学院ネクロマンサ-   作:オリーブの実

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沈黙

 シキシア先輩との連絡を思い出す。

 

「……なるほど。つまり、全員が遺跡の深層域に閉じ込められた可能性がある、と……俺は講師陣に今の話を伝える。方針が決まり次第、追って連絡をする。それまでは遺跡を破壊するのは止めるように。それと、生徒間の回線も開通しておく。くれぐれも、無駄話はよしてくれよ」

 

 ひとまず、今後の方針は上に委ねられることになった。そして何より、他の生徒たちと直接連絡を取れるようになったのは大きい。

 さっきまでのように他班の状況すら分からないわけではないため、それだけでも随分と心強く感じる。

 とはいえ、地上への道が閉ざされていることも、私たちが地下三千メートル近い場所にいることも何一つ変わってはいない。結局のところ、今の私たちにできることは周囲を調べながら他の班との合流を目指すことだけなのだ。

 

 

 そうしてようやく辿り着いた広間で、私たちは改めてこの遺跡の異常さを目の当たりにすることになるのだった。

 

 

 たどり着いた広間の中心には、ぽっかりと巨大な穴が開いていた。そしてその上には黒鉄の格子が嵌め込まれ、さらに穴を横断するように一本の石橋が架けられていた。

 

 格子越しに穴の中を覗き込むと、思わず「……うわ」という声が漏れた。

 

 穴の壁面には、おびただしい数の石棺が嵌め込まれていたのだ。

 一つや二つではない。見える限り下へ、下へと、規則正しく並んだ石棺が闇の奥まで延々と続いている。

 ふと顔を上げてみると、上も同じだった。天井は見えないほど高く、その遥か上まで続く壁面にも隙間を埋め尽くすように石棺が納められている。

 下にも、上にも、見渡す限りの棺。

 まるで私たちが巨大な墓穴の底へ迷い込んでしまったかのようで、とても異様な光景だった。

 

「……なんですか、これ。やはり、この墳墓はおかしい。普通じゃありません。異様な広さもそうですが、妙に凝ったレリーフ類。そして、これ……。ここに埋葬された司祭とやらは、それほど位の高い人物だったのでしょうか」

「しっかし、研究者が見たら小躍りしそうな光景だな……こんなに棺いらねぇだろ」

 

 テンブス先輩が、格子の向こうを覗き込みながら言った。

 

「殉葬、でしょうね」

 

 オリーブスさんが壁面に並ぶ石棺を見上げる。

 

「高位の人物が亡くなった際、従者や奴隷を共に埋葬する風習は、古い時代には存在したと聞きます」

「……これ全部?」

「だとしたら、とんでもない人数だねぇ〜」

 

 エイプス先輩が、楽しげな口調とは裏腹に少しだけ眉を顰めた。私も改めて数えようとして──すぐに諦めた。無理だ。一列に何十、それが何段あるのかも分からない。下にも、上にも続いている。数百、いや数千、ひょっとするとそれ以上かもしれない。

 

「……全員、人なんでしょうか」

 

 思わず口から出た。

 

「さあな」

 

 テンブス先輩が肩を竦める。

 

「開けてみりゃ分かるんじゃね?」

「やめてください」

 

 アリッサム先輩が即答した。

 

「即答だな」

「今まで散々、酷い目に遭ってるんです。余計な事はしないのが無難でしょう」

「いや、俺も本気で言ったわけじゃねぇよ」

「本当ですかぁ〜?」

「半分くらい」

「止めてくださいね?」

 

 アリッサム先輩が呆れた顔をする。

 

「『英雄』たる者! 未知へ挑む勇気も必要かと!」

「開けないでくださいね?」

「はい!」

 

 伸びかけていた手が引っ込んだ。この人、今本当に触ろうとしていたのではなかろうか。

 

「まずは広間全体を確認しましょう」

 

 オリーブスさんが静かに言う。

 

「安全が確認できてからでも、調査は遅くありません」

「賛成です。……というか、まずはあの橋ですね」

 

 アリッサム先輩が視線を向ける。広間中央の巨大な穴を跨ぐ一本の石橋は、こちら側から向こう側へ真っ直ぐ伸びていた。幅は三人ほどが並んで歩けそうなくらいで欄干はなく、下には黒鉄の格子があるとはいえ、あまり進んで渡りたい見た目ではなかった。

