【本編完結】転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
本当なら、今日は現実で集まる予定だった。
ただ、彩葉さんは体調を崩したばかりだ。わざわざ外へ出てもらう理由もないので、集合場所はツクヨミ上の真実さんの家に変わった。
月明かりの下、水面に沿うように建つ和風の家。縁側の外では真実さんが釣り糸を垂らし、浮きの向こうを魚影がゆっくり横切っていく。芦花さんは縁側のソファでくつろいでいて、かぐやはバスローブ姿のまま、その少し先の風呂で水をぱしゃぱしゃ跳ねさせていた。
僕は縁側と室内の境目あたりに立って、真実さんの浮きを眺めていた。三回沈みかけて、三回とも戻った。
そこへ、彩葉さんのアバターが現れた。
僕が振り向くより先に、かぐやが風呂の縁から身を乗り出していた。
「彩葉! もう大丈夫? まだしんどくない? ちゃんと寝た?」
「質問は一個ずつにして。……大丈夫、もうだいぶ平気」
「ほんとに? ほんとのほんと?」
「ほんと。だから今日はこっちにしてもらったんでしょ」
「……ならいいけど」
口ではそう言いながら、かぐやの目はまだ彩葉さんから離れない。僕も、近づきすぎない程度に一歩だけ寄った。
「体調はどう?」
「大丈夫です。ちゃんと寝ましたし、今日は無理しません」
「しんどくなったら、途中で抜けていいからね」
「分かってます。……イツキさんまでそれ言うんですか」
「病み上がりだから、一応ね」
彩葉さんは小さく息を吐いて、縁側を見回した。
「……ていうか、何でみんなそんなに自由なの」
「私、釣ってるだけだよ」
「それを自由って言ってんの」
「私なんて座ってるだけだし」
「そういう問題じゃないから」
いつもの調子が戻ったところで、縁側近くに浮かべていたモニターが明るくなった。
『みんなのために、わんわんお! ヤチヨカップの公式実況担当、忠犬オタ公です。今日も元気に、職務果たしちゃいまーす!』
『NEWS TSUKUYOMI』が始まった。今日の特集は、終盤を迎えたヤチヨカップの最新ランキングらしい。
『それではさっそく、現在のランキング! 第十位から発表していきまーす!』
「十位から?」
「上位だけってことでしょ」
彩葉さんの返事を聞くなり、かぐやは風呂の縁に両腕を乗せて、ツクヨミの公式サイトを開いた。指が何度か画面を滑って、止まる。
「四十一位!」
「おー、前より上がってるじゃん」
「でも、まだ上に四十人もいる! 一位取ってヤチヨとコラボするの! もっと上いーきーたーいー!」
「はいはい。やる気だけなら、もう一位だから」
モニターの中で、十位の名前が読み上げられる。かぐやは頬を膨らませたまま、湯の中で足をばたつかせた。
その時、芦花さんと目が合った。
さっきから、何度かこっちを見ていたのには気づいていた。
「イツキさん、ちょっと聞いていいです?」
「うん。何?」
口調は軽い。ただ、視線だけは外れない。
「この前、一緒にKASSENやったじゃないですか。あれからずっと、ちょっと気になってて」
「何が?」
「イツキさん、普通にかなり強いですよね。なのに、自分だけで勝とうとはしない。取れる敵をこっちに回してくるし、かぐやちゃんにも答えを全部言わないで、見るところだけ教えて、あとは本人にやらせる」
芦花さんは、話しながら指を一本ずつ折っていく。
「あと、戦況が変わった時。一回、全体を見るみたいな間がありますよね。その一拍だけ遅く見えるのに、次にはもう先のことやってる」
「そこまで見てたんだ」
「見ますよ。私もKASSENやるし。それに、ああいう手加減の仕方、なんか見覚えあるなって」
思っていたより細かい。
あの時は公開活動用とは違うアバターだったし、武器も大筒だった。それでも、判断の順番や、味方へ情報を渡すやり方は、いつもとそう変わっていなかった。
モニターの中で、順位が一つ上がる。
芦花さんが、四本目の指を折った。
「それと、声」
声だけなら、似ている人はいる。動き一つだけなら、偶然で片づけられる。でも、それが四つ重なれば話は変わる。
芦花さんが、少しだけ首を傾けた。
「イツキさんって、葛原イッキさんですよね?」
