身体が動かない。
息を吸うたび、湿った土の臭いが肺へ入り込む。胸が圧迫され、まともに呼吸もできない。
(……ここは、地中か。)
この感触……木の根か。
腕も脚も、胴も首も、太い根が蛇のように絡みついている。僅かに身じろぎするだけで締め付けが強くなる。
…魔剣は無い。無いが…。
(【太陽の眼】。)
魔剣に埋め込んだ3つ目の要素。太陽鳥の炎眼。
事前に魔力を込めておけば、空高くからの視界を得ることができる。
天から大地を見下ろす、俺だけの第三の眼だ。太陽の視線は、そのまま灼熱にもなる。
(…あの時…。)
あの黒いモヤは、ソルム村にも現れていた。
奴が自棄っぱちを起こして被害を受けるのは、無辜の村人達…それだけは避けたかった。
しかしこのザマじゃな。
(奴の能力…すり抜けでいいのか?)
攻撃は礫。奴自身の体に実体はない。
ならば…黒いモヤのように見えるのは分身で、本当の本体は遠距離から攻撃していた…と考えることもできる。
(………このことを誰かに伝えなければ。)
───
昼下がり。地方ギルド、アズール局にて…サーマルド専属のギルド職員、ハリスは仕事をしようと休憩から戻ってきて、席についた。
しかし、そこで異常を見つける。
「机に…焼き目…?」
その焼き目は文字を刻む。
「…ソルム村、サーマルド、森、根、異常、接敵、すり抜け、分身、敵、現在、拘束、受け、敗北…。」
ハリスは三度瞬きをした。
もう一度机を見る。
焼き跡は消えない。
「……サーマルドさんが……!?」
ハリスは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「局長!緊急です!」
───
夕方、二頭の軍馬が街道を蹴る。
土煙を巻き上げながら、並走する二人は一度も速度を落とさない。
【聖剣】のスラル。
【破拳】のジィグ。
「寝耳に水だね。【赤炎】が負けるなんて。」
「…例の鉄人形と同じような騒ぎになるかもな。」
「俺はそれ、当たってると思うな。今年だけで六人もS級が生まれてる。」
英雄が多いということは、それだけ災厄が起きているということである。
「……本当は七人だろ。【赤炎】を入れれば。」
「そうだね。…この胸騒ぎが、杞憂であればいいんだけれど。」
──────
「……どこまでも想定外な男だ…。【赤炎】…。」
黒い人影の人物は探知していた。
強大な魔力を持った存在が複数、このソルム村へ向かってきている。
「…何かしらの連絡手段を持っていたようだな。」
黒いモヤは荒々しく唸った。
「……完全なる顕現とはならない、ならないが、もう構わない。使うぞ…。」
【大地の巨人、唸れ。】
【蹂躙し骸を砕き喰らえ。】
【其こそは光を刻む天の獣】
「召喚されよ。【フーバルー】。」
骸の森全体が青白く脈打った。
木々の根元から淡い蒼光が染み出し、谷を昼とも夜ともつかぬ色へ塗り替えていく。
葉は黒く崩れ、静かに灰のように舞った。
「…神よ。その意のままに。」
風が去るように、黒きモヤも消えていった。
───巨獣の双眸は、谷の方を見つめている。
───
枝の締め付けが強くなってきた。
…魔剣の繋がりはまだ切れていない。
そのうち死ぬかもしれない。炎眼の力で連絡はできたし、今のうちに【起爆】しておくか。
(【完全燃焼・業火】。)
…何も起きない。が、間違いなく魔剣とのつながりは完全に絶たれた。これで魔剣が再利用されることもないはず…。
(ぐっ……。)
根はゆっくりと食い込んでくる。骨が軋み、肺が潰れていく。
もう、抵抗する力も残っていなかった。
(…俺とあなたの火はここまでのようです。師匠。)
(……すみ、ません。)
俺の意識は、闇に落ちた。