80歳のハリーポッターが11歳に戻った場合   作:金縛り

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2年目 将来有望な未成年

 トム・リドルの盾は強かった。

 

 ハリーの失神呪文を正面から受け、僅かに揺れただけで形を保っている。

 

 クィレルの身体を借りていたヴォルデモートとは違う。

 

 肉体の限界に縛られていない。

 

 日記が集めた魔力と、ダンブルドアから吸収した力で作られた仮初めの身体。

 

 十六歳のトム・リドル。

 

 魔法を学んでから、まだ数年。

 

 それでも、才能だけなら当時の教師たちすら驚かせた天才だった。

 

「ステューピファイ!」

 

 ハリーが連射する。

 

 一発。

 

 二発。

 

 三発。

 

 トムは盾を傾け、呪文を壁へ流す。

 

 正面から威力を受けない。

 

 判断が速い。

 

「君は、本当に十二歳なのか?」

 

「よく聞かれる」

 

「その呪文の速度。戦闘経験。僕の知る上級生にもいない」

 

「将来、練習すればできるようになる」

 

「僕の将来を知っているのだろう?」

 

「ああ」

 

「教えてくれないか」

 

「戦闘中に?」

 

「君は僕を殺すつもりだ。最後に知る権利くらいある」

 

「ない」

 

 ハリーは床へ杖を向ける。

 

「デプリモ!」

 

 石床が陥没する。

 

 トムが後ろへ跳ぶ。

 

 着地点。

 

 スネイプの拘束呪文が待っている。

 

 黒い縄。

 

 トムは空中で身体を捻り、切断呪文を放つ。

 

 縄が裂ける。

 

 マクゴナガルが破片を鳥へ変える。

 

 数十羽。

 

 トムの視界を塞ぐ。

 

「インセンディオ!」

 

 炎。

 

 鳥が焼ける前に、石へ戻る。

 

 炎を遮る壁となる。

 

 ダンブルドアが杖を振る。

 

 金色の鎖が、左右からトムへ迫る。

 

「あなたまで僕を攻撃するのですか?」

 

「君を自由にするわけにはいかん」

 

「僕を救いたかったはずだ!」

 

「救うことと、罪を見逃すことは違う」

 

「綺麗事だ!」

 

 トムの魔力が爆発する。

 

 金色の鎖が弾ける。

 

 校長室の窓枠が歪む。

 

 机の残骸が浮かび上がり、四方へ飛ぶ。

 

「プロテゴ!」

 

 マクゴナガルの盾。

 

 スネイプも別方向を守る。

 

 ハリーは破片を妖精魔法で消す。

 

 別の場所へ移す。

 

「その魔法」

 

 トムがハリーを見る。

 

「杖を使っていない」

 

「見れば分かるだろ」

 

「ホグワーツでは、姿現しはできないはずだ」

 

「これは姿現しじゃない」

 

「何の魔法だ?」

 

「厨房で習える」

 

 トムの眉が寄る。

 

「ふざけているのか?」

 

「本当だ」

 

 屋敷しもべ妖精。

 

 トムにとって、命令する対象。

 

 人間より下だと考える存在。

 

 その魔法が、自分の知らない技術として使われている。

 

「妖精の魔法か」

 

 トムはすぐに理解した。

 

 やはり頭はいい。

 

「屋敷しもべ妖精から、魔法使いが学べるはずがない」

 

「学べないと思っているから、学べないんだ」

 

「人間の魔法より劣った力だ」

 

「今のところ、僕の方が便利に使っている」

 

 トムの顔に苛立ちが浮かぶ。

 

 幼い。

 

 完全復活後のヴォルデモートなら、もう少し感情を隠す。

 

 若い。

 

 天才ではある。

 

 だが、まだ経験が足りない。

 

「場所を変えるぞ!」

 

 ハリーは叫んだ。

 

「必要の部屋へ誘導します!」

 

「どうやって?」

 

 マクゴナガルが尋ねる。

 

「僕が先に移動して、トムを連れていく」

 

「一人では駄目です!」

 

「校長室で悪霊の炎を使うよりましです!」

 

「逃げられたら?」

 

「逃げません」

 

 トムはハリーを知りたがっている。

 

 未来。

 

 敗北。

 

 自分が何者になるか。

 

 好奇心が強すぎる。

 

 そして、十二歳のハリーに負けることを認められない。

 

「トム!」

 