ここまで並べられて、別人だと言い張る理由はなかった。
「うん。僕が葛原イッキだよ」
一瞬だけ、モニターから流れる忠犬オタ公の声が妙にはっきり聞こえた。
「えっ!?」
「マジで?」
「やっぱり!」
彩葉さんはその場で固まり、真実さんは浮きを見ていた顔を勢いよく上げる。芦花さんだけは、驚くより先に小さく拳を握っていた。
かぐやが、風呂の中から身を乗り出した。
「じゃあ、この前ヤチヨとマカロン読んでたのもイツキ!?」
「そうだよ」
「だから声も返し方も似てたんじゃん! ぽかぽかしたのも!」
「同じ人だからね」
「そりゃ似るわ!」
かぐやはそれで完全に腑に落ちたらしく、満足そうに湯へ沈み直した。
「いや、ちょっと待ってください」
ようやく口を開いたのは彩葉さんだった。
「藤原さんが、あの葛原イッキだったんですか?」
「そう」
「普通にびっくりなんですけど。何で今まで何も言わなかったんですか」
「聞かれなかったから、かな」
「それで通すんですか?」
「今のところは」
「強いな、この人……」
額を押さえかけた彩葉さんの手が、途中で止まった。何かを思い出したように、視線が宙をさまよう。
「……じゃあ、この前の配信で、ヤチヨの」
そこまで言って、口を閉じた。
「ヤチヨの?」
「何でもないです。今はいいです」
何が引っかかったのかは分からない。ただ、彩葉さんは妙に悔しそうな顔をしていた。
真実さんも、釣り竿を握ったまま僕を見ていた。
「あのイッキさん? 大剣持ってビーム撃つ?」
「そのイッキで合ってるよ」
「めっちゃ大御所じゃん。敬語にした方がいいです?」
「そう言われると、急に距離を感じるなあ」
「じゃあやめる」
「切り替えが潔いね」
「だって今まで普通に話してたし」
そう言って、真実さんは本当にまた浮きへ視線を戻した。まだ浮きは沈まない。
芦花さんが小さく笑ってから、もう一度僕を見た。
「もう一個だけいいです?」
「どうぞ」
「イッキさんって、ツクヨミのことかなり詳しいですよね。イツキさんも、仕様とか運営の話になると、普通に遊んでる人より一段深いところまで知ってる感じがするし」
一拍置いて、芦花さんは言った。
「運営企業側の人だったりします?」
今度は、答える範囲を少しだけ考えた。聞かれたことに嘘をつく必要はない。けれど、聞かれていないところまで並べる必要もない。
「うん。ツクヨミの運営企業には関わってる。それは合ってるよ」
「やっぱり」
芦花さんは頷いた。役職まで聞いてくる様子はない。代わりに、少しだけ考える顔になる。
「それと、ヤチヨとあんなに長いのも……」
そこで止まった。僕は続きを待つ。
芦花さんは数秒黙ったあと、自分でひらひらと手を振った。
「……これは今いいや。そこまで聞く話じゃないですね」
「そう?」
「はい。聞きたいことは聞けたので」
モニターの中では、順位がまた一つ上がっていた。
真実さんが、僕と芦花さんを交互に見る。
「そういえば芦花、もうイツキさんって呼んでるよね」
「うん。この前、本人に聞いたから」
「ずるい。じゃあ私もイツキさんでいい?」
「もちろん」
「イツキさん」
「はい」
「……なんか、まだ舌に馴染まない」
「一回目だからね」
「十回くらい言えば慣れるか」
そのやり取りを聞いていたかぐやが、今度は彩葉さんへ顔を向けた。
「あれ? 芦花も真実もイツキさんなのに、彩葉って外だとまだ藤原さんだよね?」
「……そうだけど」
「彩葉もイツキでよくない?」
「いや、それは……」
彩葉さんが、妙なところで止まった。
「何?」
「何でもない」
「じゃあ言ってみて」
「何で練習させられんの?」
かぐやが、期待した顔でじっと待つ。僕まで見ていると余計言いにくいだろうから、身体はそのままに視線だけモニターへ逃がした。
「……イ」
「イ?」
「うるさい」
一度息を吐いてから、彩葉さんが言い直した。
「イツキ……さん」
「はい」
「言えたじゃん! ……って、さん付いてる!」
「付けるでしょ」
「なんで? かぐやはイツキだよ?」
「かぐやはかぐやでしょ」
「じゃあ彩葉も彩葉で、イツキって呼べばいいじゃん」
「何その理屈」
「イツキはいいよね?」
「僕? 好きに呼んでくれればいいけど」
「ほら!」
