リオスを蹴り倒した鬼は、二・三発ほど続けて蹴りを入れてくると、少年の頭を手で押さえつけ、魔物語で罵り始めた。
「クソッ...ダメか」
剣までの距離はまだ二メートル以上ある。少年は口の中で呟くと、呻きながらも体を横にした。すると、頭が横向きに床に押し付けられるかたちになった。
だがその瞬間だった。
石床を、リズミカルに叩く音が、聞こえてくる。
耳を通してではない。頭の骨を通じて、振動が伝わってきた。
床の下からに何者かがいて、下から指先で叩いているのだ。
それから、誰かが鼻歌を歌っているような音も。
どこかで聞いたことがあるメロディだった。
それは、あの歌だった。
リオスはほとんど呆気にとられた。そして次の瞬間、笑い出しそうになるのを必死で堪えた。
その時、耳の中でファイの声が聞こえた。
『―――これより救出手順を開始します。マスター、これから指示するとおりに動いていただくようお願いします。よろしいですね?』
目で探したが、ファイの姿は掻き消すようにいなくなっている。だがその声だけが淡々と続ける。
『テツジがマスターの縄を切ります。次いでラジーブとリメイラが周囲の敵を制圧。それと同時にマスターは剣を回収し、スカイウォードストライクで時空の門を撃ってください』
少年は誰にも気づかれないよう、ごくゆっくりと頷いた。
鬼はひとしきり罵って満足したのか、リオスから手を離し、身体を起こすと、足先でもう一度軽く蹴ってきた。少年はわざと痛がる振りをし、呻き声を上げた。すると相手は嬉し気に笑い声をあげ、今度は囃し立てるような仕草をした。
目を上げると、夜空が茜色に移り変わっている。それにつれて、回転する歯車の背後にあった巨大な神殿のシルエットが目に入ってきた。
『マスター。仰向けになってください。テツジはいまマスターの身体の下の石畳を一枚外そうとしています。丁度それを隠すように横たわってください』
再びファイの声が聞こえた。リオスは不貞腐れたように仰向けになった。少年を罵っていた鬼は、もはや任務は果たされたと確信したのか得意げな様子で腕を組んでこちらを見下ろしている。
『もう少し右です。あと五センチ』
少年は指示に従って、僅かに体をよじらせながら移動した。
『―――結構です。では、縄が切られたのを感じても、動かずに合図があるまで待機してください』
それきりファイの声は聞こえなくなった。夜明けの空に瞬く星々を見ながらリオスは呟いた。
「俺...最高の仲間に恵まれたよ...な...」
その途端、身体の下で何かがずれるのを感じた。石床のタイルが一枚、横に動いている。リオスはさり気なく身体を浮かせた。僅かに振動がして、後ろに縛られた手の下がぽっかりと空洞になったのを感じる。
縄が少し引っ張られた。かと思うと、手首をきつく巻いていた縄の張力が一気に緩んだ。
リオスは深呼吸した。指示された手順を頭の中で反芻する。剣までは二メートル。鬼は目の前にいるが、不意を突けば素手でも制圧できないことはないはずだ。
巨大歯車のほうを見やると、ギラヒムは真剣な顔をしながらその側面にある操作盤に向き合っている。
そして整列した鬼たちの顔も、夜明けの光に照らされて見えてきた。皆、一様に恐怖に引き攣っている。無理もないと思われた。次は自分が実験台にされるかも知れないと怯えているのだ。
『―――ではカウントダウンします』
再びファイの声が聞こえてきた。
『五...四...三...二...』
あくまでも無機質で冷厳な声だった。だがリオスにはそれがかえって安心を感じさせた。
『....一....開始。』
* * * * * * * * * * * * * * * *
少年はばね仕掛けのように身体を起こした。そして腕に力を入れると、縄がたちまち緩んで地面に落ちた。
見張っていた鬼は驚愕の表情で口を開けた。リオスは相手に殺到すると、タックルして両足をすくい上げた。不意を突かれた鬼は見事に転倒した。
少年は剣に向き直り、飛びつこうとした。だが倒れた鬼が苦痛に顔を歪めながらも手を伸ばし、リオスの脚を掴んだ。
だが、それは一瞬のことだった。その鬼は額に矢を受け、空気が抜けたように崩れ落ちた。
同時に、背後の床板が爆発するように割れ、何かの塊が空中に飛び出してきた。
だが確認している暇はない。リオスはダッシュして剣に飛びつくと、それを胸に抱えた。
