二年目のホグワーツ生活は、盛大な拍手と共に始まった。
ただし、その拍手は新入生へ向けられたものでも、無事に学校へ戻ったハリーたちへ向けられたものでもない。
「皆さん!」
教職員席の前で、金色のローブを着た男が両腕を広げた。
磨き上げられた白い歯。
完璧に整えられた金髪。
自分が大広間にいる全員から注目されるのは当然だと信じて疑わない笑顔。
「今年度、闇の魔術に対する防衛術を担当することになりました、ギルデロイ・ロックハートです!」
女子生徒の一部と、何人かの保護者世代の教師から拍手が起きた。
男子生徒の多くは、教科書の値段を思い出した顔をしている。
ロンは、母親がロックハートの本をまとめ買いしたことを思い出したのか、机へ額をつけていた。
「二度あることは三度あると言いますが、三度どころではありません!」
ロックハートは続ける。
「『最も魅力的な笑顔賞』五年連続受賞! 闇の魔術防衛連盟名誉会員! そして皆さんもご存じの通り――」
「知りたくなかった」
ハリーが小声で言う。
「何が?」
隣のハーマイオニーが聞き返す。
「今年の教師」
「有名な方よ」
「知ってる」
「本もたくさん書いているわ」
「知ってる」
「実績も――」
「ほとんど他人のものだ」
ハーマイオニーが止まった。
「何ですって?」
「後で話す」
「また後で?」
「これは確証を取ってからの方がいい」
ロックハートの犯罪については、未来の記憶しか証拠がない。
彼は各地の魔法使いや魔女から冒険譚を聞き出し、本人へ忘却術を掛け、その功績を自分のものとして出版した。
被害者は複数。
忘却術だけは得意。
それ以外の魔法は、教師として論外。
本来なら即座に拘束して魔法省へ引き渡すべき犯罪者だ。
ただし、今すぐ排除すると代わりの教師が必要になる。
闇の魔術に対する防衛術の人材不足は深刻だった。
ヴォルデモートが教職へ呪いを掛けた可能性もある。
今年は秘密の部屋とバジリスクへの対処に、多数の署名や許可が必要になる。
禁書閲覧。
危険生物の記録。
過去の校内事故資料。
教師の署名があれば、図書館や学校設備へのアクセスが容易になる。
ロックハートは犯罪者である。
同時に、自分が優秀だと示せる機会には飛びつく。
顎で使うには、ちょうどいい。
「一年間だけは働いてもらうか」
ハリーは呟いた。
「何を?」
ロンが尋ねる。
「今年の方針」
「もう先生を使うつもりなのか?」
「使えるものは使う」
「お前、去年より怖くなってないか?」
「成長したんだ」
「悪い方向に?」
「必要な方向に」
教職員席を見る。
ダンブルドアは、穏やかな表情でロックハートの自己紹介を聞いている。
その隣でマクゴナガルは無表情。
スネイプは、露骨に嫌そうな顔をしていた。
ハリーはダンブルドアを睨む。
どうしてロックハートを雇った。
未来では、応募者がほとんどいなかったと聞いた。
それでも限度がある。
犯罪者を教師へ据えるくらいなら、スネイプに兼任させた方がましだった。
少なくとも魔法は使える。
性格と教育方法に問題があるだけだ。
「先生」
歓迎会が終わり、生徒たちが寮へ戻り始めたところで、ハリーはダンブルドアを呼び止めた。
「何かな、ハリー?」
「お聞きしたいことがあります」
「構わんよ」
「ロックハート教授を雇った理由は?」
ダンブルドアの目が僅かに動く。
「随分と早い質問じゃな」
「未来では一年間教わりました」
「では、彼がどのような教師なのかも?」
「はい」
「優秀ではなかった?」
「無能でした」
近くを歩いていたマクゴナガルが咳払いをした。
「ポッター。教師に対して使う言葉ではありません」
「では、著しく適性を欠いていました」
「言い換えればよいという問題でもありません」
ダンブルドアは髭の奥で僅かに笑った。
「今年、職を望んだ者は非常に少なかったのじゃ」
「少ないというより、他にいなかった?」
「候補者と呼べる者は、ほぼ彼だけじゃった」
「だから犯罪者を?」
ダンブルドアの笑みが消える。
「犯罪者?」
「他人の功績を盗んでいます。実際に事件を解決した魔法使いや魔女へ忘却術を掛け、自分の手柄として本を書いた」
