80歳のハリーポッターが11歳に戻った場合   作:金縛り

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2年目 救えなかった少年

 足跡の地図に、存在しないはずの名前が浮かんでいた。

 

 T・M・リドル。

 

 文字は薄い。

 

 インクが羊皮紙へ染み込む途中で止まったように、輪郭が揺れている。

 

 完全な肉体を持つ人間ではない。

 

 だが、ただの魂の欠片とも言い切れない。

 

 地図が一人の人間として認識しかけている。

 

「日記は研究室にあるんですよね?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「ああ」

 

 スネイプが答えた。

 

「封印も破られていない」

 

「なら、校長室にいるこれは?」

 

「日記から漏れた何かだろう」

 

「何かで済ませないでください」

 

「私に言うな」

 

 二人は校長室へ向かっていた。

 

 スネイプの歩調は速い。

 

 ハリーも走りながら地図を確認する。

 

 アルバス・ダンブルドア。

 

 校長室中央。

 

 T・M・リドル。

 

 そのすぐ隣。

 

 二つの名前は動かない。

 

「マクゴナガル先生は?」

 

「呼んだ」

 

「日記は?」

 

「研究室から移していない。複数の封印を追加した」

 

「誰かに守らせましたか?」

 

「フィリウスがいる」

 

 フリットウィックなら、実力も判断力も信用できる。

 

「ダンブルドア先生が取りに来たら?」

 

「渡すなと伝えた」

 

「校長命令を出された場合は?」

 

「気絶させろと」

 

「やりますかね」

 

「フィリウスなら、必要と判断すればやる」

 

「先生より話が早いですね」

 

「減点するぞ」

 

「今は授業中ではありません」

 

「いつでもできる」

 

 校長室へ続く石像が見えた。

 

 すでにマクゴナガルが待っている。

 

 杖を構え、厳しい顔で扉を見上げていた。

 

「中から返答は?」

 

 スネイプが尋ねる。

 

「ありません」

 

「守護霊は?」

 

「呼び出しに応じません」

 

「フォークスは?」

 

「校長室の中です」

 

 マクゴナガルがハリーの手元へ視線を落とす。

 

「地図には?」

 

「二人います」

 

「二人?」

 

 ハリーは羊皮紙を見せた。

 

 薄いT・M・リドルの文字。

 

 マクゴナガルの表情が強張る。

 

「日記は地下牢にあるのでしょう?」

 

「本体は」

 

 ハリーが答える。

 

「ですが、以前漏れた黒い影が、ダンブルドア先生の近くへ残った可能性があります」

 

「セブルスは精神を確認したはずです」

 

「見つからない形で残したのかもしれません」

 

「開心術で発見できないものを、どうやって?」

 

「トム・リドルはダンブルドア先生と何度も会話しています」

 

 日記は相手の心へ入る。

 

 直接支配する必要はない。

 

 記憶を消す必要もない。

 

 感情へ小さな傷を作る。

 

 後悔。

 

 罪悪感。

 

 救えなかったという思い。

 

 その隙間に、自分の一部を埋め込む。

 

「本人の思考と区別できないようにした?」

 

 マクゴナガルが呟く。

 

「可能性があります」

 

 スネイプが石像へ杖を向ける。

 

「開けるぞ」

 

「待ってください」

 

 ハリーは地図を見る。

 

 T・M・リドルの文字が動いた。

 

 ダンブルドアの周囲を、ゆっくり回る。

 

 次の瞬間。

 

 校長室から、低い声が聞こえた。

 

「入って構わんよ」

 

 ダンブルドアの声。

 

 穏やかだった。

 

 普段と変わらない。

 

 だからこそ、三人とも動かなかった。

 

「アルバス」

 

 マクゴナガルが扉越しに呼びかける。

 

「今、あなたは一人ですか?」

 

「妙な質問じゃな」

 

「答えてください」

 

