。少年は呆れ果て声も出なかったが、唾を飲み込むと辛うじて続けた。
「あの....族長さま。ギラヒムと条約を結んだ...って聞いたんっすけど。ホントっすか?」
「ん?なんじゃ、子供の癖して政治に口出しか?ったく最近の若いモンは口ばかり達者で仕方がないわい」
族長はうんざりした顔で答える。だがリオスは素早く口を挟んだ。
「いや...その...素朴な疑問なんっすよ」
少年は前に進み出て言葉を継いだ。
「ゴロンって強いんでしょ?人間なんかよりずっと....だったらなんで魔物をやっつけちまわないんですか?チョチョイのチョイでしょ?そんなの」
「いかにもゴロンは強い。それは紛れもない事実じゃ」
族長は満足そうに腕組みして頷いた。
「それはそうと、雷龍が死んでからというものこの辺りは揉め事続きじゃ。工場にいる機械亜人どもも困り果てて儂らに助力を求める始末での。だがギラヒム殿は約束されたのじゃ。亡き雷龍に代わってラネールの自然を治め、全ての亜人に必要な資源が行き渡るようにすると。だから儂は高度な判断を....」
「はぁ...?ギラヒムが雷龍さまに代わってって...そんなデタラメなことを?」
「口を慎め、小僧め。デタラメ?貴様、ギラヒム殿に会ったこともないくせに」
「いや.............んなの会わなくたってわかるっしょ」
リオスは負けじと言い返した。
「ギラヒムが雷龍さまの代りってんなら、なんで魔物を庇いだてするんっすか?善い奴だったら魔物の味方なんかするはずないっすよね?」
「ええい。ああいえばこう言う。子供といえども儂に口答えするなら容赦はせんぞ!」
族長は顔を赤くして立ち上がった。その身長は、老いているとはいえリオスより遥かに高い。
「誰かこやつをつまみ出せ!いや、儂の手でつまみ出してやる!」
族長が手を伸ばす。テツジが悲鳴を上げ、背後からラジーブが駆け寄ってきて少年の傍らで弓矢を構えた。
ちょうどその時だった。
ふたりの間に青白い光が迸るように出現し、ケープを纏った少女の姿をとった。
ファイだ。
薄暗い洞窟の内部に強い光が満ちた。その場にいた者たちは皆眩し気に顔を逸らし、あるいは目をしばたいた。
『ゴロン族長....ゴルマよ。あなたに尋ねたきことがあります』
族長は驚愕のあまり目を皿のように見開いている。言葉も出ないようだった。
『族長...あなたはゴロン族が造られこの地に置かれた理由をお忘れですか」
ファイの冷たい声が響いた。
「き...貴様!怪しい奴!何者じゃ?」
『私はファイ。女神ハイリアに仕える精霊です』
族長が顔を片手で覆いながらも詰問すると、ファイは答えた。
『太古の昔、ゴロン族は大地の豊かな資源を任されるべき種族として創造されました。それゆえ硬い甲と強い拳を与えられ、善き管理者としてありあまる資源を採掘する権限を授けられたのです』
「そ...そうじゃ。そんなことは承知じゃ。それがどうした?」
『あなたは知っているはずです。古くから魔物たちが企図するのは奪い、傷つけ、殺すことのみです。なぜなら彼らの究極の目的は女神ハイリアの支配を覆し、その権能を奪い、かの者に引き渡すことだからです』
族長にそう答えると、ファイから発する光が一層強くなった。
『かの者は一度は打ち倒され封印されました。しかしいま、ギラヒムとその配下はラネールの資源を大量に掘り返し、邪悪なたくらみのために費消しています。今あなたたちは平和を彼らとの間に保っていますが、それは見せかけのものです。彼はいずれあなたたちからも奪いにかかるでしょう。住処、自治、誇り、その全てです』
「デタラメを言うな!貴様何も知らんくせに。ギラヒム殿は約束された。男と男の約束じゃ。貴様、儂らの和合を妬んで引き裂こうとしているのであろう!」
老人は頑として譲らない。