マクゴナガルの表情が変わる。
「確かですか?」
「未来では本人が認めました」
「今の時間では、まだ証拠がないと?」
「そうです」
ダンブルドアは教職員席を見る。
ロックハートは、女子生徒たちへ囲まれながら署名をしている。
「誰が被害者か、分かるかの?」
「全員は覚えていません。本に書かれた事件の現場や、関係者を調べれば見つかる可能性があります」
「魔法省へ伝えるべきでは?」
マクゴナガルが言う。
「今すぐ逮捕されれば、今年の防衛術教師がいなくなります」
「だから、犯罪を見逃せと?」
「見逃すつもりはありません。一年間働かせた後、証拠を揃えて捕まえます」
マクゴナガルがハリーを見る。
「あなたは時々、恐ろしいことを当然のように言いますね」
「役に立たせてから裁くというだけです」
「司法取引のつもりかの?」
ダンブルドアが尋ねる。
「本人には伝えません。逃げますから」
「それは取引とは呼ばんの」
「では、労働による一時的な刑の前払いです」
「勝手に刑を決めないでください」
マクゴナガルの声が鋭くなる。
「それについては、法に任せます」
「本当に?」
「証拠が揃った後は」
ダンブルドアはしばらく考えた。
「彼の過去については、こちらでも調べよう」
「お願いします」
「しかし、教師として在籍している間は、教授として扱うこと」
「必要な範囲では」
「ハリー」
「表向きは敬意を払います」
マクゴナガルが額へ手を当てる。
「表向き、などと口にするものではありません」
「気をつけます」
ロックハートの最初の授業は、未来の記憶とほとんど同じだった。
小テスト。
内容は、教科書の魔法知識ではない。
ギルデロイ・ロックハートの好物。
好きな色。
秘密の野望。
理想の誕生日プレゼント。
ハリーは羊皮紙を見下ろした。
「全部空欄で出していいかな」
「教科書を読んでないの?」
ハーマイオニーが驚く。
「読んだ」
「なら、分かるでしょう」
「知識として頭へ残す価値がないと判断した」
「試験に出るなら、価値はあるわ」
「教師が変われば使えなくなる」
「今はロックハート先生が教師よ」
「一年だけだ」
ハーマイオニーは怪しむ顔をした。
未来の記憶について説明したことで、以前よりハリーの言葉を深読みするようになっている。
「何点取るつもり?」
「零点」
「駄目よ」
「どうして?」
「授業態度が悪いと思われるわ」
「思われても困らない」
「私は困る」
「なぜハーマイオニーが?」
「同じ班にされた時、成績へ影響するかもしれないでしょう」
論理が自分中心だった。
だが、間違ってはいない。
ハリーは仕方なく、覚えている範囲で回答した。
好きな色は薄紫。
理想の誕生日プレゼントは、魔法使いと非魔法族の調和。
あるいは、高級整髪料。
どちらだったか。
採点の結果、ハーマイオニーは満点。
ハリーは三十点中十一点。
「ハリー・ポッター君!」
ロックハートが明るい声で呼ぶ。
「私の本を、もう少し丁寧に読んだ方がいいようだね」
「事件の対処法については読みました」
「それで十分ではないかな?」
「先生の好物を知らなくても、闇の魔術には対処できます」
教室が静かになる。
ロックハートの笑顔が僅かに固まった。
「もちろんだとも。しかし、偉大な魔法使いの人柄を知ることは――」
「本人が偉大である証明にはなりません」
「ポッター」
隣のハーマイオニーが小声で止める。
ロックハートは一瞬、ハリーを睨んだ。
すぐに笑顔へ戻る。
「有名人同士、少し競争心があるのかな?」
「ありません」
「遠慮しなくていい。私も若い頃は――」
「授業を始めてください」
笑顔が再び固まる。
教室の後方で、ロンが机へ顔を伏せた。
笑いを堪えている。
「では、実践へ移ろう!」
ロックハートは勢いよく檻の布を取った。
中には、コーンウォールの小鬼。
青い身体。
鋭い歯。
騒がしく檻を揺らしている。
「恐ろしいだろう?」
恐ろしくはない。
面倒ではある。
「さて、私がこの危険な生物へどのように対処するか――」
ロックハートが檻を開ける。
小鬼たちが飛び出した。
一度目と同じ。
教室中を飛び回り、本や鞄を奪い、生徒の髪を引っ張る。
