80歳のハリーポッターが11歳に戻った場合   作:金縛り

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2年目 禁じられた森の大掃除

 禁じられた森の調査日は、ハグリッドがホグワーツを離れる日に設定された。

 

 偶然ではない。

 

 完全な意図によるものだった。

 

「本当に、本人へ知らせなくてよいのでしょうか」

 

 マクゴナガルは最後まで反対した。

 

「学校の森に危険な魔法生物がいるのです。森番であるハグリッドには、知る権利があります」

 

「知ればアラゴグへ知らせます」

 

 ハリーが答える。

 

「まだ決まったわけではありません」

 

「未来では、アラゴグを守るためなら規則を無視しています」

 

「それは未来の話です」

 

「今のハグリッドも、フラッフィーを学校へ持ち込み、ドラゴンの卵を育てようとしました」

 

「ドラゴンについては、まだ起きていないでしょう」

 

「僕が事前に止めたからです」

 

 一年目。

 

 ハグリッドが酒場で、見知らぬ男からドラゴンの卵を受け取る未来。

 

 今回は、ハリーが先に相手の正体を知っていた。

 

 クィレルが変装して接触する前に、ダンブルドアへ報告した。

 

 そのため、ノーバートがホグワーツで孵化する事件は起きていない。

 

「ハグリッドは善良です」

 

 ハリーは続ける。

 

「でも、魔法生物が関わると判断が甘くなる」

 

「本人のいない間に、友人を連れ去るのは裏切りです」

 

「調査です。連れ去るとは決まっていません」

 

「言葉の問題ではありません」

 

 マクゴナガルは厳しい。

 

 言っていることも正しい。

 

 ハリー自身、後ろめたさがないわけではない。

 

 ハグリッドは友人だ。

 

 前世で、ハリーを何度も助けてくれた。

 

 魔法界へ連れ出してくれた。

 

 両親の写真を集めてくれた。

 

 自分が危険だと分かっていても、最後まで味方だった。

 

 そのハグリッドが大切にしているアラゴグを、本人がいない間に調査する。

 

 裏切りに近い。

 

「では、事前に話して、アラゴグを逃がされたら?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「ハグリッドを監視します」

 

「教師が?」

 

「必要なら」

 

「森の中には、何百匹いるか分からないアクロマンチュラがいます。警告されれば、さらに奥へ移動する」

 

「だからといって」

 

「未来では、僕とロンを食べようとしました」

 

 マクゴナガルの言葉が止まる。

 

「アラゴグ自身は、ハグリッドとの約束で僕らを食べませんでした。ですが、子供たちへは止めませんでした」

 

「どのように逃げたのです?」

 

「空飛ぶ車に助けられました」

 

「車?」

 

「ロンの父親が改造した車です」

 

 マクゴナガルは額を押さえた。

 

「その話は、今は聞かなかったことにします」

 

「賢明です」

 

「ともかく」

 

 ハリーは話を戻す。

 

「アクロマンチュラは高い知性を持つ。しかし、人間を餌と考える。学校の敷地に群れで置いてよい存在ではありません」

 

「ハグリッドには、調査終了後すぐに説明します」

 

 ダンブルドアが言った。

 

「責任はワシが負う」

 

「校長一人の責任ではありません」

 

 マクゴナガルが返す。

 

「私も副校長です。計画を認めるなら、同じ責任を負います」

 

「僕も情報提供者として責任を負います」

 

 ハリーが言う。

 

「あなたは生徒です」

 

「未来では管理職でした」

 

「今は生徒です」

 

「便利な時だけ十二歳扱いするのはやめてください」

 

「あなたが危険なことをする時は、常に十二歳として扱います」

 

 理不尽に見えるが、反論しづらい。

 

 結局、ハグリッドには詳しい内容を告げず、ダンブルドアの用事でロンドンへ向かってもらうことになった。

 

 表向きの目的は、今年度に必要な魔法生物飼育用品の買い付け。

 

 嘘ではない。

 

 ただ、日付を意図的に合わせただけだ。

 

「ハグリッドなら、買い物に三日は掛かります」

 

 ロンが言った。

 

「何で?」

 

 ハーマイオニーが尋ねる。

 

「店の動物を全部見て回るから」

 

「調査には十分だな」

 

 ハリーが言う。

 

