「―――さあ来い!」
リオスは剣を構えて叫んだ。
ボコブリンどもが群れをなして押し迫ってくる。その数は、総勢百匹にもなりそうだった。
距離が縮む。
五十メートル。二十メートル。十メートル。
ボコブリンどもの群れが目の前にまで突進してきた。
先頭の一体が警棒を振り下ろしてきた。僅かにサイドステップして躱すと、横斬りで首筋を叩き斬った。だが横からも来た。突き出された警棒を頭を下げて回避し、逆袈裟斬りで脇の下から深手を負わせた。返す刀で袈裟斬りを浴びせ、突きでダメ押しする。
だがあっという間に周囲は鬼だらけになった。いきり立ったボコブリンどもは喚きながら囲いを狭めてきた。リオスは敵の警棒を回避しながら剣を振り回し牽制したが、いかんせん多勢に無勢でジリジリと押されていく。
「姉さん!」
頃合いを観てリオスは合図した。その瞬間、頭上の階段を何かが転がり落ちてきた。身体を丸めたリメイラだ。
彼女は跳躍しボコブリンの群れに突っ込んだ。数人を跳ね飛ばすと、身体の丸めを解いてハンマーを構える。
転倒させられたボコブリンが慌てて立ち上がろうとした。だがリオスが殺到して突きを喰らわす。もう一人が身体を起こしたところで一刀のもと首を刎ねた。
「伏せてて!」
リメイラは叫ぶとハンマーを大きく振り上げる。少年は迷わず地面に身を投げ出した。
ハンマーのヘッドが唸りを上げて頭上を通り過ぎる。物凄い衝撃音とともに鬼どもが数人吹き飛んだ。
「う゛り゛ゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
唸り声を上げながらゴロン娘がハンマーを振り回す。ひとり、また一人と鬼どもが吹き飛び、数メートルも離れた岩地に叩きつけられていく。
ハンマーの唸る音と鬼どもの悲鳴が岩壁に反響した。ゴロン娘の周囲はたちまち死体だらけになった。
だが目を上げると、生きている敵の数が減っていない。奥の坑道から続々と増援が駆けつけてきているのだ。
やがて数十人倒したところで、スタミナが切れてきたのかリメイラが手を止め肩で息をし始めた。
「クソッ...キリがないわね」
「姉さん!無理はすんなよ!」
勢いを取り戻したボコブリンたちが気勢を上げ、距離を詰めてくる。リオスはゴロン娘の前に出て、剣を真上に掲げた。
「ファイ!頼む!」
『了解しました。パワーを充填します』
ファイの声とともに少年の剣が震え、高い音を発した。刀身から発する眩い光に、ボコブリンどもが目をしばたたかせ、僅かに怯んだ。
「喰らえ!」
剣を横に払う。迸るような光が命中し目の前の二、三匹が崩れ落ちた。群れにどよめきが走る。
だが、もはや目の前は見渡す限りボコブリンだらけだ。背後からの増援に力を得た鬼どもはまた勢いを盛り返し襲い掛かってきた。
少年は先頭の一匹の警棒を躱すと胴を払い、背中から袈裟斬りした。二匹目が襲ってくる。咄嗟に今斬った相手の服を掴んで盾にした。警棒がその頭に命中し、電流が走った。そいつは瀕死ながらも口を大きく開けて舌を突き出しながら身を震わせた。二匹目が狼狽して警棒を引いた瞬間に突進し、胸を貫く。
敵が背後にも回り始めた。リメイラはハンマーの柄を両手で持ちコンパクトに戦い始めた。ヘッドを突き出して目の前の相手を吹き飛ばし、後ろから来る敵の腹に柄の石突きで痛打を喰らわせる。だが、もう一匹の敵が振り下ろしてきた警棒をハンマーの柄で受けた瞬間、彼女は悲鳴を上げて武器を取り落とし、後じさりした。
「姉さん!」
少年はリメイラに追撃をかけようとするボコブリンに迷わず殺到した。前転して距離を詰めるとその勢いで突きを喰らわせ、両足で蹴り離して後転しながら立ち上がる。もう一匹が警棒を振り回しながら突っ込んできたのを、身を伏せて回避すると、そのまま突進してきた相手を自分の背中に乗せて投げ、空中にいる間に胴を深く払った。地面に落ちたそいつの首に突きを喰らわせる。
「姉さん!俺の後ろに!」
リオスは眦を決して剣を構えた。五匹ほどが一度に包囲し襲ってきた。
―――敵...一匹、ない。二匹、三匹、四匹、お前、知らない―――
ラジーブの言葉が蘇る。なぜかリオスの心に恐れはなかった。
一匹目の警棒の軌道を見極め、上体を反らしてギリギリで躱すと、小手で武器を叩き落し、返す刀で首に斬りつける。二匹目。近い。咄嗟に前に出て、警棒を持った相手の手首を掴む。こちらに押してくる力を横に流し、胴を払いながら投げ倒す。突きで止めを刺した。だが三匹目がもう目の前だった。膝の力を抜いて身体を反らす。顔の前を警棒が横切る。そのまま後ろに倒れると、後転して起き上がった。
