【本編完結】転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜   作:蠱毒は孤独

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前回に引き続き短めです。



17.休むも仕事

 目を開けると、見慣れた天井があった。

 

 頭の芯がぼんやりしている。額にはひんやりしたものが貼りついていて、起き上がろうとした身体は、自分のものじゃないみたいに重かった。

 

 ……何で家にいるんだっけ。駅までは覚えている。かぐやと帰る途中で――そこから先が、きれいに抜け落ちていた。

 

 「彩葉!」

 

 すぐ横から声がした。顔を向けると、かぐやが床に座り込んで、こっちを覗き込んでいる。その少し後ろに、藤原さんもいた。

 

 「……藤原さん?」

 「目、覚めたね」

 「何で、ここに……」

 「イツキが駅まで来てくれたの。彩葉、途中から全然起きなかったから、おんぶして連れて帰ってくれたんだよ」

 

 全然覚えていない。知らないうちに背負われて帰ってきたなんて、考えるだけで申し訳なさが先に来る。

 

 「すみません、ご迷惑を……」

 「それはいいから。まだ起きなくて大丈夫だよ」

 

 言われて、浮かせかけていた頭を枕へ戻す。それだけで少し息が上がった。

 

 「あと、これ!」

 

 かぐやが、布団の周りにぬいぐるみを次々と並べ始めた。一つ、二つ、三つ。気づけば、枕元がちょっとした包囲網になっている。

 

 「いっぱいふかふかしてね」

 「……何それ」

 「ふかふかすると落ち着くでしょ?」

 

 落ち着いてる場合じゃない。今、何時だろう――。

 

 「あ」

 「何?」

 「今日、バイト……」

 

 慌てて身体を起こそうとして、布団に押し返されるみたいに失敗した。

 

 「休みになったよ?」

 「……藤原さんが?」

 「かぐやが連絡したんだよ!」

 

 思わず、かぐやを見る。

 

 「かぐやが?」

 「そう。彩葉、電話できる感じじゃなかったし。今日はお休みしますって、ちゃんと言った」

 「……そっか」

 

 かぐやがやった。私が頼んでもいないのに、自分で考えて、バイト先へ連絡した。それ自体はありがたい。というか、この状態じゃどう考えても働けない。

 

 でも。

 

 今日休んだ。明日は行けるだろうか。勉強だって、何日も止まったら授業に追いつけない。今でも余裕なんてないのに、遅れた分を取り戻す時間まで要る。成績が落ちたら、奨学金がどうなるか分からない。そこへバイトまで休んだら。

 

 気づけば、手近なぬいぐるみを掴んでいた。指先が、柔らかい布に食い込む。

 

 「……明日には治さないと」

 「え?」

 「シフト入ってる日もあるし、勉強も遅れたらまずいし。一日ならまだ何とかなるけど、何日も休んだら追いつかなくなる。成績落ちたら奨学金も――」

 「彩葉」

 

 呼ばれて、口が止まった。

 

 かぐやが、さっきまでとは違う顔で私を見ていた。困っているような、怒っているような。でもたぶん、そのどっちでもない。

 

 「何で彩葉は、そんなに一人で頑張らないといけないの?」

 

 何を聞かれたのか、一瞬分からなかった。

 

 「……何でって。休んだら、その分――」

 「かぐやも、めっちゃ無理言っちゃったし」

 

 かぐやの視線が下がる。

 

 「ヤチヨカップのことも、歌のことも、かぐやがやりたいってたくさん言ったから。彩葉、それもずっと一緒にやってくれてたじゃん」

 「それは、私もやるって決めたし」

 「でも!」

 

 顔を上げたかぐやの目から、大粒の涙がぼろぼろこぼれていた。

 

 「彩葉、死んじゃったらやだぁ~!」

 「大げさだって。死にゃしないよ」

 「だって映画とかだと、人ってすぐ死ぬじゃん! 最初はただの風邪っぽかったのに、急にヤバくなったりするし!」

 「映画を基準に人の生死を考えないで」

 

 ツッコむだけで頭に響く。それでも、かぐやの涙は止まらない。

 

 「そこまで飛躍しなくて大丈夫だよ」

 

 藤原さんが、静かに口を挟んだ。

 

 「今はちゃんと休んで、水分を取って、無理をしないこと。それが一番の近道だから」

 「……なんか、実感こもってますね」

 「そう?」

 

 藤原さんはそれ以上何も言わなかった。かぐやも鼻をすすって、手の甲で目元をごしごし拭う。死ぬ死なないの話を続けるつもりは、もうないらしい。

 

 「でもさ」

 

 今度は少し声を落として、かぐやが私を見た。

 

 「何で一人で全部やるの? バイトも、勉強も、家のことも。かぐやのことも」

 「だって、自分のことは自分でやらないと」

 「何で?」

 

 また、それだ。

 

 何でって。そうするものだから。自分でやると決めたから。じゃあ、何でそう決めたんだっけ。

 

 「……上京する時、そういう話になったの」

 

 言いかけたところで、藤原さんが少し姿勢を変えた。

 

 「家族の話になるなら、僕は席を外そうか?」

 「あ」

 

 言われて初めて、藤原さんの前で話し始めていたことに気づいた。誰にでも聞かせたい話じゃない。

 

 でも。

 

 「……大丈夫です」

 

 思っていたより、すぐに答えが出た。藤原さんがこっちを見る。

 

 「いても、大丈夫です」

 「分かった」

 

 短くそう言って、藤原さんは少しだけ表情を緩めた。それきり、また黙って座っている。かぐやは私と藤原さんを交互に見てから、何も言わずに待っていた。

 

 「上京するって言った時、お母さんとめちゃくちゃ揉めたの。私も譲らなかったし、お母さんも譲らなかったから」

 