「何か悪い顔してるぞ」

 

「必要な仕事をしているだけだ」

 

「そういう顔が一番怖いんだよ」

 

 調査当日。

 

 夜明け前から、魔法省の役人たちがホグワーツへ到着した。

 

 バジリスクの時よりも人数が多い。

 

 危険生物処理委員会。

 

 魔法生物規制管理部。

 

 魔法法執行部。

 

 森と土地の結界を扱う魔法使い。

 

 毒への治療師。

 

 大型運搬設備の担当者。

 

 総勢三十人を超えている。

 

「多すぎないか?」

 

 ロンが窓から見下ろす。

 

「群れですから」

 

 ハーマイオニーが答える。

 

「バジリスクは一頭だったけど、アクロマンチュラは数が分からないもの」

 

「未来では、何匹いた?」

 

「数える余裕はなかった」

 

 ハリーが言う。

 

「視界を埋めるくらい」

 

「それ、本当に森に置いていいのか?」

 

「よくないから今日調べる」

 

 今回はハリーたち生徒は森へ入らない。

 

 入口付近に設置された指揮所で待機。

 

 ハリーは未来の記憶と、足跡の地図を使って調査隊を案内する。

 

 地図はホグワーツの敷地全体を表示する。

 

 アクロマンチュラは人間ではないため名前は出ない。

 

 だが、森の地形と調査隊員の位置は把握できる。

 

「巣は森の北西部です」

 

 ハリーは大きく広げた地図を指す。

 

「谷のように低くなった場所。木々に大量の糸が掛かっている」

 

「距離は?」

 

 責任者のグリゼルダ・トラヴァースが尋ねる。

 

「徒歩で一時間ほど。道を外れれば、さらに掛かります」

 

「目印は?」

 

「途中から、小動物の気配が消える。地面に白い糸。木の幹に大きな爪痕」

 

「襲撃は、巣の手前から始まる?」

 

「未来では、巣へ入ってからでした」

 

「未来?」

 

「以前読んだ記録では」

 

 言い直す。

 

 トラヴァースが怪しそうに見る。

 

 アメリアには未来の知識を隠している。

 

 すでに疑われてはいるが、積極的に話す段階ではない。

 

「アラゴグという老いた個体が中心です」

 

「大きさは?」

 

「象ほど」

 

「蜘蛛が?」

 

「はい」

 

 何人かの役人が顔を引きつらせる。

 

「子供は?」

 

「数百匹の可能性があります」

 

「数百?」

 

「もっと多いかもしれません」

 

 沈黙。

 

「ハグリッドは、これを一頭から増やしたのか?」

 

 アメリアが尋ねる。

 

「アラゴグに妻を見つけたのは、ハグリッドです」

 

「繁殖させた?」

 

「本人は家族を作らせたつもりでしょう」

 

「学校の敷地で?」

 

「はい」

 

 アメリアがダンブルドアを見る。

 

「校長は知っていたのか?」

 

「アラゴグが森におることは知っておった」

 

「群れの規模は?」

 

「ここまでとは」

 

「知らなかった?」

 

「正確な数はの」

 

「森の管理はどうなっている?」

 

 アメリアの声が冷たくなる。

 

 ダンブルドアが答えに詰まる。

 

 ハリーは内心で頷いた。

 

 外部の目を入れる意味は、ここにもある。

 

 ホグワーツでは、長年存在する危険が日常へ埋もれている。

 

 禁じられた森だから危険で当然。

 

 生徒は入らないから問題ない。

 

 その考えで放置されてきた。

 

 だが、生徒は罰則で森へ入れられる。

 

 ハグリッドも出入りする。

 

 ケンタウロスもいる。

 

 他の魔法生物も生息している。

 

 アクロマンチュラの群れが増え続ければ、いずれ森の外へ出る。

 

「調査後、学校の管理責任についても報告書を提出してもらう」

 

 アメリアが言う。

 

「分かった」

 

 ダンブルドアは素直に頷いた。

 

「嫌そうですね」

 

 ハリーが小声で言う。

 

「書類は苦手での」

 

「僕もです」

 

「ならば同情してくれんか?」

 

「管理職の責任です」

 

「未来の君も、部下へ同じことを言われたのでは?」

 

「言われました」

 

「どう答えた?」

 

「書きました」

 

「耳が痛いの」

 

