仮免許を取得したその日の夜、爆豪くんと緑谷くんがグラウンドベータで大喧嘩を繰り広げた。
翌朝、相澤先生にこっぴどく怒られて2人とも謹慎などの処分を受けることになったけれど、喧嘩の詳しい事情までは僕たちには聞けなかった。
ただ、どこか憑き物が落ちたように、2人が前よりも普通に、対等に言葉を交わすようになったのは見ていて嬉しかった。それでも、心臓に悪いから喧嘩はもう本当に止めてほしいなと思う。
そして、いよいよ2学期がスタートした。
教壇に立つ相澤先生から発表されたのは、新たなカリキュラム「ヒーローインターン」についてだった。
「一学期の職場体験とは異なり、より長期的に、学外のプロヒーローの活動にサイドキックとして参加してもらう。そこで実力を評価されれば、卒業後にそのまま就職(採用)されるケースも多い」
より詳しく、そして身近にインターンを理解してもらうため、教室に3人の先輩が招き入れられた。
彼らこそ、雄英最強とされる3年生のトップ3――通称『ビッグ3』。
だが、現れた3人はあまりにもキャラクターが濃すぎた。
「……ダメだ。やっぱり僕には無理だ、ミリオ……ねじれ……。みんなが僕をジャガイモだと思おうとしても、僕はジャガイモを直視できない……」
壁に向かって額を押し付け、暗いオーラを放つのは天喰環先輩。
「ねぇねぇ! あなたが白煙くん? 本当に男の子? 女の子みたいに綺麗だね! あ、でも個性が煙なんだっけ? 体が煙になるの? 匂いはする? 服はどうなるの?」
嵐のようなマシンガントークで僕の目の前まで詰め寄ってきたのは、好奇心の塊のような波動ねじれ先輩。
「ははは! みんな緊張してるね! 元気がないぞ! パワーーー!!」
どんな状況でも常に輝くような笑顔を絶やさない、ビッグ3の筆頭・通形ミリオ先輩。
あまりに強烈な先輩たちの強烈な性格に圧倒される僕たちに、通形先輩が「百聞は一見に如かず!」と、ある提案をしてくれた。
「言葉で説明するより、俺と君たちで模擬戦闘をしよう! 1対21名だ!」
「1対21……!?」
A組一同に緊張が走る。
僕は救助は得意だけど、こういう正面からの対人戦闘は苦手だから、正直どう立ち回ればいいか困ってしまう。でも、勝つことよりまずは相手を分析し、隙を作るサポートに回ろうと決めて特訓場へと向かった。
模擬戦闘スタート
「それじゃあ、いくよ!」
通形先輩が構えた瞬間、誰もが我が目を疑った。
なんと、通形先輩の衣服がすべてずり落ち、一瞬にして全裸(!)になってしまったのだ。
「なっ、何で全裸に――!?」と女子たちが悲鳴を上げて目を覆う。
「透ちゃん、見ちゃダメーー!!」
「エンちゃん!?」
白煙くんは透ちゃんの後ろから顔を隠す。
「先手必勝!!」
切島くんが一番槍として鋭い「硬化」の突撃を敢行した。しかし、通形先輩の体をすり抜けるようにして、攻撃が空を切る。
「うらああああ!!」
続いて爆豪くんが容赦のない爆破を叩き込むが、爆風は先輩の体をそのまま通り抜け、一切の手応えがない。
(当たっていない……!?)
その直後、通形先輩の体がすうっと地面の中へと沈んでいった。ワープか、それとも地面を潜る個性なのか。
緑谷くんが「地面に潜る個性……? いや、衣服だけが脱げたということは……」と、頼もしい様子でブツブツと分析を始めている。
その瞬間だった。
「はい、こんにちは!」
「わー!?」
目の前の地面から、突如として通形先輩が飛び出してきた。僕のすぐ目の前。
完全に不意を突かれ、先輩の繰り出した鋭いパンチが、僕のお腹を捉える――はずだった。
「はいっ!? ……あれ!?」
通形先輩が驚いた声をあげる。
先輩の拳は、僕のお腹を捉えた瞬間、ポフッと心地よい白い煙へと姿を変えた僕の体をそのまま「すり抜けて」いた。
白煙くんの体は煙。物理攻撃は基本的に一切通らない。
「す、すり抜けました……!」
一瞬で目の前に現れた先輩の移動速度に、僕は冷や汗を流しながら、頭の煙をぽわぽわと揺らす。
「ははは! 君の個性も『透過(すり抜け)』に似ているね! 面白い!」
通形先輩は瞬時に笑顔に戻ると、「じゃあ、気を取り直して!」と、実体化した瞬間に横にいた尾白くんの腹部へと拳を叩き込んだ。
「ぐふぅっ……!?」
普通に強い尾白くんが痛そうに悶絶して倒れる。
そこからの通形先輩は凄まじかった。圧倒的な速度で地面を潜り、出現しては、次々とクラスメイトたちの腹部を的確に撃ち抜いていく。
「あの男は、俺の知る限り最もナンバーワンに近い。……現役のプロも含めてな」
教壇から見守る相澤先生が静かに語る。
その言葉に爆豪くんが闘志を燃やし、轟くんも冷静にタイミングを見極めて氷結を放とうとしたが、2人の攻撃もすり抜けられ、あっという間に腹パンを食らって沈んでしまった。
気がつけば、立っているのは、完全な煙状態に変化して攻撃を受け流し続けた僕と、最初から姿を消して完全に気配を絶っていた透明化の透ちゃんだけ。
「うーん! 残り2人は俺の個性と相性が悪すぎる(物理攻撃が当たらない&見えない)から、ここで終了ー!」
通形先輩はそう言って、慣れた様子で服を着用し始めた。
「まだ戦えるわクソがあああ!! まだやれるぞコラァ!!」
