禁じられた森の調査日は、ハグリッドがホグワーツを離れる日に設定された。
偶然ではない。
完全な意図によるものだった。
「本当に、本人へ知らせなくてよいのでしょうか」
マクゴナガルは最後まで反対した。
「学校の森に危険な魔法生物がいるのです。森番であるハグリッドには、知る権利があります」
「知ればアラゴグへ知らせます」
ハリーが答える。
「まだ決まったわけではありません」
「未来では、アラゴグを守るためなら規則を無視しています」
「それは未来の話です」
「今のハグリッドも、フラッフィーを学校へ持ち込み、ドラゴンの卵を育てようとしました」
「ドラゴンについては、まだ起きていないでしょう」
「僕が事前に止めたからです」
一年目。
ハグリッドが酒場で、見知らぬ男からドラゴンの卵を受け取る未来。
今回は、ハリーが先に相手の正体を知っていた。
クィレルが変装して接触する前に、ダンブルドアへ報告した。
そのため、ノーバートがホグワーツで孵化する事件は起きていない。
「ハグリッドは善良です」
ハリーは続ける。
「でも、魔法生物が関わると判断が甘くなる」
「本人のいない間に、友人を連れ去るのは裏切りです」
「調査です。連れ去るとは決まっていません」
「言葉の問題ではありません」
マクゴナガルは厳しい。
言っていることも正しい。
ハリー自身、後ろめたさがないわけではない。
ハグリッドは友人だ。
前世で、ハリーを何度も助けてくれた。
魔法界へ連れ出してくれた。
両親の写真を集めてくれた。
自分が危険だと分かっていても、最後まで味方だった。
そのハグリッドが大切にしているアラゴグを、本人がいない間に調査する。
裏切りに近い。
「では、事前に話して、アラゴグを逃がされたら?」
ハリーが尋ねる。
「ハグリッドを監視します」
「教師が?」
「必要なら」
「森の中には、何百匹いるか分からないアクロマンチュラがいます。警告されれば、さらに奥へ移動する」
「だからといって」
「未来では、僕とロンを食べようとしました」
マクゴナガルの言葉が止まる。
「アラゴグ自身は、ハグリッドとの約束で僕らを食べませんでした。ですが、子供たちへは止めませんでした」
「どのように逃げたのです?」
「空飛ぶ車に助けられました」
「車?」
「ロンの父親が改造した車です」
マクゴナガルは額を押さえた。
「その話は、今は聞かなかったことにします」
「賢明です」
「ともかく」
ハリーは話を戻す。
「アクロマンチュラは高い知性を持つ。しかし、人間を餌と考える。学校の敷地に群れで置いてよい存在ではありません」
「ハグリッドには、調査終了後すぐに説明します」
ダンブルドアが言った。
「責任はワシが負う」
「校長一人の責任ではありません」
マクゴナガルが返す。
「私も副校長です。計画を認めるなら、同じ責任を負います」
「僕も情報提供者として責任を負います」
ハリーが言う。
「あなたは生徒です」
「未来では管理職でした」
「今は生徒です」
「便利な時だけ十二歳扱いするのはやめてください」
「あなたが危険なことをする時は、常に十二歳として扱います」
理不尽に見えるが、反論しづらい。
結局、ハグリッドには詳しい内容を告げず、ダンブルドアの用事でロンドンへ向かってもらうことになった。
表向きの目的は、今年度に必要な魔法生物飼育用品の買い付け。
嘘ではない。
ただ、日付を意図的に合わせただけだ。
「ハグリッドなら、買い物に三日は掛かります」
ロンが言った。
「何で?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「店の動物を全部見て回るから」
「調査には十分だな」
ハリーが言う。
「何か悪い顔してるぞ」
「必要な仕事をしているだけだ」
「そういう顔が一番怖いんだよ」
調査当日。
夜明け前から、魔法省の役人たちがホグワーツへ到着した。
バジリスクの時よりも人数が多い。
危険生物処理委員会。
魔法生物規制管理部。
魔法法執行部。