 短い沈黙。

 

「一人じゃよ」

 

 地図には二人いる。

 

 ダンブルドアが嘘をついた。

 

 あるいは、トムを一人として認識していない。

 

「開けます」

 

 マクゴナガルが言う。

 

「待ちなさい、ミネルバ」

 

「待てません」

 

「危険はない」

 

「その言葉は、すでに一度信用を失っています」

 

 ハリーは少し驚いた。

 

 マクゴナガルも容赦がなくなっている。

 

「アルバス」

 

 スネイプが低く言う。

 

「扉を開けろ」

 

「セブルス。君まで何を慌てておる?」

 

「日記を返せと要求したな」

 

「調査を続けるためじゃ」

 

「なぜトムが情報を話すと知っている?」

 

 返事がない。

 

「日記は開けていない」

 

 スネイプが続ける。

 

「箱は魔力も音も遮断している。中のリドルと会話することはできん」

 

「……推測じゃよ」

 

「嘘をつくな」

 

 空気が冷えた。

 

 ダンブルドアへ向ける言葉ではない。

 

 だが、今は必要だった。

 

「扉を破ります」

 

 ハリーは杖を抜いた。

 

「ポッター」

 

 マクゴナガルが止める。

 

「妖精の魔法で内側へ入れます」

 

「中の状況が分からないまま移動してはいけません」

 

「扉の前で待っている方が危険です」

 

「だからといって――」

 

 校長室の扉が、自ら開いた。

 

 内部。

 

 銀色の器具。

 

 歴代校長の肖像画。

 

 止まり木のフォークス。

 

 机の前に立つダンブルドア。

 

 見た限りでは、他に誰もいない。

 

「入ってくるがよい」

 

 ダンブルドアは杖を持っていなかった。

 

 机の上に置かれている。

 

 敵意は見えない。

 

 だが。

 

 彼の背後。

 

 光の加減で、黒い影が揺れた。

 

 人の形。

 

 背が高い。

 

 痩せている。

 

 まだ顔はない。

 

 ダンブルドアの影と重なり、一つになっている。

 

「先生」

 

 ハリーは部屋へ入らずに言った。

 

「そこから動かないでください」

 

「何を警戒しておる?」

 

「あなたの影です」

 

 ダンブルドアが床を見る。

 

 黒い影。

 

 彼自身には、普通に見えているのかもしれない。

 

「何もないがの」

 

「あります」

 

「ポッターの地図にも、リドルの名が表示されている」

 

 スネイプが杖を向ける。

 

「アルバス。影から離れろ」

 

「影から離れる?」

 

「前へ出てください」

 

 マクゴナガルが言う。

 

 ダンブルドアが一歩前へ出る。

 

 影も動く。

 

 当然に見える。

 

 だが、動きが僅かに遅い。

 

 ほんの一瞬。

 

 本人の足へ追従するまでに、間があった。

 

「見えたな」

 

 スネイプが言った。

 

「ああ」

 

 ハリーは答える。

 

 ダンブルドアの顔から笑みが消える。

 

 自分でも異常を理解したらしい。

 

「いつからじゃ?」

 

「恐らく、日記の魔力が漏れた時から」

 

 ハリーは室内へ入る。

 

「影を切り離します」

 

「待て」

 

 スネイプが止める。

 

「どのように?」

 

「クィレルからヴォルデモートを引き剥がした術式を使います」

 

「相手はアルバスだ。魂の構造も魔力も違う」

 

「完全に寄生されているわけではありません。影だけなら」

 

「失敗した場合は?」

 

「ダンブルドア先生の影がなくなるかもしれません」

 

「それだけ?」

 

「分かりません」

 

「やめろ」

 

「では、先生に方法が?」

 

 スネイプは答えない。

 

「影の魔法なら」

 

 マクゴナガルが口を開く。

 

「光を強くすれば、形を保てなくなるのでは?」

 

