80歳のハリーポッターが11歳に戻った場合   作:金縛り

2 / 29
1年目 ホグワーツへの帰還

 プリベット通り四番地の玄関前に立っていたのは、灰色のスーツを隙なく着こなした、背の高い女性だった。

 

 黒髪はきっちりとまとめられ、四角い眼鏡の奥にある目は厳格そのもの。

 

 手には革製の鞄。

 

 頭には尖った帽子もなく、肩に梟も乗せていない。

 

 どこからどう見ても、少々気難しそうな学校教師である。

 

 完璧だった。

 

 ハリーが希望した条件を、ほぼすべて満たしている。

 

 少なくとも、扉を吹き飛ばしたり、バーノンの猟銃を捻じ曲げたりするようには見えなかった。

 

「ホグワーツ魔法魔術学校より参りました。ハリー・ポッターさんへの入学案内です」

 

 扉を開けたバーノンが、女性を睨みつける。

 

「妙な格好ではないな」

 

「訪問先に適した服装を選ぶのは、社会人として当然のことです」

 

「杖は持っているのか?」

 

「必要な場合に備えて携帯しております」

 

「この家では出すな」

 

「正当な理由がない限り、そのつもりはありません」

 

「人間を動物に変えたりもしないだろうな」

 

 女性の眉が僅かに動いた。

 

「通常、人間を無断で動物へ変身させることはありません」

 

 通常。

 

 その言葉を聞き、ハリーは笑いそうになるのを堪えた。

 

 マクゴナガルなら、必要があれば本当にやる。

 

「おはようございます、マクゴナガル先生」

 

 ハリーが廊下から声をかけると、女性の視線がこちらへ向いた。

 

 若い。

 

 当然だが、記憶にある晩年の彼女よりもずっと若い。

 

 厳格な表情も、真っ直ぐ伸びた背筋も変わらない。

 

 最終決戦の後もホグワーツを守り続け、校長として多くの生徒を育てた女性。

 

 ハリーが闇払い局長になった後も、会うたびに姿勢や言葉遣いを注意してきた恩師。

 

 彼女が生きている。

 

 その事実だけで、胸の奥が僅かに熱くなった。

 

「おはようございます、ポッターさん」

 

 マクゴナガルはハリーを観察した。

 

「私の名前をご存じなのですね」

 

「入学許可証に署名がありました」

 

「きちんと読んだのですね」

 

「自分の進路に関わる書類ですから」

 

 マクゴナガルの視線が鋭くなる。

 

 十一歳の子供らしい返答ではなかったかもしれない。

 

「中へ入っても?」

 

「杖は出すなよ」

 

 バーノンが念を押す。

 

「承知しました」

 

 マクゴナガルは一歩も譲らず、それでいて礼儀正しく答えた。

 

 応接間での説明は、予想以上に順調に進んだ。

 

 ホグワーツが七年制の寄宿学校であること。

 

 魔法の使用には法律上の制限があること。

 

 学用品は魔法界で購入する必要があること。

 

 ハリーの両親が魔法使いであり、必要な費用を賄える遺産が残されていること。

 

 マクゴナガルが一つずつ説明する。

 

 バーノンは魔法という言葉が出るたびに顔を歪め、ペチュニアは硬い表情で黙り込んだ。

 

 ダドリーだけは、魔法の菓子や箒について聞きたそうにしている。

 

「つまり」

 

 説明が一段落したところで、バーノンが言った。

 

「こいつが学校へ行けば、この家で妙なことを起こさなくなるんだな?」

 

「適切な教育を受ければ、自身の魔力を制御できるようになります」

 

「なら、さっさと連れていけ」

 

「入学日は九月一日です」

 

「今日から預かれんのか?」

 

「できません」

 

 マクゴナガルが即答した。

 

 ハリーは少しだけ同情した。

 

 さすがのホグワーツも、夏休み中に生徒を押しつけられては困るだろう。

 

「本日は学用品の購入へご案内します。保護者の方も同行されますか?」

 

「行かん」

 

「私も結構よ」

 

 バーノンとペチュニアが続けて断る。

 

 マクゴナガルは責めるようなことは言わなかった。

 

「では、ポッターさんは私がお預かりします。夕方までにはお送りします」

 

「変な物を持ち込ませるな」

 

「学校指定の物品のみです」

 