 ハリーは日記へ切断呪文を放つ。

 

 トムが即座に身体で庇う。

 

 盾。

 

 反応した。

 

「日記が本体か」

 

「貴様」

 

 口調が変わる。

 

 穏やかな優等生の仮面が剥がれた。

 

「それを壊せば、君も終わる」

 

「壊せるものなら」

 

「ついてこい」

 

 ハリーは妖精魔法を使う。

 

 七階。

 

 必要の部屋。

 

 自分はそこにいる。

 

 空間が歪む。

 

 校長室から消える直前、トムが呪文を撃った。

 

 黒い光。

 

 ハリーのローブを掠める。

 

 次の瞬間。

 

 必要の部屋前。

 

 廊下へ現れる。

 

 肩が熱い。

 

 切れている。

 

 毒はない。

 

 治療は後。

 

 ハリーは壁の前を三度歩く。

 

 悪霊の炎を使っても、城へ燃え広がらない部屋。

 

 分霊箱を破壊できる場所。

 

 複数の魔法使いが戦える広さ。

 

 出口を制御できる構造。

 

 扉が現れる。

 

 開く。

 

 内部は巨大な石室だった。

 

 壁。

 

 床。

 

 天井。

 

 すべて黒い石。

 

 中央には円形の広場。

 

 周囲に深い溝。

 

 溝の中には水ではなく、銀色の液体が流れている。

 

 悪霊の炎を封じるための魔法物質。

 

 壁には消火術式。

 

 複数の避難扉。

 

 必要の部屋は、要求へ応えた。

 

「十分だ」

 

 ハリーは中へ入る。

 

 振り返る。

 

 廊下に、トムが現れた。

 

 移動魔法ではない。

 

 黒い煙となり、ハリーの魔力の道へ強引に入り込んだ。

 

「追従までできるのか」

 

「一度見れば、原理くらい分かる」

 

「真似と理解は違う」

 

「試してみようか?」

 

 トムが部屋へ入る。

 

 扉が閉まる。

 

 壁へ溶けるように消えた。

 

 閉鎖。

 

 必要の部屋は、内部の決着がつくまで出口を出さない。

 

 ただし、ハリーが望んだ避難手段は残っている。

 

「ここで君を殺す」

 

 トムが言う。

 

「僕の未来を奪い、日記を盗み、先生を僕から引き離した」

 

「先生は君のものじゃない」

 

「あの人は僕を理解できる唯一の人間だった」

 

「理解してほしいんじゃない。認めさせたいだけだろ」

 

「何が違う?」

 

「相手の意思を尊重するかどうか」

 

「弱者の意思に、何の価値がある?」

 

「その考えで失敗する」

 

「また未来の話か」

 

「最期まで分からなかった」

 

 トムの表情が冷える。

 

「僕は、どう死ぬ?」

 

「自分の呪文が跳ね返る」

 

「馬鹿な」

 

「一度目も、最後も」

 

「僕ほどの魔法使いが、自分の呪文で?」

 

「杖の忠誠を理解できなかった」

 

「杖?」

 

「教えない」

 

 トムが杖を振る。

 

 緑の光。

 

 ハリーは横へ移動。

 

 壁際へ現れる。

 

 続けて赤い呪文。

 

 失神。

 

 盾。

 

 切断。

 

 拘束。

 

 トムの呪文は速い。

 

 無駄が少ない。

 

 教科書の範囲を大きく超えている。

 

 だが。

 

 実戦の癖がない。

 

 一発ごとに、完璧を求める。

 

 相手が避ける位置を読むより、自分の呪文の精度を優先する。

 

 ハリーは何十年も戦った。

 

 正規の闇払い。

 

 死喰い人。

 

 呪物。

 

 魔法生物。

 

 人質事件。

 

 狭い路地。

 

 広い平原。

 

 杖を失った状態。

 

 負傷。

 

 多数対一。

 

 経験の量が違う。

 

「若いな」

 

 ハリーが言う。

 

「黙れ!」

 

 トムが黒い蛇を作る。

 

 巨大な蛇。

 

 ハリーへ飛びかかる。

 

『止まれ』

 

 蛇語。

 

 蛇が空中で動きを止める。

 

『作り主へ戻れ』

 

 蛇が向きを変える。

 

 トムへ牙を剥く。

 

「消えろ!」

 

 トムが自分の蛇を破壊する。

 