 調査隊が森へ入る。

 

 先頭には、結界術師。

 

 周囲へ蜘蛛避けの魔法を展開する。

 

 次に、危険生物の専門家。

 

 その後ろに、捕獲班。

 

 最後尾は魔法法執行部。

 

 役割分担は明確だった。

 

 指揮所では、水晶を通して映像が送られる。

 

 森の中は暗い。

 

 日の出後でも、木々が光を遮っている。

 

 地面には落ち葉。

 

 獣の足跡。

 

 時折、何かが木々の間を走る。

 

「今のは?」

 

 ロンが水晶を覗く。

 

「普通の鹿でしょう」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

「角が三本あったぞ」

 

「普通ではないわね」

 

「禁じられた森ですから」

 

 ハリーが答える。

 

「それで納得していいのか?」

 

「よくない」

 

 森には、未確認の魔法生物が多すぎる。

 

 アクロマンチュラが片づいても、安全な森になるとは思えない。

 

 それでも、大きな危険を一つ減らせる。

 

 調査開始から四十分。

 

 先頭の術師が止まった。

 

「糸だ」

 

 水晶の中。

 

 木々の間に、白い糸が張られている。

 

 一本ではない。

 

 幾重にも重なり、森の奥へ続く。

 

「巣が近いです」

 

 ハリーが言う。

 

 トラヴァースが通信具を握る。

 

「全員、目隠しは不要。毒への防護を確認。捕獲用の網を展開」

 

 バジリスクと違い、見ただけで死ぬことはない。

 

 ただし、牙には強い毒がある。

 

 身体も大きい。

 

 複数に囲まれれば危険だ。

 

 役人たちが魔法の網を空中へ広げる。

 

 蜘蛛が接近すれば、自動で捕らえる仕組み。

 

 さらに、地面へ振動を抑える魔法を掛ける。

 

 蜘蛛は足元の振動で獲物を捉える。

 

 静かに進む。

 

 水晶の映像が、谷へ出た。

 

 白い糸。

 

 巨大な巣。

 

 骨。

 

 鹿。

 

 鳥。

 

 何か人型に近い骨も混じっている。

 

「人骨か?」

 

 アメリアが顔を近づける。

 

「確認班を出します」

 

 トラヴァースが答える。

 

 その時。

 

 巣の奥から音がした。

 

 無数の脚が、地面を叩く。

 

 暗闇の中で、複数の目が光る。

 

 一匹。

 

 二匹。

 

 十匹。

 

 数十匹。

 

 巨大な蜘蛛が、木々の間から現れる。

 

「想定以上だ!」

 

「網を作動!」

 

 魔法の網が落ちる。

 

 先頭の蜘蛛たちを包む。

 

 暴れる脚。

 

 牙。

 

 糸。

 

 役人たちが一斉に拘束呪文を撃つ。

 

 蜘蛛の糸が飛ぶ。

 

 盾で弾く。

 

 一本の木が、根元から倒れる。

 

「右から回り込んでいます!」

 

 ハリーは地図を見る。

 

 調査隊の点が、左右から狭められている。

 

 アクロマンチュラの名前は出ない。

 

 だが、隊員の動きから包囲を推測できる。

 

「第三区画を下がらせてください。右側が薄い」

 

 トラヴァースが即座に指示を出す。

 

「第三班、十メートル後退。東側へ火の壁!」

 

 青い炎が木々の間へ走る。

 

 森を焼かないよう、温度と範囲を調整した魔法。

 

 蜘蛛たちが止まる。

 

 火を恐れている。

 

「効いてる」

 

 ロンが言う。

 

「でも数が多い」

 

 ハーマイオニーの声も硬い。

 

 さらに奥。

 

 巨大な影が動く。

 

 他の蜘蛛より、はるかに大きい。

 

 老いた身体。

 

 白く濁った目。

 

 一本一本の脚が、木の幹ほど太い。

 

 アラゴグ。

 

「人間ども」

 

 低い声が、水晶越しに響く。

 

「ここは我らの森だ」

 

「魔法省、危険生物処理委員会だ」

 

 トラヴァースが通信魔法を通じて答える。

 

「アラゴグ。お前たちの生息状況と、周辺への危険性を調査する」

 

「去れ」

 

「人間を襲った記録がある」

 