 

「向こうに何かありますケド……渡ります? ここ」

「え?」

 

 目を凝らすと、橋の先、広間の反対側だけ周囲とは明らかに造りが違っていた。壁面を削って作られた巨大な窪みがあり、その中央に腰ほどの長さの石柱のようなものが立っている。

 

「なんですか、アレ?」

「ずばり!!! スイッチとかではないでしょうか!!! 物語で読んだことあります!!!」

「現実と創作をゴッチャにして欲しくないかなぁ〜って」

 

 エイプス先輩が目を細める。

 

「行ってみるか?」

「待ってください」

 

 そう聞いたテンブス先輩を、アリッサム先輩が止める。

 

「エイプスさん。風は?」

「ん〜」

 

 エイプス先輩が目を閉じる。髪がふわりと揺れ、この広間へ入ってからほとんど感じなかった空気が、彼女の周囲だけゆっくりと動き始めた。

 

「…………」

 

 しばらくして、彼女が口を開く。

 

「穴の中から風が来てるね」

「下から?」

「うん」

 

 エイプス先輩が格子へ視線を落とす。

 

「それも結構強いよぉ〜。ずっと下の方から、上へ吹き上がってる」

「……底、あるんですかね」

「あるとは思うけど、かなり深そうかなぁ〜」

「地下三千メートルまで落ちて、まだ下があるんですか……」

「墳墓って、そんなに縦に広くするもんなんです?」

「逆三角形状でしたら? いえ、ですがそれにしては、広すぎますし、深すぎますね」

 

 オリーブスさんが答える。

 

「じゃあ、何なんだろうねぇ〜ここ」

「それを今から調べるんですよ」

「勇敢ですね!」

「多分、十中八九ここをブッ壊す事になるので、その前に調べられる事は調べておきたいですが……」

「マジで壊して脱出してはいおしまい、じゃ何しに来たのかわかんねぇしな。そもそも脱出出来るのかもわからんけど……そんで、橋そのものは?」

 

 テンブス先輩が尋ねる。

 

「風の流れを見る限り、仕掛けが動いてる感じはないねぇ〜。少なくとも、今は」

「今は、ね」

「そこ大事だよぉ〜」

「嫌な補足ありがとうございます」

 

 アリッサム先輩は橋を睨み、やがて諦めたように息を吐いた。

 

「……仕方ありません。私とテンブスが先に渡ります。エイプスさんは後方から異常を監視。オリーブスさん、セーブィルさん、アマテルさんは少し間隔を空けて付いてきてください」

「了解」

「承知しました」

「はい!!!」

「声」

「はい!」

 

 小さくなった。

 

 私たちは橋へ向かう。黒鉄の格子を踏むたび、靴底から鈍い金属音が響いた。その下には、石棺。なるべく見ないようにしたが、格子の隙間から下へ続く無数の棺が嫌でも視界に入り込んでしまう。その中に一体何が入っているのか、考えないようにしているのに考えてしまう。

 

「アマテルさん」

「はい?」

「足元じゃなく前見てください。転びますよ」

「あっ、はい」

 

 顔を上げると、アリッサム先輩たちは既に石橋の中程まで進んでいた。

 

「……今のところは、大丈夫そうですね」

「そういうこと言うのやめろよ」

「言ったの私じゃないでしょうが」

「いや、今のお前だろ」

「そういう意味じゃありません!」

 

 そんなやり取りをしながらも二人の足取りに迷いはなく、私たちも少し間隔を空けてその後へ続いた。

 

 橋を渡る間、落ちることも、槍が飛んでくることも、壁が迫ってくることもなく、何かが起こることはなかった。それだけのことなのに、無事に反対側へ辿り着いた時には妙な達成感すらあった。

 

「……普通に渡れましたね」

「普通に渡れたことを喜ぶようになったら終わりですよ」

「ここに来てから普通の基準がだいぶ下がってる気がします……」

「同感ですね」

 