ネビルが天井から吊るされる。
ロックハートが杖を振る。
「ペスキピクシ・ペステルノミ!」
何も起きない。
知っていた。
ハリーはため息をつく。
「イモビラス」
杖を一度振る。
教室中の小鬼が停止した。
空中で固まり、次々と床へ落ちる。
ハーマイオニーがネビルを受け止める。
ハリーは小鬼たちを杖なしで檻へ戻し、扉を閉めた。
教室が静まり返る。
ロックハートは口を開けたままだった。
「今のは」
「停止呪文です」
「私も、ちょうど使おうとしていた」
「そうですか」
「生徒へ実践の機会を与えようと――」
「授業中に教師が管理できない危険生物を放つのは、教育ではありません」
ロックハートの頬が引きつる。
「ハリー・ポッター君。少し話をしようか」
「授業後でよければ」
「今すぐだ」
「他の生徒の授業時間を使いますか?」
ロックハートは周囲を見る。
生徒たちが、興味深そうに二人を見ている。
「授業後にしよう」
「賢明です」
ロンがついに吹き出した。
授業後。
ハリーはロックハートの執務室へ呼ばれた。
壁には、本人の肖像画。
机にも写真。
棚にも写真。
どこを見ても、ギルデロイ・ロックハートが笑っている。
「座りたまえ」
ロックハートは机の向こうへ腰を下ろした。
「君は有名人として、もう少し振る舞い方を学ぶべきだ」
「誰から?」
「もちろん私からだ」
「必要ありません」
「君はまだ若い」
「そう見えますね」
「注目を浴びることに慣れていないのだろう。だから、私へ対抗心を――」
「ありません」
「否定する必要はない」
「先生」
ハリーはロックハートを見る。
「二人きりです。演技は必要ありません」
ロックハートの笑顔が消えた。
一瞬だった。
すぐに戻る。
「何のことかな?」
「コーンウォールの小鬼一匹も制御できない人が、本に書かれた事件を解決できたとは思えません」
「今日は、たまたま杖の調子が」
「授業前に確認していました。問題ありません」
「君に何が分かる」
「忘却術だけは得意でしょう?」
完全に笑顔が消えた。
ロックハートの右手が、机の下へ動く。
杖を取ろうとしている。
ハリーは先に杖なしで引き寄せた。
ロックハートの杖が、袖から飛び出す。
ハリーの手へ収まる。
「返したまえ!」
「僕に忘却術を使うつもりでしたか?」
「違う! ただ、教師へ対する態度を――」
「記憶を消すことで?」
「誤解だ!」
「では、魔法省へ確認しましょう」
ロックハートの顔色が変わる。
「待ちたまえ」
「何を?」
「話し合おう」
「最初からそのつもりです」
ハリーはロックハートの杖を机へ置いた。
ただし、本人からは届かない位置。
「あなたの犯罪について、現時点では証拠が足りません」
「犯罪など」
「今すぐ魔法省へ引き渡すことはできない」
ロックハートが黙る。
「ですが、僕はあなたが何をしたか知っています」
「どうして」
口から漏れた。
否定より先に、疑問が出た。
「認めるんですね」
「認めていない!」
「どちらでも構いません」
ハリーは椅子へ座り直す。
「今年一年、教師として働いてください」
「私はそのためにここへ」
「授業をする必要はありません」
「何?」
「実技はスネイプ先生かフリットウィック先生に任せます。あなたは書類へ署名してください」
「書類?」
「禁書閲覧許可。危険魔法生物に関する記録の閲覧。学校設備の使用許可。必要な時には、教師として責任者の名前も貸してもらいます」
「なぜ私が」
「断れば、あなたの本に書かれた事件を一つずつ調べます」
「脅迫か?」
「犯罪捜査への協力要請です」
「私は教授だぞ!」
「今のところは」
ロックハートの顔が赤くなる。
「君は生徒だ!」
「それが?」
「立場を分からせる必要があるようだ」
机の上にある予備の杖へ手を伸ばす。
複数持っていたらしい。
ハリーは止めなかった。
ロックハートが杖を構える。
「エクスペリアームス!」
赤い光。
ハリーは首を僅かに傾ける。
呪文が横を通り過ぎ、壁の肖像画へ当たった。
写真のロックハートが悲鳴を上げる。
「今のは警告だ!」
「当たっていません」
「わざとだ!」
