リオスたちの行く先を塞ぐように天井から降り立ってきたもの。
それは巨大なサソリだった。
坑道の薄暗い灯りに照らされた禍々しいシルエット。
巨大で不揃いな二つの鋏。高く持ち上げられ、先端に鈎針のついた尻尾。
サソリは金属が軋むような奇妙な吠え声を発すると、鋏を振り上げて威嚇した。
「下がれ!下がれ!」
リオスは剣を抜いて叫んだ。だが、背後は出口のない砂地。大サソリは、四人の退路を断つかのように坑道に立ちはだかっている。
その時だった。化け物が前のほうにいたテツジに突進し、鋏でつかみ上げた。
「ヒイイ!」
モグマは悲鳴を上げて手足をバタつかせた。だがリメイラがハンマーを振り上げ、その鋏に振り下ろした。
「うりゃぁぁぁぁぁぁッ!」
―――ガツ..ッンッ...―――
鈍い音が響く。だが化け物は獲物を放さない。リメイラは再度ハンマーを大きく振り上げて叩きつけた。大サソリはモグマを取り落とすと、今度は身体を回転させながらその尻尾を横に振り抜いた。
巨大な棍棒のような打撃をもろに受けたリメイラが壁際に吹き飛ばされた。
狩人が弓に矢をつがえ放つ。矢が化け物の頭部に突き刺さった。だが分厚い甲羅のせいかほとんど効いていない。
「テツジさん!早く!」
リオスはモグマ青年を助け起こしてその手を引いた。狩人が次々に矢を放つ。全て命中しているが、相手は痛みさえ感じていない様子だった。大サソリは狩人に狙いをつけて襲い掛かった。鋏を振り上げ、叩きつけてくる。ラジーブは身軽に側転して回避し、もう一矢放った。大サソリの頭部には何本も矢が刺さっているが、化け物は意にも介さず執拗に狩人を追いまわし始めた。
「クソッ...!」
リオスは剣を構えながらも、目の隅でリメイラを探した。壁際に倒れているが、まだ動いている。立ち上がろうとしている。だが猛烈に嫌な予感がした。今狙われたら終わりだ。
だが、サソリも全く同じことを考えていたようだった。
彼は突如狩人を追うのをやめ、リメイラのいる方に向き直った。
少年は反射的にダッシュした。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁッ!」
大サソリが動き始めると同時に、リオスが追いついた。跳躍してその背にしがみつくと、剣を逆手に持って突き立てた。だが硬い甲で刃が滑る。
リオスは相手の身体の上に立って何度も剣を振り下ろした。化け物は再び奇妙な吠え声を上げ、身体を揺さぶって少年を振り落とそうとした。
何かが唸りを上げて迫ってくる。尻尾だ。少年は咄嗟に身を伏せた。人の胴体ほどもありそうな化け物の尻尾が頭の上を通過した。
だが、それがすぐに戻ってきた。
リオスは吹き飛ばされた。意識が遠のく。砂地の上に転がった。
目を開けると、巨大な鋏が迫ってくる。まるでスローモーションだった。その鋏の間に目玉が見えた。憎悪で真っ赤に染まった目玉。
だがラジーブが跳躍し、さらにその鋏を蹴って怪物の背に乗ると、矢を三本弓につがえてゼロ距離で発射した。矢が甲羅の隙間に突き刺さった。化け物は悲鳴を上げ暴れる。狩人は後転宙返りをすると砂地に降り立った。
だがサソリは怒りに燃えていた。狩人めがけて突進する。だが狩人は身軽に身を躱す。化け物は広場の壁に激突した。途端に天井から小石がパラパラと落ち始めた。
「まずいぜまずいぜまずいぜ!落盤が早まっちまう!」
テツジが叫ぶ声が聞こえる。だがリオスは立ち上がると、手を上げて狩人の注意を引いた。化け物の突進を再び回避したラジーブが傍に走ってきた。リオスは囁きかけた。
「鋏の間に目玉が見えた。きっとそれが弱点だ」
大サソリが砂埃を上げながら迫ってくる。リオスは素早く続けた。
「俺が前に立つ。お前、できるんだろ?曲がり撃ちってやつをよ」
そう言うと、狩人は驚いた顔をし、次にニヤリと微笑んだ。
大サソリが目の前にやってきた。だが、リオスは一歩前に出るとわざとダランと剣を下げた。
それを見た化け物は、勝利を確信したように動きを止めた。どちらから先に喰おうかと思案しているのかのように、鋏をゆらゆらと揺らしながら牙を打ち合わせている。