「普通の影なら」

 

 ハリーは天井を見る。

 

 燭台。

 

 窓。

 

 銀器。

 

 光源は多い。

 

 それでも黒い影は濃い。

 

「フォークスの炎は?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

 不死鳥の炎。

 

 再生。

 

 浄化。

 

 闇の魔法に対して強い力を持つ。

 

 止まり木のフォークスが、ハリーを見る。

 

 鳴き声。

 

 同意したように羽根を広げる。

 

「アルバス」

 

 スネイプが言う。

 

「抵抗するな」

 

「そのつもりはない」

 

「自分の意思で、日記を取り戻したいと思っているか?」

 

 ダンブルドアが黙る。

 

「答えろ」

 

「……調査は必要じゃ」

 

「それは誰の考えだ?」

 

「ワシの考えじゃ」

 

「トムに植えつけられたものではないと証明できるか?」

 

 沈黙。

 

 そこが問題だった。

 

 本人にも区別できない。

 

「トムは」

 

 ダンブルドアがゆっくりと言う。

 

「他の分霊箱の場所を知っておる」

 

「日記が作られた後の情報を、どうして知っているんです?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「本人がそう言った」

 

「いつ?」

 

「……分からん」

 

「声を聞いた?」

 

「聞いた気がする」

 

「夢ですか?」

 

「眠ってはおらん」

 

 トムの声が、ダンブルドア自身の思考へ混ざっている。

 

「先生」

 

 ハリーは慎重に言葉を選ぶ。

 

「日記のトムは、あなたへ情報を渡す気なんてありません」

 

「決めつけるべきではない」

 

「なぜ?」

 

「彼もまた、自分が何者なのかを知る権利がある」

 

 マクゴナガルの表情が変わった。

 

「アルバス?」

 

「十六歳のトムは、自分が後に何をするか知らぬ。日記へ魂を分けたことの意味も、完全には理解しておらん」

 

「嘘です」

 

 ハリーは即座に否定した。

 

「分霊箱を作るには殺人が必要です。マートルを殺し、自分の魂を裂いた。知らなかったでは済まない」

 

「それでも、今の日記にある人格は十六歳の少年じゃ」

 

「十六歳の殺人犯です」

 

「正しく導けば」

 

「それを、前にも考えましたか?」

 

 ダンブルドアの顔が強張る。

 

 核心。

 

 孤児院からホグワーツへ連れてきた時。

 

 トム・リドルを危険だと判断した。

 

 信用しなかった。

 

 警戒した。

 

 だが、救うこともできなかった。

 

「先生は、今度こそトムを救えると思っている」

 

 ハリーが言う。

 

「日記は、そこを利用しています」

 

「利用されていると分かった上で、話をしておる」

 

「分かっていません」

 

「ハリー」

 

「分かっていたら、一人で箱を開けません。約束も破らない。僕らに嘘をつかない」

 

 ダンブルドアの青い目が揺れる。

 

「僕が先生を教育者として批判したことも、気にしているんでしょう」

 

「それは」

 

「ロックハートを雇った。危険な森へ生徒を入れた。トムを救えなかった。僕は何度も先生の判断を批判した」

 

「君の指摘には、正しい部分もある」

 

「その罪悪感を、日記が使っている」

 

 黒い影が膨らむ。

 

 ダンブルドアの背後で、人の輪郭が少しずつ明確になる。

 

 少年。

 

 ホグワーツの制服。

 

 整った顔。

 

 目を閉じている。

 

 十六歳のトム・リドル。

 

「先生から離れろ!」

 

 ハリーが叫ぶ。

 

 フォークスが炎を吐いた。

 

 赤金色の火。

 

 ダンブルドアの影へ直撃する。

 

 少年の影が目を開けた。

 

 黒い瞳。

 

 口元に、微かな笑み。

 

「遅いよ」

 

 声が響いた。

 