『ギラヒムは....私の兄です』
するとファイは言った。そして彼女は片手を上げた。その途端に空中に映像が現れた。それは彼女と同じような髪形をした美しい男の姿だった。
『私たちは同じ位格を持つ精霊としてそれぞれが神々に仕えるため造られました。しかしギラヒムは...かの者がハイリアに反旗を翻したとき、それに従うことを選びました。そして私のきょうだいたちを一人残らず殺し、忠誠を証明したのです』
一呼吸置くと、彼女は続けた。
『....かの者...すなわち終焉の者への』
その名前を聞いた瞬間、族長の顔が引きつった。ファイは畳みかけた。
『―――天候を操作する権限を与えられていないギラヒムの約束は虚しい平和です。彼は来るべき彼の主人の復活に向け、魔族の勢力を隆興させ、他方であなたたちゴロンを含めた亜人たちの勢力を弱め、結束を分断させ、破滅に追い込むでしょう。目覚めなさい、族長。もはや惰眠を貪っている時間はありません』
その言葉が終わると同時に、ゴルマが震え始めた。彼は玉座に座り込むと呟いた。
「終焉...の...者....じゃと?その名を...儂の前で...出すな....!」
「な...なぁ、族長さま。これでわかったろ?あんた、ギラヒムのペテンに騙されて......」
リオスがそう言った瞬間だった。老人の目が吊り上がり、瞳の中に異様な光が浮かんだ。
「ギラヒム様...の....名を...汚す者は...許さん...!」
族長は立ち上がり、リオスに掴みかかった。狩人が素早く少年の手を引き、下がらせる。リオスの目の前を巨大なふたつの手が通り過ぎた。
『―――やっと正体を現しましたね』
ファイが言った。
『さあ、マスター。その剣の力もて族長を操る者を打ち払ってください』
「う...打ち払う?」
少年は尋ねた。だが、族長はヨロヨロと体勢を立て直すと大音声で呼ばわった。
「この人間どもを追い出せ!命令じゃ!命令じゃ!今すぐ追い出せ!」
聴衆だったゴロンたちが戸惑いながらも立ち上がり始めた。族長は顔を真っ赤にして怒鳴り続ける。
「何をしておる!追い出せ!族長の命令が聞けんのか!」
「ちょ...ちょっと待ってくれよ!話を聞いて........」
リオスは慌てて周囲を見回した。ゴロンの男たちが捕えようと迫ってきている。戦士たちよりは小さいが、それでも人間より遥かに大柄だ。
テツジが悲鳴を上げ、洞窟の隅に四つ足で退避していった。一人のゴロンがリオスに手を伸ばす。その途端に狩人が滑り込むように入身し、その腕をとって投げ飛ばした。
『マスター。剣を空に向けるのです。力を充填します』
ファイの声が聞こえた。別のゴロンが拳を振り回してくる。ラジーブはリオスを突き飛ばして下がらせながら、器用に相手の攻撃を躱し、腹に強烈な肘打ちを見舞った。そのゴロンはたちまち苦悶の表情で座り込んだ。
「わ...わかった。こないだのアレだな。でも族長に当てちゃって大丈夫なのか?」
リオスは剣を抜くと尋ねた。再びゴロンたちが襲い掛かってくる。狩人は一人を足払いで躓かせると、もう一人の肩に飛び乗って両耳を掴み引き回した。
『大丈夫です。スカイウォードストライクは魔を払うだけで、族長本人に害は及びません』
「わ...わかった!」
リオスは剣を天に向けた。すると剣が高い音を発し鳴動した。その刀身から発する光が、ファイの光と相まって洞窟を明るく照らす。
「ちょっと失礼するぜ、族長さま!」
少年は老ゴロンに向けて剣を振り下ろした。切っ先から迸った光が相手にぶち当たり、衝撃音が響き渡る。
「グアッ....!」
族長は、まるで本当の打撃を受けたかのように呻き声を上げてのけぞった。
雷鳴のような音が洞窟に反響し、やがて減衰していくと、族長はヨロヨロと数歩後じさりし、そしてうつ伏せに倒れた。
