同時刻――神野区の片隅
「おい、これで本当にバレねえだろうな……」
個性的な私服が並ぶ小売店の鏡の前で、切島くんが自身のウィッグを弄りながら呟く。
緑谷くん、切島くん、轟くんの3人は爆豪くん救出のために神野区へ到着していた。彼らに同行する飯田くんと八百万さんは、あくまで「戦闘をさせないための監視者」としての参加だ。
「戦闘皆無の救出」――それがどれほど不可能に近いか分かっていながらも、彼らは止まれなかった。変装用の服を買い込み、怪しげな一味に扮した一行は、八百万さんの発信器が示す目的地へと足を進める。
同時刻――警察臨戦本部
一方、警察は独自にヴィラン連合の複数のアジトを完全に特定していた。
指揮を執る塚内警部の要請により、招集されたのは現代のトップヒーローたち。
「……これほど大きな流れです。間違いなく、奴が出てきます」
「ああ、俊典(としのり)。お前の腹を空けた最凶のヴィラン『オール・フォー・ワン』、あの男がな」
アジト突入班であるオールマイトとグラントリノが、エンデヴァー、エッジショット、シンリンカムイらと共に鋭い視線を交わす。
同時に、別の現場である「脳無格納倉庫」には、ベストジーニスト、ギャングオルカ、Mt.レディ、そしてプッシーキャッツの虎が配置につき、突入のカウントダウンを待っていた。
「塚内くん。作戦は完璧だ。だが、唯一の懸念がある」
オールマイトが、マスク越しに沈痛な声を漏らす。
「………バックドラフトの件、ですね」
塚内警部が手元の資料を見つめ、苦渋の表情を浮かべた。
「彼はすでにプロの籍を捨て、独自に動いている。我々の無線にも一切応じない。完全に読めない、危険すぎる存在だ……!」
同時刻――神野区・別の闇ルートの雑居ビル前
警察の誰もが警戒するその「危険すぎる存在」――バックドラフトとサイドキックたちは、姿を隠した透ちゃん、梅雨ちゃん、障子くんと共に、薄暗い裏路地に潜んでいた。
「元警察の裏情報網、現役ヴィジランテからの垂れ込み、救急独自の非公式ネットワーク。これらの情報を繋ぎ合わせ、ようやくヴィラン連合の拠点のひとつを発見した」
「すごい………」
バックドラフトの説明に、透ちゃんが震える声で呟く。
「表の方法ではない、完全な非合法のやり方だ。この情報の買い取りに、俺の全財産を投じた。警察もまだ掴んでいない、完全な裏ルートのアジトだ。今からここに突入する」
「そこに……白煙が……?」
「ケロ……」
障子くんと梅雨ちゃんが息を呑むが、バックドラフトは冷徹に首を横振った。
「居ない可能性の方が大だ。だが、俺たちには警察のような大軍勢はいない。こうして一つひとつ虱潰しに拠点を捻じ伏せていくしかないんだ」
バックドラフトは、実戦仕様のハイドロ噴射口をガチャリと固定し、サイドキックたちを振り返った。
「言っておくが、俺にはオールマイトのような圧倒的な力は無い。突入し、失敗と判断した瞬間、俺が殿(しんがり)を務める。お前たちは何があっても、インビジブルガール、フロッピー、テンタコルの3人を連れてここから脱出させろ。いいな」
「「「はいっっっっっっっっ!!!!」」」
サイドキックたちの腹の底からの返事が、路地裏の闇に響く。
表の法を敷く警察ヒーロー連合、そして裏の覚悟を決めたバックドラフト私設ヴィジランテ部隊。
それぞれのやり方で、奪われた少年たちを取り戻すための大奇襲作戦が、同時に決行されようとしていた。
ヴィラン連合のアジト。
死柄木弔は、拘束を解かれた爆豪くんに「仲間になれ」と傲慢にスカウトを持ちかけていた。しかし、爆豪くんがそんな誘いに乗るはずがない。
「話にならねえんだよ! 土下座して死ね!!」
爆豪くんは拒絶の咆哮とともに手のひらから猛烈な爆破を放ち、死柄木の手のマスクを吹き飛ばした。アジトに緊張が走る。
その爆煙が立ち込める緊迫した空間に、すうっと不気味な黒いモヤのゲートが開いた。
「戻りました、死柄木弔」
「お帰り黒霧。……そんで、そっちが」
黒霧の背後から歩み出てきたのは、全身を闇のような衣服に包み、頭部から禍々しいドス黒い煙を立ち上らせた少年だった。
「――『黒煙(こくえん)』と申します。弔様。以後、お見知りおきを」
感情の消え失せた冷徹な声。その姿を見た爆豪くんは、目を見開いたまま完全に呆然とした。
「白、煙……? いや、誰だテメェ……!?」
目の前にいる男からは、あの合宿所で自分を庇った白煙くんの、優しくて眩しい光のような気配が微塵も感じられない。あまりにも真逆すぎる漆黒の雰囲気に、爆豪くんはそれが白煙くんだと気付くことすらできなかった。
――ドゴォォォォォンッ!!!!