「ここへ入る者は、我らの餌だ」

 

 明確だった。

 

 ハグリッドとの友情があるからといって、人間全体へ友好的ではない。

 

「ホグワーツの生徒も?」

 

「森へ入れば同じだ」

 

 指揮所の空気が冷える。

 

 マクゴナガルの顔から血の気が引いた。

 

 学校では、罰則として生徒を禁じられた森へ連れていくことがある。

 

 未来のハリーも、一年生で入った。

 

「ハグリッドの友人であっても?」

 

 トラヴァースが問う。

 

「ハグリッドは友だ。あれの仲間を、我は食わぬ」

 

「子供たちは?」

 

「飢えた者を止める理由はない」

 

 ハリーは目を閉じた。

 

 未来と同じ。

 

 アラゴグ自身は食べない。

 

 だが、子供たちへハリーとロンを差し出した。

 

 それが彼の倫理だった。

 

「交渉の余地は?」

 

 アメリアが尋ねる。

 

「学校の敷地から移動するなら、保護区を用意する」

 

「ここは我らの巣だ」

 

「周辺の生態系を破壊し、人間を餌と認識する群れを、学校の近くへ置くことはできない」

 

「ならば、食らう」

 

 アラゴグが脚を上げる。

 

 同時に、群れ全体が動いた。

 

「戦闘開始!」

 

 役人たちが一斉に杖を振る。

 

 今度は警告ではない。

 

 拘束。

 

 昏倒。

 

 切断。

 

 火。

 

 防壁。

 

 数十人の専門家が、組織的に動く。

 

 前衛が盾を張る。

 

 後衛が眠り薬を撃ち込む。

 

 結界術師が包囲を防ぐ。

 

 捕獲班が動けなくなった個体を箱へ収める。

 

 治療師は負傷者を即座に後方へ送る。

 

「すごい」

 

 ロンが呟く。

 

「ああ」

 

 ハリーも認める。

 

 闇払い局でも、大規模な魔法生物討伐では同じように動いた。

 

 一人の英雄が怪物を倒すのではない。

 

 訓練された者たちが役割を分担し、安全に処理する。

 

 アクロマンチュラは強い。

 

 数も多い。

 

 だが、魔法省側には準備がある。

 

 未来のハリーとロンのように、情報なしで巣の中央へ入ったわけではない。

 

 蜘蛛が次々と拘束される。

 

 一部は火の壁を越えようとし、脚を焼かれる。

 

 大型個体が突進する。

 

 十人掛かりの盾で止める。

 

 眠り薬。

 

 拘束鎖。

 

 箱。

 

 作業のように処理されていく。

 

 ただし、完全に順調ではない。

 

「第七班が分断された!」

 

 地図上。

 

 六人の点が、本隊から離れている。

 

 蜘蛛の群れが間へ入ったのだろう。

 

「転送で回収を」

 

「森の結界が乱れて使えない!」

 

「西へ三十メートル。倒れた大木の裏に空間があります!」

 

 ハリーが地図を指す。

 

 トラヴァースが通信する。

 

「第七班、西へ! 三十メートル先の倒木を盾にしろ!」

 

 六人が移動。

 

 本隊から援護の呪文が飛ぶ。

 

 包囲を突破。

 

 合流する。

 

「役に立つ地図だ」

 

 アメリアが言う。

 

「学校の中だけですが」

 

「作った者は?」

 

「父と、その友人たちです」

 

「登録されている魔法道具か?」

 

「聞かなかったことにしてください」

 

「できんな」

 

「今は蜘蛛が先です」

 

「後で話を聞く」

 

 余計な問題が増えた。

 

 戦闘は一時間以上続いた。

 

 徐々に蜘蛛の数が減る。

 

 多くは捕獲。

 

 一部は逃走。

 

 攻撃を止めず、役人へ重大な危険を与えた個体は処分された。

 

 巣の奥。

 

 アラゴグは、複数の拘束鎖で地面へ固定されている。

 

 老いた身体で、なお暴れていた。

 

「離せ!」

 

「学校の敷地から移送する」

 

「ハグリッドが許さぬ!」

 

「ハグリッドに、この土地の所有権はない」

 

 アメリアが冷たく答える。

 

「移送先は、ルーマニアの危険魔法生物保護区だ」

 

「我らはここに生きる!」

 