すると、族長の頭から小さな虫のようなものが床に転がり落ちるのが見えた。その虫は腹を見せながら脚を痙攣させていたが、やがて動かなくなった。
「なッ....おい、ファイ!倒れちまったぜ。本当に平気なのか?」
狼狽したリオスが尋ねると、ファイは澄まして答えた。
『ご覧になった虫のようなものが媒体となっていたようです。精神操作魔法が解けると、対象者は気絶するのが常ですから問題ありません』
―――だが、数瞬の沈黙が辺りを覆ったあと、ゴロン族の間でどよめきが広がった。
「....ぞ...族長...」
「し...死んだのか?」
「よ...よくも族長を!」
どよめきがやがて怒りの声になり、それは野火のようにゴロンたちの間に広がった。
「復讐だ!復讐だ!」
ゴロンたちが口々に叫ぶ。リオスとラジーブは周囲を完全に包囲されてしまった。だがその時、再び族長の声が響いた。
「.....やめい!」
目をやると、ゴロンの老人は膝を突きながらも弱々しい動作で体を起こしている。リオスは剣を納めると慌てて駆け寄り助け起こした。
「....儂は無事じゃ。鎮まれ」
ゴルマ族長はそう言って手で合図した。たちまちゴロンたちは安堵の表情を浮かべ構えを解いた。
「小僧....リオスとか申したな。礼を言う。貴様のお陰だ」
族長は立ち上がると少年の肩に手を掛けた。その声は低く、よく通る。また族長の両目にはそれまでにはなかった深い思慮と威厳の光が宿り始めてきた。
「じゃ...じゃあ族長さま!正気に戻ったんっすね?」
リオスが思わず叫ぶと、老人は力なく笑った。
「...どうやらそのようじゃな。だが.........」
ゴルマ族長は溜め息をつくと、小さな声で続けた。
「最悪の事態じゃ。儂は取り憑かれていたとはいえ最悪の判断をしてしもうた。取返しのつかぬ愚かな判断を....」
* * * * * * * * * * * * * * *
「戦士長を...追放...ですか?」
リオスは驚いて尋ねた。族長は頷くと、苦い顔で言った。
「儂は本当に忌々しい魔法を掛けられたものじゃ。取り憑かれて自分を失っておったというのに、その間にしたことは全て克明に記憶しておるのじゃからな....」
少年は玉座の前に座り、ラジーブも横にいて族長に耳を傾けていた。テツジも恐る恐るの様子で戻ってきた。族長はしばらく黙ると、また口を開いた。
「戦士長ドゴロは儂の甥じゃ。あやつには人望があり、百数十名の戦士を束ねておる。儂が追放を言い渡したとき、配下の戦士たちは皆ついて行ってしもうたのじゃ」
「じゃあ族長さま...今残っているのは...」
リオスは洞窟の中を見回した。族長は答えた。
「今残っているのは年老いた者、病気の者、若過ぎる者...いずれにせよ戦士としては用を為さぬ」
彼は申し訳なさそうな顔をリオスに向けると続けた。
「...リオスとやら。魔物を打ち払わんとする貴様の志は立派じゃ。だが残念ながら儂は何もしてやれぬ。戦士たちは去ったのじゃから」
リオスは返す言葉を失ってただ族長の顔を見つめるしかなかった。族長は顔を伏せるとこう締めくくった。
「儂は....所詮...あやつの言うとおり族長の器ではなかったのかも知れぬ」
「なぁファイ....どうするよ。このままじゃ戦力倍増どころか.........」
リオスは思わずファイに呼びかけた。彼女は姿を消していたが、声だけで答えた。
『マスター。安全な隠れ家は得られたので作戦上はよしとすべきではないでしょうか』
「そりゃそうかもだけどよ....」
少年は言葉に詰まった。何か、言いようのない強い感情が胸の中で渦巻いている。
「俺たちにできること....何か無いのかな。このままじゃあんまり気の毒だぜ」
だが、リオスがそう呟いたとき、再びゴロンたちの間でどよめきが走った。
