「おはよう。」
「おはようさん。」
地方ギルドの朝は和やかだ。
仕事を終えて王都へ戻る冒険者達や、はたまた、仕事をするために更なる遠くへ旅立つ冒険者達が地方の冒険者に混じって受付に並ぶ。
ギルドは中継拠点も兼ねているのだ。
「【赤炎】、Sランク断ったんだって?」
「俺には務まらないから。」
「はは!バーカ!お前さんならできたよ!ま、仕事してくれるなら大歓迎だぜ!」
【赤炎】は基本、地方での単独依頼を好む。
厄介な魔物の討伐、調査や護衛の依頼…。
ギルドに依頼する際には、依頼人がある程度の金額を負担しなければならない。
単独依頼は金がない依頼人の助けになっている。
「単独任務はあるか?」
「それなら、この水流調査だな。」
ソルム村。
山を超えた先の、深い谷の中にある村からの依頼だ。
「飲み水に使ってる近くの川が赤く染まってるらしい。」
───
ソルム村についた。
ソルム村は切り立った谷に寄り添うように築かれた小さな集落だった。
家々は木造で質素だが、丁寧に手入れされている。
……その割に、人影は少ない。皆、どこか不安そうな顔でこちらを窺っていた。
「依頼を受けたギルドの冒険者だ。【赤炎】のサーマルドという。」
「なんと…。」
【赤炎】の噂は広がっている。この村は人里離れているため、【赤炎】の噂も「腕利きの冒険者らしい」という程度だった。
村長らしき老人は胸を撫で下ろした。
ここ数日、まともに眠れていないのだろう。目の下には濃い隈が刻まれている。
「あなたの様な名高き冒険者に来ていただけるとは…。ありがとうございます。」
「任せてください。」
───
ソルム村の辺りを調査する。
受け取った地図の通りに進むと、やがて川が見えてきた。
(赤い。)
夕焼けでも映しているのかと思った。しかし違う。水そのものが、濁った血のような赤色に染まっている。
水面には泡が浮かび、ゆっくりと流れ下っていた。水を掬おうとして手を止める。鉄錆のような臭いはしない。
だが、生き物が口にしていい水ではないことだけは、本能で理解できた。
まずは川を上流に向かって遡る。
「おかしい。」
風が枝葉を揺らす。それだけだ。
鳥のさえずりも、小動物が草を踏む音もない。
森は生きているはずなのに、まるで息を止めているようだった。
こんなに木々が発達しているのに…。
結局湧き所と思しき所まで来たが、違和感は無くならない。しかし、確信も得られなかった。
「怪しいのは、この木々…。」
しかし、樹木を根こそぎ薙ぎ払ったところで、何かしらの悪影響が出ることは明白。生態系も狂う。
「動物達の行方を追ってみるか。」
足音だけがやけに大きく響く。
森を歩いているというより、誰かの家へ勝手に入り込んだような居心地の悪さがあった。
───
一旦村に戻り、聞き取りをしてからまた俺は川の近くに来ていた。
最後に生物を見た場所…。
巣穴だと思った穴から、茶色い毛並みが見えた。
近づく。
「……鹿の脚?」
土を払うと、根が何本も肉に食い込み、骨にまで絡みついている。
まだ新しい。まるで木が、生きたまま獲物を飲み込んだようだった。
鹿の眼は見開かれたままだった。…最後まで暴れたのだろう。
地面には蹄で掻いた跡が幾筋も残っている。
「…なんだ…これ……。」
この奇妙な【根】は森全体に広がっているのか?
一人で追えば見落としが出る。これは調査班を呼ぶべき案件だ。そう思い踵を返そうとしたその時だった。
───迫る黒い礫を拳で弾き、炎を纏って背後からの針を溶かす。
「何者だ。」
視線を巡らせた、その瞬間だった。
数歩先。
さっきまで誰もいなかった場所に、黒い霧が立っていた。
「………お前ほどの実力者がここに現れるのは…想定外だ。…【赤炎】…。」
声もくぐもっていて、特定は難しい。
「取引をしよう…。私から合図があるまで…村で待機していろ。」
「…手を出すな、と。」
「それができなければ…殺すしかなくなる…。お前も…ソルム村の者どもも…。」
ここで無理に手を出せば、こいつは俺をこの先も狙い続けるだろう。仲間もいるのかもしれない。だったら尚更厄介なことだ。
100歩譲って俺が殺されるのはいいとして、無辜の市民が被害を受けてしまったら…俺は覚悟できるだろうか…。
「あの人たちに手を出す気か…外道め。」
「生殺与奪を握っているのは、お前だ…。よく考えろ。」
(…こいつは危険だ。)
(しかし、俺は奴の想定外───ならば。)
地を踏み抜くと、魔剣から力が迸る。
地底火岩竜の力───大地に干渉し、巨大な火柱を起こすものだ。
黒いモヤごと謎の人物を燃やし尽くす───はずだった。
「…愚かな選択だ…がッ!?」
流星悪魔の熱核により、魔剣は意思を持つように軌道を作り───鞘から抜き放たれ、背後へ飛んだ。
「!」
(当たった…!?)
視界が届かない範囲を警戒して取った一手だった。悲鳴から場所を察知───サーマルドは決め時を感じ大きく魔力を行使、巨大な熱柱を出現させる。
地底をこじ開けて噴き上がった業火は、天を衝く柱となって森を照らす。空気が歪み、岩は飴のように溶け落ち…ここに火炎地獄を具現する…!
「ぐ、ぬ、ああああああああ!!?」
魔剣は手元に戻ってくる。業火の中の人物へ向けてそのまま振り抜いた───。しかし、すり抜ける。
(これが、狙いか───!)
「…かかったな。」
今までの悲鳴は全て演技…ッ!
黒い礫が放たれるが、巨大な炎柱に阻まれて溶け落ちる。その隙にサーマルドは体勢を直した。
(実体がないのに攻撃ができる…?何がからくりだ?いや、それよりも…!)
奴の目的は森に関すること!この森を焼き払ってしまえば…!
「待てェ!!村の人間が死んでもいいのかァァァァ!!!」
(ここで森を焼けば勝てるかもしれない。……だが、その代償は村人達の命…。)
「……。」
俺は立ち止まり、黒いモヤに向き直った。黒いモヤは深く深呼吸する。
「そうだ、いいぞ…。そのままだ。武装を解除しろ。」
「卑怯者め…。」
…魔剣が地面へ落ちる。
地を滑り、石にぶつかり…そこで止まった。
「よし。」
次の瞬間───俺の首は、黒い楔に貫かれた。