顔を上げると、周囲に控えていた鬼どもが次々と矢を受けて倒れ始めている。
異常に気付いたギラヒムが大声を上げ、号令をかけていた。ボコブリンやモリブリンたちが顔を上げ、武器を持ち直した。
だが背後から空気を震わすような大音声がした。
「どっ゛からでも来い゛や゛ぁ゛!このリメイラさまが叩き潰してやるよ!」
もはや見ずともわかった。リオスはニヤリと笑うと、剣を握って天に掲げながら立ち上がった。
剣が震え、声を発する。高い音が収まると、その刀身が眩い光を発して辺りを照らすのがわかった。
少年はその構えのまま、巨大歯車に近づいた。ギラヒムがその姿を認め、その顔色が大きく変わった。
「....き...貴様...まさか!」
ギラヒムが狼狽したように叫び、脇に控えていたボコブリンたちに合図した。鬼たちはしかし、武器を振り上げて走り出そうとした瞬間に矢を受けて立ち尽くした。
「やめろ!やめろ!許さんぞ!」
再びギラヒムが叫ぶ。背後では、リメイラのハンマーが鬼どもを叩き潰す衝撃音が響き始めている。
リオスは前に進み出た。一発で決める。そのためにはよく狙わないと。
距離は?十メートル。もう少し縮めたい。ギラヒムが指を鳴らすと、その手に刃の反った長剣が現れた。
だがリオスは進み続けた。距離七メートル。五メートル。
「貴様ぁあああああああッ!」
ギラヒムが武器を振り上げながら突進してくる。その瞬間に、リオスは剣を振り下ろした。
―――バシュッ...―――
迸るような青白い光がギラヒムの横をかすめるように飛んでいき、巨大歯車に命中した。
「ああッ...........」
愕然とした表情で、ギラヒムが振り返る。
背後では、リメイラの唸り声と戦闘音が続いている。狩人も地表に出てきたのか、矢を放つ乾いた音と、時折その短剣が敵を斬り裂く鋭い音も聞こえてきた。
数秒が経過すると、巨大歯車はゆっくりと回転速度を減じ、やがて停止した。発している青い光が弱まっていく。
ついで、歯車がバラバラに分解し始めた。不思議なことに、分かれた小さな部品がそのまま空中に留まり浮遊していたかと思うと、それらが自らの意思を持ったかのように再結合し始めた。
夥しい数の部品が、組み合わさっていく。そうして出来上っていく形は歯車型ではなく、巨大な四角柱型の墓石のようだった。
そして、全ての部品が組み合わさって再構成が終わると、その四角柱はゆっくりと床に沈み込んでいった。
『―――時空の門、初期化完了しました』
ファイの声が告げた。
* * * * * * * * * * * * *
「き...き...貴様らぁ...よくもぉ....」
ギラヒムは額に青筋を立てながら顔を伏せて呟いた。そして彼は自分の剣を地面に叩きつけると怒鳴った。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!イライラする!どうしていつもいつも僕の邪魔をするんだぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!」
その声に、その場が一瞬鎮まった。
向き合ったリオスとギラヒムの背後では、ラジーブとリメイラが鬼どもを迎え撃とうとする構えをとっていた。鬼どももまた、突如荒れ狂う主人の様子に面食らい、攻撃の手を止めている。
そしてラジーブとリメイラの立っている場所の間の床に空いた穴からは、恐々と顔を覗かせる者があった。テツジだ。
「....ふぅ。こんなことで腹を立てても仕方ない。時間がかかってもまたプログラミングすればいいさ」
だが意外なことにギラヒムは溜め息をつくとすぐに平静を取り戻した。そして周囲の鬼どもに言った。
「おい、何をぼんやりしているんだ。さっさとそいつらを片付けろ。僕は所用があるからちょっと出かけるが、戻る時までに済ませろよ」
「―――おいおい、このまま逃がすと思うかい?魔族長ギラヒムさんよ」
だがその時、リオスは剣を突き付けると呼ばわった。
「言ったろ。てめぇだけは許さねぇってな。さぁ、今すぐ白黒つけようじゃねぇか」
「カンベンしてくれないか。僕はそれほどヒマじゃあないんだ。君の相手なんてせいぜいモリブリンで十分だろ?」
ギラヒムは心底うんざりした顔で言うと、神殿の建物のほうに歩き始めた。