「おい大サソリさんよ。あんたには降参だ。さ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
少年は言った。サソリは言葉が分かるのか分からないのか、ギシギシと牙を鳴らしながらこちらの様子を伺っている。
天井から再び小石が降り始めた。テツジが叫ぶ声がまた聞こえた。
「お...おい!崩れるぞ!時間がねぇ!」
「ほら、喰えるもんなら喰ってみろよ。それとも急に食欲がなくなったか?胃でも痛いのか?え?」
リオスはそう言いながらもう一歩前に出た。途端にサソリは奇妙な吠え声とともに鋏を振り上げた。
大きく開いた鋏が唸りを上げて迫ってくる。同時に背後で狩人が矢を放つ音が聞こえた。
少年の側頭部を矢がかすめて通り過ぎる。
次の瞬間、鋭い悲鳴が洞窟に響いた。
大サソリが、鋏を大きく開きながら悶絶している。その鋏の間には矢が突き刺さっていた。効いたのだ。
リオスは剣を振り上げて殺到し、その箇所めがけて思い切り斬撃を叩きつけた。
さらなる苦痛に、大サソリが悲鳴を上げる。少年は怪物の鋏の間に何度も剣を振り下ろした。黒い血が飛び散った。
「リオス!」
狩人の警告が響く。目を上げると、化け物のもう片方の鋏が迫ってきている。
少年は咄嗟に後ろに倒れ込んだ。顔面のすぐそばを鋏が通過する。だが化け物は素早く前進するとリオスにのしかかってきた。
「うりゃぁぁぁぁぁぁッ!」
その時だった。リメイラの気合の声と、砂を蹴る足音が響く。
そして跳躍する足音。激しい衝突音。少年を飲み込もうとした大サソリは断念したように後じさりした。
少年が身体を起こすと、傍らにゴロン娘が立っている。化け物を見やるとその頭部には凹みがついており、そこから煙が立ち昇っていた。
「『受け』を稽古しといてよかったわ。ドゴロ兄ぃのパンチに比べりゃ軽いもんよ」
リメイラがウィンクしてきた。遠くから地鳴りが聞こえてくる。天井から降る小石が増えてきていた。
「...だそうだぜ。残念だな化け物!」
そう言うとリオスは敵の前に進み出た。すると大サソリは怒り心頭に発したような吠え声を上げ突進してきた。鋏を固く閉じている。こちらを踏みつぶすつもりだ。
「あんたのごちそうはこいつだよ!」
だがリメイラが叫ぶと大きく跳躍し、空中で一回転しながらハンマーを振り下ろした。最大速度の打撃を頭に受け、さすがの大サソリも足を止めたじろいだ。だがすぐに立ち直ると、無事なほうの鋏を振りかざして彼女を掴もうとした。
矢が放たれる音がして、またも悲鳴が上がった。痛撃を受けたサソリがたじろぎ、その鋏が頼り無げに開いた。リオスは叫んだ。
「姉さん!そこだ!」
「ぬ゛ぅ゛り゛ゃ゛ぁぁぁぁッ!」
リメイラはここを先途とハンマーを振り抜き、鋏の間に打撃を叩きこんだ。
―――ギャァァァァァッ!―――
悲鳴を上げた大サソリは両方の鋏をダラリと垂らすと、後じさりして砂に潜り始めた。
「おい、リオス!今がチャンスだ!早く逃げようぜ!」
テツジが叫ぶ。リオスは応じた。
「よし、引き潮だ。みんな早く出口へ!」
四人は砂地を出て坑道を戻り始めた。だが、ひっきりなしに左右の壁から小石が落ちてくる。その幾つかがリオスの兜に当たって金属音を立てた。
やがて巨大な崩落音とともに背後の坑道が崩壊し始めた。リオスは叫んだ。
「走れ!走れ!」
テツジは四足歩行になり、残りの三人も全力で走り始めた。だが上方の壁から大きな岩が転がってくる。
「ど゛ぉ゛り゛ゃ゛ぁぁぁぁッ!」
リメイラが跳躍するとハンマーを振り抜いた。ハンマーヘッドが岩と激突し凄まじい音がした。リオスたち三人は思わず手で頭を覆い伏せた。だが、岩は割れて崩壊しながら背後に転がっていった。
「早く!早く!」
リメイラが叫ぶ。左右の壁から次々に岩が転がってくる。四人はそれを避けながら必死で走った。やがて採掘場の入り口に近くなると、落石が収まってきた。
「ふぅ...命拾いしたぜ」
テツジが歩調を緩めると手で額の汗をぬぐった。一行は採掘場から登り坑道に入る階段に近づいた。階段の前には機械亜人が大勢集まっている。一行が近づくと、皆不安げな表情で振り返った。
「奥で落石が始まったぞ!出口に行こう!」