 ダンブルドアの声ではない。

 

 若い。

 

 穏やか。

 

 日記から聞こえていたはずの声。

 

 炎が影を包む。

 

 トムの輪郭が崩れる。

 

 だが、消えない。

 

 影はダンブルドアの足元へ潜り込もうとする。

 

「させるか!」

 

 スネイプが切断呪文を放つ。

 

 黒い影が二つに裂ける。

 

 マクゴナガルが床を白い石へ変える。

 

 影を映しやすくするためだ。

 

「ハリー!」

 

「分かっています!」

 

 ハリーは杖を両手で握る。

 

 魂の分離術式。

 

 クィレルへ使ったものより小規模。

 

 ただし、対象はダンブルドアと繋がっている。

 

 慎重に。

 

 影だけを指定する。

 

 本人の魂へ触れない。

 

「先生、動かないで!」

 

「承知した!」

 

 床へ光の円が走る。

 

 ダンブルドアを中心に術式が広がる。

 

 影が逃げる。

 

 机。

 

 棚。

 

 壁。

 

 光の届かない場所へ移ろうとする。

 

「部屋を明るく!」

 

 マクゴナガルが窓の覆いを消す。

 

 スネイプが燭台を増やす。

 

 ダンブルドアも自分の杖を取り、天井へ向けた。

 

「ルーモス・マキシマ!」

 

 白い光。

 

 影の逃げ場がなくなる。

 

 トムの輪郭が再び現れた。

 

「なぜだ」

 

 少年の顔が、初めて怒りを見せる。

 

「あなたは僕を理解したかったはずだ」

 

 ダンブルドアへ向けた言葉。

 

「理解することと、自由にすることは違う」

 

 ダンブルドアが答える。

 

「ワシは、君が何者になったかを知っておる」

 

「僕はまだ、何にもなっていない!」

 

「すでに人を殺した」

 

「彼女は、ただそこにいただけだ!」

 

 マートル。

 

 無関係な少女。

 

 トムは、彼女の死を何とも思っていない。

 

「先生」

 

 ハリーが言う。

 

「聞く必要はありません」

 

「黙れ、ポッター」

 

 トムが初めてハリーを見る。

 

 今の影に、ハリーとの記憶はないはずだ。

 

 それでも敵だと理解している。

 

「君が、日記を盗んだ」

 

「そうだ」

 

「僕の未来を知っていると言った」

 

「全部ではないが、十分に」

 

「僕は何になる?」

 

「禿げる」

 

 口から出た。

 

 一瞬。

 

 全員が止まった。

 

 トムの表情が消える。

 

「何?」

 

「いや」

 

 ハリーは咳払いする。

 

「世界を恐怖で支配しようとして、失敗する」

 

「僕が失敗する?」

 

「ああ」

 

「君に負けて?」

 

「最後は」

 

 トムの目が細くなる。

 

「ならば、君を今殺せばいい」

 

 影が弾けた。

 

 黒い針。

 

 無数に分かれ、ハリーへ向かう。

 

 盾。

 

 スネイプとマクゴナガルの呪文が重なる。

 

 黒い針が弾かれる。

 

「術式を完成させろ!」

 

 スネイプが叫ぶ。

 

 ハリーは魔力を流す。

 

 光の円が閉じる。

 

 トムの影が、ダンブルドアの足元から引き剥がされる。

 

 黒い糸。

 

 何十本もの繋がり。

 

 後悔。

 

 罪悪感。

 

 好奇心。

 

 それらを利用して結ばれた道。

 

「切る!」

 

 ハリーが杖を振り下ろす。

 

 光が糸を断つ。

 

 一本。

 

 二本。

 

 十本。

 

 最後の一本。

 

 トムが叫ぶ。

 

「あなたは、また僕を見捨てるのか!」

 

 ダンブルドアの手が一瞬止まった。

 

 最後の糸が残る。

 