 アリッサム先輩が溜息を吐きながら、例の石柱へ近づいていく。間近で見ると、それは思っていたよりもずっと簡素なものだった。高さは私の腰ほどで、四角く切り出された灰色の石には装飾らしい装飾はほとんどない。ただ、その上面にだけ掌ほどの小さな窪みがあり、その周囲を囲むように見慣れない文字がびっしりと刻まれていた。

 

「これは!!! スイッチですね!!!! ……ポチッとな」

「待っ──」

 遅かった。セーブィルさんの指が、何の躊躇もなく窪みへ突っ込まれ、かちりと音が鳴る。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 六人分の沈黙が落ちた。

 

「……押しました?」

「はい!!!」

「なんでぇ!?」

「スイッチがあったので!!!」

「理由になってませんよ!?」

「押すためにあるのでは!?」

「罠かもしれないでしょうが!!」

「しかし! 押さなければ何が起こるか分かりません!」

「押したら何が起こるかも分からないんですよ!!」

「なるほど!!!」

「今気づいたんですか!?」

 

 アリッサム先輩が頭を抱える。

 

「……セーブィル」

 

 テンブス先輩が、ものすごく疲れた声で名前を呼んだ。

 

「はい!」

「お前、さっき石棺触ろうとして止められたよな?」

「はい!」

「何を学んだ?」

「不用意に石棺へ触れてはいけないと!」

「範囲が狭ぇんだよ!」

「しかし、何も起きませんね?」

「はい!!! 大丈夫でした!!!」

「今から起こる可能性もあるでしょうが!」

 

 アリッサム先輩が怒鳴った、その直後。

 ガコン、と足元から重たい音が響いた。

 

「ほらぁ!!」

「おお!!!」

「喜ばない!」

 

 続けて、広間全体がゴゴゴゴゴゴゴゴ──と低く震え始める。

 

「な、何!?」

 

 咄嗟に身構えると、穴を覆っていた黒鉄の格子が一本一本穴の縁へ吸い込まれるように引っ込み、やがて中央の巨大な穴が完全に剥き出しになった。

 

「ちょっ、危ないですよ!」

「待って」

 

 アリッサム先輩が私を制した。穴の奥から、石──いや、巨大な石段が次々とせり上がってくる。

 一段、また一段と闇の底から這い出すように組み上がり、やがて私たちのいる床まで到達した。その先は遥か下、石棺に埋め尽くされた壁面の間を縫うように、階段が暗闇の奥へと続いている。

 

「…………」

「…………」

「ほら!!! やはりスイッチでした!!!」

 

 セーブィルさんが得意げに胸を張る。

 

「結果論で威張らないでください!」

 

 アリッサム先輩の怒鳴り声が、広間いっぱいに響いた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「怒られちゃった、ね」

「…………」

「ね」

「私は、べつに怒られてない」

「……あれ、なんだろ」

「あれは…………竜?」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「で、これ降ります? 100%未踏領域ですけど」

「……どうすっか。一応、調べられるところまで調べるか〜みたいな感じではあったが、これは……」

「ワンチャン、下に遺跡の仕掛けを制御してる機構とかあったり……しない、かなぁ〜」

「「「うーん悩ましい」」」

「……いえ、ここで悩んでいても仕方ありませんか。降りましょう。降りて、脱出の手がかりを得られたのなら完璧。そうでなくとも、この遺跡の情報を入手出来れば十分。そう思いましょう」

「ひとまず、降りる前に他の班にも一報入れとくか。この場所なら、まぁ分かりやすいだろうからな」

「賛成です。万が一戻って来られなくなっても、私たちがどこへ向かったか分かりますし」

「縁起でもねぇこと言うなよ」

「今更でしょう」

「それはそう」

 

 納得するんだ、と心の中で呟く。テンブス先輩は他班に連絡するため、少し離れたところへ移動した。

 

「……ところでお二人は、血統科の生徒ですよね? なぜ、今回の学外学修に参加したんですか?」 「???? 何故とは、何故ですか!? 必修ですよね!??? これ!」

「アマテルさんはこうおっしゃっているのですよ。他の血統科の生徒はサボっているのに、あなた達は何故参加してるのか? と」

「あっいえ、まぁ、そうなんですけど……あの、ほら、王都の方で、少し事件があったじゃないですか……その、怖くないのかな、と。襲われたのも、テトラビブロスの家ですし」