追撃してくる。だが今度はこちらから突っ込んだ。手を伸ばし思い切り突きを繰り出す。武器を振りかぶった相手の口に刃がめり込む。そのままこじって引き抜くと、その鬼は白目を剥いて倒れた。しかし左右から新手が同時に来る。唸りを上げて迫ってくる警棒を頭を傾けて回避し、反射的に剣を斬り上げる。だが浅かった。その鬼がまた武器を振り回そうとしたころに、咄嗟に体当たりを喰らわした。相手はよろけて後じさりしたが、その隣の鬼が襲い掛かってきた。
思わず剣をかざして防御した。
――ダメだ。電流が来る――
そう思ったその瞬間、鬼の頭頂部に矢が突き刺さった。そしてその隣の鬼の頭にもだ。鬼どもが一斉に顔を上げる。するとまた一匹の額に矢が命中した。
振り返って目を上げると、狩人が階段を物凄いスピードで駆け下りながら矢を射ている。いや、戸板の上に立ち、階段を滑り降りているのだ。リオスの周囲の鬼たちが次々と矢を喰らって棒立ちになった。
同時に、頭上からテツジの声が降ってきた。
「これでも喰らいやがれ!」
石が飛んできて後列のボコブリンの頭部に命中した。被害者の鬼が白目を剥いてよろめく。頭上から降り注ぐ石と、精密に狙ってくる狩人の矢でさしもの鬼の大群も動揺し始めた。
勢いの弱まった敵の群れにリオスは突進した。近くにいた個体に突きを喰らわせる。別の個体が慌てて身構えたところを、縦斬りに行くと見せかけて胴を払い、前蹴りで倒した上で止めを刺した。さらに浮足立った個体に躍りかかり、頭からジャンプ斬りを浴びせかけた。
「さっきはよくもやってくれたわね!百倍返しにしてやる!」
リメイラが再びハンマーを振り回し始める。リオスは慌てて後ろに下がった。
直撃を喰らったボコブリンが吹き飛んでいく。さらに、その背後にいる者たちも、狩人の矢を受けて次々に倒れた。ボコブリンどもの数が減少し始めた。生き残った者の顔にも明らかに狼狽が走っている。
やがて、ひとりがこちらに背を向けて逃げ出すと、一斉に他の者も退いていった。
「...どう...やら勝ったみてぇだな」
リオスは荒い息をつきながら言った。テツジも階段を降りてきた。
「ムチャしやがるぜおめぇら。俺っちの援護が無かったら危ねぇとこだったんじゃねぇか?」
モグマ青年が軽口を叩くと、少年は笑いながら相手の肩を小突いた。狩人は苦笑したが何も言わず、矢を回収し始める。リメイラは自分の手を見ながら呟いた。
「あぁ..もう!火傷しちゃったじゃない。跡がついたらどうすんのよ」
その時だった。
「みなさん....助けてくださってありがとうございます」
全身が金属でできた子供のような機械亜人が近づいてきた。
「私はRS-135246と申します。私たちはここで奴隷として働かされていたのです。もはや生きてここを出られる日は来ないと思っていました。感謝いたします」
「あんたらもえれぇ目に遭ったもんだよな。じゃあ俺らが出口まで護衛すっからよ。仲間たちを全員集めてきてくれるか?」
リオスは答えた。すると機械亜人は首を振った。
「いえ、その時間的猶予はありません。皆さまも今すぐここから退避してください」
彼は繰り返した。
「この坑道は極めて危険です。いつ落盤が起きてもおかしくありません」
* * * * * * * * * * * * * * * *
「落盤...?」
皆が目を見張った。テツジがギョッとした顔で息を吸い、そして皆に言った。
「ほ...ほら、だから言ったじゃねぇか。さっさとズラかろうぜ」
「...これ以上掘らないっていう誓いにはやっぱり大きな意味があったってわけね」
リメイラも呟いた。するとリオスは機械亜人に尋ねた。
「おい...RS...ごめん。名前覚えらんねぇや。採掘場の奥行はどれくらいある?」
「RS-135246です。このセクションの奥行は五キロほどです」
「あんた思い切り走ったらどんぐらい早く走れる?」
「私は飛行タイプではないのでせいぜいが時速四キロ程度です」
「そうか....」
少年は少し考えてから言った。
「わかった。俺が奥まで行って皆に伝えるよ」
「そ...それはお勧めしません」
機械亜人は驚いたように顔を上げた。
「奥のほうには『最終処分場』があります。そこにいる『あの者』は...いつ表に出てくるかわかりません」
「『あの者?』...なんだよ、それ」
リオスが不思議に思って尋ねると、機械亜人は答えた。