「先生!」

 

 ハリーが叫ぶ。

 

 トムが微笑む。

 

「あなたは僕を恐れた。最初から。僕が何をしても、信じる気はなかった」

 

「違う」

 

「孤児院で、僕の物を燃やした」

 

「盗んだ物じゃ」

 

「僕だけを怪物のように見た!」

 

 ダンブルドアの顔に苦痛が浮かぶ。

 

 トムは、正確に傷を突く。

 

「先生」

 

 ハリーは言う。

 

「あなたがどう接しても、トムが変わらなかった可能性はあります」

 

「ハリー」

 

「全部を自分の責任にするのは、傲慢です」

 

 ダンブルドアがハリーを見る。

 

「人一人の人生を、教師一人が完全に決められると思わないでください」

 

 教育の影響は大きい。

 

 だが、本人の選択もある。

 

 トムは盗んだ。

 

 他人を苦しめた。

 

 殺した。

 

 魂を裂いた。

 

 そのすべてを、ダンブルドアのせいにはできない。

 

「僕も、ダーズリー家で育ちました」

 

 ハリーは続ける。

 

「幸せな子供時代ではなかった。でも、人を殺して魂を裂こうとは思わなかった」

 

 トムの顔が歪む。

 

「君と僕を同じにするな」

 

「同じじゃない。だから、先生の接し方だけが違いを作ったわけでもない」

 

「黙れ!」

 

 最後の糸が震える。

 

 ダンブルドアが目を閉じた。

 

 そして、自分の杖で糸を切った。

 

「すまぬ、トム」

 

 静かな声。

 

「救えなかったことは、ワシの後悔じゃ」

 

 糸が消える。

 

「しかし、君の罪までワシが引き受けることはできん」

 

 トムの影がダンブルドアから完全に離れた。

 

 悲鳴。

 

 黒い形が床へ落ちる。

 

 人型を保てない。

 

 煙。

 

 影。

 

 少年の顔。

 

 それらが混ざりながら、校長室の壁へ向かう。

 

「逃がすな!」

 

 スネイプが拘束魔法を放つ。

 

 マクゴナガルが壁を金属へ変える。

 

 ハリーは妖精魔法で、影の周囲に空間の壁を作る。

 

 逃げ道を消す。

 

「日記へ戻るつもりです」

 

「戻らせるな」

 

 スネイプが言う。

 

「本体と合流すれば、さらに力を得る」

 

「なら、ここで破壊します」

 

「影だけを?」

 

「日記ごとです」

 

 ハリーは地図を見る。

 

 地下牢。

 

 スネイプの研究室。

 

 フリットウィック。

 

 封印箱。

 

 距離がある。

 

 通常なら間に合わない。

 

 だが、妖精の魔法なら。

 

「箱をここへ呼びます」

 

「封印を越えられるのか?」

 

「僕が日記をマルフォイ邸から取った時と同じです」

 

「やれ」

 

 ハリーは集中する。

 

 地下牢。

 

 封印箱。

 

 スネイプの魔法。

 

 フリットウィックの防護。

 

 強い抵抗。

 

 勝手に移動させられないよう設計されている。

 

「先生」

 

「何だ」

 

「許可してください」

 

 スネイプが封印へ杖を向けるような動作をする。

 

 遠隔で解除。

 

 地下牢の魔力が変化する。

 

「今だ」

 

 ハリーは結果を定める。

 

 封印箱は、校長室の床にある。

 

 空間が歪む。

 

 黒い箱が現れた。

 

 同時に。

 

 中から強い衝撃。

 

 蓋が内側から膨らむ。

 

 影が箱へ向かって飛ぶ。

 

「止めろ!」

 

 ダンブルドアが金色の縄を放つ。

 

 影を捕らえる。

 

 だが、箱の蓋が開いた。

 

 内側の封印が破られている。

 

 日記が飛び出す。

 