「あぁそんなことですか。でしたら、むしろ!!!」

 

 セーブィルさんが、勢いよく拳を握った。

 

「だからこそ、参加するのです!!!」

「え?」

「テトラビブロス家ほどの名家ですら、危機に晒された!!! ならば、安全だからと学院に籠もっていたところで、身を守れる保証などどこにもありません!!!」

 

 びしり、と胸を張る。

 

「ならば!!! 日頃より鍛錬を積み!!! いざ危機に直面したその時、自らの手で打壊する力を身につける!!! それこそが『英雄』への道というものです!!!」

「お、おお……」

 

 言っていることは意外なほど真っ当……かも知れない。声はうるさいけれど。

 

「私は、オフィーリアさんほど勇ましい理由ではありませんよ」

 

 オリーブスさんが苦笑する。

 

「私は、興味があったので参加したのです。この遺跡に何があるのか、どんな秘密が隠されているのか。発見されたばかりの遺跡に入れるなど、なかなかない経験ですからね。それに比べたら、生命の危険など些末なことではありませんか?」

 

 そう言ってオリーブスさんは穏やかに微笑んだが、生命の危険を些末と言い切った人の顔にはとても見えない。

 

「……怖くは、ないんですか?」

「怖いですよ? ですが、怖いことと、知りたいことは別でしょう?」

 

 あっ、この人、そういうタイプかぁ……。

 

「……よし」

 

 テンブス先輩が階段へ向き直る

 

「行くか」

「ですね」

 

 アリッサム先輩が一歩前へ出る。

 

「隊列はさっきと同じで。私とテンブスが前。アマテルさんたち一年は中央。エイプスさんが後方で」

「了解〜」

「承知しました」

「はい!!!」

「……声は、もういいです」

「はい!!!」

「諦めましたね」

「諦めました」

 

 そして、私たちは階段を降り始めた。

 

 石段は思っていた以上に幅が広く、壁面に沿って緩やかに弧を描きながら巨大な縦穴の底へ向かって続いていた。右手には壁、左手には何もなく、遥か下まで続く真っ暗な空間だけが広がっている。

 

 思わず、息を呑むほどに怖い。ものすごく怖い。なるべく壁際を歩き足元だけを見るようにしたが、それでも一段降りるたびに一つ、また一つと目の高さを過ぎていく石棺が、嫌でも視界の端に入り込んでくる。

 

「……近くで見ると、思ったより大きいですね」

「人一人を入れるにしては、少し余裕がありますね」

 

 オリーブスさんが石棺を観察しながら答える。

 

「棺そのものに装飾はないのでしょうか」

「ほとんどないですね。名前らしいものも……見当たりません」

「全員、無名ってこと?」

「少なくとも、外から個人を判別するものはなさそうですね」

「従者ならそんなもんなんじゃねぇの?」

 

 前方からテンブス先輩の声が飛んでくる。

 

「死人全員に豪華な墓標用意してたらキリねぇだろ」

「それにしても、多すぎますけどねぇ」

 

 アリッサム先輩が上を見上げる。私たちが降りてきた広間はもう随分と上にあったが、それなのに階段はまだ続いていた。

 

「エイプスさん。底までどのくらいか分かります?」

「ん〜……」

 

 エイプス先輩が左手を暗闇へ差し出し、吹き上がる風がその指先を撫でていく。

 

「まだ結構あるかなぁ〜」

「具体的には?」

「分かんない」

「ですよね」

「でも、さっきより風が強くなってるよぉ〜」

「……それって、底に近づいてるってことですか?」

「どうだろ〜。風の出口が近いだけかもしれないし〜」

「役に立つようで絶妙に役に立たねぇな」

「自然現象に文句言わないでほしいかなぁ〜って」

 

 そんな会話をしながら、百段、二百段ともう数えるのをやめてしまうほどひたすら降り続けた。代わり映えのしない石棺の列、暗闇、階段、そして風。いつしか誰も喋らなくなり、靴音だけが規則正しく響いていた。

 

 その時、「……止まって」とエイプス先輩の声がして全員の足が止まった。

 

「どうしました?」

「風が変」

「変?」

「うん」

 

