ネズミたちに見つかるのが恐ろしいので続き書くかは分かりません。
「『無個性』はヒーローになれない……」
誰もいない高架下。通学路を歩きながら、今朝の不良どもから現金と一緒にいただいた戦利品を取り出した。
シガーカッターで先端を切り取り、口に加えた葉巻に、オイルライターで火を点ける。
煙を口に転がし、吸い込んでみる。喫煙経験など無かったであろう真面目な緑谷出久の喉が、咳き込む様子はない。これも『個性』のおかげだろうか……
いずれにせよ、咳き込みもしないなら、喉頭癌や口腔癌になる恐れは無さそうだ。
「まぁ、間違っちゃいないんだろう。そしてそのことを、他の誰でもない、お前自身が分かっていたんじゃないのか? 緑谷出久よ……」
金魚の池に落ちていた、丸焦げのノートを見つめつつ、自身の中で眠り続ける緑谷出久に向かって尋ねてみた。
このノートだけじゃない。おかーさんからも、どうにか記憶が戻らないかと、家族写真のアルバムを見せられた。行方不明になる少し前に撮ったという写真も一緒に。
そこに写っていた緑谷出久は、服を着ていてもイズクでさえ分かるほど、か細く弱々しい肉体だった。爆豪勝己さえ、大口を叩くに見合うだけの訓練をしてきたことが分かる身体だったというのに。
「やるだけ無駄な努力をするのが辛くて、だが夢を否定しきれないからデータだけは取る。そうやって真にすべき努力から、楽な努力をしているフリに逃げて、夢見る自分に酔っていただけじゃないのか?」
図らずも、
「……スンスン」
直後、鼻に嫌なニオイを感じ、とっさに前へ転がった。直後、そこへ大きなヘドロの塊が降ってきた。
「Mサイズの隠れ蓑……」
「
拳から爪を伸ばす。向かってきたヘドロを避けながら、上へ向けた拳を振り下ろす。
「……なるほど、流動体か」
峰打ちした爪が通り抜け、相手は全く堪えた様子が無い。すぐに相手の個性と特性を把握した。
「オレの爪は刃が立ちそうに無い……」
葉巻を手に取り、後ろへ徐々に、下がっていった。
「怖がらなくてもいいんだよ……苦しいのは一瞬だ。君は俺のヒーローだ」
「やってみるがいい……お前はオレを殺せるのか?」
――もう大丈夫。なぜって? 私が来た!!
再び飛び掛かり、イズクが応戦しようとした瞬間、聞こえた声と、衝撃。
握っていた葉巻は飛んでいき、ヘドロは飛散した。
そんなヘドロをあっという間にペットボトルに詰めた、その人物は……
「アンタは……オールマイトか?」
その瞬間、イズクの心の中は弾んでいた。
彼の姿も存在も、緑谷出久の部屋を見れば嫌でも認識させられる。彼が、緑谷出久にとって特別な存在だということも。
「少年! よく耐えた! ケガは無いかい?」
「ああ、ケガは無い……緑谷出久が喜ぶ。良かったらサインを、してある……」
手に持っていた黒焦げのノートの空いたページに、すでに記されたサインを見て、イズクは言葉を失うばかり。
存在や姿だけじゃない。その力を直接目にし、向き合うだけで分かる。
No.1ヒーロー。平和の象徴。社会や世間が讃える声。それが決して大げさではない、圧倒的パワーとカリスマ。イズク以上に筋骨隆々な巨人の身に、それらは確かに備わっている。
(だが、なんだ? さっきのヘドロとは違う、血のニオイが……)
「オールマイト……オレはアンタに聞きたいことが――」
「では少年、私はコイツを警察に届けなければならないので、失礼するよ?」
「……そうか。なら仕方がないな」
仕事中なら仕方がない。さっきから自身の中の緑谷出久がうるさいが、それはイズクが制していた。
「……て、うおおおおおお!!?」
「重ッ、て、こらこら!」
オールマイトが跳んだ時、イズクの身も一緒に浮かび上がった。
「おいおい! 熱狂が過ぎるぜ少年!」
「アンタが周りをよく見ず跳んだせいで足にリュックが引っかかったんだろう!?」
「そうなの!? ごめん!!」
ひとっ跳びでいくつものビル上空を通り抜けていく。それだけの速度と勢いの中、二人の会話は続いた。
