余興の賭けの求婚にニッコリと「お受けしますわ」と即答しました ~逃げた令息の家門に婚約を履行させて、王都の賭け帳を全部潰します~   作:月城 友麻

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6. 持参金は扇一本

 詫びの夜会から三日と経たず、〈金天秤〉の黒板に四枚目の帳が立った。

 

『結納の届に、持参金の欄が空欄、または「免除」と載る』

 

 命題側、三十口、金貨六十六枚。受け手側、十二口、金貨三十枚。期日は結納の届の日、判定は貴族院の公開閲覧。

 

 ……つまり、こういう賭けである。壁際三年の質素な令嬢に、侯爵家へ納める持参金などあろうはずがない。空欄なら「持たざる花嫁」、免除と載れば「買われた花嫁」。どちらの一行でも公文書に残って、末代までの笑い草になる――その一行を、王都の三十人が心待ちにしているのだ。

 

 人さまの家の台所を、よくも堂々と帳にできること。

 

 もっとも、数字は正直である。二百十七、四十八、三十五、今度は三十。転ぶ方の口数は、帳を重ねるごとに痩せていく。受け手は三、五、九、十二と、少しずつ肥えていく。王都はゆっくりと、私たちが転ばない方へ財布を開き始めているのである。

 

 ――問題は、帳場より先に身内で起きた。

 

 朝、屋敷の門の前に、見慣れない荷馬車が停まっていたのである。空の荷台に、藁が敷き詰めてある。何か割れ物を、運び出すための藁である。

 

「お父様。あの荷馬車は、何のご用ですの?」

 

「い、いや、あれはだな、その」

 

 視線が泳ぐ。上着の(ぼたん)を、壺を磨く手つきで撫でている。読むまでもなかった。

 

「蔵の品を、お売りになるおつもりですのね」

 

「……相手は侯爵家だぞ、ヘルミーナ。空の欄で嫁がせるわけにはいかん」

 

 開け放した蔵の扉から、(かび)と樟脳の匂いが薄く流れてくる。父はその匂いの中で、少し声を湿らせた。

 

「母さんの療養の頃、蔵の品はあらかた出て行った。残っているのは、わしの目に狂いのなかった分だけだ。それを娘の嫁入りに使わんで、いつ使うんだ?」

 

 この人の涙腺は、母の話に近づくだけで緩む。骨董の目は確かなのに、勘定はいつも、愛情の側から先に狂うのである。

 

「お志は、頂戴いたしますわ」

 

 私は母の形見の扇を、掌の上でひとつ返した。飴色の骨は、母の掌が二十年かけて磨いた色である。

 

「けれど、荷馬車はお戻しなさいませ。持参金なら――もう、決めてありますの」

 

       ◇

 

 その週の夜会で、私は満座に聞こえる声で先手を打った。

 

「皆さま、〈金天秤〉の新しい帳はご覧になりまして? わたくしの持参金ですって。皆さまよくご存じの通り、当家には笑いのタネがひとつあるきりですのよ。それを承知でお受けになったのですから、当家の花婿は、よほどの物好きですわね」

 

 自分の傷は、突かれる前に自分で笑う。壁際三年で覚えた、先制の型である。突く楽しみを先回りで潰された方々の扇が、所在なげに揺れた。

 

 そこへ、隣から即答が落ちた。

 

「物好きではない。目利きだ」

 

 ――間というものが、まるでない。

 

 会場は笑うに笑えず、嗤う隙はなおさらなく、妙な熱だけが残った。賭けの種の二人がこれでは、白けるほかないのである。

 

 ……調子が、狂う。

 

 自虐は、盾のつもりだった。その盾を横からひょいと取り上げて、勲章に取り替える人がいる。癖で裏書きを検める。白紙である。毎度白紙だと知っていながら検めてしまうあたり、癖というものは業が深い。

 

     ◇

 

 ――結納の届の日。

 

 公開閲覧の間は、ちょっとした夜会の入りだった。皆さまのお目当ては、持参金の欄の一行である。

 

 言い添えておくと、欄の中身を思いついたのは私、受けたのは侯爵家である。文で申し入れた晩、返事は一行で来た。――承る。良い持参金だ。

 

 係が写しを繰り、読み上げる。

 

「持参金――象牙の扇、一本。付記、花嫁の亡母の形見」

 

 閲覧の間が、静まり返った。

 

 空欄ではない。免除でもない。侯爵家は扇一本を正式の持参金として受け、貴族院に登記したのである。値のつけようのない品を、値切りも、辞退もせずに。

 

 どこかで囁きがひとつ、落ちた。……粋だこと。

 

 賭けは、その一行で死んだ。

 

 夕刻の〈金天秤〉。ザロモンの口上は、いつも通り簡潔である。

 

「本帳、期日をもって不成立。命題側三十口・金貨六十六枚は没収。口銭一割を差し引き、受け手十二口へお配りします。配当、およそ三倍」

 

 白墨が拭かれ、精算の掲示が貼り出される。転ぶ方に張った三十人の財布が、今日も揃って軽くなった。

 

 結納の返礼は、目録の先に小さな箱がひとつ――先代侯爵夫人の指輪だった。

 

「形見には、形見を」

 

 と、当主は言った。家宝が動けば、社交界は家門の本気と読む。読ませるための一手でもあるのだろう。それは分かっている。分かっていて、薬指の石は私の体温より少し冷たく、それからゆっくり、同じ温度になった。

 

 母の扇を納めて、母君の指輪を受ける。この帳尻は、どちらの側も、金貨では書けないのである。

 

 なお、その晩。指輪を覗き込んだ父が「ほほう、これは良い石だ」と鑑定を始めたので、家宝の値踏みはおやめなさいませ、と止めた。うちの父は、こういう人である。

 

        ◇

 

 ――数日後、〈金天秤〉の黒板に五枚目が立った。

 

『祝いの夜会に、「当主の囲い女」が現れる』

 

 命題側、二十六口。

 

 ……囲い女。品のないこと。品がないうえに、素人の悪戯にしては、妙に手際のいい匂いがする。

 

 筋書きをお書きになる方が、また裏にいらっしゃるのかしら?

 

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