俺は自分の知ってる範囲で、ここに囚われるまでの経緯を話していた。
「…なるほど。…其方の事情はよくわかった。どうだ。同じ迷宮に囚われる者同士、協力しないか?」
「それはありがたい提案なのだが…あなた…エマ王女は何故ここに囚われていらっしゃるのか、お聞かせ願えないだろうか。」
「…ネヴォンズは恐ろしい化け物、森の化身、【フーバルー】と対峙していた。兄弟と共に王国軍は必死に戦ったが、死体を力となすフーバルーには敵わなかった…。王都は一夜で森となり、民も兵も、皆フーバルーの糧となった。」
「すなわち、私もフーバルーに囚われたということになるでしょうか。」
「そうね。…私も根に囚われ、何年も何年もこの迷宮を彷徨った。だが、亡骸でない人に会ったのはこれが初めてなのだ。…ただ、其方は私の顔もわからないほど遠い人の様だな。」
「…エマ王女。」
「エマでいい。もうネヴォンズの存続もわからない。ならば、ただ1人のエマだろう。」
───
フーバルーの迷宮を出口を求めて彷徨う。しかし、見つかるのは魔物と白骨死体のみ。魔物を倒した後、エマは一体一体の亡骸へ静かに頭を下げていく。
「知っている者か?」
「……わからない。」
「けれど、誰かが待っていた人だった。」
ますます、疑問に思う。…ネヴォンズとて、生きたまま捕まった兵士はいたはずだ。
「なぜエマと俺は生きているんだろうな。」
「…それは…。」
「…もしかしたら、そこにヒントがあるかもしれない。何か心当たりはないか?」
根に囚われたから死んだのか。
それとも、根以外の要因で死んだのか。
「…其方、動物の生き血を吸う木の根に囚われたと言っていたね?私が推測するに、フーバルーに身体ごと吸収されたのではないだろうか?」
「…では、ここはフーバルーの身体に直接的な関係があるかもしれないと?」
「…間違ってはいないかもしれない。」
「エマ、作戦がある。この迷宮が奴の内側だとしたら…木々も、水も、壁もすべて奴の一部。ここでの傷が、外の肉体にも届くはずだ。」
──────
俺の炎の力は、通常の炎と同じ様に燃え移らせることができる。
この迷宮は水気が多いが、枝を乾かし、薪とすることで大きな火力源とすることができる。
山のように積み上げた枝へ炎を移す。
最初は小さな火だった。
だが乾いた枝を伝い、壁へ、天井へ、迷宮全体へと少しづつ駆け上がっていく。木が悲鳴を上げるように軋んだ。
「これでフーバルーの肉体も燃えるはずだ。」
「そんなうまくいくだろうか…。」
「やってみないよりマシだろう。」
──────
フーバルー…森林の大獣。骨を蔓にて繋ぎ合わせて無数の足となし、踏み入れたものには根を以て捕え、咀嚼するように砕き割る。
また、養分があれば瞬きの間に1mは勢力を伸ばす脅威的な侵略能力を持つ。
S級冒険者の【聖剣】、【破拳】が揃い、かつ救援の冒険者達が集まってきたとはいえ、足止めがせいぜいであった。
「決定打がない…。」
毒は生命力が強すぎて効かず、炎は水気によって塞がれる。
ソルム村の水源、川を含んでいるフーバルーは燃やし尽くせない。どこかで延焼は止まり、そこから再生するのだ。
「避難民を連れて、応援を呼んできてくれ!」
「で、ですが…ここまで人数は要りません。スラルさん、ジィグさん。俺にもお供させてください!」
「そうやって人数ケチッて、両者共倒れなんて笑い話にもならないぜ。」
「これが適切なんだ。わかってくれるね。」
「…わかりました!ご武運を…!」
B級冒険者のパーティがソルム村の人々を連れて直近の冒険者ギルドへ避難を始める。
スラルは眼前の脅威を見つめ、ジィグは口角を上げ、拳を打ち合わせる。
「さ、行くよ。最後に暴れておしまいだ。」
「大一番だなぁ。全く運が良いぜ…ッ!」
言い終わると流星のように飛び出す。谷を飛び越え、フーバルーへ突貫する二人。その背中を、残った精鋭のA級冒険者たちは無言で見送った。
強大な魔力に当てられ、フーバルーの根が素早く2人を捕らえに向かう。先端は尖っていて返しもついている。刺さったらそのまま戦闘不能だ。
「【術剣:六帝】。」
「【死砲・戴】。」