森と土地の結界を扱う魔法使い。
毒への治療師。
大型運搬設備の担当者。
総勢三十人を超えている。
「多すぎないか?」
ロンが窓から見下ろす。
「群れですから」
ハーマイオニーが答える。
「バジリスクは一頭だったけど、アクロマンチュラは数が分からないもの」
「未来では、何匹いた?」
「数える余裕はなかった」
ハリーが言う。
「視界を埋めるくらい」
「それ、本当に森に置いていいのか?」
「よくないから今日調べる」
今回はハリーたち生徒は森へ入らない。
入口付近に設置された指揮所で待機。
ハリーは未来の記憶と、足跡の地図を使って調査隊を案内する。
地図はホグワーツの敷地全体を表示する。
アクロマンチュラは人間ではないため名前は出ない。
だが、森の地形と調査隊員の位置は把握できる。
「巣は森の北西部です」
ハリーは大きく広げた地図を指す。
「谷のように低くなった場所。木々に大量の糸が掛かっている」
「距離は?」
責任者のグリゼルダ・トラヴァースが尋ねる。
「徒歩で一時間ほど。道を外れれば、さらに掛かります」
「目印は?」
「途中から、小動物の気配が消える。地面に白い糸。木の幹に大きな爪痕」
「襲撃は、巣の手前から始まる?」
「未来では、巣へ入ってからでした」
「未来?」
「以前読んだ記録では」
言い直す。
トラヴァースが怪しそうに見る。
アメリアには未来の知識を隠している。
すでに疑われてはいるが、積極的に話す段階ではない。
「アラゴグという老いた個体が中心です」
「大きさは?」
「象ほど」
「蜘蛛が?」
「はい」
何人かの役人が顔を引きつらせる。
「子供は?」
「数百匹の可能性があります」
「数百?」
「もっと多いかもしれません」
沈黙。
「ハグリッドは、これを一頭から増やしたのか?」
アメリアが尋ねる。
「アラゴグに妻を見つけたのは、ハグリッドです」
「繁殖させた?」
「本人は家族を作らせたつもりでしょう」
「学校の敷地で?」
「はい」
アメリアがダンブルドアを見る。
「校長は知っていたのか?」
「アラゴグが森におることは知っておった」
「群れの規模は?」
「ここまでとは」
「知らなかった?」
「正確な数はの」
「森の管理はどうなっている?」
アメリアの声が冷たくなる。
ダンブルドアが答えに詰まる。
ハリーは内心で頷いた。
外部の目を入れる意味は、ここにもある。
ホグワーツでは、長年存在する危険が日常へ埋もれている。
禁じられた森だから危険で当然。
生徒は入らないから問題ない。
その考えで放置されてきた。
だが、生徒は罰則で森へ入れられる。
ハグリッドも出入りする。
ケンタウロスもいる。
他の魔法生物も生息している。
アクロマンチュラの群れが増え続ければ、いずれ森の外へ出る。
「調査後、学校の管理責任についても報告書を提出してもらう」
アメリアが言う。
「分かった」
ダンブルドアは素直に頷いた。
「嫌そうですね」
ハリーが小声で言う。
「書類は苦手での」
「僕もです」
「ならば同情してくれんか?」
「管理職の責任です」
「未来の君も、部下へ同じことを言われたのでは?」
「言われました」
「どう答えた?」
「書きました」
「耳が痛いの」
調査隊が森へ入る。
先頭には、結界術師。
周囲へ蜘蛛避けの魔法を展開する。
次に、危険生物の専門家。
その後ろに、捕獲班。
最後尾は魔法法執行部。
役割分担は明確だった。
指揮所では、水晶を通して映像が送られる。
森の中は暗い。
日の出後でも、木々が光を遮っている。
地面には落ち葉。
獣の足跡。
時折、何かが木々の間を走る。
「今のは?」
ロンが水晶を覗く。
「普通の鹿でしょう」
ハーマイオニーが言う。
「角が三本あったぞ」
「普通ではないわね」
「禁じられた森ですから」
ハリーが答える。
「それで納得していいのか?」
「よくない」
森には、未確認の魔法生物が多すぎる。
アクロマンチュラが片づいても、安全な森になるとは思えない。
それでも、大きな危険を一つ減らせる。
調査開始から四十分。