「では、もう一度どうぞ」
ロックハートが次の呪文を撃つ。
ハリーは盾を使わない。
身体をずらして避ける。
机。
椅子。
壁。
呪文は一発も当たらない。
ロックハートの呼吸が荒くなる。
「止まれ!」
「先生が始めたんですよ」
「生徒が教師へ逆らうな!」
「では、教師らしいところを見せてください」
ロックハートが歯を食いしばる。
「オブリビエイト!」
忘却術。
本気だった。
ハリーは杖を振る。
「プロテゴ」
呪文が反射する。
ロックハートの頭上をかすめ、天井へ当たった。
顔から血の気が引く。
自分が最も得意とする呪文を、軽く弾かれた。
「今の呪文を生徒へ使った事実だけでも、教師を辞めるには十分です」
「誰も信じない」
「部屋には記録魔法があります」
嘘だった。
ロックハートが天井を見る。
「どこに?」
「教えると思いますか?」
完全に信じたらしい。
自分が他人を欺く人間は、他人も同じことをすると考える。
「望みは何だ」
声が低くなった。
ようやく、虚飾を捨てた。
「今年一年、僕の指示に従うこと」
「生徒の指示に?」
「嫌なら魔法省へ」
「内容による」
「法律に反することは頼みません」
「危険なことは?」
「あります」
「断る」
「名前だけ貸してください。実際の危険には近づかなくて結構です」
「私の評判に傷がつく」
「成功すれば、先生の功績にしても構いません」
ロックハートの目が動いた。
「何をするつもりだ?」
「秘密の部屋を開けます」
沈黙。
「秘密の部屋?」
「ホグワーツにある、サラザール・スリザリンの部屋です」
「伝説だろう」
「実在します」
「中には?」
「バジリスク」
ロックハートの顔が引きつる。
「私は行かないぞ」
「来なくて結構です」
「だが、成功すれば」
「教授の指導のもと、適切な専門家を招いて解決したと発表できます」
「私が計画を?」
「そういうことにしても構いません」
ロックハートは考え始めた。
危険には近づかない。
成功すれば功績。
失敗した場合は、ハリーたちの独断と主張するつもりだろう。
「書類への署名だけだな?」
「必要に応じて、記者の前で話してもらうこともあります」
「記者?」
「先生の得意分野でしょう」
ロックハートの表情が少し明るくなる。
「もちろんだ。世間へ正確な情報を伝えることも、英雄の役目だからね」
もう英雄へ戻った。
「では、交渉成立です」
「君の指示に従うわけではない」
「教授と生徒が協力する」
「そうだ」
「表向きは」
「それを口にするな」
ロックハートは、自分の杖を取り戻した。
「一つだけ確認する」
「何です?」
「もし私の過去を調べれば」
「証拠が見つかれば、年度末に魔法省へ提出します」
「約束が違う!」
「今年一年働かせた後に捕まえると言いました」
「聞いていない!」
「先生には言っていませんでしたね」
「詐欺だ!」
「人の功績を盗んだ方が言いますか?」
ロックハートは椅子へ崩れ落ちた。
「一年だけは見逃してくれ」
「被害者がいる以上、僕が決めることではありません」
「なら、なぜ今すぐ通報しない」
「役に立つからです」
「君は本当に十二歳か?」
「よく聞かれます」
後日。
ロックハートの提案という形で、決闘クラブが開催されることになった。
未来と同じイベント。
ただし、今回は目的が少し違う。
生徒へ防衛魔法を教える。
ロックハートへ立場を理解させる。
そして、ハリーがパーセルマウスであることを、秘密の部屋攻略前に教師陣へ正式に共有する。
大広間に決闘用の舞台が設置された。
ロックハートは紫色のローブ。
スネイプは黒。
二人が舞台へ上がる。
「皆さん!」
ロックハートが腕を広げる。
「私は、ダンブルドア校長の許可を得て、皆さんへ決闘術を――」
「手短にしろ」
スネイプが冷たく言う。
「もちろんだとも、セブルス」
「私を名前で呼ぶな」
実演。
礼。
杖を構える。
ロックハートが笑顔を見せた。
「お手柔らかに」
「エクスペリアームス」
スネイプの呪文が直撃する。
ロックハートは舞台の端まで吹き飛び、床へ落ちた。
未来と同じ。
違うのは、ハリーが同情しなかったことだ。
「今のは、私があえて」