「もう大丈夫! 私が来た!!」
その瞬間、アジトの壁が文字通り粉砕され、平和の象徴・オールマイトが突入してきた。
「黒霧!! ゲートを出せ!!」
死柄木が叫ぶが、それよりも早く、緑の樹木がアジト中を埋め尽くすようにうねりを上げて伸びていく。
「先制必縛……ウルシ鎖牢!!!!」
シンリンカムイの拘束術が、死柄木や荼毘、トガたちヴィラン連合の全員を一網打尽に捕縛しようとした、まさにその時だった。
「――『ブラックシールド』」
黒煙が静かに呟くと、彼の頭部から噴き出したドス黒い煙が、超高密度の強靭な「闇の盾」へと変貌した。
――メリメリメリ、バキィィィンッ!!!
「なっ……何!? 私の樹木が、へし折られた……!?」
鉄をも引き裂くシンリンカムイの樹木が、黒い煙の質量によって跡形もなく粉砕される。プロヒーローたちが驚愕に目を見開く。
その隙に黒霧がワープゲートを開こうとするが、ヒーロー側の追撃は容赦ない。
「遅いなぁ、ヴィラン共!」
弾丸のようなスピードで飛び込んできたグラントリノが、一瞬にしてスピナーやマグネの意識を刈り取り、気絶させていく。
「――『ブラックスマッシュ』」
背後から迫る圧倒的な質量を持った黒い煙の拳。
「ちぃ!!!!」
グラントリノは長年の勘で危機を察知し、間一髪でその一撃を避けた。煙の拳が掠めた背後の壁は、まるで大砲でも撃ち込まれたかのようにひび割れ、崩落する。
「お前たちの素性やアジトは、お巡りさんたちが時間をかけて調べ上げた! だが……」
グラントリノが着地し、黒い煙を纏う少年に鋭い視線を向ける。
「そこのお前は誰だ!! 警察のリストにそんなヴィランはいねえぞ!」
シンリンカムイや他のヒーローたちが警戒を強める中、少年の顔を覗き込んだオールマイトだけが、その奥にある見覚えのある「素顔」の輪郭にハッと息を呑んだ。
「お前は、いや、きみは……まさか、……白煙、少年なのか……!?」
その問いかけに、黒い煙の奥の少年は表情一つ変えず、戦闘中であるにも関わらず、すっと背筋を伸ばして綺麗に一礼した。
「……黒煙と申します、ナンバーワンヒーロー・オールマイト様。以後お見知りおきを」
バックドラフト事務所で仕込まれた、あまりにも律儀で美しい救助ヒーローの所作。しかし、その体から立ち上るものは、全てを拒絶するような悪意の黒。
その恐るべき矛盾を前に、オールマイトの心に、かつてない激しい戦慄と悲痛な予感が駆け巡るのだった。
神野区編は原作で1番盛り上がったと思います
最強VS最強はどの作品でもかっこいいです