「人間を食べず、群れを管理できるなら交渉の余地はあった」

 

「人間は餌だ!」

 

「ならば学校の近くには置けない」

 

 議論は終わっている。

 

 アラゴグと捕獲された個体は、順次運搬箱へ収められる。

 

 すべてを捕まえることはできなかった。

 

 小型個体や、森の奥へ逃げたものもいる。

 

 今後も捜索が必要。

 

 それでも、巣の中心は解体された。

 

 繁殖の大部分を止められる。

 

「人骨が見つかりました」

 

 調査班から報告。

 

 合計三体。

 

 一体は、数十年前に行方不明になった密猟者の可能性。

 

 残り二体は不明。

 

 ハグリッドが知らない間に、人間が食われていた。

 

 マクゴナガルは何も言わなかった。

 

 ダンブルドアも、目を閉じている。

 

「これで」

 

 ロンが言う。

 

「普通の森に近づいた?」

 

「少しは」

 

 ハリーが答える。

 

「まだケンタウロスや、三本角の鹿や、正体不明の何かがいるけど」

 

「普通には遠いわね」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

「そもそも禁じられた森だもの」

 

「名前を変えた方がいいんじゃないか?」

 

「安全確認済みの区域と、立入禁止区域を分けるべきだな」

 

 ハリーは真面目に考える。

 

 森全体を危険として放置するのではなく、調査。

 

 区域分け。

 

 生態把握。

 

 定期巡回。

 

 管理の基本だ。

 

「校長先生」

 

 ハリーが呼ぶ。

 

「何かな?」

 

「今後、罰則で生徒を森へ入れるのは禁止してください」

 

 ダンブルドアの目が泳いだ。

 

「入れていたのですか?」

 

 アメリアが聞き返す。

 

 マクゴナガルがダンブルドアを見る。

 

「アルバス?」

 

「森番の同行がある場合に限り」

 

「一年生も?」

 

「状況によっては」

 

 アメリアの顔が険しくなる。

 

「人を餌と認識する蜘蛛の群れがいる森へ、罰則として未成年者を?」

 

「危険な区域へは近づけておらん」

 

「巣の規模すら把握していなかったのに?」

 

 ダンブルドアが黙る。

 

 ハリーは少しだけ満足した。

 

 自分が何度言っても、校長は「状況による」と返す。

 

 魔法法執行部長から正式に指摘されれば、無視できない。

 

「学校の安全管理について、後日査察を行う」

 

 アメリアが宣言した。

 

「禁じられた森だけではない。危険生物、立入禁止区画、生徒への罰則内容も確認する」

 

「そこまで必要かの?」

 

「必要だ」

 

「魔法省による学校への過度な介入は」

 

「生徒を怪物のいる森へ送る学校が言えることではない」

 

 完全に正論だった。

 

 ハリーはダンブルドアを見る。

 

「外部の専門家を入れて正解でしたね」

 

「君は少し楽しんでおらんか?」

 

「生徒の安全が改善されることを喜んでいます」

 

「本当に?」

 

「少しだけ、先生が怒られていることも」

 

「正直じゃな」

 

 調査隊が帰還する頃には、日が傾いていた。

 

 負傷者は七名。

 

 重傷者はいない。

 

 捕獲されたアクロマンチュラは百三十二匹。

 

 処分された個体は二十一匹。

 

 逃走した数は不明。

 

 アラゴグと、その妻モサグは生存したまま移送。

 

 巣は焼却。

 

 卵は魔法省が回収し、孵化させない方針となった。

 

「卵まで?」

 

 ハーマイオニーが尋ねる。

 

「孵化させれば、また増えます」

 

 トラヴァースが答える。

 

「研究用に一部を保存し、残りは処理する」

 

「殺すの?」

 

「まだ意思も痛覚も発達していない段階だ」

 

 ハーマイオニーは複雑そうな顔をした。

 

 命をどこまで守るか。

 

 危険な種の繁殖をどこまで認めるか。

 

 簡単な答えはない。

 

 すべてを生かせば、他の生物が食われる。

 

 すべてを殺せば、知性ある種を滅ぼすことになる。

 

 今回は、完全な駆除ではなく移送。

 

 逃げた個体もいる。

 

 種として消えるわけではない。

 

「これが一番ましだと思う」

 

 ハリーが言う。

 