 あの時のことは、今でもよく覚えている。

 

 「最後は、生活費も学費も自分で賄う、それならってところで折り合いがついた」

 「全部?」

 「家賃以外はね」

 「家賃は違うの?」

 「お父さんが出してくれてる。そこだけは、お父さんが絶対に譲らなかったから」

 

 かぐやが首を傾げた。

 

 「彩葉が自分で払うって言わなかったの?」

 「言ったよ。でもお父さんが、それを受け入れないなら上京はさせられないって」

 

 お父さんにしては、珍しく強かった。だから、そこだけは私が折れた。

 

 本当は、上京したら別のアパートに入る予定だった。結局暮らすことになったのはこの部屋だけど、自分で生活するというところだけは変えなかった。

 

 お父さんが事故に遭ってから、家は前みたいには戻らなかった。

 

 お父さんは戻ってきた。でも、お母さんはずっとお父さんのことを心配していて、お父さんはお父さんで、お母さんに余計な心配をかけないようにしていた。お兄ちゃんが間に入ってくれていた時期もあった。そのお兄ちゃんも、先に上京した。そうやって家にいるうちに、自分のことくらい自分でやるのが当たり前になっていった。

 

 少なくとも、私はそう思っていた。

 

 「じゃあ」

 

 かぐやの声で、意識が今へ戻った。

 

 「助けてもらうの、ダメなの?」

 「……ダメじゃないけど」

 「じゃあ、なんで?」

 

 言葉が止まった。

 

 何で。

 

 また同じところに戻ってくる。頼ってはいけないと言われたわけじゃない。お父さんは家賃を出すと言って、私はそれを受け入れている。それなのに、それ以外のことになると、最初から自分でどうにかする前提で考えていた。できるかどうか。間に合うかどうか。足りるかどうか。そればかり計算していた。

 

 「……分かんない」

 

 結局、出てきたのはそれだけだった。

 

 かぐやは何も言わない。藤原さんも、口を挟まなかった。

 

 分かんない。でも、今までの「分かんない」とは少しだけ違う気がした。頼っちゃ駄目だから頼らなかった、というより。最初から、頼るっていう選択肢を数えてなかっただけなのかもしれない。

 

 そう考えると、変な感じがした。だからって、明日から何をどうすればいいのかなんて、全然分からないけど。

 

 「……彩葉」

 「何?」

 「お腹空いた?」

 

 あまりにも急に話が変わって、瞬きをした。

 

 「今、その話?」

 「だって、考えても分かんないんでしょ?」

 「まあ……」

 「じゃあ、とりあえずご飯!」

 

 かぐやが勢いよく立ち上がる。目元はまだ少し赤い。

 

 「病人はご飯食べて、寝る! これ大事!」

 「急にそれっぽいこと言うじゃん」

 「かぐや、看病できるもん」

 「さっきまで映画基準で人の生死を心配してた人が?」

 「それとこれは別!」

 

 胸を張ったまま、かぐやはキッチンへ向かった。

 

 藤原さんは、かぐやに任せるつもりらしい。少し離れたところに座ったまま、時々こっちへ目を向けている。手伝いに立つ様子はない。

 

 部屋には、かぐやの配信道具があちこちに転がっていた。藤原さんの部屋に置いてあるものより、今じゃこっちの方が多いくらいだ。

 

 枕元に並んだぬいぐるみの一つを、私はしばらく見つめてから抱え込んだ。そのまま、もう一度枕へ頭を沈める。

 

 考え始めたら、またいくらでも考えられそうだった。学校のこと。バイトのこと。お金のこと。家のこと。でも今は、頭が全然ついてこない。

 

 だったら。

 

 今くらいは、かぐやの言う通りでいいのかもしれない。

 

 しばらくして、台所からいい匂いが流れてきた。

 

 「お待たせ!」

 

 かぐやが、お盆を慎重な足取りで運んでくる。

 

 「卵おじやと、ネギ味噌生姜! 熱いから、ふーふーして食べてね!」

 「……ちゃんと病人食だ」

 「なんでびっくりしてるの」

 「いや、もっと何か出てくるかと思って」

 「何かって何?」

 「謎の生命体とか」

 「それヤチヨの配信のやつじゃん!」

 

 そういえば、ついこの間そんな話を一緒に見ていた。

 

 笑おうとしたら頭に響いたので、やめた。

 

 身体を起こして、ゆっくり一口。

 

 熱い。でも、ちょうどいい。

 

 柔らかい卵とご飯がするりと入っていって、思っていたよりずっとお腹が空いていたことに気づいた。もう一口。今度はネギ味噌生姜も少し合わせる。

 

 「どう?」

 

 かぐやが、やたら期待した顔でこっちを見ている。

 

 私はもう一口食べてから答えた。

 

 「……チョーうまい」

 「どやぁ~」

 

 




【個人メモ:隣室における突発性看病事案の記録】

対象者:酒寄彩葉(発熱によりダウン)、かぐや(看病担当)

1. 事案概要:
彩葉さんの限界オーバーワークによる強制シャットダウン。最寄り駅から自室への搬送を実施。
2. 特記事項:
・かぐやの自律的タスク処理(バイト先への連絡)を確認。成長が著しい。
・彩葉さんより上京時の家庭事情が開示される。「一人で全部やるのが当たり前」という固定観念に、かぐやの「なんで?」が有効打となった模様。
・調理された『卵おじや』のクオリティが極めて高く、味覚テロ(謎の生命体)の発生は回避された。

追記:彩葉さんに「いても大丈夫」と言われた時は少し嬉しかった。でも、次は倒れる前に頼ってほしい。


かぐやの「どやぁ〜」が好き。皆様からの温かい応援(評価・ブクマ・感想)をお待ちしております!

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