「待ちやがれ!」
リオスが叫ぶ。だが、ちょうど相手が向かった方角から黒い影の群れがワラワラと出現した。新たなボコブリンたちの群れ。夥しい数だ。
「リオス!来る!」
呼びかける声に振り向くと、狩人は既にテツジの掘った穴の中に飛び込んで顔だけ出していた。
だが、その前にはリメイラがハンマーを構えて仁王立ちしている。
「リオス、あんたも先に行きな。あたしはここにいるから」
「な....ッ....姉さん!?」
少年は迷った。もはやボコブリンの数は百匹以上に増えている。そして、モリブリンたちも槍を構えてこちらを包囲し始めていた。リメイラは敵の様子を用心深く目で追いながら続けた。
「...ドゴロ兄ぃが来るっていうのにあたしが逃げてちゃ始まんないじゃない。でもこれはあんたたちには関係ないことよ。先に行って」
「舐めてもらっちゃ困るよ、姉さん」
リオスは言うと、剣を構えたままリメイラの隣に立った。既に東の空はすっかり明るくなっている。太陽の光が神殿の前庭に射し込み始めていた。
「姉さん一人置いていけるわけねぇだろ。それに賭けてもいい。ドゴロ兄貴は来るぜ。もうすぐな」
少年がそう言うと、ラジーブは穴の中から素早く這い出してリオスの隣に並んだ。テツジが悲痛な声を上げた。
「お...おいおいおいおい!逃げるんじゃなかったのかよッ!」
鬼どもの囲みがジリジリと縮まっていく。リメイラが呟いた。
「モリブリンの割り当ては一人四匹。その他は手あたり次第。いいわね?」
「望むところさ」
リオスは頷く。ラジーブは弓に矢をつがえた。テツジは穴から顔を出しながら恐怖に顔を歪めている。
だが、その刹那だった。
―――ドドドドドドドドド.....―――
* * * * * * * * *
遠く東のほうから地響きが聞こえてきた。鬼どももそれに気づいたのか、武器を下ろし顔を上げた。
今いる神殿の前庭の東には、奈落を渡る橋を挟んでもう一つの庭がある。その先には高い塀があって視界が塞がれていたが、塀越しでも分かるほど、土煙が高く空に上がっている。
―――ドドドドドドドドド.....―――
地響きは近づいてきた。塀の入り口から、チラリと見えるものがあった。丸い岩の塊のようなものが転がりながら近づいてくる。それも、数えきれないほどの多数だ。
昇った太陽が、その岩の塊の群れを背後から照らす。それらが近づいてくるにつれ、リオスたちが立っている床も振動し始めた。
やがて、塀の間の入り口から次々と丸い岩の塊が転がりながら入ってきた。それを見た鬼どもは動揺し、互いに顔を見合わせ始めた。
奈落の向こう側の庭に入ってくる岩の塊はいつまでも途切れない。そして、入ってきた者から順番に、身体の丸めを解いて体を起こした。筋骨たくましい、岩のような体を持つゴロンたちだ。
もはや、ボコブリンもモリブリンもすっかりリオスたちのことなど忘れてしまったようだった。狼狽した表情で互いに囁き交わし、中には無意識のうちに後退りし始める者もあった。
「ギラヒム、および魔族の諸君に告ぐ!」
整列したゴロンたちの中から大声で呼びかけてくる者があった。
リオスはその声の源に目をやって驚いた。族長だ。
「―――貴殿らは詐術をもってこのゴルマをかどわかしただけでなく、我がゴロン族のゆかりの地も汚した。よって、本日をもって講和条約は破棄させていただく」
族長は胸を張り、顔を上げると、いっそう声を張り上げた。以前に見た尾羽打ち枯らした姿とは別人のようだった。
「加えて、この『時の神殿』は女神ハイリアへの礼拝のために建立されしもの。それを怪しげなことのために私用で専有する貴殿の行いは、女神を信じる民としてもはや看過できぬ。よって通告する」
族長の背後には新たなゴロン戦士たちが続々と駆け付けて整列している。彼は割れ鐘のような大声で呼ばわった。
「―――今すぐに退去せよ!でなければ、わがゴロン族を代表し宣戦布告する!」
その途端、鬼どもの隊列が上を下への大騒ぎとなった。もはやリオスたちのことなど眼中になく、誰を一番前にするかで言い争っている。
だがその時、巨大な肥満体をもつモリブリンたちが鬼どもをかき分け、最前列に立った。大きな木の盾を構え、長槍を前に突き出す。
しかし、奈落の向こう側に整列していたゴロン族もまた隊列を組みなおしていた。中央に族長が立つのが見えた。その脇には、さらに大きな体躯を持つ者が控えている。あの戦士長・ドゴロだ。