「本人がいいって言っても、私が急に呼び捨ては無理なの!」
言い切ってから、彩葉さんが僕の方を向いた。
「……現実でも、イツキさんでいいですか?」
「もちろん。前に芦花さんにもそう言ったし」
「じゃあ、そうします。イツキさん」
「うん」
「普通に返事しないでください」
「呼ばれたから」
「分かってますけど!」
「さん取ればいいのにー」
「まだ言ってんの?」
最後まで不満そうだったのは、かぐやだけだった。
呼び方が一つ変わっても、場の空気が急に変わるわけじゃない。真実さんはまた浮きへ目を戻し、芦花さんはソファの背へ身体を預ける。僕も縁側の方へ向き直ろうとして、かぐやがまだじっとこっちを見ているのに気づいた。
「あ、そうだ。イツキ」
「何?」
「今度、私とコラボしよ!」
「配信で?」
「そう! 偶に一緒に遊んでるじゃん。でも配信はまだ何もやってないもん。かぐや、配信でもイツキと一緒にやりたい!」
葛原イッキとして、かぐやの配信活動へ入る。それは、普通に楽しそうだった。
「いいよ。僕もやりたい」
「ほんと!?」
「うん。かぐやと一回、イッキとして普通に配信してみたい」
「やったー! 決まり! 何やる? 歌? ゲーム? 料理?」
「中身はこれから決めなさいよ」
「分かってるって!」
彩葉さんの声に返事だけは元気よく返して、かぐやはもう指を折って候補を数え始めていた。
会話の向こうで読み上げられていた順位は、気づけばずいぶん上まで来ていた。話がちょうど途切れたところで、忠犬オタ公の声が一段高くなる。
『そして――現在、第一位! ブラックオニキス!』
「帝様!」
真実さんの反応が、誰より先だった。
かぐやも湯の中で勢いよく立ち上がり、モニターへ身を乗り出す。
「くそー、帝出てこい! 勝負しろぉ!」
「お、いいね。言っちゃえ言っちゃえ、かぐやちゃん」
芦花さんがソファから楽しそうに煽る。
「でも帝様だって負けないよ~!」
「えー! なんで帝の応援するの!」
「だって私、帝様推しだもん。かぐやちゃんは二推し~!」
「えー!? かぐやだけにしてー!」
「それは無理。帝様は帝様だから」
「真実の裏切り者~!」
「いや、何の争いしてんの」
少し離れたところから、彩葉さんが冷静に返した。
「彩葉も何か言ってよ!」
「何かって言われても。相手はトッププロでしょ。こっちが勝負しろって騒いだところで、向こうが受けてくれるとは思えないんだけど」
かぐやの動きが止まった。
次の瞬間には、もう風呂の縁をまたいでいた。バスローブ姿のまま、彩葉さんの正面まで歩いていく。
「だってぇ! もうヤチヨカップ終わっちゃうよ? 迎えが来るかもしれないし~!」
「だからって、叫べば帝が出てくるわけじゃないでしょ」
彩葉さんはかぐやの勢いから逃げるように室内側へ移ると、吹き抜けのソファへ仰向けに転がった。
「来るなら早く迎えに来てくれ~。連れて帰ってくれ~」
「あー、意地悪ゆってる!」
かぐやもそのまま追いかけて室内へ入っていく。縁側から、芦花さんが首を傾げた。
「お迎えって、かぐやちゃんの家の人?」
「家出中なんだっけ? 築地から来たって言ってたよね」
真実さんも釣り場から振り返っている。彩葉さんはソファに寝転んだまま、片手だけ上げた。
「その話は今いいから」
「なんで?」
「いいから」
かぐやが何か言い返そうとして――小さな通知音が鳴った。
かぐやの目の前に、巻物の形をしたアイコンが浮かんでいる。
「なにこれ?」
彩葉さんへ詰め寄っていた身体が、くるりとそちらを向いた。かぐやが指で触れると、巻物がするすると開いていく。
差出人は、ブラックオニキスの帝アキラだった。
かぐやのファンが百万人に届いたことへの祝いの言葉。そのうえで、KASSENで「帝VSかぐやの竹取合戦」をしないかという申し出。かぐやが負けたら帝と結婚。帝が負けたら、何でもお願いを聞く。最後には、二人でツクヨミを盛り上げようと添えられていた。
誰も、すぐには声を出さなかった。
ついさっきまで本人のいないところで勝負しろと騒いでいたら、その本人から勝負の話が届いたのだ。
「帝様からだ……」
「ほんとに来たね」
「……嘘でしょ」
真実さん、芦花さん、彩葉さんの順だった。