「まあ良い! すぐに降りる!」
「降りるって、いやいや! 今降りたら死んじゃうだろう?」
「心配するな! 落ちても死なない! そういう個性だ!」
「そういう個性って……いや、君は良くても、下に人がいたら死んじゃうからね!?」
「なら川にでも……いやダメだ、俺は泳げん!」
「もう! すぐに降ろしてあげるから! ゴホ……」
「だがまあ、ちょうどいい機会だ! 俺はアンタに聞きたいことがあったんだ!」
と、二人がそんな会話をしている時……
イズクの予想外の
二人してビルの上に転がった。
と同時に、転がった勢いもあったとは思うが、それにしても不自然なほどに大量の煙が発生した。
「これは……血と、朽ちた皮膚のニオイ」
そんなニオイのする、煙の先を見てみると……
そこにはガリガリに痩せこけた、男が一人、座っていた。
「アンタ……オールマイトか?」
直前には無かった骨のニオイ。だがそれ以外は、直前に向かい合っていた男と同じ香りだった。
「……この姿を見られた以上、仕方がない。どうかネットに書き込まないでくれよ」
そこからは、ネットにも書かれていない……書かれてはいけない事実の話。
五年前、ある敵との戦いで重症を負ったこと。
その傷が元で年々戦う力が失われ、今では一日に三時間ほどしか戦うことができないこと。
私が笑うのは、敵や戦いへの内なる恐怖ごまかすためなのだと。
「……オールマイト。オレは、アンタにどうしても聞きたいことがあった」
No.1ヒーローの決意と覚悟。責任とその重さ。
それらを噛みしめ、その上で、イズクは質問を切り出した。
「オレは無個性だ」
「無個性?」
「そうだ。だが、見ろ」
言いながら、拳を握り、そこから金属の爪を伸ばした。
「それは……!」
「極めつけはこれだ」
その爪を、自身の顔に突き立て、引っ掻く。
「なにをッ、な……!?」
それなりい深い傷が、顔に刻まれた。なのに、切り裂かれた顔も鼻も目も、数秒としないうちに綺麗な状態に戻ってしまった。
「オレはどうやら、半年間行方不明になっていたらしい。そしてその間に、無個性だったのをこんな身体に改造されたようだ。そして、その半年間はもちろん、子供のころから今日までの記憶も失っている」
「記憶が……そうか。警察の友人から、改造され記憶喪失になって戻ってきたという行方不明者の少年の話を最近聞かされたが、君だったのか?」
「守秘義務もプライバシー保護も無いな」
そんな皮肉を言いつつ。爪をしまって、再びオールマイトと向かい合う。
「アンタに聞きたい質問は二つ……答えによっては三つだ。まず一つ目、No.1ヒーローとして、無個性の子供をこんな身体に変えられる、敵か組織に心当たりは無いか? 二つ目、オレの失った記憶を戻すことができる、そんな個性を持ったヒーローか知り合いはいないか?」
かなり真剣な質問をされて、No.1ヒーローとして、答えを出した。
「……No.1ヒーローとして情けない話だが、そんな敵や組織に覚えは無いな」
もっともそれは、本当の答えとは違う。
(本当は一人だけ、いる。だが、
「二つ目の質問の答えも同じだ。だが敢えて一人挙げるとすれば……ラグドール」
「ラグドール……ワイルドワイルドプッシーキャッツのラグドールか?」
「ほぉ、知っていたか?」
「オレ自身でも、主だったヒーローとその個性は調べている。だが、彼女の個性は……」
「そうだ。彼女の個性は『
「そうか……」
「それで、三つ目の質問というのは?」
望んでいた答えではなく落胆している様子の少年に、オールマイトは尋ねた。
そしてイズクは、再び目を合わせる。その目には、むしろこれが本当に聞きたいことなのだという熱がこもっていた。
「オレは、自分を取り戻すために、ヒーローになるのが一番手っ取り早いと思っている。だからNo.1ヒーローであるアンタの口から聞きたい。無個性の人間も、ヒーローになれるか?」
――あなたのような最高のヒーローに!