ギャングオルカの時と同様に、不完全燃焼に終わった爆豪くんが地面を悔しそうに叩いて吼えている。
息を切らしながら服を着終えた通形先輩が、僕たちに向き直って優しく微笑んだ。
「俺の『透過』は、実はすごく使い勝手の悪い、下手をすれば体が真っ二つになるポンコツ個性なんだ。それをここまで扱えるようにしたのは、相手の次の動きを読む『予測』と、それを裏付ける『経験』だよ」
「予測」と「経験」。
「ヒーローインターンは、お招きされた『お客さん』じゃない。いつ命を落としてもおかしくない現場で、即戦力として働く『1人のサイドキック』なんだ」
先輩の言葉が、僕の胸に深く、静かに突き刺さる。
(1人のサイドキックとして、現場で『予測』して動く……。それって……)
僕たち「チーム放課後」が、あのバックドラフト事務所で、背中を追いかけながら必死にやってきたことそのものじゃないだろうか。
ふと隣を見ると、見えない透ちゃんもまた、僕と同じことを考えているように、きゅっと拳を握りしめているのが分かった。
プロの現場の厳しさは、誰よりも知っている。
失ったものの大きさを胸に、僕たちは新たなステージ「インターン」に向けて、静かに闘志を燃やすのだった。
1-Aの教室
仮免を取得し、いよいよ本格的な「ヒーローインターン」が始動した。
ホームルームで、それぞれが決定したインターン先を発表し合う。
切島くんは大阪のプロヒーロー、ファットガムさんの事務所へ。
麗日さんと梅雨ちゃんは、ドラゴンの個性を持つプロヒーロー、リューキュウの事務所に内定していた。
「梅雨ちゃん、本当に頑張ってね……!」と僕が声をかけると、梅雨ちゃんは「ケロ。ありがとう。白煙ちゃんもね」と静かに微笑み返してくれる。
常闇くんは、職場体験の時と同じナンバー3ヒーロー・ホークスさんのところへ。
緑谷くんは、あのオールマイトの元相棒であるサー・ナイトアイの事務所。
そして轟くんは、父親であるナンバー2ヒーロー・エンデヴァーの事務所へと、それぞれが決まっていた。
「みんな、本当にすごいところばかりだな……」
クラスメイトたちの飛躍に胸を熱くさせていると、相澤先生から「白煙、放課後に校長室へ来い」と告げられた。
雄英高校・校長室
重厚なドアを開けると、そこには紅茶を嗜む根津校長と、相澤先生が待っていた。
「やあ、白煙くん。急に呼び出してすまないね」
「失礼します。……あの、僕のインターン先についてでしょうか?」
「そうだ。君に関しては、他の生徒たちとは少し『事情』が違っていてね」
根津校長はそう言って、一つの分厚い企画書を机の上に滑らせた。
「君には、新しく立ち上げられる**『新生レスキュー事務所』**の設立初期メンバーとして、インターンに参加してほしいんだ」
「えっ……レスキュー事務所の立ち上げ……ですか?」
驚く僕に、根津校長と相澤先生がその驚くべき「新生レスキュー事務所」の陣容を説明してくれた。
* 13号先生(災害救助のスペシャリスト)
* ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ(マンダレイ、ピクシーボブ、虎)
* ラグドール(個性を失ってしまったが、その卓越した知識で『経理・管制担当』として復帰)
* マニュアル(保須市のヒーロー)
* 新米レスキューヒーロー:白煙薫
「一学期の職場体験、そして先日の仮免試験で見せた君の神がかった救助システムと観察眼――それらを総合し、雄英高校、公安委員会、そしてHUC(ヘルプ・アス・カンパニー)の会長さんが強く君を推薦してくれたんだよ」
相澤先生が僕の肩にポン、と手を置いた。
「バックドラフトの意志を継ぐレスキューチームの再建だ。お前がその中核になる。この新生レスキュー事務所で、お前の力を存分に振るってこい」
胸の奥から、熱いものが一気に込み上げてくる。
「はい……!!! 全力で頑張ります!!!」
その夜――ハイツ・アライアンス(A組宿舎)
興奮が冷めやらないまま自分の部屋に戻ると、そこにはすでに僕の帰りを待っていた透ちゃんがちょこんとベッドに座っていた。
「おかえりエンちゃん! 校長室で何のお話だったの?」
「あ、透ちゃん! 実はね……」
僕は、新しく設立されるレスキュー事務所のこと、そしてそこに集まる錚々たるプロたちの名前を興奮気味に伝えた。
そして、じっとこちらを見つめている(気配のする)透ちゃんの手をそっと握りしめる。
「……ねぇ、透ちゃん。もしよかったら、透ちゃんもその新しいレスキュー事務所に、僕と一緒に来てくれないかな?」
「――行くっ!!!!」
透ちゃんは弾かれたように立ち上がり、嬉しさのあまり僕にぎゅっと抱きついた。
「行く行く! 絶対に行くよ! 私もエンちゃんの隣で実際の訓練を積みたいし、将来のためにエンちゃんのサイドキックとしての勉強もいっぱいしたい!」
「うん……! ありがとう、透ちゃん。2人で一緒に、最高のレスキューヒーローになろう!」
抱きしめ合う僕たちの周りに、温かい桃色混じりの白い煙がぽわぽわと優しく立ち上る。
僕たちの、そして新生レスキューチームの新たな挑戦が、今ここから始まろうとしていた。
白煙くんのインターンはオリジナルのレスキュー事務所になります
バックドラフト事務所の後を継ぐ新生レスキュー事務所です