「蛇語が使えるのか」

 

「君の将来の魂が入ってるから」

 

 ハリーは額を指す。

 

「僕の魂?」

 

「ああ」

 

「君の中に?」

 

「偶然入った」

 

 トムの目が大きくなる。

 

 純粋な驚き。

 

 次に、歓喜。

 

「僕は魂を七つに?」

 

「正確には、君自身を含めて八つだ」

 

「成功したのか」

 

「失敗した」

 

「不死になった」

 

「まともな人間ではなくなった」

 

「死ぬよりはいい」

 

「そう思うところが、まだ青い」

 

「死を恐れない者などいない!」

 

「恐れることと、魂を裂くことは違う」

 

「君は老いたふりをしているだけだ」

 

 トムはハリーの身体を見る。

 

「十二歳の子供が、死を理解したような口を利く」

 

「八十年以上生きた」

 

 初めて明確に伝えた。

 

 トムが止まる。

 

「何?」

 

「僕は未来から戻った」

 

「時間旅行?」

 

「記憶だけ」

 

「だから」

 

 トムが笑い始める。

 

 小さく。

 

 やがて、大きく。

 

「だから僕の未来を知っている!」

 

「ああ」

 

「素晴らしい」

 

「何が?」

 

「君の記憶を奪えば、僕は自分の失敗をすべて知ることができる」

 

 予想通り。

 

 警戒ではなく、利用価値を考える。

 

「未来を変えられる。分霊箱の位置も、安全な作り方も、敵も、裏切り者も」

 

「記憶を渡すと思うか?」

 

「奪う」

 

 トムの身体が黒い霧へ変わる。

 

 物理的な距離を無視し、ハリーへ迫る。

 

 日記がジニーへしたこと。

 

 精神へ入り込む。

 

 生命力と記憶を吸う。

 

「開心術じゃないな」

 

 ハリーは閉心術の壁を作る。

 

 黒い霧が頭へ触れる。

 

 強い圧力。

 

 記憶が引かれる。

 

 ホグワーツ。

 

 戦争。

 

 死者。

 

 家族。

 

 闇払い局。

 

 ヴォルデモートの最期。

 

「見える」

 

 トムの声が頭の中へ響く。

 

「僕がいる」

 

 ハリーは表層へ偽の記憶を並べる。

 

 完全復活後のヴォルデモート。

 

 禿げた頭。

 

 鼻のない顔。

 

 蛇のような姿。

 

「これは」

 

 トムの声が止まる。

 

「僕?」

 

「将来の君だ」

 

「嘘だ」

 

「現実だ」

 

「僕の顔が」

 

「なくなる」

 

「なぜ鼻がない!」

 

「知らない」

 

「こんな姿になるはずがない!」

 

 精神への圧力が乱れた。

 

 ハリーは逆に押し返す。

 

「見た目を気にするんだな」

 

「黙れ!」

 

「安心しろ。見慣れれば、それなりにヴォルデモートらしい」

 

「僕はトム・リドルだ!」

 

「その名前を捨てるのも君だ」

 

 トムが精神から離れる。

 

 黒い霧が身体へ戻る。

 

 顔には、明確な動揺。

 

「ヴォルデモート」

 

 ハリーが言う。

 

「君が自分で作った名前だ」

 

「それを、なぜ」

 

「トム・マーボロ・リドルの文字を並べ替えただけだろ」

 

 トムは杖を握り締める。

 

「未来の僕は、君へすべてを話したのか?」

 

「自分から説明した。墓石にまで父親の名前があるのに」

 

「父親」

 

「マグルの父親」

 

 最も触れられたくない部分。

 

「君は純血じゃない。母親が魔女で、父親がマグル」

 

「黙れ」

 

「父親を殺す」

 

「黙れ!」

 

 トムの魔力が爆発する。

 

 黒い火。

 

 普通の炎ではない。

 

 まだ悪霊の炎ではないが、強い呪いを含む。

 

 ハリーは空間を飛ぶ。

 

 背後。

 

「ステューピファイ!」

 

 直撃。

 

 トムが前へ倒れる。

 

 だが、日記が光り、身体を支える。

 

 生命力が本体から補われる。

 

「やはり日記を壊さないと終わらない」

 

 ハリーは杖を構え直す。

 

 扉側。

 

 空間が揺れる。

 

 ダンブルドア、スネイプ、マクゴナガルが現れた。

 