 彼女は目を閉じたまま少し眉を寄せ、ゆっくりと顔を下へ向ける。

 

「今まで下から真っ直ぐ上がってきてたんだけど……横から混じってる」

「通路がある?」

「多分ねぇ〜」

「じゃあ、そろそろ何かあるか」

 

 テンブス先輩が階段の先を覗き込み、再び歩き始めた。

 

 そして、さらに数十段。

 

「……あ」

 

 ようやく、階段の終わりが見えた。

 遥か上から延々と続いていた石段が、平らな石床へと繋がっている。

 

「やっと底ですか……」

「長かったな、マジで」

 

 階段を降り切り、改めて上を見上げる。

 当然ながら、最初にいた広間などもう見えない。

 ただ暗闇の中、壁一面に埋め込まれた石棺だけが、気が遠くなるほど上まで続いていた。

 

「で、風は?」

「あっちからだねぇ〜」

 

 エイプス先輩が指差す。

 縦穴の底、その壁面の一部が大きく開いていた。

 

「この先、か」

「みたいですね」

「ここまで降りたんです。今更引き返す理由もないでしょう」

 

 アリッサム先輩が答え、私たちは階段を降り切って、その通路へ入る。

 途端に気温が一気に下がり、思わず両腕を抱えた。吐く息も僅かに白い。

 

「急に冷えましたね」

 

 テンブス先輩がしゃがみ込み、床へ手を近づける。

 

「床自体が冷てぇ」

「魔法でしょうか」

「可能性はありますね」

 

 アリッサム先輩が周囲を見渡す。先ほどまでとは造りも違っており、壁面の石棺も装飾もなく、ただ真っ直ぐに石造りの通路が続いていた。そして壁に何かが刻まれているのに気づき、私が携帯灯を近づけると、一文字、その下にもまた一文字と、一定の間隔で同じ文字が延々と続いていた。

 

「読めます?」

「無理ですね」

「オリーブス?」

「私も分かりません。ただ……先ほど、石柱に刻まれていた文字と同じ体系に見えます」

「じゃあ、この先も同じ施設の一部ってことか」

「恐らくは」

「『英雄』の勘が告げています!!!」

 

 セーブィルさんが、びしりと通路の先を指差した。

 

「この先に何かあります!!!」

「それは私にも分かります」

「なんと!!! アマテルさんにも英雄の素質が!!!」

「通路が続いてるんだから何かはあるでしょう!?」

「なるほど!!!」

 

 この人、本当に演技じゃないんだろうか。いや、今は考えないことにしよう。

 

「とりあえず進みますよ」

 

 アリッサム先輩が先頭へ戻る。

 

「ただし、ここからは今まで以上に慎重に。何か見つけても勝手に触らない。特にセーブィルさん」

「心得ました!!!」

「本当に?」

「はい!!!」

「……オリーブスさん」

「見張っておきます」

「お願いします」

「信用が!!!」

 

 妥当では?

 そうして私たちは更に奥へ進んだ。通路は曲がり角も分岐も罠もなく、あまりにも何もないままただ真っ直ぐ続いていたが、ようやくその先に終わりが見えた。

 

「やっとゴールですか」

「長かったな。いや、マジで」

 

 通路を抜けると、その先に広がっていたのは、これまでこの遺跡で見てきたどの空間よりも巨大な広間だった。数百人は収容できるのではないかと思えるほどの規模で、高い天井と遥か向こうまで続く石造りの床は、灯りを向けても端まで一度には見渡せない。

 そして広いだけではなく、広間には私たちが入ってきたものを除いて、正面に一つ、左右に二つずつと、あと五つの出入り口らしき開口部が存在していた。全部で六つの通路が、この大広間へと繋がっているらしい。

 

「こりゃ良いな、こんだけデカけりゃ、合流地点に丁度いい」

「そもそも、全員と上手く合流出来るのか、という話になるんですけど」

「ん〜でも、悪くはないと思うよぉ〜」

 

 エイプス先輩が広間の中央まで歩いていき、目を閉じる。

 

「どうです?」

「ちょっと待ってねぇ〜……うん。少なくとも、私たちが来た所以外にも、上の方へ続いてる道はあるね」

「つまり、他班がここへ辿り着く可能性もある、と」

「なら尚更、押さえておく価値はあるな」

 

