崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
翌日、俺はフラウを背負ってNo.claim No.Returnを訪れていた。
今両腕を占有している庚弐式を買った、あの古着屋のような勢いで義肢を吊しまくっている店だ。
今日も店主は、まだ温かい方の日だというのに、弱々しい光を放つストーブで義手の両手を炙っている。それ、意味あるのかね。
「なんだ、また来たか若いの」
「ちょっと予算ができたんでね」
ここを訪ねた理由は言うまでもない。ようやく胴体ができて、まだ懐も十分に温かいのだから、フラウに手足を用立てに来たのである。
ただ、俺はもうちょっと良い店を当たっても良いと言うのだが、彼女がここにしたがったのだ。
何でも、品揃えと値段が一番良いと。
「ね、一杯あったでしょう?」
「マージか」
ぶら下がっている手足の数々は、俺にはパッと見では区別が分からないのだが、人形用の物が沢山混じっている。
しかし、ただ外装が綺麗なだけではなく、フラウに言われるがままにイジっている内に、ちょっとは構造的に物の見方が分かるようになった程度の目でも、壊れていないように見える物が結構ある。
なるほど、たしかに彼女が他の店ではなく、ここが品揃えと値段的に悪くないと言ったのが理解できた。
「なぁ、爺さん、これ壊れてないんじゃないか?」
「来栖澤のHM-Mk13型ですね。前文明で人気の愛玩用機や家政用機の部品です。これは後期ロットですね」
女性型の腕を手に取って値札を見れば……やっす、50円?
「人形の腕なんざ人間に付けるのが難しいだけの部品取り用だ。ドライバがあわねんだ」
「そんなもん上書きすれば……」
言ってやれば、店主の爺さんは鼻を鳴らして笑った。
ただ動くように改造するだけならば、ソフト面を上書きすれば良いが、ちゃんと使えるようにするだけでは勝手が全く違うのだと。
「いいか、自動人形の中枢はAIだ。感覚素子の構造が人間と全く違う。AIが理解し易いようにデコードされた刺激がシナプスを通るんだ」
「……えーと?」
「ちょっとはイジれるようだが、やっぱりガキだな」
無知を笑われるのは慣れているし、別に怒ろうとも思わない。ただ、俺が何を知らないかを教えてくれなかったら、ヘソを曲げるだけだ。
ただこの爺さん、結構語りたがりなのか色々と蘊蓄を垂れてくれた。
警備ロボットや自動人形のパーツを人間に移植するのが〝強引な施術〟と呼ばれて、俺達下層民でもなきゃやらないのは、相当な身体的無茶があるからだそうだ。
人間は結構曖昧な尺度と価値観で生きている。
気持ちの良い気温はそれぞれだし、美味いと感じる茶の温度もまちまちで、それどころか同じ甘いという刺激でさえ好き嫌いがある。正に今、俺には一年で一番過ごしやすい気温なのに、爺さんがストーブで手を炙っているように。
そのため、移植した後は内蔵ドライバで設定を自分でイジるか、技師が繊細にチューニングしてくれる。俺の場合はフラウがやってくれたから、この義手は最早元の肉体がただのデッドウェイトに感じるほど馴染んでいた。
だが、自動人形や警備ロボットは工業製品だ。流通した後、主人の趣味に合わせて調整し個性を獲得していくのは構わないが、工場出荷時にバラバラでは製品としてお話にならない。
その上、中枢に詰まっているのは脳味噌ではなくAIの陽電子頭脳。電気刺激ではなく、外界からの刺激をテンプレートに従って数値で受け取り、パラメータを変化させる。
これを人間に無理矢理くっつけると、ニューロンを変な刺激が通って大変なことになるそうだ。
まぁ、水が通るはずだったパイプに油を通したら異常が起こって当然と噛み砕いてくれれば、納得はできた。
「じゃあ爺さん、俺の前の腕は何で動いて、触覚まであったんだ?」
「さぁな。医者の腕がよかったんだろ。神経系をちゃんと人間用に置換してたんじゃねぇか。ケーブルだけなら余所でも山ほど売ってら」
なるほど、一応夏越は医者だし、肉屋通りに並んでいる部品なら人間にブッ込むことを考えて、そこら辺をイジるくらいはするか。
で、ドライバに何らかのデコーダーも噛ませて感覚を人間向けに再変換すれば、脳味噌に負担もかけずに済むと。
スクラップを流用した義腕でも、施術費を抜きにしても安くない理由が分かり、目から鱗が剥がれたような気分になった。
なるほどなぁ、だから部品だけ見れば価値がなさそうなジャンク義肢でも、施術費込みで安くて200円もするわけだ。神経系を入れ替えなきゃいけないって考えると、存外ボッタじゃないんだな。
「だから、ソイツは嬢ちゃんに付けるのには向いてねぇよ。第一、家政用の自動人形なんざ耐荷重50kgありゃ良い方だ。スカヴェンジャーの仕事にゃ向いてねぇ」
「そうですね。流石にパワー不足かと」
