余興の賭けの求婚にニッコリと「お受けしますわ」と即答しました ~逃げた令息の家門に婚約を履行させて、王都の賭け帳を全部潰します~   作:月城 友麻

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12. 恋文の朗読会

 恋文というものは、書かれた相手より、回された先で威力を出す。

 

 署名のない熱烈な文面が、写しになって社交界を巡っている。曰く「あなたの瞳は夜の湖」。曰く「壁際に咲く花を、私だけが見ていた」。曰く「あの侯爵に、あなたの何が分かるのか」。

 

 ……お上手なこと。夜の湖ですって。

 

 最初の一枚は、父が持ってきた。骨董仲間の茶会で回ってきたのを、真っ赤になって握り潰して帰ってきたのである。皺だらけの紙を卓の上で伸ばしながら、父は「お前はそんな娘ではない」と三度言った。

 

「ええ、違いますわ。……それにしてもお父様。湖、ですって」

 

「わしの娘は、沼でもない!」

 

 論点が、もう分からない。ともあれこの調子で、宛て名の本人より先に、王都の半分が読んでいる勘定である。

 

 狙いは読むまでもない。花嫁には隠れた恋人がいる、という筋書きの種蒔きである。放っておけば写しは増え、尾鰭(おひれ)が付き、そのうち「目撃談」が生えてくる。醜聞という作物は、日陰でよく育つのだ。

 

 ――ならば、日向に引きずり出すに限る。

 

 私は、招待状を出した。曰く。

 

『このたび出回っております力作について、朗読の会を催します。せっかくの文才、皆さまでご一緒に味わいとう存じます』

 

 招待状が届いた翌日、〈金天秤〉に九枚目の帳が立った。

 

『朗読会の夜までに、恋文の主が実在の恋人と立証される』

 

 命題側、二十口、金貨四十五枚。受け手側、四十口、金貨百枚。判定は、主の名乗り出、または密会の検分。

 

 期日の場を、私が自分で立てた形である。逃げも隠れもしない、という看板ほど、醜聞に効く薬はない。

 

     ◇

 

 ――朗読会の午後は、よく晴れた。

 

 開け放した窓から夏の庭の緑の匂いが入り、冷やした果実水の硝子が汗をかいている。集まったのは夜会の常連と、社交紙の書き手が二人。皆さま、扇の陰の目が期待で光っていらっしゃる。

 

「では、一通目ですわ」

 

 咳払いをひとつ。たっぷり、朗々と、読み上げる。

 

「――あなたの瞳は、夜の湖。星も月も、沈めて返さぬ夜の湖」

 

 会場が、ぶっと噴いた。

 

「沈めて返さないんですって。物騒ですこと。湖というより、沼ですわね」

 

 二通目は、壁の花をあなただけが見ていた、の段である。

 

「三年、どなたにもご覧いただけませんでしたのに、あなただけ? ……ずいぶん空いた壁際で、よくお隠れになれましたこと」

 

 三通目の、あの侯爵に何が分かるのか、に至っては、読み終える前に会場が笑い出した。分からないのは、どうやらあなたの方ですわ。

 

 読むほどに、笑いは育っていく。恋文というものは、宛て名の本人が大真面目に読み上げると、どうしてこうも間が抜けるのか?

 

 四通目の途中で、私は手を止めた。

 

「それにしても、皆さま。……この文、どこかでお聞きになった覚えは?」

 

 扇を頬に当てて、首を傾げてみせる。

 

「三連で畳みかけて、大仰な喩えで落とす。この癖――あの夜の求婚の口上と、同じ手ですわ。『一目見た時から、あなたを想っていました』。……ね? 同じ工房の品ですのよ。わたくし、頂くのは二度目ですもの。仕立てで分かりますわ」

 

 どっと来た。

 

 賭けの余興と同じ筆が書いた恋文が、いったい何の証拠になるのか? 写しの束は、その場で今年一番の笑い話に変わった。醜聞は、隠すと肥える。笑うと、痩せる。

 

 ただ、読み上げながら、ひとつだけ白状しておきたい発見があった。

 

 三年前の私なら――偽物と分かっていても、こういう紙を、抽斗(ひきだし)の奥に一晩は仕舞ったかもしれないのである。壁際の三年は、それくらい静かだった。その私が今日は、満座の真ん中で沼を笑っている。変わったのは文面の出来ではなく、読む側の持ち札だ。

 

 ……妙な言い方だけれど、そういうことなのだと思う。

 

 当夜、名乗り出る恋人は現れなかった。密会の検分も、影も形もない。……当然である。いないのだから。

 

 ザロモンの口上は、涼しい顔で夜風に乗った。

 

「本帳、期日をもって不成立。命題側二十口・金貨四十五枚は没収、口銭を引いて受け手四十口へお配りします。配当、三割増し」

 

 客の引けた広間で、当主が写しの一枚を摘まみ上げた。しばらく眺めて、それから、ぽつりと言った。

 

「……本物は、もっと下手だ」

 

「あら。お詳しいの?」

 

「いつか書けたら、直接渡す」

 

 それだけ言って、写しを卓に戻す。残っていた二、三人には気の利いた冗談に聞こえたらしく、軽い笑いが上がった。

 

 私にだけ、冗談に聞こえなかった。

 

 裏書きを検める。白紙である。白紙の上に、予告だけがぽつんと載っている。恋文の品評なら今日一日で二十通もこなした私が、まだ書かれてもいない一行の前で、扇の角度を見失っている。

 

 ……書けなくて、結構ですのよ。当分は。

 

 果実水の氷が、硝子の中でからりと崩れた。夏の午後の、行儀のいい音である。

 

       ◇

 

 ――さて、工房。

 

 同じ筆は、二度あれば三度ある。求婚の口上、恋文。次に何を書かされるかは知らないけれど、書き手その人は、紙の外で生きて暮らしているはずである。

 

 コンスタンツェの楽屋の耳と、家令の筋に、私は同じ注文を出した。

 

 三連で畳みかけて、大仰な喩えで落とす癖の筆を、探してくださいまし。

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