 必要の部屋が、ハリーの望んだ援軍を受け入れた。

 

「遅いですよ」

 

「君が突然消えたのでの」

 

 ダンブルドアが答える。

 

「一人で戦わない約束は?」

 

「連れてくる時間がありませんでした」

 

「今回は仕方あるまい」

 

 マクゴナガルがハリーの負傷を見る。

 

「肩を怪我しています」

 

「掠っただけです」

 

「後で医務室です」

 

「生きていれば」

 

「縁起でもないことを言わないでください!」

 

 トムが四人を見る。

 

「ずいぶん大勢だ」

 

「一対一にこだわる必要はない」

 

 ハリーが言う。

 

「組織で仕事をする」

 

「僕一人を恐れて?」

 

「効率の問題だ」

 

 スネイプが先に攻撃する。

 

「セクタムセンプラ!」

 

 銀色の刃。

 

 トムが盾で受ける。

 

 盾に深い亀裂。

 

 開発途中の呪文か。

 

 未来のスネイプが使ったものより粗いが、威力は十分。

 

「知らない呪文だ」

 

 トムが興味を示す。

 

「教える気はない」

 

 マクゴナガルが床を変形させる。

 

 石の腕。

 

 トムの足を掴む。

 

 ダンブルドアの金色の縄。

 

 両腕を拘束。

 

 ハリーが日記へ向かう。

 

「アクシオ・ダイアリー!」

 

 日記がトムの手から離れる。

 

 途中で止まる。

 

 トムと日記を繋ぐ黒い糸。

 

 ハリーは切断呪文を撃つ。

 

 一本切れる。

 

 トムの右腕が透ける。

 

「やめろ!」

 

 トムが拘束を破る。

 

 日記を引き戻そうとする。

 

 ダンブルドアがさらに縄を重ねる。

 

「ハリー!」

 

「分かっています!」

 

 日記を妖精魔法で移動。

 

 自分の手元ではない。

 

 部屋の中央。

 

 悪霊の炎を使うために作られた円形のくぼみ。

 

 日記が落ちる。

 

 トムが黒い煙となって追う。

 

 スネイプが炎の壁で止める。

 

「今だ!」

 

 悪霊の炎。

 

 ハリーは一度、深く息を吸った。

 

 今の身体で使うのは初めて。

 

 前世では習得している。

 

 制御方法も知っている。

 

 だが、魔力量が違う。

 

 身体への負担も未知。

 

「私が使う」

 

 スネイプが言う。

 

「先生は悪霊の炎を完全に制御できますか?」

 

「お前よりはましだ」

 

「僕は前世で何度も使いました」

 

「今のお前は十二歳だ」

 

「二人で使います」

 

 ハリーが提案する。

 

「僕が炎の形を制御する。先生が魔力を供給してください」

 

「可能なのか?」

 

「妖精魔法で繋ぎます」

 

「危険すぎる」

 

「日記を逃がす方が危険です」

 

 ダンブルドアがトムを押さえながら叫ぶ。

 

「やりなさい!」

 

 スネイプがハリーの横へ立つ。

 

 二人の杖を交差させる。

 

「私の魔力を勝手に深くまで引くな」

 

「必要な分だけです」

 

「精神へ触れるな」

 

「触れたくありません」

 

「貴様」

 

「始めます!」

 

 魔力の道を繋ぐ。

 

 屋敷しもべ妖精が、建物や主人との繋がりを利用する方法。

 

 今回は、スネイプの杖から流れる魔力を、ハリーの術式へ通す。

 

 黒い炎。

 

 最初は小さい。

 

 蛇。

 

 獅子。

 

 鳥。

 

 炎が意思を持つ形へ変わろうとする。

 

 悪霊の炎は、燃えることを望む。

 

 周囲すべてを食らう。

 

 術者すら。

 

「形を固定しろ!」

 

 スネイプが叫ぶ。

 

「分かっています!」

 

 炎を一匹の蛇へまとめる。

 

 大きくしすぎない。

 

 日記だけを狙う。

 

 銀色の溝が、余分な熱を吸収する。

 

 必要の部屋の壁が、炎を外へ出さない。

 

 トムが目を見開く。

 

「やめろ!」

 

「嫌だね」

 

 ハリーは炎を放つ。

 

 黒い蛇が日記へ飛びかかる。

 

 トムがダンブルドアの拘束を破る。

 