突然、ゴロン族の陣営から割れるような鬨の声が上がった。
―――オオオオオオオオオッ―――
夜明けの空に野太い男どもの雄たけびが立ち昇る。
―――オオオオオオオオオッ―――
二度目にそれを聞いたとき、モリブリンたちの背後にいたボコブリンどもが数人、仲間の影に隠れるように後退りするのが見えた。
―――オオオオオオオオオッ―――
三度目。まるで空気が震えるのが離れていても感じられるような声だった。巨大なモリブリンたちさえもが、額に汗を浮かべ、その目に狼狽を浮かべている。
「かかれぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ッ゛!」
族長ゴルマは絶叫すると、自ら身体を岩のように丸め、突進し始めた。奈落を渡る橋の上を高速でこちらに向かってくる。
「続けぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ッ゛!」
次にドゴロが号令をかけた。そして戦士長を先頭に、部下たちが次々と身体を丸め突撃を開始した。
リオスが傍らのリメイラを顧みると、彼女はハンマーを構えるのも忘れ目を大きく見開き、事の成り行きを見守っていた。
先頭の族長が橋を渡り切ると、モリブリンのうちの一体が前に出た。唸り声を上げながら槍を突き出す。
槍の穂先が、身体を丸めた族長の背中の甲を削った。岩片が飛び散り、火花が走った。
だが止まらない。族長がそのまま突っ込むと、モリブリンの槍の柄が脆くもへし折られ、穂先が宙を舞った。
族長の突進をまともに受けたモリブリンが数歩後によろめく。だが、敵もさるものだった。折れた槍と盾を投げ捨てると、岩の塊のような族長を両手で押しとどめた。突進の勢いが止まった。
「パパ...ッ!ガンバ...」
思わずリメイラが漏らすのが聞こえた。族長は身体の丸めを解き相手とがっぷり四つに組んでいた。だが体格ではモリブリンのほうがはるかに勝る。
その脇を通り過ぎたドゴロが身体の丸めを解いた。巨体が跳躍し後列にいたモリブリンに襲い掛かる。巨大な拳が鬼の頭部に炸裂した。凄まじい衝突音がした。他の戦士たちも次々と橋を渡り切り、モリブリンたちに襲い掛かる。背後にいたボコブリンどもはもはや戦意を失っていた。
鬼どもの前線は総崩れとなった。
だが目を転ずると、族長は体格の上回る敵に次第に押し込まれていた。その背後には奈落がある。
―――頼む...!―――
リオスがそう念じた瞬間だった。
「ぬぅ゛り゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!」
族長は声にならない唸り声を発すると投げを打った。自分の力を利用されたかたちになったモリブリンは、つんのめって転び、そのまま勢いよく転がっていった。
「どうじゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!」
巨大鬼の姿が奈落に落ちて消えていく。族長は勢いよく両手を打ち鳴らしながら胸を張った。
「やったッ.....!パパってば頭はボケてても相撲は忘れてなかったッ..!」
リメイラが痛快そのものといった表情でガッツポーズを作る。
* * * * * * * * * * * * * * *
―――もはや、リオスは一度も剣を振るわず、リメイラのハンマーが唸ることもなく、ラジーブの弓の弦が鳴ることもなかった。
モリブリンどもは散々に殴りつけられ、手で頭を覆いながら後退していく。ボコブリンどもに至っては全て逃げ散り、影も形もなくなっていた。
いまや神殿の前庭は、打ちのめされた鬼どもが転がっているほかは、ゴロンたちで埋め尽くされていた。
「我がほうの勝利だ!」
族長が叫ぶ。呼応して、戦士たちが空を割らんばかりの歓呼で答える。
「ゴロンの誇りを見よ!」
族長に応えて再び戦士たちが叫ぶ。リオスはそのあまりの大音量に耳が鳴る思いだった。
「ゴロンは誰にも媚びぬ!膝を屈めぬ!」
またも大歓呼が湧き上がった。族長は荒い息を鎮めるとようやく叫ぶのをやめた。そして、その傍らにドゴロが寄ってきたのに気づくと、その肩を軽く叩いた。だが目線は合わせなかった。