リオスは大きく手を振って合図した。だがその途端に機械亜人たちのうちの誰かが叫んだ。
「剣士さま!罠です!」
その瞬間、階段の上で一斉に何かが顔を出した。
「逃げる!」
狩人が叫ぶと同時に、空気を裂く音がした。何かが飛んでくる。リメイラはテツジを突き飛ばして近くにあった岩陰に退避させると、自分も体を丸めて転がった。彼女の背中の甲をかすめた矢が乾いた音を立てた。狩人もリオスの襟首を引いて手近の穴に飛び込んだ。矢が二・三本少年の兜に当たって火花を散らせた。
穴の回りに雨あられと矢が降り注ぐ。鬼どもの下卑た笑い声も響いてきた。
「畜生...しくじったぜ。上にいた連中を先に片付けておくべきだった!」
リオスは身を低くしながらも罵った。狩人はほんの一瞬の隙をついて顔を出し、矢を放った。鬼の悲鳴が聞こえた。だが矢は階段の上から絶え間なく飛んでくる。
少年は狩人に尋ねた。
「ラジーブ、矢はあと何本ある?」
「二十。足りる、ない!」
だが、ひっきりなしに続いていた矢の連射が突如止んだ。そして、今度は機械亜人の悲鳴が響いた。
リオスは兜の庇を引き下げながらそうっと穴から顔を出した。階段の上では、ボコブリンがひとりの機械亜人の首根っこをつかまえながら、鉈を突き付け、何事か喚いている。
言葉は分からなくとも意図はすぐに分かった。人質だ。
機械亜人の悲鳴と、鬼の笑い声が響く。階段の下に群がっていた機械亜人たちの間にもどよめきが走る。少年は歯ぎしりした。
「クソッ...卑怯な真似しやがって!」
「リオス!あたしがゴロンアタックで階段を駆け登る!」
その時リメイラがテツジとともに避難した岩陰から叫んだ。だが少年は叫び返した。
「無理すんなって言ったろ、姉さん!あいつを助けられてもその後ハチの巣だぞ!」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
言い争っている間にも、機械亜人の悲鳴は続いた。目を上げると、ボコブリンは鉈の刃をこじ入れて人質の表皮を剥がしにかかっている。階段下にいた機械亜人たちからも怯えの声が上がった。何人かは両手で顔を覆っている。
「...畜生ッ...俺の見通しが甘かったせいで...」
リオスは座り込むと自分の膝を拳で叩いた。
―――ゴゴゴゴゴゴゴ...――――
だがその時、再び地響きが聞こえて少年は顔を上げた。弓に矢をつがえようとしていた狩人も怪訝な顔をして手を止めた。
出口坑道のほうからだ。リオスはギョっとした。新たな崩落が始まったのだろうか。
ボコブリンどもの反応も同様だった。拷問に興じていた鬼も手を止めたらしく、機械亜人の悲鳴も止んだ。
すると、次に鬼どもの悲鳴が響き渡った。狼狽の声、喚き声が続く。
地響きはゆっくりと近づいてきたかと思うと、階段の上でピタリと止まった。
異様な静寂が辺りを覆った。少年は、思わず矢への警戒も忘れて穴から顔を出した。
階段の上に、夥しい数のシルエットが見える。ボコブリンではない。もっと巨大だ。
かと思うと、何匹かの鬼がよろめきながら階段から転落し、最後に丸々と太った巨体のモリブリンがボールのように転がり落ちてきた。潰されそうになった機械亜人たちが悲鳴を上げながら脇に飛び退く。
「うそ!...ドゴロ兄ぃ!」
リメイラが目を見張って叫んだ。薄暗い照明の中、リオスにも見えてきた。逞しい筋骨と岩に彫りつけたようないかつい顔の戦士たち。ゴロン族だ。
「―――鬼たちに告ぐ」
地鳴りのような低く重々しい声が響いた。聞き覚えのある、戦士長の声だ。
「条約があるため我が方から攻撃はせん。だが....この場所はかつてゴロン族の開いた坑道であることは周知のとおり。よって貴殿らに通告する.....」
そこで戦士長はゆっくりと息を吸うと、空気が震えるほどの大声で吠えた。
「―――今すぐ退去せよ!」
そこからは上を下への大騒ぎとなった。ボコブリンたちは武器も装備も投げ捨てて階段を駆け下り、薄暗い採掘場の奥に逃げていく。モリブリンたちは階段で躓いたのか、数匹がまとまって転がり落ち、そのまま同僚の後を追っていった。
* * * * * * * * * * * *
「ドゴロ兄ぃ!ドゴロ兄ぃ!探したのよ!一体どこ行ってたのよ!」