先頭の術師が止まった。
「糸だ」
水晶の中。
木々の間に、白い糸が張られている。
一本ではない。
幾重にも重なり、森の奥へ続く。
「巣が近いです」
ハリーが言う。
トラヴァースが通信具を握る。
「全員、目隠しは不要。毒への防護を確認。捕獲用の網を展開」
バジリスクと違い、見ただけで死ぬことはない。
ただし、牙には強い毒がある。
身体も大きい。
複数に囲まれれば危険だ。
役人たちが魔法の網を空中へ広げる。
蜘蛛が接近すれば、自動で捕らえる仕組み。
さらに、地面へ振動を抑える魔法を掛ける。
蜘蛛は足元の振動で獲物を捉える。
静かに進む。
水晶の映像が、谷へ出た。
白い糸。
巨大な巣。
骨。
鹿。
鳥。
何か人型に近い骨も混じっている。
「人骨か?」
アメリアが顔を近づける。
「確認班を出します」
トラヴァースが答える。
その時。
巣の奥から音がした。
無数の脚が、地面を叩く。
暗闇の中で、複数の目が光る。
一匹。
二匹。
十匹。
数十匹。
巨大な蜘蛛が、木々の間から現れる。
「想定以上だ!」
「網を作動!」
魔法の網が落ちる。
先頭の蜘蛛たちを包む。
暴れる脚。
牙。
糸。
役人たちが一斉に拘束呪文を撃つ。
蜘蛛の糸が飛ぶ。
盾で弾く。
一本の木が、根元から倒れる。
「右から回り込んでいます!」
ハリーは地図を見る。
調査隊の点が、左右から狭められている。
アクロマンチュラの名前は出ない。
だが、隊員の動きから包囲を推測できる。
「第三区画を下がらせてください。右側が薄い」
トラヴァースが即座に指示を出す。
「第三班、十メートル後退。東側へ火の壁!」
青い炎が木々の間へ走る。
森を焼かないよう、温度と範囲を調整した魔法。
蜘蛛たちが止まる。
火を恐れている。
「効いてる」
ロンが言う。
「でも数が多い」
ハーマイオニーの声も硬い。
さらに奥。
巨大な影が動く。
他の蜘蛛より、はるかに大きい。
老いた身体。
白く濁った目。
一本一本の脚が、木の幹ほど太い。
アラゴグ。
「人間ども」
低い声が、水晶越しに響く。
「ここは我らの森だ」
「魔法省、危険生物処理委員会だ」
トラヴァースが通信魔法を通じて答える。
「アラゴグ。お前たちの生息状況と、周辺への危険性を調査する」
「去れ」
「人間を襲った記録がある」
「ここへ入る者は、我らの餌だ」
明確だった。
ハグリッドとの友情があるからといって、人間全体へ友好的ではない。
「ホグワーツの生徒も?」
「森へ入れば同じだ」
指揮所の空気が冷える。
マクゴナガルの顔から血の気が引いた。
学校では、罰則として生徒を禁じられた森へ連れていくことがある。
未来のハリーも、一年生で入った。
「ハグリッドの友人であっても?」
トラヴァースが問う。
「ハグリッドは友だ。あれの仲間を、我は食わぬ」
「子供たちは?」
「飢えた者を止める理由はない」
ハリーは目を閉じた。
未来と同じ。
アラゴグ自身は食べない。
だが、子供たちへハリーとロンを差し出した。
それが彼の倫理だった。
「交渉の余地は?」
アメリアが尋ねる。
「学校の敷地から移動するなら、保護区を用意する」
「ここは我らの巣だ」
「周辺の生態系を破壊し、人間を餌と認識する群れを、学校の近くへ置くことはできない」
「ならば、食らう」
アラゴグが脚を上げる。
同時に、群れ全体が動いた。
「戦闘開始!」
役人たちが一斉に杖を振る。
今度は警告ではない。
拘束。
昏倒。
切断。
火。
防壁。
数十人の専門家が、組織的に動く。
前衛が盾を張る。
後衛が眠り薬を撃ち込む。
結界術師が包囲を防ぐ。
捕獲班が動けなくなった個体を箱へ収める。
治療師は負傷者を即座に後方へ送る。
「すごい」
ロンが呟く。
「ああ」
ハリーも認める。
闇払い局でも、大規模な魔法生物討伐では同じように動いた。
一人の英雄が怪物を倒すのではない。
訓練された者たちが役割を分担し、安全に処理する。
アクロマンチュラは強い。
数も多い。
だが、魔法省側には準備がある。
