壇上に現れたのは、ヒーロー公安委員会の目良(めら)さんだった。
今にも倒れそうなほど眠そうで、目の下に濃いクマをこしらえたその姿に、会場からは「お疲れ様です……」と無言の同情が寄せられる。
だが、その口から放たれた言葉は、過酷そのものだった。
「今回の第1次選考……通過条件は、先着100名、です」
「「「100名――!?!?!?」」」
1500人のエリートたちの中から、わずか100人しか生き残れない。あまりの狭き門に会場が騒然とする中、試験のルールが説明された。
* 各自、身体の狙われやすい場所に「ターゲットマーク」を3つ装着する。
* 支給される6つのボールを相手のターゲットに当て、3つ全てを発光させたら「脱落」とする。
* 自分が最後の一撃を当てて2人脱落させれば「通過(クリア)」。
「なるほど、これは単なるボール投げではありませんわね」
八百万さんが冷静に分析する。飯田くんと緑谷くんも即座に頷いた。
「ああ、ボールを当てるためには、まず相手の動きを止めて捕縛するか、確実な隙を作る必要がある……。つまり、実質的な対人戦闘だ!」
一方、白煙くんたちもターゲットを装着しながら表情を引き締めていた。
「1500人でのバトルロワイヤル……間違いなく大乱戦になるよ」
白煙くんの言葉に、透ちゃん、障子くん、梅雨ちゃんがそれぞれの位置につく。
「ええ、だからこそ私たちのチームワークが鍵になるわ」
「お前の煙と俺の索敵、そして葉隠の隠密性があれば、どんな乱戦でも立ち回れる。行こう、白煙」
「――第1次選考、スタート!!!!」
けたたましいサイレンの音と共に、1500人の戦いの火蓋が切って落とされた。
その直後、凄まじい地鳴りのような足音がA組に向かって押し寄せる。
「「「まずは雄英を潰せェェェェ!!!!」」」
始まったのは、他校による容赦のない**「雄英潰し」**だった! 凄まじい数のボールが、雨あられのように一斉にA組目がけて飛んでくる。
その様子を、はるか上空の観客席から見下ろす影があった。相澤先生だ。
その隣には、傑物学園の引率であるプロヒーロー、ミス・ジョークがニヤニヤしながら並んでいる。
「いやぁ相澤、相変わらず目が死んでるね! 結婚しよ!」
「しない。静かにしろ」
「冷たいねぇ! でもさ、今回の試験、雄英は圧倒的に不利だよ?だって体育祭で全員の個性を全国に晒しちゃってるんだもん。他校は雄英の弱点も手の内も分かってる。逆に雄英は他校の個性を何も知らない……この情報の格差はデカいよ?」
ジョークの言葉は正論だった。だが、相澤先生は腫れの引いた顔を少しも動かさず、ただ静かに教え子たちを見つめていた。
「……気にする必要はない。そんなハンデ、あいつらにとってはただの通過点に過ぎない」
相澤の確信に満ちた言葉に応えるように、グラウンドのA組が動いた。
「ナメんじゃねえぞ、雑魚どもがァ!!!!」
「個性が割れていようが――関係ない!!」
押し寄せるボールの嵐に対し、爆豪くんの爆破、轟くんの氷結、そしてA組それぞれの必殺技が一閃する!
――ドゴォォォォォンッッ!!!!
他校の生徒たちが仕掛けた初手の全力投球は、A組全員の圧倒的な力によって、跡形もなく粉砕され、吹き飛ばされた。
「なっ……何だあの威力は……!?」
愕然とする他校の面々。その一角で、白煙くんもまた、鋭い眼光を煙の奥で光らせていた。
「行くよ、みんな! 僕たちの力を見せてやろう!」
頭から純白の煙を爆発的に噴き上げ、白煙くんはチーム放課後の仲間と共に、1500人の大乱戦へと突き進んでいく!