「箒は?」

 

 ダドリーが口を挟んだ。

 

「一年生は個人用箒を持ち込むことを許可されていません」

 

「なんだ。つまらないな」

 

「君が乗るわけじゃないだろ」

 

 ハリーが言う。

 

「乗れたら乗る」

 

「最初は地面から一メートルくらいにしておいた方がいい」

 

「どうして?」

 

「落ちた時に痛いから」

 

 ダドリーが顔をしかめた。

 

 ハリーは立ち上がり、自室から準備していた上着を持ってきた。

 

「行けます」

 

「早いですね」

 

「昨日のうちに用意しました」

 

「私が来ると確信していたのですか?」

 

「手紙を送った以上、誰かは来ると思っていました」

 

「そうですか」

 

 マクゴナガルは納得したようには見えなかった。

 

 家を出て角を曲がるまで、二人は無言だった。

 

 プリベット通りの家々から、近隣住民たちがこちらを窺っている。

 

 ペチュニアが嫌がりそうな光景だ。

 

「ポッターさん」

 

 人目が少なくなったところで、マクゴナガルが声をかけた。

 

「はい」

 

「あなたは、想像していたより落ち着いていますね」

 

「騒いでも状況は変わりませんから」

 

「魔法の存在を知らされた十一歳の子供は、通常もっと驚くものです」

 

「驚いています」

 

「そうは見えません」

 

「顔に出にくいんです」

 

 マクゴナガルが眼鏡の奥からハリーを見つめる。

 

「ご両親について、何か聞いていましたか?」

 

「ほとんど何も」

 

「魔法については?」

 

「奇妙な出来事が何度かあったので、普通ではないとは思っていました」

 

 完全な嘘ではない。

 

「それだけですか?」

 

「それだけです」

 

 しばらく見つめられた後、マクゴナガルは歩き出した。

 

 追及はされなかった。

 

 だが、最初の時点ですでに警戒されている。

 

 先が思いやられた。

 

 ダイアゴン横丁への移動には、マグルの列車と地下鉄が使われた。

 

 ハリーにとっては、ありがたい選択だった。

 

 煙突飛行粉を使えば、初めてのふりをするのが難しい。

 

 姿現しは、マクゴナガルに抱えられて行うには少々年齢を重ねすぎている。中身だけだが。

 

 漏れ鍋へ入り、奥の中庭へ進む。

 

 マクゴナガルが煉瓦を杖で叩いた。

 

 壁が左右へ開いていく。

 

 賑やかな通りが姿を現した。

 

 鍋を積んだ店。

 

 梟の鳴き声。

 

 箒を眺める子供たち。

 

 薬草と香辛料の入り混じった匂い。

 

「ここがダイアゴン横丁です」

 

 マクゴナガルが言う。

 

 ハリーは通りを見渡した。

 

 一度目の人生で初めてここを訪れた時、世界が突然広がったように感じた。

 

 自分だけが異常なのではなかった。

 

 自分と同じように魔法を使う人々がいる。

 

 自分にも居場所がある。

 

 あの時の感動を、ハリーは今も覚えている。

 

「……すごいですね」

 

 思ったより自然な声が出た。

 

 演技ではなかった。

 

 失われたと思っていた景色を、もう一度見ている。

 

 それだけで十分だった。

 

 最初に向かったのはグリンゴッツだった。

 

 白い建物へ入り、ゴブリンへ鍵を渡す。

 

 小型車両で地下へ降りる間も、ハリーは手すりを握って黙っていた。

 

「怖くありませんか?」

 

 隣に座るマクゴナガルが尋ねる。

 

「速い乗り物は嫌いではありません」

 

 一度目は、これに興奮していた。

 

 後年、グリンゴッツへドラゴンで侵入し、ドラゴンで脱出した。

 

 それに比べれば、安全装置のある小型車両は穏やかなものである。

 

 金庫が開く。

 

 金貨と銀貨と銅貨が積まれている。

 

「これが、ご両親の遺された財産です」

 

 ハリーは必要な金額だけを袋へ入れた。

 

 マクゴナガルが尋ねる。

 

「それだけでよいのですか?」

 

「学用品と、学校で必要になる分があれば十分です」

 

「欲しい物はないのですか?」

 

「今のところは」

 

 将来的には資金が必要になる。

 