「正しい、ではなく?」

 

「全員が納得する正解はない」

 

 ハーマイオニーはしばらく考え、頷いた。

 

 問題は、ハグリッドへどう説明するかだった。

 

 二日後。

 

 大量の餌と、新しい動物用の道具を抱えて戻ってきたハグリッドは、森の異変へすぐに気づいた。

 

 巣へ続く道。

 

 焼けた糸。

 

 魔法省の封印。

 

 アラゴグの気配がない。

 

 ハグリッドの怒鳴り声が、校庭まで響いた。

 

「誰がやった!」

 

 ハリーたちは、ハグリッドの小屋の前に集まった。

 

 ダンブルドア。

 

 マクゴナガル。

 

 ハリー。

 

 ロン。

 

 ハーマイオニー。

 

「ワシが許可した」

 

 ダンブルドアが答える。

 

「アラゴグと、その家族を魔法省の保護区へ移送した」

 

「何でだ!」

 

 ハグリッドの顔は真っ赤だった。

 

「アラゴグは誰も傷つけねえ!」

 

「人骨が三体見つかりました」

 

 ハリーが言う。

 

 ハグリッドが止まる。

 

「何?」

 

「巣の中に、人間の骨がありました」

 

「そりゃ、森に勝手に入った奴らだろ!」

 

「だから食べていい?」

 

「アラゴグは、俺の友達は食わねえ!」

 

「子供たちは食べます」

 

「そんなこと」

 

「本人が言いました」

 

 ハグリッドがハリーを見る。

 

「お前、アラゴグと話したのか?」

 

「魔法省の調査記録を聞きました」

 

「俺が帰るまで待てなかったのか?」

 

「待てば、ハグリッドは警告したでしょう」

 

「当たり前だ!」

 

「だから待ちませんでした」

 

 ハグリッドの顔に、裏切られたという感情が浮かぶ。

 

 胸が痛む。

 

 それでも、謝るだけで判断を撤回することはできない。

 

「ハグリッド」

 

 ハリーは真っ直ぐ彼を見る。

 

「僕は、あなたを信じています」

 

「なら何で!」

 

「魔法生物に関する判断は信じていません」

 

 はっきりと言う。

 

 曖昧にすれば、また同じことが起きる。

 

「フラッフィーを学校へ連れてきた。ドラゴンを育てようとした。人を食べるアクロマンチュラを繁殖させた」

 

「アラゴグは、俺を傷つけたことなんかねえ!」

 

「あなた以外は?」

 

「それは」

 

「学校には生徒がいます」

 

 ハグリッドは拳を握る。

 

 大きな手。

 

 怒れば、ハリー一人くらい簡単に持ち上げられる。

 

 それでも、ハリーは退かない。

 

「もし僕とロンが森へ入ったら、子供たちは僕らを食べます」

 

「俺が一緒なら」

 

「罰則の生徒へ、常に付き添えますか?」

 

「できる!」

 

「蜘蛛が何百匹いるかも知らなかったのに?」

 

 ハグリッドが言葉を失う。

 

「アラゴグは殺されていません」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「奥さんも一緒。大部分の子供たちも、別の保護区へ移されたわ」

 

「ここが家だったんだ」

 

「でも、他の生き物も森を家にしてる」

 

 ロンが続ける。

 

「蜘蛛が増えたら、そいつらは食べられるだろ」

 

 ハグリッドは黙る。

 

 怒りが消えたわけではない。

 

 納得もしていない。

 

 ただ、反論できなくなった。

 

「会いに行けるのか?」

 

 しばらくして、低い声で尋ねる。

 

 ダンブルドアが答える。

 

「保護区の許可が出れば、面会は可能じゃ」

 

「本当か?」

 

「ワシからも頼もう」

 

「アラゴグは、俺を恨んでるかもしれねえ」

 

「恨んでいると思います」

 

 ハリーが言う。

 

「そこは濁せよ!」

 

 ハグリッドが怒鳴る。

 

「嘘をついても仕方ないでしょう」

 

「お前は、時々本当にジェームズに似てねえな!」

 

「そうでしょうね」

 

「そこは怒るところだぞ!」

 

「父を尊敬しています。でも、すべて同じである必要はない」

 

 ハグリッドは大きく息を吐いた。

 

 小屋の前に座り込む。

 