 自分の身体を盾にする。

 

 炎が胸へ食いつく。

 

「アアアアアッ!」

 

 悲鳴。

 

 身体が燃える。

 

 だが、日記へ到達しない。

 

 トムは自分の存在を使い、炎を止めている。

 

「僕は死なない!」

 

「日記がある限りは」

 

「僕には未来がある!」

 

「ない」

 

 ハリーは炎を強める。

 

「ここで終わりだ」

 

「僕は世界を手に入れる!」

 

「学生の段階で?」

 

「僕は誰より優れている!」

 

「将来性はある」

 

 ハリーは認める。

 

 魔法の才能。

 

 頭脳。

 

 人を惹きつける外見。

 

 冷酷さ。

 

 野心。

 

 悪い方向への将来性は、恐ろしいほど高い。

 

「だが、まだ数年しか魔法を使っていない」

 

「黙れ!」

 

「戦い方も若い。経験も足りない。妖精の魔法は初見」

 

 炎の蛇が、トムの身体を巻く。

 

「その程度で、世界を取れると思うな」

 

 トムの顔が崩れる。

 

 皮膚が黒い文字へ変わる。

 

 日記の頁に書かれていたインク。

 

 人間の形を保てなくなる。

 

「ダンブルドア!」

 

 トムが叫ぶ。

 

 助けを求める声。

 

 先生へ向けた、少年の声。

 

「僕を見殺しにするのですか!」

 

 ダンブルドアの顔に苦痛が浮かぶ。

 

 だが、杖を下ろさない。

 

「君は、すでに一人の少女を殺した」

 

「彼女は、価値のない人間だった!」

 

「その言葉が、答えじゃ」

 

 ダンブルドアの拘束が強まる。

 

「ワシが救いたかった少年は、他者の命にも価値があると学べる者じゃった」

 

「僕は特別だ!」

 

「誰もが、自分にとっては特別じゃよ」

 

「僕と凡人を一緒にするな!」

 

「だから、君は救いを拒んだ」

 

 トムの目が憎悪に染まる。

 

「ならば、あなたも死ね!」

 

 最後の力。

 

 黒い呪文がダンブルドアへ飛ぶ。

 

 マクゴナガルが盾を張る。

 

 スネイプの魔力供給が一瞬乱れる。

 

 悪霊の炎が膨らむ。

 

「まずい!」

 

 炎の蛇が分裂する。

 

 獅子。

 

 鳥。

 

 蜘蛛。

 

 複数の形。

 

 制御を失いかけている。

 

「ハリー!」

 

「全員、避難扉へ!」

 

 必要の部屋の壁に、複数の扉が現れる。

 

「お前は?」

 

 スネイプが問う。

 

「炎を消してから行きます」

 

「一人で残るな!」

 

「先生の魔力を切れば、僕しか制御できません!」

 

「なら私も残る」

 

「駄目です」

 

 悪霊の炎がスネイプの魔力を辿ろうとしている。

 

 繋がりを残せば、彼まで燃える。

 

 ハリーは魔力の道を切断した。

 

 スネイプが後方へ弾かれる。

 

「ポッター!」

 

 ダンブルドアがスネイプを支える。

 

「行ってください!」

 

 マクゴナガルがハリーへ向かおうとする。

 

 ダンブルドアが止めた。

 

「ハリーを信じるのじゃ!」

 

「十二歳の生徒を置いていけません!」

 

「今は彼に任せるしかない!」

 

 悪霊の炎が部屋全体へ広がる。

 

 黒い石の床を舐める。

 

 銀色の溝が光る。

 

 炎を吸収。

 

 それでも足りない。

 

 トムは燃えながら笑っている。

 

「一緒に死のう、ハリー」

 

「断る」

 

「十二歳の身体で、この炎を制御できるものか」

 

「一人ならな」

 

 ハリーは床へ手を触れる。

 

 必要の部屋。

 

 ホグワーツ。

 

 この城には、何百もの屋敷しもべ妖精がいる。

 

 厨房。

 

 清掃。

 

 維持。

 

 城と繋がっている。

 

「ティビー!」

 

 名を呼ぶ。

 

 破裂音。

 

 小さな妖精が現れる。

 

 炎を見て、目を見開く。

 

「ハリー・ポッター様!」

 

「厨房の妖精たちへ頼んでくれ。城を守るために力を貸してほしい」

 

「承知いたしました!」

 