「...全長5メートルの大サソリです。鬼どもに調教されているのですが、彼らが見せしめに私たちの仲間を投げ与えると、砂の中から出てくるのです」
「そんな化け物まで連れてきたってわけ?いったいゴロン族の遺跡をなんだと思ってんのかしら」
リメイラの顔がみるみるうちに怒りで紅潮していく。
「だけどそれだったらなお一層知らせなきゃだな。ボコブリンどもがいなくなったら誰もその化け物をコントロールできないだろ?」
「で...でもリオス...そいつが出てきたらどうする?そんな奴とおめぇ戦うつもりかよ?」
リオスが言うとテツジが悲鳴のような声を上げた。だが少年は落ち着いて答えた。
「別にガチで戦うつもりはねぇよ。ただ、万が一出てきたら、機械亜人たちが避難できるまで喰い止めりゃいい。皆が逃げたら俺らも逃げる。簡単だろ?」
再び沈黙が走った。だがやがて狩人が顔を上げた。
「...リオス、お前、勇士。我、好む」
「おい、エライ褒めようだなぁラジーブ。最初の頃と随分違うじゃねぇか」
少年は狩人の肩を掴んで揺さぶった。するとリメイラも言った。
「あたしも乗るわ。それにそんな化け物が先祖の遺跡でのさばってるのを放っておくなんて、それこそゴロンの流儀じゃないし」
困ったのはモグマ青年だった。彼は腕を組んで唸っていたが、やがて渋々とこう言った。
「わ...わぁったよ。乗りかかった舟だ。俺っちも行くよ!」
* * * * * * * * * * * *
一行は急ぎ足で採掘場の奥へ進み始めた。
「みんな!見張りの鬼どもはいなくなったぞ!出てきてくれ!」
岩の陰や穴の中に隠れていた機械亜人たちが顔を出すたび、リオスは叫んだ。
「登り坑道の入り口階段前に集合してくれ!みんなを集めたら俺らが出口まで護衛する!」
機械亜人たちはもともと丸い目をますます丸くしてこちらを見つめている。だが事態を飲み込むと、やがて歓声を上げ、互いに手を打ち合わせたり、喜びを表すためかクルクルと回り始めた。
「なぁリオス....マジで早く済ませたほうがいいぜ。岩鳴りが始まってやがる。ほら、聞こえねえか...?」
だがテツジは不安げな表情で呟く。奥に進むにつれ、リオスにも聞こえてきた。低い唸りのような異音。あちこちに立てられた粗末な支柱が軋む音。
「わかってる。だけど機械亜人たちは救いてぇんだ」
少年は用心深い視線を周囲に配りながらも答えた。
「なんか...俺にはわかってきたんだ。これが親父のやりたかったことなんじゃねぇかって」
リオスたちは機械亜人に行き会うたびに解放を告げ、そのまま奥に進んだ。進むほど、採掘場の幅は狭くなっていく。最初は大きく開けていたのが、いつの間にか幅十メートルもない坑道になっていた。
「最終処分場って言ってたな。そろそろ近いのかな」
少年は歩きながらも呟いた。行き会う機械亜人たちの数もまばらだ。天井から吊られたバケツを運ぶロープだけが、機械の駆動により坑道入り口の方向に向けて動き続けている。
やがて道の前方が、砂だらけの広場を見渡す地点で行き止まりになった。
「ついでにその大サソリって奴の顔も見てみたいわ。帰るついでに一発ぶん殴ってやろうかしら」
「お...おいリメイラ嬢ちゃんよぉ!そんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇだろ。出てきたら速攻逃げる一択だぜ?な?そうだろ、リオス?」
ゴロン娘の言葉にテツジが悲鳴を上げる。
「――奇妙。気配、ない」
だが狩人が目を細めて砂場を見渡しながら呟いた。
「.........魔物、ない」
「ラジーブ、本当かよ?」
リオスが驚いて言った。狩人は慎重な表情ながらも頷く。
「飼い主が消えたから逃げたのかしら?それはそれで迷惑ね。ちゃんと繋いどいてくれないと」
リメイラはやや落胆した顔で溜め息をついた。
「よし、機械亜人全員にはもう情報が行き渡っただろ。戻ろうぜ。出口まであいつらを送ろう」
少年は仲間たちに合図した。だがその瞬間狩人が目を見開いて叫んだ。
「...上!」
ラジーブは弓に矢をつがえると、天井に向けて放った。矢が何かに突き刺さる音とともに、恐ろしく大きな歯ぎしりのような声。狩人が再び叫んだ。
「走る!」
リオスたちは訳も分からず踵を返した。
だが、その行く先を塞ぐように天井から何かが落下してきた。
―――ズシ...ン...ッ――――
まるで家ほども巨大な何か。
坑道の薄暗い灯りに照らされた禍々しいシルエット。
巨大で不揃いな二つの鋏。
高く持ち上げられ、その先端に鈎針のついた尻尾。
それは巨大なサソリだった。