リメイラが叫びながら階段を駆け登っていく。リオスたち三人も後から続いた。
階段の上の光景を見て、少年は思わず立ち止まった。身長三メートルにもなろうかという巨人たちがギッシリと整列しているのだ。こんなものを見たらどんな軍隊も退却しようというものだ、と少年は思った。
「リメイラ...。お前こそなぜこんな場所を出歩いているのだ。家にいろと族長から言われていただろうに」
戦士たちの先頭に立っていたドゴロが答える。だがリメイラは首を振った。
「それどころじゃないでしょ、兄ぃ?お願い。今すぐ家に帰って。それでパパと仲直りして。ね?」
「....我らはこれまで雷龍さまの墓前に参っていたのだ。そして祈りを捧げていた。導きを求めてな」
ドゴロは目を上げると言った。その双眸はどこか悲しげだった。
「...もはや帰ることは叶わぬ。俺は追放された身だ」
「そんなことないわ!だってパパ、凄く後悔してるって言ってたもの。それに...それに...謝りたいって」
リメイラが叫ぶ。だがドゴロは訝し気に目を細めた。
「バカを言うな、リメイラ。族長の言葉はそのまま法であり掟だ。それを覆すなどありえぬ。ましてや謝罪などするべきでないし、する必要もない」
「あ...謝りたいっていうのは...確かに...創作よ。あたしの願望かも知れない。でも...でも...」
ゴロン娘は顔を上げ必死の口調で訴えかけた。
「このままゴロン族が真っ二つになっちゃってもいいの?あたしにとってはパパはかけがえのない父親だけど、ドゴロ兄ぃ...あんただって実の兄貴と同じだって思ってる。だからお願い!意地張らないで仲直りして?パパだって兄ぃのこと、実の息子同然だって思ってるんだから。ね?」
重苦しい沈黙がその場を覆った。ドゴロの背後に立っている戦士たちも微動だにしない。
その時リオスが口を開いた。
「ちょ...ちょっといいか?ドゴロの兄貴...」
戦士長はゆっくりと頭を下げて少年のほうを向いた。そして数瞬後、呟くように言った。
「む...?貴様、確か...リオスとか言ったな」
「覚えててもらえて光栄だね、戦士長」
リオスは軽く頭を下げた。すると戦士長は首を傾げながら続けた。
「....以前とは別人のように顔が変わっておって気づかなんだ。何があったのだ?」
「いや...まぁ...修羅場のひとつ、ふたつあれから経験したもんでね。ま、大したこたぁねぇけど」
思わず少年がそう返答すると戦士長はニヤリと笑った。
「なるほど面白い。男子三日会わざれば刮目すべし、か。して、なんだ?」
「聞いてくれ、戦士長」
リオスは素早く考えをまとめると相手の顔を見上げた。
「あんたたちゴロン族は途方もなく強い。そして、だからこそギラヒムの奴に狙われるんだ。あんたらを無力化できれば、奴がやりたい放題できるようになるからな」
少年は少し間を置くと、言葉を継いだ。
「族長は頭に寄生虫を植えられ、精神操作の魔法をかけられていたんだ。ギラヒムと条約を結んだり、そのほか支離滅裂なことをやっていたのも全てそのせいだ。その証拠に、族長はもう正気に戻ってる....ま、頑固で面子ばっか気にするとこだけは変わってねぇみたいだけどな」
「魔法だと?それは本当か?なぜそんなことがわかる?」
ドゴロは用心深く尋ねてきた。そこでリオスは答えた。
「俺がその寄生虫を取っ払ったんだ。洞窟に残っていたゴロン全員が見た。リメイラ姉さんも含めてな。そしてその途端に、族長はあんたを追放したことを後悔し始めたんだ。分かりやすいだろ?」
「...では...ギラヒムとの講和も...俺を追放したのも取り憑かれていたがゆえの判断だったというのか?」
「その通りさ」
リオスは言った。そして腕を組んで考え込むドゴロに対して声を掛けた。
「ドゴロ兄貴、半信半疑なのはわかる。だけど、まずは族長に会ってみてほしいんだ。族長は以前とは別人だ。話し合えばきっと和解できるって俺は信じてる」
「むぅ....なるほど」
戦士長は唸った。リオスが傍らのリメイラを見ると、彼女は安堵したような表情で微笑みかけてきた。
「....わかった。貴様の言うことに賭けてみよう」
「そうこなくっちゃ」