 ティビーが消える。

 

 次の瞬間。

 

 部屋の四方へ、屋敷しもべ妖精たちが現れた。

 

 十。

 

 二十。

 

 五十。

 

 さらに増える。

 

 ホグワーツに仕える妖精。

 

 手を繋ぎ、輪を作る。

 

 城との繋がり。

 

 必要の部屋との繋がり。

 

 妖精の魔法。

 

「炎を、この円の中へ閉じ込める!」

 

 ハリーが指示する。

 

 妖精たちが一斉に指を上げる。

 

 空間が曲がる。

 

 燃え広がろうとする悪霊の炎を、中央へ押し戻す。

 

 物理的に消すのではない。

 

 炎が存在できる場所を狭める。

 

 黒い火が圧縮される。

 

 部屋全体。

 

 半分。

 

 四分の一。

 

 中央の円。

 

 トムと日記だけが残る。

 

「屋敷しもべ妖精ごときが!」

 

 トムが叫ぶ。

 

「その見下した相手に負けるんだ」

 

 ハリーは炎の形を再び一匹の蛇へまとめる。

 

 今度は、妖精たちの魔法が支えている。

 

 制御できる。

 

「終わりだ、トム」

 

「私はヴォルデモートだ!」

 

「今はまだ、トム・リドルだ」

 

「その名で呼ぶな!」

 

「日記ごと葬ってやる」

 

 炎の蛇が口を開く。

 

 日記へ噛みつく。

 

 黒い表紙が燃える。

 

 頁。

 

 文字。

 

 インク。

 

 すべてが悪霊の炎に飲まれる。

 

 トムの身体へ亀裂が走る。

 

「やめろ!」

 

「嫌だね」

 

「僕は不死だ!」

 

「一つ目が壊れるだけだ」

 

「一つ目?」

 

「まだ残ってる」

 

 ハリーは答える。

 

「全部見つけて、全部壊す」

 

 トムの顔に、初めて本物の恐怖が浮かぶ。

 

「どこにあるか知っているのか?」

 

「知ってる」

 

「待て!」

 

「待たない」

 

「取引をしよう!」

 

「必要ない」

 

「他の分霊箱の場所を教える!」

 

「全部知ってる」

 

「嘘だ!」

 

「グリンゴッツ。ブラック家。ホグワーツ。ゴーント家」

 

 一つずつ。

 

 トムの顔が崩れる。

 

「なぜ」

 

「未来から来たと言っただろ」

 

「ならば、僕は」

 

「もう終わりだ」

 

 日記が完全に燃え上がる。

 

 甲高い絶叫。

 

 トムの身体が黒い灰へ変わる。

 

「ハリー・ポッター!」

 

 憎悪。

 

 恐怖。

 

 理解できないものへの怒り。

 

「私は必ず――」

 

 言葉の途中。

 

 日記の最後の頁が灰になった。

 

 トム・リドルの姿が消える。

 

 悪霊の炎だけが残る。

 

「全員、もう少しです!」

 

 ハリーは妖精たちへ呼びかける。

 

 炎から燃える対象をなくす。

 

 部屋の中央に、耐火性のない物は日記しか置いていない。

 

 床も壁も燃えない。

 

 悪霊の炎は、それでも獲物を求める。

 

 自分自身を食らわせる。

 

 炎の蛇の尾を、頭へ近づける。

 

 輪。

 

 自らを噛む蛇。

 

 悪霊の炎が、自分の魔力を燃やし始める。

 

 黒い火が縮む。

 

 巨大な蛇。

 

 人間ほど。

 

 腕ほど。

 

 指先ほど。

 

 最後に、小さな火花となる。

 

 ティビーが指を鳴らした。

 

 火花が空間の隙間へ閉じ込められる。

 

 消滅。

 

 静寂。

 

 ハリーはその場へ膝をついた。

 

 魔力が空に近い。

 

 頭痛。

 

 吐き気。

 

 肩の傷。

 

「ハリー・ポッター様!」

 

 ティビーが駆け寄る。

 

「大丈夫」

 

「大丈夫ではございません!」

 

「日記は?」

 

 床。

 

 黒い灰。

 

 燃え残りはない。

 

 分霊箱の気配も消えている。

 

 額の傷。

 

 僅かな繋がりが、一つ切れた感覚。

 

「壊れた」

 

 ハリーは息を吐いた。

 