 分霊箱を回収するための移動費。

 

 情報を集めるための報酬。

 

 安全な拠点の確保。

 

 そして、戦争が再び始まる前に準備を整えるための費用。

 

 子供のお小遣いとして使い切るわけにはいかない。

 

「金貨を見て、もう少し喜ぶかと思いました」

 

「両親の遺産ですから」

 

 ハリーが答えると、マクゴナガルは何も言わなくなった。

 

 買い物は順調に進んだ。

 

 教科書。

 

 鍋。

 

 薬瓶。

 

 天秤。

 

 羽根ペン。

 

 羊皮紙。

 

 制服。

 

 ハリーは必要な物だけを選び、余計な店へ寄ろうとしなかった。

 

 マクゴナガルが少し呆れたように言う。

 

「随分と買い物が早いですね」

 

「一覧がありますから」

 

「普通の子供なら、箒や悪戯道具に気を取られます」

 

「箒は持ち込めませんし、悪戯道具は授業に必要ありません」

 

「まるで保護者のようなことを言いますね」

 

「叔父たちに言われ続けましたから」

 

 こちらも半分は本当だ。

 

 最後に、オリバンダーの店へ向かった。

 

 店内は狭く、埃っぽい。

 

 天井近くまで、杖の入った箱が積まれている。

 

「こんにちは」

 

 奥から、白い目をした老人が現れた。

 

 ハリーの額を見た瞬間、その表情が変わる。

 

「お会いできる日を待っておりました。ハリー・ポッター」

 

「こんにちは、オリバンダーさん」

 

「お母様の杖をよく覚えております。柳、二十六センチ余り、よくしなる杖でした。お父様の杖はマホガニー。変身術に向いた、優れた杖でした」

 

 懐かしい説明だった。

 

 採寸が始まり、次々と杖を試す。

 

 一本目。

 

 反応なし。

 

 二本目。

 

 杖先から煙が出る。

 

 三本目。

 

 店の隅にあった箱が落ちた。

 

 以前も、選定には時間がかかった。

 

 しかし今回は、少し事情が違うらしい。

 

「興味深い」

 

 十本近く試したところで、オリバンダーが呟いた。

 

「多くの杖が、あなたの魔力へ反応しています」

 

「相性がよいということでしょうか」

 

「それだけではありません。杖の扱いに慣れている者の魔力です」

 

 マクゴナガルの目が細くなる。

 

「初めて杖へ触れたのですが」

 

「ええ。そのはずです」

 

 オリバンダーは店の奥へ消えた。

 

 戻ってきた手には、細長い箱がある。

 

「では、こちらを」

 

 蓋が開かれる。

 

 柊。

 

 二十八センチ。

 

 芯は不死鳥の尾羽根。

 

 かつて生涯を共にした杖。

 

 ハリーはゆっくりと手を伸ばした。

 

 指が柄へ触れる。

 

 温かな感覚が腕を上ってきた。

 

 失われていた身体の一部が、あるべき場所へ戻ってきたようだった。

 

 杖を持ち上げる。

 

 店内に金色の光が広がった。

 

 積もっていた埃が舞い上がり、頭上で渦を巻く。

 

 箱が震え、棚が微かに鳴った。

 

「なるほど」

 

 オリバンダーが呟く。

 

「やはり、この杖でしたか」

 

 ハリーは光を収める。

 

「これにします」

 

「不思議なことが起こるものです」

 

 オリバンダーはハリーをじっと見た。

 

「その杖の芯となった尾羽根を提供した不死鳥は、もう一本だけ羽根を与えました」

 

 知っている。

 

「そのもう一本の杖が、あなたの額に傷をつけたのです」

 

 マクゴナガルの表情が硬くなる。

 

 ハリーは杖を箱へ戻した。

 

「杖が悪いわけではありません」

 

「もちろんです。杖は自ら行いを選びません。しかし、杖は選びます。時に、私たちが理解できないほど深い理由によって」

 

 オリバンダーの視線が、ハリーの目を射抜く。

 

「あなたは大いなることを成すでしょう。恐ろしいことかもしれませんが」

 

「恐ろしいことには慣れたくありませんね」

 

「慣れている者の言葉に聞こえました」

 

 ハリーは答えなかった。

 

 店を出た後も、マクゴナガルはしばらく無言だった。

 