しばらくの後に戦士長が答えるとリオスは手を打った。そして続けた。
「そうなったら、あんたがたに頼みがあるんだ。これはあんたがたにも利益になることだぜ」
「何だ?言ってみろ」
ドゴロが問う。リオスは言った。
「ギラヒムの奴は、今現在時の神殿に置かれている『時空の門』を使って悪事を企んでいる。もし族長と和解できたら、ゴロンの軍勢を結集して奴を攻撃してほしい。あんたら全員の力があれば、ギラヒムの手下どもなんて簡単に粉砕できるはずだからな」
少年はそう言うとウィンクした。
「なにしろ族長に魔法をかけてあれほどの恥をかかせたんだ。あんたらも奴さんの顔面張り倒すくらいじゃ気がすまねぇだろ?」
「....わかった。だがそれも、和解が成立すればの話だ。正式な軍事行動は族長の許可なしにはできん」
「ああ。それでいい」
話し合いがまとまると、ゴロン族の戦士たちは一斉に身体を丸め始めた。だがリオスは何かを思い出したように声を上げた。
「待った!待った!ちょい待ってくれ!もひとつ頼みがあるんだ」
身体を丸めかけていたドゴロが不思議そうな顔で振り向く。少年は言った。
「頼まれついでにもう一つ頼まれてくんねえか。機械亜人たちを安全な場所まで送ってやってほしいんだ」
リオスは階段下に群れている機械亜人たちを指し示すと言葉を継いだ。
「なにしろこの数だ。俺たち四人だけで護衛しようにも、後ろのほうを魔物に襲われたらどうしたって犠牲者が出ちまうからな」
戦士長は無言でじっとリオスの顔を見つめる。リメイラは心配そうな表情で二人の顔を見比べていた。
だがやがてドゴロは僅かに唇の端を上げてこう言った。
「戦士からの頼みか。ならば仕方あるまい」
戦士長は手を上げた。すると坑道にビッシリと整列していたゴロン戦士たちが二手に分かれた。次に、ドゴロは機械亜人たちを空いたスペースに導き入れ、それからゆっくりと出口に向かって進み始めた。
「やるじゃん。ドゴロ兄ぃがあんなに話を聞くなんて、あんたどんな魔法使ったの?」
岩の戦士たちの隊列が去ると、ゴロン娘がリオスの肩を小突いてきた。少年は笑った。
「魔法なんかじゃねぇよ。ダメ元さ。ま、俺も運が向いてきたってことじゃね?」
「違うわよ。あんた兄ぃに気に入られたのよ。不思議ね。ゴロンじゃないのに」
リメイラが少年の肩に肘を置きながらその顔を覗き込んだ。その時テツジが不安げに言った。
「なぁ...俺らもとっとと出ようぜこんな場所。....まだ岩鳴り、収まってねえぜ?この坑道だっていつ崩れるか...」
「わかった。三人とも先に行っててくれ。俺はちょっとやることがある」
リオスが答えると、仲間たちは皆驚いた顔をした。リメイラが尋ねた。
「やること?なによそれ?」
「坑道脇の小部屋にまだ機械亜人が隠れてるかも知れねぇ。鬼たちはもういなくなったって知らせねぇと出るに出れねぇだろ?」
「おめぇ苦労性だなぁ、そんなことより早くおてんとうさまの下に出たいって思わねぇのか?」
テツジが少年に言う。だが少年は笑って手を振ると、坑道の脇に空いた横穴をひとつ一つ確認し始めた。
「早く終わらせろよ!上で待ってっからな!」
モグマ青年がそう言いながら坑道を登っていった。リメイラと狩人は、迷いながらも続こうとしている。
「わかってる!すぐ行く!」
リオスが叫び返したその瞬間だった。
強烈な予感が襲い、背筋が寒くなった。
誰かが見ている。
反射的に上を向いた。薄ぼんやりと照らされた天井に、黒光りする鱗と禍々しい何かの形。
リオスは声にならない声を上げながら後じさり、剣を抜いた。
次の瞬間、天井からそいつが飛び降りてきた。
―――ズシィ...ン―――
砂埃を上げ、道を塞ぐように立ち塞がったそいつは、両腕を失った巨大蠍だった。
サソリは吠え声を発すると突進してきた。少年はたまらず刎ね飛ばされた。
階段を転落し、採掘場まで転げ落ちる。さらに十メートルほど転がったところで、少年はようやく止まった。
「痛てて...畜生」
リオスは顔を上げた。だがその時、階段上に大サソリがぬうっと姿を現した。
「リオス!リオス!」
リメイラの叫び声が遠くから聞こえる。
だが、大サソリは少年目掛けて凄まじい速度で駆け下りてきた。