 一つ目。

 

 最も自律性が高く、危険だった分霊箱。

 

 完全に破壊した。

 

 避難扉が開く。

 

 ダンブルドアたちが戻ってくる。

 

 マクゴナガルがハリーへ駆け寄った。

 

「何をしているのです!」

 

「座っています」

 

「そういう意味ではありません!」

 

「日記は壊しました」

 

「あなたは一人で残った!」

 

「妖精たちがいました」

 

「最初は一人だったでしょう!」

 

「呼ぶ予定でした」

 

「先に呼びなさい!」

 

「すみません」

 

「医務室です。今すぐ!」

 

 マクゴナガルがハリーを立たせようとする。

 

 足に力が入らない。

 

 身体が傾く。

 

 スネイプが腕を掴んだ。

 

「魔力枯渇だ」

 

「完全には」

 

「黙れ」

 

「まだ意識があります」

 

「それを魔力が残っている証拠にするな」

 

 ダンブルドアが、日記の灰の前へ立つ。

 

 長い間、黙って見下ろす。

 

「先生」

 

 ハリーが呼ぶ。

 

「何じゃ?」

 

「言いましたよね」

 

「何を?」

 

「さっさと破壊しろと」

 

「……言われたの」

 

「今年、一番役に立ちませんでしたよ」

 

 マクゴナガルが振り返る。

 

「ポッター!」

 

「事実です」

 

 ダンブルドアは怒らなかった。

 

 髭の奥で、苦く笑う。

 

「返す言葉がない」

 

「本当に反省してください」

 

「そのつもりじゃ」

 

「次から日記や分霊箱と一人で会話しない」

 

「約束しよう」

 

「救えなかった相手を、次こそ救えると思って危険を見逃さない」

 

 ダンブルドアの笑みが消える。

 

「それも、約束しよう」

 

「情報を一人で抱えない」

 

「努力しよう」

 

「約束」

 

「……約束しよう」

 

 ハリーは頷いた。

 

「なら、今回はそれで」

 

「随分と偉そうだな」

 

 スネイプが言う。

 

「実際、今回の判断は僕の方が正しかったでしょう」

 

「否定はせん」

 

「先生が認めた」

 

「二度と言わん」

 

 ハリーは少し笑う。

 

 その直後、視界が暗くなった。

 

「ポッター?」

 

「少し寝ます」

 

「ここで寝るな!」

 

 意識が途切れる。

 

 最後に見えたのは、慌てる教師たちと、泣きながらハリーを囲む妖精たちだった。

 

 目を覚ました時。

 

 医務室。

 

 予想通り。

 

 ベッドの横にはロンとハーマイオニー。

 

 少し離れた場所にダンブルドア。

 

「何日?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「丸一日よ」

 

 ハーマイオニーが答える。

 

「一日で済んだか」

 

「済んだ、じゃないわ!」

 

「日記は?」

 

「壊れた」

 

 ロンが言う。

 

「先生たちが何度も確認したって」

 

「トムは?」

 

「消えたわ」

 

 ハーマイオニーが続ける。

 

「魂の魔力も残っていないそうよ」

 

「なら、成功だ」

 

「成功しても、倒れたら駄目でしょう!」

 

「死んでない」

 

「死にかけることを基準にしないで!」

 

 目に涙が浮かんでいる。

 

「悪かった」

 

 素直に謝る。

 

 今回は、本当に危険だった。

 

 悪霊の炎の制御。

 

 妖精たちが来なければ、ハリーごと必要の部屋を焼き尽くしていた可能性がある。

 

「もう一人で戦わないって約束したよな」

 

 ロンが言う。

 

「最初は先生たちもいた」

 

「途中で一人になった」

 

「妖精を呼んだ」

 

「後からだろ」

 

「悪かった」

 

 二度目。

 

 言い訳を続けても意味はない。

 

「次は先に助けを呼ぶ」

 

「絶対?」

 

 ハーマイオニーが尋ねる。

 

「状況が許す限り」

 

「ハリー」

 

「絶対と言える状況ばかりじゃない」

 

「今回だって、先にティビーを呼べたでしょう」

 

「それはそうだ」

 

「なら約束して」

 

「自分一人でなければできないと確認する前に、必ず誰かへ協力を求める」

 

 可能な約束。

 

 ハーマイオニーは少し考え、頷いた。

 

「それならいいわ」

 