 頁が激しくめくれる。

 

 黒い文字。

 

 インク。

 

 魔力。

 

 それらが渦となり、影を吸い込む。

 

「まずい!」

 

 ハリーが叫ぶ。

 

 日記と影が重なる。

 

 強烈な光。

 

 校長室の窓が割れた。

 

 机が吹き飛ぶ。

 

 歴代校長の肖像画が悲鳴を上げる。

 

 ハリーは盾を張る。

 

 身体が後方へ押される。

 

 光が消える。

 

 部屋の中央。

 

 一人の少年が立っていた。

 

 黒い髪。

 

 青白い肌。

 

 整いすぎた顔。

 

 ホグワーツの制服。

 

 手には、日記。

 

 身体は半透明ではない。

 

 影でもない。

 

 完全ではないが、触れられるほどの実体を得ている。

 

 十六歳のトム・リドル。

 

「ようやく」

 

 トムが自分の手を見る。

 

 指を動かす。

 

 微笑む。

 

「外へ出られた」

 

 ダンブルドアの顔が青ざめる。

 

「どうやって生命力を?」

 

 トムは彼を見る。

 

「あなたがくれたんですよ、先生」

 

「ワシは」

 

「会話をするたびに、ほんの少しずつ」

 

 魔力。

 

 感情。

 

 記憶。

 

 直接奪われたと分からない程度。

 

「罪悪感は、とても濃い」

 

 トムは穏やかに言った。

 

「あなたは僕を救えなかったと、本気で後悔していた」

 

 日記を胸へ抱く。

 

「その感情が、僕を育ててくれた」

 

 ハリーは杖を構える。

 

「ダンブルドア先生」

 

「何じゃ?」

 

「あとで、長い説教があります」

 

「覚悟しておこう」

 

「今は下がってください」

 

「それはできん」

 

「魔力を吸われています」

 

「まだ戦える」

 

「相手は先生を利用しやすい。近くにいるだけで危険です」

 

 トムが笑う。

 

「彼の言う通りです、先生」

 

「黙れ」

 

 ハリーとダンブルドアの声が重なった。

 

 トムの笑みが少し薄れる。

 

「僕を破壊する?」

 

「ああ」

 

 ハリーが答える。

 

「バジリスクの牙は、まだ届いていない」

 

「必要ない」

 

「悪霊の炎?」

 

 トムの目が輝く。

 

「十二歳の君に、制御できるのかな?」

 

「やってみれば分かる」

 

 ハリーは日記を見る。

 

 トムの身体と、本体である分霊箱。

 

 完全に繋がっている。

 

 日記を焼けば、トムも消える。

 

 ただし、悪霊の炎を使うには場所が悪い。

 

 校長室。

 

 城の上層。

 

 一度燃え広がれば、ホグワーツ全体が危険になる。

 

「場所を変えます」

 

「どこへ?」

 

 スネイプが尋ねる。

 

「必要の部屋」

 

「悪霊の炎を使うつもりか?」

 

「制御できる環境を作らせます」

 

 必要の部屋なら、耐火設備を求められる。

 

 出口。

 

 封印。

 

 消火手段。

 

 準備できる。

 

「逃げる時間を与えると思う?」

 

 トムが杖を上げる。

 

 どこから手に入れた。

 

 日記の魔力から作った仮初めの杖か。

 

 黒い木。

 

 先端が蛇の頭に似ている。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 緑の光。

 

 十六歳の学生が、迷いなく死の呪文を使った。

 

 ハリーは妖精魔法で横へ飛ぶ。

 

 背後の壁へ呪文が当たる。

 

 肖像画の校長たちが一斉に逃げる。

 

「やはり殺人犯だな」

 

 ハリーは杖を向ける。

 

「教育の失敗以前の問題だ」

 

 赤い光。

 

 失神呪文。

 

 トムの盾が弾く。

 

 戦いが始まった。

 

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