未来のハリーとロンのように、情報なしで巣の中央へ入ったわけではない。
蜘蛛が次々と拘束される。
一部は火の壁を越えようとし、脚を焼かれる。
大型個体が突進する。
十人掛かりの盾で止める。
眠り薬。
拘束鎖。
箱。
作業のように処理されていく。
ただし、完全に順調ではない。
「第七班が分断された!」
地図上。
六人の点が、本隊から離れている。
蜘蛛の群れが間へ入ったのだろう。
「転送で回収を」
「森の結界が乱れて使えない!」
「西へ三十メートル。倒れた大木の裏に空間があります!」
ハリーが地図を指す。
トラヴァースが通信する。
「第七班、西へ! 三十メートル先の倒木を盾にしろ!」
六人が移動。
本隊から援護の呪文が飛ぶ。
包囲を突破。
合流する。
「役に立つ地図だ」
アメリアが言う。
「学校の中だけですが」
「作った者は?」
「父と、その友人たちです」
「登録されている魔法道具か?」
「聞かなかったことにしてください」
「できんな」
「今は蜘蛛が先です」
「後で話を聞く」
余計な問題が増えた。
戦闘は一時間以上続いた。
徐々に蜘蛛の数が減る。
多くは捕獲。
一部は逃走。
攻撃を止めず、役人へ重大な危険を与えた個体は処分された。
巣の奥。
アラゴグは、複数の拘束鎖で地面へ固定されている。
老いた身体で、なお暴れていた。
「離せ!」
「学校の敷地から移送する」
「ハグリッドが許さぬ!」
「ハグリッドに、この土地の所有権はない」
アメリアが冷たく答える。
「移送先は、ルーマニアの危険魔法生物保護区だ」
「我らはここに生きる!」
「人間を食べず、群れを管理できるなら交渉の余地はあった」
「人間は餌だ!」
「ならば学校の近くには置けない」
議論は終わっている。
アラゴグと捕獲された個体は、順次運搬箱へ収められる。
すべてを捕まえることはできなかった。
小型個体や、森の奥へ逃げたものもいる。
今後も捜索が必要。
それでも、巣の中心は解体された。
繁殖の大部分を止められる。
「人骨が見つかりました」
調査班から報告。
合計三体。
一体は、数十年前に行方不明になった密猟者の可能性。
残り二体は不明。
ハグリッドが知らない間に、人間が食われていた。
マクゴナガルは何も言わなかった。
ダンブルドアも、目を閉じている。
「これで」
ロンが言う。
「普通の森に近づいた?」
「少しは」
ハリーが答える。
「まだケンタウロスや、三本角の鹿や、正体不明の何かがいるけど」
「普通には遠いわね」
ハーマイオニーが言う。
「そもそも禁じられた森だもの」
「名前を変えた方がいいんじゃないか?」
「安全確認済みの区域と、立入禁止区域を分けるべきだな」
ハリーは真面目に考える。
森全体を危険として放置するのではなく、調査。
区域分け。
生態把握。
定期巡回。
管理の基本だ。
「校長先生」
ハリーが呼ぶ。
「何かな?」
「今後、罰則で生徒を森へ入れるのは禁止してください」
ダンブルドアの目が泳いだ。
「入れていたのですか?」
アメリアが聞き返す。
マクゴナガルがダンブルドアを見る。
「アルバス?」
「森番の同行がある場合に限り」
「一年生も?」
「状況によっては」
アメリアの顔が険しくなる。
「人を餌と認識する蜘蛛の群れがいる森へ、罰則として未成年者を?」
「危険な区域へは近づけておらん」
「巣の規模すら把握していなかったのに?」
ダンブルドアが黙る。
ハリーは少しだけ満足した。
自分が何度言っても、校長は「状況による」と返す。
魔法法執行部長から正式に指摘されれば、無視できない。
「学校の安全管理について、後日査察を行う」
アメリアが宣言した。
「禁じられた森だけではない。危険生物、立入禁止区画、生徒への罰則内容も確認する」
「そこまで必要かの?」
「必要だ」
「魔法省による学校への過度な介入は」
「生徒を怪物のいる森へ送る学校が言えることではない」
完全に正論だった。
ハリーはダンブルドアを見る。
「外部の専門家を入れて正解でしたね」
「君は少し楽しんでおらんか?」