6の剣閃が根を切り裂き、回転軌道を取る。構え、再び突貫。軌道上の人喰い森は刈られる。
対し、破拳は1発の拳打にて土を抉り、円筒を大地にくり抜いた。月の光を遮るものはない。
しかし、大地を吸うフーバルーにとってこの程度の損傷は大したことではない。
1年。先ほどの一撃が癒えるまでの時間。だが大地が過ごしてきた日数は?そこで何千何万の命が埋まってきたことだろう───たかだか大森林ほどの用地だが、無限の命には充分なのだ。
「【王術剣:三色】。」
「【雷霆】、【海槍】、【死砲】───【時鎌】。」
6の形持たぬ剣閃と共に、炎、雷、水の3色の聖剣が舞う。枝は硬く、芯が太く、湿っている。切れば切るほど腕力を消耗する。しかし、四方八方から襲いくる枝葉を狩り尽くし、さらに前進する。
破拳はイメージする。
雷霆の速さを。その1発は枝を砕き、身体は瞬時に次弾を装填する。
海槍の不可視を。波打つ水面のどこから槍が出るか、察することは不可能。
死砲の力強さを。命を奪う、終わりの一撃───急所への最大の打撃。
目を開き、三の拳を束ねる。先の先を取り、後の先を取り、その後は無し。即ち───必死即滅の必殺拳である。
が、いくたび死のうと一度に100の命を奪う程度。腕の振りは徐々に遅くなり、フーバルーに劣化はない。が、喉元へ向かう拳はその速度を緩めない。
A級冒険者達の援護攻撃により、谷から先へフーバルーは進めない。
だが、それも夜明けまでであった。
───
日が射す。
聖剣も破拳も、しばらくは戦える───そのつもりだった。
フーバルーは、起きた。
「───が、う…。」
朝の日差し───。爆発的に侵略が進む。吸い尽くした栄養をもとに光合成にて活性。木の根で編まれた16mの巨人がその拳を2人の抵抗者へと叩きつけた。
「───【至術剣:始】。」
「【天空】ッ!」
聖剣、破拳共に最大威力の一撃だ。今までの人生の奥義を結集した一撃は木の根で覆われた防御を破壊し、巨人を砕くに至る。
パラパラと破片が散らばり、余波で辺り一面の木の根が吹き飛んだ。
「………手応え、あったね。」
「……まぁ、やるだけやったからな。」
2人は立ち上がる。
根は再び彼らに迫る。
フーバルーは再び、巨人を編んだ。
「やれやれ…。」
「俺の勘、当たっちまったな。」
「ああ、鉄人形?…んじゃ、こいつらは森人形ってとこか。」
「言えてるじゃん。」
巨人の一撃が再び2人を捕らえる。
一撃ではやられない。防ぎながら耐える。しかし、巨人は複数編まれ、その分の拳が飛んでくる。
「死にたく、ないな…。」
フーバルーが谷を越える。
A級冒険者達は後退しつつ迎撃する。
「死にたくない…。」
絶望と希望の狭間の中───赤炎の灯火が、あたりに宿る。
「……?」
巨獣の動きが止まる。
全身を巡っていた魔力が乱れ、無数の根が一斉に痙攣した。───炎が巨人の内側から噴き出る。
まるで自らの臓腑を焼かれた獣のような咆哮が谷全体を震わせ、大地の層から炎があちらこちらで噴炎する。
「…なんだ…?」
フーバルーが自らの身体の制御を失っている。
川の水分を使って消化すれば良いものを、それすらまともにできていない。
──────
「エマ、熱くないか?」
「平気だ!」
燃え盛る迷宮の中、泉のあった空間に【赤炎】と【王女】はいた。【赤炎】は自分の炎では熱さを感じることはないが、エマは別だ。
「ここまで燃え広がるとは思わなかった。おそらく、迷宮全体に延焼しているのだろう。」
「…ここで死ぬとどうなるのだろうね。」
「少なくともここは安全だ。安心してくれ。」
突如として空間に亀裂が走る───まさか!
「…出られる、のか!」
「…サーマルド。」
水に濡れる美しい緑髪。
「外でも、其方に会えるのよね?」
亀裂は広がって行く。
「…きっと、会えるさ。」
「ふふ……。」
エマは小さく笑った。
「その言葉だけで十分だ。」
軋む世界と揺れる炎が迷宮の断末魔を奏でる。
「待っている。」
一つの世界の死。その傍らにあったのは迷宮を燃やし尽くす炎と、一人の少女の穏やかな笑顔だった。
白い光が、世界を包み込んでいく───。