全てのゴロンたちが洞窟の奥に目を向けている。何気なくリオスがそちらを見ると、姿かたちの異なる何者かがそこに立っていた。
肌の色はゴロンたちと同じ黄色。だが身体のサイズが二回りほど小さく、何よりも特徴なのは曲線的なそのシルエット。
―――女だ。
「....リ....リメイラ!お前、なぜ出てきたのじゃ!」
族長はうろたえた様子で叫び、手を上げて追い払う仕草をすると続けた。
「お前は奥の部屋にいなさい。女が人前に出るなどとはしたない真似はよすのじゃ」
だがゴロンの女は真っすぐ進み出てきた。背の高さは人間とそれほど変わらない。だが、背中と肩と腕には、薄っすらとながら岩石状の甲がついている。しかし、柔らかな顔立ちと涼し気な二重の目はゴロンの男たちと対照的だ。そして男たちが褌一丁なのに対し、彼女は麻の上下を着ていた。
「聞こえぬのか、娘よ。嫁入り前なのに人の目に晒されるなど、恥ずかしくないのか」
「パパ。そんなこと言ってる場合?男たちが全員この体たらくなのに、黙って引きこもってなんてられないわよ」
その女は初めて口を開いた。声は若く張りがあった。
「―――ねえパパ。誰も言わないみたいだから私が言うわ」
ゴロンの娘はツカツカと歩み寄ってくると、族長を真っすぐ見据えながらこう言った。
「ドゴロ兄ぃに謝るのよ。そうすれば全部元通りになるから。ね?」
「あ...謝るじゃと?」
族長は驚いた顔で聞き返した。するとゴロンの娘は頷いた。
「そ。謝るの。『悪かった。儂が間違っていた。許してくれ。頼む』...ってね」
「そ...そんなことが出来るか。儂にも族長としての体面があるわい」
すると老ゴロンは腕組みをして顔を背けた。それを聞いたゴロンの娘は顔を赤くすると、目を剥いて叫んだ。
「はぁ?パパ、何言っちゃってんの?体面?そんなこと言ってる場合?ねえ、今どんな状況か分かってんの?外魔物だらけなのに、戦士もみんな出てっちゃってんのよ?」
「わ...分かってるわい。それくらい」
族長は悔し気に呟く。
「分かっておる。お前に言われなくとも。じゃがそれとこれとは別じゃ。族長が謝罪などしたら、その権威が地に落ちてしまうではないか」
「ちょっと....パパ。本当に正気に戻ったの?まだ頭やられてんじゃないでしょうね。何よ、その『それとこれとは別』って。どういう謎理論?そんなこと言ってる場合じゃないって何度言ったら分かるの?」
ゴロン娘は一気にまくし立てると、溜め息をついて言い放った。
「もういいわ。パパには頼まないから。あたしがなんとかする」
「お...お前が?どうするというのじゃ」
族長は驚いて尋ねる。するとリメイラと呼ばれた娘は答えた。
「あたしがドゴロ兄ぃを探しに行く。で、見つけたら連れ戻すわ。『パパが謝りたがってる』って言ってね」
「なッ.....お前、そんな勝手なことを...!」
族長が色をなしたが、ゴロン娘は洞窟の出口に向けて歩き始めていた。
「あたしがドゴロ兄ぃを連れ戻すまでに考えておいてね。謝罪の言葉。言っとくけど形だけじゃダメよ。最低でも、『悪かった』『儂が間違っていた』『許してくれ』は入れとくことね!」
「ま...待ちなさい、リメイラ!」
族長は慌てて立ち上がった。だがその時、リオスの頭に何かが閃いた。
ゴロンの娘はスタスタと歩いている。リオスは、走って族長を追い越すと、彼女の背中に声をかけた。
「ま...待ってくれ!姉さん!ちょっと.....!」
少年が追い付くと、ゴロンの娘は怪訝そうな顔で脚を止めて振り向いた。リオスは続けた。
「姉さん...頼みがあるんだ。ちょっと聞いてくれるか?」
「頼み?何よ」
相手は不思議そうにこちらを見つめている。リオスはニヤリと笑うと続けた。
「....姉さん。俺らと....組まねえか?」