あと、個人的にはそっちが好みですと目で示した腕を持とうとすると、爺さんが慌てて立ち上がった。
「馬鹿よせ!!」
「おうぁ!?」
前腕に触れた瞬間、そのパネルが展開して刃物が飛び出してきた。
俺の顔面目掛けて。
反射的に首を傾けつつ、体を捻る。半ば射出するという表現が似合う飛び出し方をした刃は、空気を切り裂いて一瞬だけ温かそうな色に光った後、またグレーに戻った。
あっ、あぶねぇ、ガン・フーでひたすらに反射神経を酷使してなかったら、顔面が串刺しになってた……。
「びっ、びびったー……」
二つ折りになって格納されていた、コンバットナイフめいた刀身の仕込み武器を摘まんで、これ以上誤作動を起こさないよなと動かしていると、店主は腰を抜かすように座る。そして、大きく溜息を吐いた。
「勘弁してくれ……もうちょっとで俺の店が血塗れだったぞ」
「こっちのセリフだぜ爺さん……こんな危ねぇもん警告もナシに吊すんじゃねぇよ。何だよ一体……」
「出雲重工の対サイバネ用仕込み武器だ。前腕に仕込むタイプの対物ブレードは、カマキリみたいだってんでマンティス・リッパーって呼ばれてる」
「ちょっと触ったくらいで暴発する代物を、さも当然のように置くなつってんだよ」
流石にヒヤッとした。白兵インストラクションで、体内に仕込む武器を持った敵と戦う訓練をしたことがなかったら、反応できなくて死んでたかもしれんな。
「すみません、ヌル。機能不全なのは分かっていましたが、よもやこんな壊れ方をしているとは」
「橈骨と尺骨フレームの間に無理矢理仕込んでんのか。なるほど、固定部分が馬鹿んなってんだなコレ」
ブレードにロックがかかって元に戻らない腕をどうしたらいい? と聞けば、根元あたりにスイッチがあるから、押しながら戻せと言われた。
軋む音を立てながら刃は畳まれ、同時にパネルも閉じる。
いや、俺としては、これをこのまま吊しとくの、どーかと思うんだけど。
「フラウ」
「……はい」
「危ないのはナシの方でいこう。安全云々抜きに怖い」
「……致し方ありませんね」
と、言う訳で俺達は出雲重工の軍用自動人形メーカー、出雲次席精機の手足をカーテンのように吊された大量の手足の中から発掘してきて、カウンターに乗せた。
次席というのは次席指揮官、つまるところ軍用の副官人形を専門に作っていた会社であり、それ以外を一切生産しない軍事用人形の華だったようだ。精密作業と整備性に優れ、そこそこの出力がある型番をチョイスしてもらった。
俺的には細かな作業を彼女がやってくれるようになるのが助かると思ったのだが、フラウが一番気に入ったのは、いざという時に主人に壁となって弾丸を止められる、特殊展性チタンが使われていることらしい。
流石に砲クラスの物を〝弾き返す〟ことはできないが、それでも20mmから主を数発守れるという破格の防御力は魅力的だ。
特に胴体が民生用で、まだまだ脆いフラウには最適だろう。あんまり高出力なのをくっつけても、俺と同じで胴体からもげたら意味がないからな。
「それぞれ型番が違うため最適化の手間がありますが、内容的に壊れてはいないのでいいものかと」
「値札に従えばまとめて買うと230円か……爺さん、不良在庫の掃除手伝ってやってんだから、キリのいい数字にしてくれよ」
「馬鹿言え、人形手に入れたら重武装化させたいヤツはごまんといるんだ。びた一文負けねぇよ。ったく、毎度目聡く掘り出しモン見つけ出しやがって」
「売りたくねぇなら隠しとけよ」
文句を吐き捨てるように言えば、爺さんは眼鏡をズラして片目が白内障の目で俺を睨みながら言った。
物の価値が分からないヤツは売りたくないが、分かっているヤツには売りたいんだと。
面倒臭ぇジジイだなぁ!!
「御店主、私なら活用できます。いえ、してみせますよ」
「……そういえば、長い間手足がないな」
「俺の甲斐性がなかったんで苦労させたから、良いのを付けてやりたいんだよ。でも人間用のは、な?」
流石に長い間苦労したんだから、何処の死体から剥いできたかも分からないお古は可哀想だろうと言って拝むと、爺さんは面倒臭そうにズレた眼鏡を直して大きく溜息を吐いた。
「まぁ、年若い娘っ子が手足なくして車椅子ってのもな……一番安い左腕、オマケしてやらぁ」
「え? だったら190円だぜ? いいのかよ」
「俺じゃ直そうと思えなかったモンを付けてる若いののツレだ。祝いにくれてやる。いいべべ着られるほど稼いだってこたぁ、これからも贔屓にしてくれんだろ」
思わぬ値引きに俺とフラウは顔を見合わせ、それからキッチリと、今回は現金で対価を支払った。
やっぱり良い店だ。河岸は変わることになったとしても、たまには顔を出して買い物させて貰うことにしよう…………。
やっとこ手足入手。テンポがいいのやら悪いのやら。
さて、それはそれとして流石に書き溜めが尽きてきました。