「生徒の安全が改善されることを喜んでいます」
「本当に?」
「少しだけ、先生が怒られていることも」
「正直じゃな」
調査隊が帰還する頃には、日が傾いていた。
負傷者は七名。
重傷者はいない。
捕獲されたアクロマンチュラは百三十二匹。
処分された個体は二十一匹。
逃走した数は不明。
アラゴグと、その妻モサグは生存したまま移送。
巣は焼却。
卵は魔法省が回収し、孵化させない方針となった。
「卵まで?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「孵化させれば、また増えます」
トラヴァースが答える。
「研究用に一部を保存し、残りは処理する」
「殺すの?」
「まだ意思も痛覚も発達していない段階だ」
ハーマイオニーは複雑そうな顔をした。
命をどこまで守るか。
危険な種の繁殖をどこまで認めるか。
簡単な答えはない。
すべてを生かせば、他の生物が食われる。
すべてを殺せば、知性ある種を滅ぼすことになる。
今回は、完全な駆除ではなく移送。
逃げた個体もいる。
種として消えるわけではない。
「これが一番ましだと思う」
ハリーが言う。
「正しい、ではなく?」
「全員が納得する正解はない」
ハーマイオニーはしばらく考え、頷いた。
問題は、ハグリッドへどう説明するかだった。
二日後。
大量の餌と、新しい動物用の道具を抱えて戻ってきたハグリッドは、森の異変へすぐに気づいた。
巣へ続く道。
焼けた糸。
魔法省の封印。
アラゴグの気配がない。
ハグリッドの怒鳴り声が、校庭まで響いた。
「誰がやった!」
ハリーたちは、ハグリッドの小屋の前に集まった。
ダンブルドア。
マクゴナガル。
ハリー。
ロン。
ハーマイオニー。
「ワシが許可した」
ダンブルドアが答える。
「アラゴグと、その家族を魔法省の保護区へ移送した」
「何でだ!」
ハグリッドの顔は真っ赤だった。
「アラゴグは誰も傷つけねえ!」
「人骨が三体見つかりました」
ハリーが言う。
ハグリッドが止まる。
「何?」
「巣の中に、人間の骨がありました」
「そりゃ、森に勝手に入った奴らだろ!」
「だから食べていい?」
「アラゴグは、俺の友達は食わねえ!」
「子供たちは食べます」
「そんなこと」
「本人が言いました」
ハグリッドがハリーを見る。
「お前、アラゴグと話したのか?」
「魔法省の調査記録を聞きました」
「俺が帰るまで待てなかったのか?」
「待てば、ハグリッドは警告したでしょう」
「当たり前だ!」
「だから待ちませんでした」
ハグリッドの顔に、裏切られたという感情が浮かぶ。
胸が痛む。
それでも、謝るだけで判断を撤回することはできない。
「ハグリッド」
ハリーは真っ直ぐ彼を見る。
「僕は、あなたを信じています」
「なら何で!」
「魔法生物に関する判断は信じていません」
はっきりと言う。
曖昧にすれば、また同じことが起きる。
「フラッフィーを学校へ連れてきた。ドラゴンを育てようとした。人を食べるアクロマンチュラを繁殖させた」
「アラゴグは、俺を傷つけたことなんかねえ!」
「あなた以外は?」
「それは」
「学校には生徒がいます」
ハグリッドは拳を握る。
大きな手。
怒れば、ハリー一人くらい簡単に持ち上げられる。
それでも、ハリーは退かない。
「もし僕とロンが森へ入ったら、子供たちは僕らを食べます」
「俺が一緒なら」
「罰則の生徒へ、常に付き添えますか?」
「できる!」
「蜘蛛が何百匹いるかも知らなかったのに?」
ハグリッドが言葉を失う。
「アラゴグは殺されていません」
ハーマイオニーが言った。
「奥さんも一緒。大部分の子供たちも、別の保護区へ移されたわ」
「ここが家だったんだ」
「でも、他の生き物も森を家にしてる」
ロンが続ける。
「蜘蛛が増えたら、そいつらは食べられるだろ」
ハグリッドは黙る。
怒りが消えたわけではない。
納得もしていない。
ただ、反論できなくなった。
「会いに行けるのか?」
しばらくして、低い声で尋ねる。