口にはしないそんな台詞が、イズクの中でコダマした。
「……君を変えてしまった存在に関しては、警察でも調査を行っている。時間は掛かるだろうが、いつか知れる時は来るだろう」
諭すように。だが同時に諫めるように。オールマイトは優しく語り掛けた。
「人助けがしたいなら、警察官とかもあるだろう……ヒーローは常に命懸け。
「……」
「夢を見ることは悪いことじゃない。君の事情も理解はできる。だが、相応の現実も見ないとな」
場所は移り変わり、とある街の道の上。
そこで面白くなさそうに肩を怒らせている、爆豪勝己と、タバコをくわえた取り巻き二人が続いていた。
「……そう言えば勝己、なんで緑谷のこと、クズリ野郎なんて呼ぶんだ? 今までクソデククソデクっつってたのによー?」
バカにしていた無個性に良いようにやられ、不機嫌でいる。そんな事実からごまかすために、疑問に思ったことを尋ねてみた。
「……今のアイツは、クソデクじゃねー」
「まあ、確かに、人格も何も変わっちまってるけどよー。本人の口ぶりも、昔とは別人て感じだったし」
「体育の時とか筋肉ヤベーし、あの爪もヤバかったなー? 切れ味ヤバかったし」
「……クズリ野郎のことなんざ、どーでもいい。つーかタバコやめろっつったろう!? 俺の内申にまで響くじゃねーか!!?」
「お、おい、勝己……!」
「ん?」
「……」
他でもない、オールマイトに、ヒーローになることを否定された。
もっとも、そのことに対して、イズクは特に辛いとも苦しいとも思わない。ただ、事実として受け入れるだけ。
若者の身の丈に合わない無茶な夢を咎める。ヒーロー以前に人として、大人として当然の対応だろう。イズクが、緑谷出久の現実を嘆いていたように。
だが、イズクの内の、緑谷出久は……
「……ん?」
と、遠くから爆発音、と同時に、火と煙のニオイが漂った。
反射的にそちらへ走っていき。
「あれは、さっきの……まさか!」
そこで暴れている敵を見て、イズクはオールマイトとの邂逅を思い出す。
(Shit! 私としたことが、あの時落としていたとは……!)
(オレのせいか……!)
活動限界から
自分が関わったせいで敵を逃がしていたことを知った、イズク。
「爆炎系は我の苦手とするところ。今回は他に譲ってやる……」
「そりゃどうも! 消火で手一杯だよ! 状況どーなってんの!?」
「私、二車線以上ないムリー!」
「ヘドロで物理攻撃が効かない!」
「有利な個性持ったヤツがいねーぞ!」
「仕方がない……有利な個性を持ったヒーローが来るまで、人質には耐えてもらおう」
(これ以上は、力が出ない……情けない)
駆けつけているヒーローたち。
誰もが、今この瞬間を諦めていた。
(オレのせいか……だが、さっきも倒せなかった。オレにできることは……)
立ち去ろうと振り返りながら、もう一度、ヘドロ敵の方を見た時――
「バカ野郎!! 止まれ!!」
ヒーローか誰かの叫びも無視して、イズクは走っていた。
(本当にバカなのか? 一体なにをやっているんだ!?)
「クズリ野郎……なんで、テメー――」
「オレじゃない! お前に向かって走りだしたのは緑谷出久だ!」
「お前の顔が救けを求めていたせいだ!!」
叫びながら、火事で熱した爪を突き立てる。爪に宿った熱が、瞬間的にヘドロの水分を蒸発させ、硬くする。結果、僅かながら掴める部分ができた。
後ろへ迫ってきていたヘドロの手足を爪でけん制し、乾いたヘドロを掘り出し、空いた穴から爆豪の服を掴んで、引っ張り出して――
「撃て!! 爆豪勝己!!!」
「――うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
イズク引っ張り出されながら、爆豪は巨大な爆破を発動させた。
その炎が、ヘドロ敵を包んだ。
「……クソが!! 倒せねぇ!!」
「ちぃッ……!」
「無駄死にだ!!」
「自殺志願者かよ!!」
「クソォ!!」
「情けない……君を諭しておいて、己が実践しないなんて――プロはいつだって命懸け!!」
DETROIT SMASH!!!