 ダンブルドアが近づいてくる。

 

「ワシからも、謝らせてほしい」

 

「僕に?」

 

「君たち全員にじゃ」

 

 ロンとハーマイオニーを見る。

 

「日記の危険性を軽く見た。自分ならトムを理解し、制御できると考えた。結果として、君たちと学校全体を危険へ晒した」

 

 校長が、明確に非を認めている。

 

「珍しいですね」

 

 ハリーが言う。

 

「もう少し素直に受け取れんかの?」

 

「受け取っています」

 

「そうは見えん」

 

「今後、行動で示してください」

 

「厳しいの」

 

「これでも抑えています」

 

 ダンブルドアは苦笑した。

 

「一つ、君に伝えておかなくてはならん」

 

「何です?」

 

「トムがワシから吸い取ったものについてじゃ」

 

「魔力と感情?」

 

「それだけではない」

 

 ダンブルドアの顔が真剣になる。

 

「ワシの記憶の一部を見た可能性がある」

 

「どの記憶です?」

 

「すべては分からん。ただ、グリンデルバルド。ニワトコの杖。死の秘宝。それらに関する記憶へ触れた形跡がある」

 

 ハリーは目を閉じた。

 

 日記のトムは消えた。

 

 情報を他の分霊箱へ送る手段も、通常はない。

 

 だが、完全に断定はできない。

 

 黒い影が校長室に定着していた期間。

 

 他の魂の欠片と何らかの共鳴を起こしていた可能性。

 

「ヴォルデモート本体へ伝わったと思いますか?」

 

「分からん」

 

「最悪を想定します」

 

「そうすべきじゃろう」

 

 ニワトコの杖。

 

 ヴォルデモートが、それを前倒しで探し始める可能性がある。

 

 未来がまた変わる。

 

「一つ壊したら、別の問題が出るな」

 

「いつものことだろ」

 

 ロンが言う。

 

「慣れたくない」

 

「僕は少し慣れてきた」

 

「僕は嫌よ」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

 ハリーも同意だった。

 

 それでも。

 

 日記は壊した。

 

 ジニーは救われた。

 

 秘密の部屋は開かれたが、誰も犠牲になっていない。

 

 バジリスクは保護区へ移った。

 

 アクロマンチュラの群れも、学校の近くから排除された。

 

 二年目の大きな危機は、ほぼ解決した。

 

 残っているのは。

 

「シリウスの裁判は?」

 

 ハリーがダンブルドアへ尋ねる。

 

「来月、ウィゼンガモットの特別法廷が開かれる」

 

「証拠は?」

 

「ピーターの杖が見つかった」

 

「どこに?」

 

「ウィーズリー家の庭に埋められておった」

 

 十二年間。

 

 ピーターは、必要になれば取り出せる場所へ杖を隠していた。

 

「深層履歴から、マグル十二名を殺した爆破呪文が確認された」

 

「秘密の守人の契約は?」

 

「ゴドリックの谷に残った魔力から、ピーターへ変更された記録を復元できた」

 

「なら勝てますね」

 

「証拠としては十分じゃ」

 

「ファッジが邪魔をしても?」

 

「アメリアが法廷へ提出する。ワシも証言する」

 

 ハリーは枕へ背を預ける。

 

 今度こそ。

 

 シリウスを正式に救える。

 

「しっかりしてくださいよ」

 

「今度こそ、と言いたそうじゃの」

 

「その通りです」

 

「肝に銘じよう」

 

「今年の先生は使い物になりませんでしたから」

 

「もう一度言うのかの?」

 

「大切なことなので」

 

 ダンブルドアは深くため息をついた。

 

 ロンが笑う。

 

 ハーマイオニーは呆れている。

 

 日記を巡る戦いは終わった。

 

 若きトム・リドル。

 

 将来有望な天才。

 

 悪い方向へ成長すれば、世界を恐怖へ陥れる魔法使い。

 

 だが今は、まだ十六歳。

 

 数年しか魔法を学んでいない少年だった。

 

 前世の知識。

 

 何十年もの実戦経験。

 

 妖精たちの魔法。

 

 仲間と教師の協力。

 

 それらすべてを使えば、負ける理由はない。

 

 英雄一人で勝つ必要もない。

 

 凡人には、凡人の戦い方がある。

 

 そして。

 

 ハリーはようやく、ダンブルドアにもそれを少し理解させられた気がしていた。

 

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