「次は生徒同士だ」
スネイプが話を進める。
ハリーとドラコが指名された。
「またお前か」
ドラコが舞台へ上がる。
「僕も同じことを思った」
「今度は杖なし魔法を使うなよ」
「必要がなければ」
「普通に戦え」
「分かった」
礼。
背を向ける。
三歩。
振り返る。
「始め!」
ロックハートが叫ぶ。
「エクスペリアームス!」
ドラコが先に撃つ。
ハリーは盾で弾く。
「リクタスセンプラ!」
くすぐりの呪文。
ドラコが横へ避ける。
以前より動きがいい。
夏休みに練習したらしい。
「セルペンソーティア!」
杖先から黒い蛇が現れる。
舞台へ落ち、身体を起こす。
生徒たちが後退した。
スネイプが杖を上げる。
「私が――」
「待ってください」
ハリーは蛇へ向き直る。
蛇が牙を見せる。
『動くな』
ハリーが蛇語で言う。
蛇の動きが止まる。
大広間が静まり返った。
『誰も噛むな。舞台の端へ行け』
蛇は命令に従い、身体を滑らせる。
生徒たちの顔に恐怖が浮かぶ。
ロンとハーマイオニーだけは、事前に聞いているため動じていない。
教師陣も同じ。
ロックハートだけが、何が起きているか理解できていなかった。
「素晴らしい!」
突然拍手を始める。
「私の指導によって、ハリーは蛇を威圧し――」
「今の言葉が分かったのですか?」
「もちろんだとも」
「何と言いました?」
ロックハートの拍手が止まる。
「蛇へ、下がれと」
「半分だけ正解です」
「君の発音が少し曖昧だったからね」
蛇語に発音の採点を始めた。
「ハリーはパーセルマウスです」
ハーマイオニーが言う。
周囲がざわつく。
「蛇と話すことができるの」
「闇の魔法使いの力じゃないか」
誰かが言う。
ハリーは大広間を見回した。
「能力そのものに善悪はない」
声を少し大きくする。
「蛇語で命令すれば、蛇を止めることもできる。今見た通りだ」
「でも、スリザリンの力だろ」
「サラザール・スリザリンも使えた。それだけだ」
ハリーは蛇へ再び話しかける。
『消えるまで動くな』
スネイプが蛇を消した。
生徒たちのざわめきは収まらない。
未来では、この瞬間からハリーがスリザリンの後継者だと疑われた。
今回は秘密の部屋が開かれていない。
襲撃もない。
そして、ハリー自身が能力を隠さず、制御して見せた。
疑念は残っても、恐怖だけでは終わらない。
「授業を続けます」
ハリーが言った。
ロックハートが眉をひそめる。
「進行は私の役目だよ」
「では、続きを」
「もちろんだとも」
完全に調子を崩している。
決闘クラブが終わった後。
ロックハートはハリーを廊下へ呼び止めた。
「事前に聞いていなかったぞ」
「何を?」
「君が蛇語を話すことだ」
「聞かれませんでした」
「秘密の部屋を開くという話と関係があるのか?」
「入口が蛇語で開きます」
ロックハートの顔が輝く。
「つまり、私の指導によって君が扉を?」
「違います」
「世間には、分かりやすい物語が必要だ」
「嘘は駄目です」
「多少の演出だよ」
「犯罪歴を増やしたいですか?」
「君は脅し方が単調だな」
「効果があるので」
ロックハートは周囲を確認し、声を潜める。
「本当にバジリスクがいるのか?」
「います」
「君が倒す?」
「専門家へ任せます」
「専門家?」
「魔法省へ連絡します」
ロックハートの顔から笑みが消えた。
「魔法省を学校へ入れるのか?」
「危険生物管理部門です」
「私の功績が薄くなる」
「安全が優先です」
「私が倒したことにできないか?」
「実際に倒すなら」
「それは危険だ」
「では諦めてください」
ロックハートは悔しそうな顔をした。
ハリーは彼の横を通り過ぎる。
上下関係は、理解しただろう。
少なくとも、ハリーへ忘却術を使えばどうなるかは学んだ。
決闘クラブでぼこぼこにするつもりだった。
実際に吹き飛ばしたのはスネイプだ。
だが、恐怖を植えつけるには十分だった。
「今年だけは、役に立ってもらう」
ハリーは呟く。
禁書閲覧の署名。
危険区域への立入許可。
記者会見の盾。
戦闘以外なら、使い道はある。
ロックハートは無能だ。
しかし、無能にも適材適所というものがあった。