「...ったく相変わらず意地っ張りなんだから」
リメイラが呆れたように呟く。リオスは剣を鞘に納めると、仲間たちに近づいた。
「なぁ...どうして俺がここにいるってわかったんだ?」
「あぁ?そりゃおめぇ俺っちのこの鼻をなめてもらっちゃ困るぜ」
穴から這い出してきたテツジが得意そうに言う。そして続けた。
「俺たちぁ岩をどけておめぇのいた場所にたどり着くのにあれから小一時間はかかっちまってよ。でも、行ってみたらおめぇの兜だけが落っこてるから、最初は俺っちもたまげたもんさ。ましてやリメイラお嬢ちゃんなんかギャンギャン泣....」
モグマ青年がそこまで言った瞬間、リメイラが手を伸ばしてその肩を掴んだ。その瞬間テツジは心臓が止まったかのように停止した。
「テツジ...言ったらどうなるかわかってるわね?」
ゴロン娘は凄まじい形相でテツジを睨んでいる。モグマ青年は恐怖に目を見開きながら言葉も出せずに頷いた。そして相手が手を離すと、やっとのことで呼吸を再開し、一息入れると話し出した。
「ほれ、でも血も飛び散ってねえし、戦った跡も残ってなかっただろ?そいで漂ってたのはあの香水の匂いさ。俺っちピィンと来たぜ。そんなのつけて歩き回ってるやつ、滅多にいねぇからな。だからその跡を追ってたら新しい地下道が見つかってこの近辺までたどり着いたってわけさ」
「そ...そうかい。そいつはスゲエな」
リオスは訳も分からず二人を見比べながら相槌を打った。テツジは元気を取り戻すと腕を組んだ。
「ま、それに神殿なんてものはもともと地下が穴だらけなのが相場だからな。お宝狙いの盗掘者が開けといてくれるのさ。だからリオス、おめぇの真下まで到達するなんてワケもねぇ仕事だったぜ」
「...ありがとうな、テツジさん。俺...最高の仲間を...」
そう言いかけた途端、リメイラが近づいてきていきなりチョークホールドをかけてきた。
「wうwaはっつpぷ...ッ??」
思わず呻いてタップすると、彼女は腕を放したが、今度はリオスの頭に手を置いてグルグルと揺らしてきた。
「ね...姉さんやめろよ!本気でやられたら俺首折れるぜ」
「あんたは格好つけすぎなの。いい加減にしなさい。なによ散々人に心配かけて」
リオスは揺らされながらも顔を上げて相手を見ようとしたが、どうしたわけかリメイラはそっぽを向いたままだ。
「心配かけたのは謝るよ。でも俺だって.....」
少年がそう抗弁しかかったときだった。ゴロンたちの歓声が止んだ。リメイラも何かに気づいたのか、リオスから手を離した。
「見る!」
ラジーブが空を指さした。
――――バサァッ...バサァッ...バサァッ...――――
巨大な生物が羽ばたく音。空に浮かぶその見慣れないシルエットに、その場にいた皆が目をしばたたかせた。
それは、蝙蝠のような翼と長い首を持ち、黒い皮膚に覆われた竜だった。
「―――諸君、せいぜい今のうち祝勝気分を味わっておくといい。僕はこれで失礼するよ」
竜の背中に跨っていた何者かが言った。
ギラヒムだ。
「僕の事業は止められはしない。君らのような下衆が何人集まろうとね。そこで地面を這いずり回っているがいいさ」
彼の声からは、それまでに漂わせていた洒脱さや余裕の一切が消え去っていた。そこにあるのは冷たさと憎しみだけだった。
ギラヒムが竜の鼻面についていた手綱を鳴らす。すると巨大な竜は羽ばたきを強めて上昇し、やがて方向を変えると東の方角に飛び去っていった。
だが、竜が姿を消すとゴロン族の間で再び歓声が起きた。
「見たか!尻尾を巻いて逃げよったぞ!」
族長が叫ぶと、ゴロンたちが一層の盛り上がりを見せる。ドゴロ以下戦士たちは勝利の踊りを踊り始めた。
だが、その瞬間だった。
『マスター...マスター。お聞きください』
ファイの声がリオスの耳の中で聞こえた。だが周囲の騒ぎが激しく、リオスは聞き返した。
「なんだファイ?どうした?」
『マスター。お聞きください。すぐにフィローネに引き返す必要があります』
彼女の声には珍しく感情が籠っていた。
焦燥の感情だ。意外に思った少年は耳を押さえながら問うた。
「どうしたんだよファイ。いったいなんだってんだ?」
ファイは答えた。
『私は...大きなミスを犯しました。ギラヒムの作戦は時の門を使った浮島侵略ではありません。彼は別の計画を使うつもりです』