かぐやは巻物を上から下まで、もう一度読み直した。それから、顔を上げる。
「やる!」
迷いはなかった。
「ちょっと待って。負けた時の条件も読んだ?」
「結婚でしょ?」
かぐやはそこだけ読み返して、首を傾げた。
「結婚って、そんなに大変なの?」
「そこから説明しなきゃいけないの?」
「でもそれ、本気で結婚しろって話じゃないと思うよ」
真実さんが、釣り竿を持ったまま巻物を覗き込む。
「勝負を盛り上げるために、わざと派手な条件つけてるんじゃない? 帝様、そういう見せ方する人だし」
「そうなの?」
「私はそう思う。帝様のファンとしては」
「どっちにしろ、負けなきゃいいじゃん!」
「理解したところ、そこなの?」
彩葉さんが額を押さえた。かぐやはもう先へ進んでいる。
「しかも勝ったら何でもお願い聞いてくれるんでしょ? じゃあ勝つ!」
「勝つ前提なんだ」
「勝負したかったんだから、やるに決まってるじゃん!」
そう言って、かぐやは自分で返信を書き始めた。誰かが口を挟む間もなく、受けると送ってしまう。
真実さんが、開いたままの巻物を見ながら身を乗り出した。
「でもさ、ブラックオニキスとの“合戦”なら、やっぱSENGOKUじゃない? いいなあ……帝様と同じ戦場とか、絶対楽しそう」
「SENGOKU?」
かぐやが真実さんを見て、それから、ぱっとこっちを向いた。
「あ。じゃあイツキもやろ!」
室内から、まっすぐ僕の方へ歩いてくる。
「僕も?」
「うん! SENGOKUなら一緒に戦えるじゃん。さっき配信でも一緒にやるって決めたし。ね、やろ! 一緒に出よ! イツキいたら絶対楽しいもん!」
かぐやは僕の袖をつかんで、軽く揺らした。
対戦の形式も、細かい条件も、まだ何も決まっていない。でも今聞かれているのは、そこじゃない。
かぐやと一緒にやりたいか。
それなら、考えるまでもなかった。
「うん。僕もやりたい。かぐやと一緒に出るよ」
「やったぁー!」
袖をつかんだまま跳ねたかぐやが、今度は勢いよく振り返った。
「彩葉も! 彩葉も一緒!」
ソファから身体を起こした彩葉さんが、露骨に嫌そうな顔をする。
「私も?」
「だって、いろPとかぐやでしょ! 彩葉いないと始まんない!」
「病み上がりの人間を合戦に誘う?」
「もう平気って言ったじゃん!」
「言ったけど」
彩葉さんは、しばらく天井を見ていた。それから、諦めたように息を吐く。
「……出るなら、ちゃんと準備してからね。勢いだけで突っ込んだら、相手がトッププロなんだから一瞬で終わるよ」
「出るってこと!?」
「出るってこと」
「やったー!」
かぐやが、今度は彩葉さんに飛びついた。
「無理はしないでね」
思わず口に出していた。彩葉さんがこっちを見る。
「分かってます。……イツキさん、今日それ二回目ですよ」
「大事なことだからね」
真実さんが釣り竿を持ったまま笑い、芦花さんもソファからこっちを眺めている。何も決まっていないうちから、話だけがどんどん先へ走っていく。この顔ぶれでは、たぶん今さらだった。
その後、必要な調整が進み、帝から届いた竹取合戦は、SENGOKUを使った三対三で行われることになった。
今度は、僕も同じ戦場に立つ。
【まみまみメモ】
・彩葉、顔色良くなってて一安心。水以外もちゃんと食べるんだよ。
・かぐやちゃん、相変わらず風呂でぱしゃぱしゃしてて自由。かわいい。
・芦花の観察眼がコナン君並み。イツキさん=葛原イッキさんを見破る。
・イッキさん、あんなに強いのに全然威張らないの推せる。でも帝様が一番推し。かぐやちゃんは二推し。譲れない。
・帝様から「負けたら結婚」の挑戦状。
※注:帝様は昔からこういう派手な魅せ方をする人です。本気で結婚迫るような人じゃないです(早口)。
・かぐやちゃん、結婚の意味をよく分かってないまま即受諾。そのままイツキさんをチームに引きずり込む。
・結果:帝様 vs イッキさん という、ツクヨミの歴史が動くレベルの頂上決戦が爆誕した。
・私、帝様と同じ戦場に立ちたかったけど、この怪物揃いの戦場に入ったら秒で消し炭にされるから客席でポップコーン食べて応援することにする。
読んでいただき、ありがとうございます。
今日も元気な悪童、イツキ参戦に大喜び。