ダンブルドアが答える。
「保護区の許可が出れば、面会は可能じゃ」
「本当か?」
「ワシからも頼もう」
「アラゴグは、俺を恨んでるかもしれねえ」
「恨んでいると思います」
ハリーが言う。
「そこは濁せよ!」
ハグリッドが怒鳴る。
「嘘をついても仕方ないでしょう」
「お前は、時々本当にジェームズに似てねえな!」
「そうでしょうね」
「そこは怒るところだぞ!」
「父を尊敬しています。でも、すべて同じである必要はない」
ハグリッドは大きく息を吐いた。
小屋の前に座り込む。
「俺が悪かったのか?」
誰に向けたとも分からない言葉。
ハリーはすぐに答えなかった。
すべてハグリッドが悪いとは思わない。
アラゴグを救った。
孤独だった生物へ仲間を与えた。
善意だった。
ただし、結果として群れが増え、人が死んだ。
「悪意はなかった」
ハリーは言う。
「でも、危険でした」
「俺は、ただ」
「分かっています」
「アラゴグは、俺が十三の時からの友達なんだ」
五十年近い関係。
簡単に切り捨てられるものではない。
「面会には僕も行きます」
「何で?」
「アラゴグに説明するためです」
「お前が行ったら食われるぞ」
「今度は保護区の壁があります」
「本当に空気を読まねえな、お前」
「よく言われます」
ハグリッドは、少しだけ笑った。
完全な和解ではない。
それでも、話は続けられる。
その夜。
ハリーは一人で校内を歩いていた。
バジリスクは去った。
アクロマンチュラの巣も解体された。
禁じられた森は、以前より少しだけ安全になった。
ケンタウロス。
狼人間。
その他の魔法生物。
まだ問題は多い。
だが、一つずつ整理すればいい。
「未来は実力で切り開くものだよ」
誰に言うでもなく呟く。
ケンタウロスたちは、未来を星に見る。
思わせぶりな言葉を残す。
何が起きるかを知っていても、直接言わない。
前世では、それに振り回された。
今は違う。
予言。
運命。
決められた未来。
そんなものへ従う気はない。
情報を集める。
人を動かす。
危険を前倒しで処理する。
凡人には、凡人のやり方がある。
ダンブルドアのように、何でも一人でできる必要はない。
適切な者へ、適切な役割を任せる。
それが組織だった。
ただし。
今回は、外へ任せたことによる新たな問題も生まれている。
魔法省による学校査察。
禁じられた森の管理責任。
足跡の地図の登録問題。
ハグリッドとの関係悪化。
物事は、危険を一つ消して終わりではない。
「それでも、食べられるよりはましだ」
廊下の窓から、森を見る。
以前より静かだった。
その時。
背後から足音が聞こえた。
スネイプ。
黒いローブ。
顔色が悪い。
「ポッター」
「日記に何か?」
「校長が、封印箱の返却を求めている」
ハリーの表情が消える。
「理由は?」
「トムが、他の分霊箱について話すと言っているそうだ」
「いつ聞いたんです?」
「先ほど、校長が私の研究室へ来た」
「日記は開けていない?」
「開けていない」
「では、どうしてトムが話すと言っていると分かる?」
スネイプは答えなかった。
二人の間に、重い沈黙が落ちる。
ダンブルドアが日記を開けていないなら、トムの新たな言葉を知ることはできない。
封印箱は音も魔力も遮断する。
つまり。
日記が校長室で漏らした黒い影。
あれは完全には消えていなかった。
あるいは、ダンブルドアの中に何かを残している。
「校長は今どこです?」
「校長室だ」
足跡の地図を開く。
アルバス・ダンブルドア。
机の前。
動かない。
ただし、そのすぐ隣。
本来なら表示されないはずの場所に。
薄い文字が、滲むように浮かび上がっていた。
T・M・リドル。
完全な名前ではない。
現れては消える。
地図すら、存在として認識しきれていない。
「まずいな」
ハリーは杖を抜いた。
バジリスクとアクロマンチュラへの対処へ力を使いすぎた。
外の怪物ばかり見ていた。
一番危険な怪物は、最初から城の中にいた。
しかも。
ホグワーツで最も強い魔法使いの、すぐそばに。