「俺が悪かったのか?」

 

 誰に向けたとも分からない言葉。

 

 ハリーはすぐに答えなかった。

 

 すべてハグリッドが悪いとは思わない。

 

 アラゴグを救った。

 

 孤独だった生物へ仲間を与えた。

 

 善意だった。

 

 ただし、結果として群れが増え、人が死んだ。

 

「悪意はなかった」

 

 ハリーは言う。

 

「でも、危険でした」

 

「俺は、ただ」

 

「分かっています」

 

「アラゴグは、俺が十三の時からの友達なんだ」

 

 五十年近い関係。

 

 簡単に切り捨てられるものではない。

 

「面会には僕も行きます」

 

「何で?」

 

「アラゴグに説明するためです」

 

「お前が行ったら食われるぞ」

 

「今度は保護区の壁があります」

 

「本当に空気を読まねえな、お前」

 

「よく言われます」

 

 ハグリッドは、少しだけ笑った。

 

 完全な和解ではない。

 

 それでも、話は続けられる。

 

 その夜。

 

 ハリーは一人で校内を歩いていた。

 

 バジリスクは去った。

 

 アクロマンチュラの巣も解体された。

 

 禁じられた森は、以前より少しだけ安全になった。

 

 ケンタウロス。

 

 狼人間。

 

 その他の魔法生物。

 

 まだ問題は多い。

 

 だが、一つずつ整理すればいい。

 

「未来は実力で切り開くものだよ」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 

 ケンタウロスたちは、未来を星に見る。

 

 思わせぶりな言葉を残す。

 

 何が起きるかを知っていても、直接言わない。

 

 前世では、それに振り回された。

 

 今は違う。

 

 予言。

 

 運命。

 

 決められた未来。

 

 そんなものへ従う気はない。

 

 情報を集める。

 

 人を動かす。

 

 危険を前倒しで処理する。

 

 凡人には、凡人のやり方がある。

 

 ダンブルドアのように、何でも一人でできる必要はない。

 

 適切な者へ、適切な役割を任せる。

 

 それが組織だった。

 

 ただし。

 

 今回は、外へ任せたことによる新たな問題も生まれている。

 

 魔法省による学校査察。

 

 禁じられた森の管理責任。

 

 足跡の地図の登録問題。

 

 ハグリッドとの関係悪化。

 

 物事は、危険を一つ消して終わりではない。

 

「それでも、食べられるよりはましだ」

 

 廊下の窓から、森を見る。

 

 以前より静かだった。

 

 その時。

 

 背後から足音が聞こえた。

 

 スネイプ。

 

 黒いローブ。

 

 顔色が悪い。

 

「ポッター」

 

「日記に何か?」

 

「校長が、封印箱の返却を求めている」

 

 ハリーの表情が消える。

 

「理由は?」

 

「トムが、他の分霊箱について話すと言っているそうだ」

 

「いつ聞いたんです?」

 

「先ほど、校長が私の研究室へ来た」

 

「日記は開けていない?」

 

「開けていない」

 

「では、どうしてトムが話すと言っていると分かる?」

 

 スネイプは答えなかった。

 

 二人の間に、重い沈黙が落ちる。

 

 ダンブルドアが日記を開けていないなら、トムの新たな言葉を知ることはできない。

 

 封印箱は音も魔力も遮断する。

 

 つまり。

 

 日記が校長室で漏らした黒い影。

 

 あれは完全には消えていなかった。

 

 あるいは、ダンブルドアの中に何かを残している。

 

「校長は今どこです?」

 

「校長室だ」

 

 足跡の地図を開く。

 

 アルバス・ダンブルドア。

 

 机の前。

 

 動かない。

 

 ただし、そのすぐ隣。

 

 本来なら表示されないはずの場所に。

 

 薄い文字が、滲むように浮かび上がっていた。

 

 T・M・リドル。

 

 完全な名前ではない。

 

 現れては消える。

 

 地図すら、存在として認識しきれていない。

 

「まずいな」

 

 ハリーは杖を抜いた。

 

 バジリスクとアクロマンチュラへの対処へ力を使いすぎた。

 

 外の怪物ばかり見ていた。

 

 一番危険な怪物は、最初から城の中にいた。

 

 しかも。

 

 ホグワーツで最も強い魔法使いの、すぐそばに。

 

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