圧倒的な実力を見せつけた雄英高校1-Aだったが、他校の猛者たちも決して引けは取らない。特に「西の雄」と呼ばれる士傑高校の実力は凄まじかった。
1年の夜嵐イナサは、個性「旋風」による圧倒的な暴風で一瞬にして数十人ものターゲットを撃破していく。2年の現見ケミィは、個性「幻惑」で周囲に幻覚を見せて他校の生徒たちを混乱に陥れ、同じく2年の肉倉精児は、個性「精肉」によって触れた相手を容赦なく不気味な肉塊へと変えて無力化していた。
さらに傑物学園高校の2年、真堂揺が個性「揺らす」で大地を激しく震わせ、中瓶畳が個性「折り畳み」で自らの身体を信じられない角度で折り畳んで攻撃を回避するなど、試験会場はまさに群雄割拠の地獄絵図と化していた。
他校の一斉攻撃を凌ぎ切ったA組だったが、激しい乱戦の中で散り散りになり、バラバラになってしまう。
そんな中、白煙くんは無事に透ちゃん、障子くん、梅雨ちゃんの「チーム放課後」のメンバーと合流を果たしていた。
周囲の状況を把握するため、障子くんの背丈よりも大きな瓦礫の上に登った白煙くんは、自らの首を白い煙状に細長く伸ばし、上空から周囲を索敵する。同じく障子くんも複製腕で耳や目を増やして周囲を警戒していた。
「……ふふ、なんだかろくろ首みたいね」
「本当だ! 妖怪エンちゃん参上ー!」
「2人とも、さすがに妖怪に例えられるのはあんまり嬉しくなーい!」
梅雨ちゃんと透ちゃんのからかいに、白煙くんは長く伸ばした煙の首をポワポワと揺らしながら慌てて元に戻した。しかし、すぐに真剣な表情になって作戦会議を進める。
「先着100人っていう制限があるから、こっちから攻める必要はある。だけど、この大乱戦のままだとターゲットを絞るのは厳しいね」
「それに私は服を着ていない状態(透明)でもターゲットマークだけが空中にプカプカ浮いてるから、逆に目立って狙われやすいよー」
透ちゃんが困ったように言うと、障子くんと梅雨ちゃんが頷いた。
「この状況なら、4人で群れて動くより、2対1の状況をいくつか作った方が効率よく相手を捕縛できるはずだ」
「そうね。私と障子ちゃん、白煙ちゃんと透ちゃん。この2ペアに分かれて動きましょう」
「よし、分かった。気をつけてね、2人とも!」
「行くよー、エンちゃん! 遅れないでね!」
合図と共に、白煙くんと透ちゃんのペアは息の合った動きで他校の集団へと突撃した。
「雄英が来たぞ!!」
「煙の男と、透明な奴だ!」
「煙には打撃や斬撃の物理攻撃は効かない! 風の個性持ち、あいつを吹き飛ばせ!」
他校の生徒たちも、体育祭のデータを元に白煙くんの対策を叩き込んできていた。一斉に巻き起こる突風。しかし、今の白煙くんは以前の彼ではない。
「――『質量増加』!!」
白煙くんが鋭く叫ぶと、風に流されそうになっていた彼の煙が、拳藤さんの個性をヒントにした「当たる瞬間に密度を上げる」技術によって、一瞬にしてズシリと重い高密度の煙へと変貌した。風を物ともせず突き進む。
「『ホワイトスマッシュ』!!」
頭部から放たれた巨大な白い煙の拳が、驚愕する相手の身体をガシッと力強く捕らえて動きを封じる。
「透ちゃん、今だ!」
「とりゃーーーっ!」
捕まった相手の目の前で、透ちゃんがボールを持ったままターゲットマークへと突進し、直接ボールを叩きつけた。ピカピカと光るマーク。
「やった!……って、エンちゃん後ろ!!」
「後ろがガラ空きだぞ雄英生ぇ!!」
別の他校の生徒が、白煙くんの背後から奇襲を仕掛けてきた。白煙くんを捕縛しようと手が伸びる。白煙くんの背中には、透ちゃんのマークと同じようにターゲットマークが浮いている。
「『ホワイトガード』!!」
白煙くんは振り向くことなく、背中から爆発的に煙を噴出させて強固な白い煙の壁を作り出し、相手の突撃を完璧に防いでみせた。
「虎さん直伝――軟体パァーーーンチ!!」
「ぶふぇっ!?」
煙の壁に阻まれて体勢を崩した相手の横顔に、透ちゃんの鋭いパンチが炸裂した。合宿の悔しさをバネに、虎のブートキャンプで鍛え上げた肉弾戦の技術。姿の見えない強烈な一撃に、相手がよろめく。
「その隙、もらった!」
今度は白煙くんが手元から弾くようにボールを放ち、透ちゃんが怯ませた相手のターゲットマークに見事命中させた。
ピピピッ、と小気味良い電子音が鳴り響く。
「エンちゃん!」
「透ちゃん!」
2人が投げた最後のボールが同時に相手のマークを発光させ、条件である「2人撃破」を完璧に達成した。
『1次選考通過者、さらに2名! 雄英高校、白煙薫、葉隠透!!』
会場にアナウンスが響き渡る。
「やったぁぁぁ!」と抱きついてくる見えない透ちゃんを、白煙くんは真っ赤になりながらもしっかりと受け止めた。バックドラフト事務所で培ったレスキューの心と、A組の仲間たちから得たアイデア。その全てが結実し、2人は見事に最初の関門を突破したのだった。