夜の寮は、平穏そのものだった。
少なくとも、轟焦凍のスマホが鳴るまでは。
「……親父からだ。」
画面をオンにすると、そこには不器用そうにインカメラを睨みつける強面な男――炎のヒーロー・エンデヴァーの顔が映し出された。背景はどうやら、轟邸の広々としたリビングだ。
『……焦凍か。寮の生活には慣れたか。体調は崩していないだろうな』
「ああ、親父。今、緑谷や爆豪と一緒に期末テストの勉強をしているところだ。そっちは変わりないか?」
『うむ、俺は今日も完璧に任務をこなした。オールマイトが引退した今、俺がこの社会を――』
エンデヴァーが厳格な声で語り始めたその瞬間、画面の背後から、ふわりと白い髪の女性が映り込んできた。母親の冷だ。彼女はほんのりと頬を桜色に染め、エンデヴァーの逞しい肩に小さな手を置いた。
『炎司さん❤ 早くお風呂に入らないと、焦凍がこないだ買ってきてくれた葛餅が冷えちゃいますよ? それとも……お風呂の前に、私と“あったかいこと”、しますか……?❤』
画面の向こうで、現No.1ヒーローの顔が爆発的に赤くなった。顔からふきでてしまった炎の出力が、精神的動揺のせいで一瞬だけ「プロミネンスバーン」並みに跳ね上がる。
『お、おう冷! 今いく! すぐにいく……! し、下の子たちはもう寝かせたな!? よし! ……焦凍! そういうわけだ、お前も飯はしっかり食うんだぞ! また電話する!』
プチッ。
忙しなく通話が切れた。
しかし、画面が暗くなる直前、エンデヴァーが慌ててスマホを置こうとした際、カメラが彼の首元を捉えていた。そこには、やはりというか何というか、新しい鮮烈なキスマークがこれでもかと刻まれており、冷の手が彼の服のボタンに伸びているのがバッチリと映っていた。
「…………」
緑谷はついに限界を迎え、魂が口から抜けたような顔で机に突っ伏した。
「おい半分野郎」
爆豪が、地獄の底から響くような声で轟を睨みつける。
「なんだ、爆豪」
「テメェの家、次からビデオ通話するときは、周囲一キロメートル以内に誰もいない壁に向かってやれ。じゃねぇと、今度こそテメェの親父ごと実家を爆破して更地にする」
「そうか。だが、他の家も、だいたいこんなもんじゃないのか? 夫婦仲が良いというのは、治安維持と同じくらい大切なことだと俺は――」
「お前んちの熱量は治安を乱してんだよ大馬鹿野郎がァ!!! 死ねェ!!!」
不思議そうに首を傾げる轟の後ろで、爆豪のツッコミの爆破が、夜の雄英高校に虚しく響き渡るのだった。