 テンブス先輩が頷く。

 

「広い。複数の通路が繋がってる。目印にもなる。負傷者を寝かせる場所も十分ある」

「……ただ、あそこ。あそこだけ、繋がってる場所が違うね。多分、もっと奥まで……」

 

 そう言って、エイプス先輩が開口部を一つ指差した。

 

「奥?」

「うん。他の道はねぇ〜、風を辿っていくと途中から上向き。多分、さっきまで私たちが居たような所が他にもあるんだと思う。けど、あそこだけ違う。多分、奥に部屋かなんかがある」

「……下ってはいない?」

「少なくとも、私が読める範囲じゃねぇ〜」

「なら、探索する価値はありますね」

 

 アリッサム先輩もその開口部へ視線を向けた。他の五つと同じような石造りの通路と暗闇で見た目に大きな違いはないものの、そう言われてしまうとそこだけが妙に気になってくる。

 

「もしかして、遺跡の中枢とかで……????」

 

 セーブィルさんが突如言葉を切り、何故か口をぱくぱくと開け閉めし始めた。何をしているんだろう、そう思ったのはどうやら私だけではなかったらしく、アリッサム先輩が怪訝そうな顔をしてセーブィルさんへ何かを言おうとする。

 

 けれど、何も聞こえなかった。テンブス先輩も、オリーブスさんも、全員が同じように口を動かしているのに声がしない。

 

 そこでようやく、私も気がついた。静かだ。静かすぎる。さっきまで響いていた話し声も、衣擦れの音も、靴底が石床を擦る音も、呼吸の音すら何一つ聞こえない。

 

「────!」

 

 試しに声を出してみる。喉は震え、息も吐き、確かにいつも通り声を出した感覚はあるのに、耳には何も届かなかった。自分の声すら聞こえないのだ。

 

 アリッサム先輩が両手を大きく振る。落ち着け、たぶんそう言っている。テンブス先輩が指を鳴らし、今度は手を叩くが、やはり何も聞こえない。エイプス先輩が険しい顔で周囲を見回すが、その長い髪は変わらず僅かな風に揺れていた。風はある。空気も動いている。なのに音だけが、この広間から完全に消えていた。

 

 ぞくり、と背筋が冷える。そしてふと、私はさっきエイプス先輩が指差した通路へ目を向けた。

 

「…………」

 

 暗闇の中に、いつからそこにいたのかも分からない人影──人の形をした何かがいた。その何かはゆっくりとこちらへ近づいてくる。一歩、いや宙を滑るように距離が縮まるたび、その姿が暗闇の中から鮮明になっていった。

 

 それは辛うじて人の形を保っていた。肉という肉はほとんど削げ落ち、灰色に変色した皮膚が骨へ張り付いた干からびた骸骨のような身体をしている。

 

 その顔には、青黒くくすんだ金属質の硬質な仮面が据えられていた。目の部分は細く落ち窪み、口元は固く閉ざされている。その無機質な造形は悲しんでいるようにも怒っているようにも見えず、ただひたすらに沈黙だけを象っているように見えた。額には小ぶりな冠、あるいは祭具めいた意匠が組み込まれており、それがこの存在に、朽ちた亡骸でありながらなお神官めいた威厳を与えている。

 

 身体を覆うのは、くすんだ金色の装甲と、かつては高貴なものだったのだろう裂けて裾がほつれた紫紺の法衣。片手には先端の白く輝く宝珠に青白い光が炎のように揺らめく長杖を持ち、もう一方の手は何かを招くように開かれ、その指先にもまた淡い光が宿っていた。

 

 そして何より異様なのは、枯れ枝のような両脚を垂らし、身体が地面へ触れずに僅かに宙へ浮いていることだった。周囲には紫色の魔力が霞のように漂い、煙とも炎ともつかぬ帯となってその身の周りをゆっくりと巡っている。

 

 それはどう見ても死んでいた。それなのに、その姿には朽ちた屍にはあり得ない厳めしさがあった。表情のない仮面はこちらを見ているはずなのに何一つ感情を映さず、ただそこに在るだけで、侵してはならない領域へ踏み込んでしまったのだと理解させられた。

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