オールマイトの一撃によって、飛び散ったヘドロはヒーローらに回収された。
「すごい個性だ! それに捕まっても耐え続けたタフネス……ヒーローになったら、ぜひうち事務所の
ヘドロに捕まっても耐え続けた爆豪勝己は、ヒーローたちに賞賛された。
「君が危険を冒す必要は全く無かったんだ!」
逆にイズクはヒーローたちに怒られたのだが……
「ほぉ……敵や自分の個性を理由に何もしなかった連中が、随分な言いぐさじゃないか?」
直前に見聞きした光景と、夢を否定されたことでのヤケクソな感情から、言いたいことを言うことにした。
「そ、それは、有利な個性を持ったヒーローがいなかったからで……」
「そんなことでプロヒーローってヤツは動かなくなるのか? そのせいでオレの幼なじみが死んでしまっていたらどうした? 少なくとも、素人のオレでも人質を救い出すことはできたぞ?」
もっとも、そのすぐ後でまたやられかけた。
それに、敵の力を見て諦めていたのはオレも同じ。
それでも……
「簡単に諦め人任せにする連中に比べれば、
その後、簡単な注意をされただけで返されて、今度こそ家へ帰ろうと家路についた。
「
そこへ、爆豪勝己が再び現れた。
「俺は……テメェに救けを求めてなんかねぇぞ! あぁ? 救けられてもねぇ! 一人でもやれたんだ! 無個性の出来損ないが、見下すんじゃねえぞ!」
それは、イズクではなく、緑谷出久に対しての叫びだった。
「クズリ野郎!! テメーもだ!! 恩でも売ろうってか!? 見下してんじゃねーぞ!! どいつもこいつも――クソが!!!」
「タフな男だ……」
あれだけの目に遭ったというのに、わざわざ文句を言うためだけにやってきた。そんな爆豪勝己の姿に呆れつつ……
「……なんだ。もういいのか? 満足したのか? ……そうか」
イズクの中の緑谷出久が、満足し、諦めているのを感じた。
何もできなかった。何も変わらなかった。
それでも言いたかったことを言い、現実と一緒に知りたかったことも知れた。
だからもう、思い残すことはない。
そしてそれは、イズクも同じ。
ヒーローを目指そうと思ったのは他でもない、緑谷出久を取り戻すため。
だが同時に、緑谷出久の夢でもあったから。
その緑谷出久が、もういいと言っている。
ならイズクとしても、これ以上目指す理由は無い。
オールマイトも、自身のことを警察たちが調べてくれていると言っていた。ヒーローたちには偉そうにああ言ったものの、自分にできないことを他人任せにすることは間違ったことじゃない。
緑谷出久はイズクの中で眠ったままだが、それでも
「私が来た!!」
「うお……! オールマイト。さっきまで取材受けてなかったか?」
「抜けるなど訳ないさ! なぜなら私はオールマゲボォ!!」
「無理をするな……」
呆れている出久に対し……元の姿に戻ったオールマイトは、向かい合った。
「少年……礼と訂正、そして提案をしに来た」
「用件が多いな?」
「君がいなければ、私は口先だけのニセ筋になるところだった」
「ニセ筋……よく分からんが、どの道オレがいたところで、意味は無かったろう? そもそも、敵が暴れたのはオレのせいだ。無個性のくせに、生意気な言動をした――」
「そうさ!! 他の誰でもない、『無個性』の君だったから私は動かされた!!」
力強く宣言し、そして、言い切った。
「トップヒーローは学生時代から逸話を残している。その多くが話をこう結ぶ」
――考えるより先に体が動いていた。
(なんだ……?)
オールマイトが言葉を紡ぐ度、イズクの中で、緑谷出久が震えた。
「君もそうだったんだろう?」
そして、イズクの知らない光景が見え、声が聞こえた。
――ごめんね……ごめんね、出久。無個性に産んでしまって、ごめんね……!!
泣いている緑谷出久。その息子を涙ながらに抱きしめる、おかーさん。
そして、イズクは理解する。
緑谷出久が、母から、そして、誰かから、本当に言ってほしかった言葉。
「君はヒーローになれる!!」
(……これはオレじゃない。緑谷出久が泣いているのか?)
胸を押さえ、大粒の涙を流し続け……
言い忘れていたが。
これは
初めてX-MENの存在を知った時、ヒュー様演じるウルヴィーこそ至高だと思ってました。
けど色々なコミックやフィギュアなんかを見ているうち、小柄でマッシブな原作デザインもいいなーと思うようになりました。
皆さんのタイプは?
-
原作デザイン
-
ヒュー様