「ポッターさん」

 

「はい」

 

「本当に、これまで杖を使ったことはないのですね?」

 

「ありません」

 

「オリバンダー氏は、あなたが杖に慣れているようだと言いました」

 

「杖の方が僕に慣れていたのでは?」

 

 マクゴナガルは足を止めた。

 

「冗談ですか?」

 

「少しだけ」

 

「あなたにも、子供らしい部分があるのですね」

 

「一応、十一歳ですから」

 

「それを自分で強調する子供は多くありません」

 

 それ以上は追及されなかった。

 

 入学までの一か月、ハリーは訓練を続けた。

 

 杖を使った基本呪文。

 

 杖なし魔法。

 

 身体づくり。

 

 老いた身体で身につけた動作を、十一歳の腕と足へ合わせて調整する。

 

 呪文の知識はある。

 

 だが、連続して使用すれば腕が重くなり、息が切れた。

 

 魔力の総量も、かつての身体には遠く及ばない。

 

 焦りは禁物だった。

 

 一度に強く流しすぎれば、頭痛が起きる。

 

 毎日少しずつ負荷を増やす。

 

 ダーズリー家の者たちには、学校から渡された練習用の棒を振っていると説明した。

 

 バーノンは怪しんだが、庭で爆発を起こさないなら好きにしろと言った。

 

 九月一日。

 

 キングズ・クロス駅。

 

 ハリーは荷物を下ろした。

 

 バーノンは車から出ず、ペチュニアも窓越しにこちらを見ている。

 

「九と四分の三番線というのは、本当にあるんだろうな」

 

 バーノンが言った。

 

「あります」

 

「駅員に聞いて恥をかくんじゃないぞ」

 

「聞きません」

 

「休暇には戻ってくるの?」

 

 ペチュニアが尋ねた。

 

「その予定です」

 

 彼女の表情からは、安心しているのか嫌がっているのか分からなかった。

 

「手紙は送るなよ」

 

「緊急時以外は控えます」

 

「緊急時にも送るな」

 

「それは約束できません」

 

 バーノンが何か言い返す前に、ハリーはダドリーを見た。

 

「算数の続きは休暇に」

 

「別に待ってない」

 

「そうか」

 

「でも、答えは書いてこいよ」

 

「自分で解け」

 

 車が走り去る。

 

 一度目のように嘲笑されながら置き去りにされたわけではない。

 

 別れの言葉らしきものがあっただけ、十分な進歩だった。

 

 九番線と十番線の間にある障壁を抜ける。

 

 紅色の蒸気機関車が、白い煙を吐いていた。

 

 ホグワーツ特急。

 

 ハリーは立ち止まった。

 

 周囲には、子供を抱きしめる親たちがいる。

 

 兄弟で騒ぐ生徒たちがいる。

 

 梟が鳴き、猫が逃げ回り、駅員が声を張り上げている。

 

 記憶の中にしかなかった光景。

 

「帰ってきた」

 

 誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 空いている個室へ入り、荷物を棚へ上げる。

 

 少し待つと、扉が開いた。

 

「ここ、空いてる?」

 

 赤毛の少年が顔を覗かせる。

 

 そばかす。

 

 着古した服。

 

 少し不安そうな青い目。

 

「空いてるよ」

 

「よかった。他はどこもいっぱいでさ」

 

 少年が重そうなトランクを引きずり込む。

 

 ハリーは立ち上がり、片側を持った。

 

「ありがとう。僕、ロン。ロン・ウィーズリー」

 

「ハリー。ハリー・ポッター」

 

 ロンの手が止まる。

 

「本物?」

 

「偽物がいるのか?」

 

「いや、でも……傷は?」

 

 ハリーは前髪を上げた。

 

 ロンが目を見開く。

 

 懐かしい。

 

 何十年ぶりに見る、幼い親友の顔だった。

 

「すごいな」

 

「僕としては、あまり面白い物じゃないけどね」

 

 列車が動き出す。

 

 ロンは家族について話した。

 

 ビル。

 

 チャーリー。

 

 パーシー。

 

 フレッド。

 

 ジョージ。

 

 ジニー。

 

 全員が生きている。

 

 フレッドも笑っている。

 

 ジニーはまだ日記を知らない。

 

 ハリーは一人ずつ、名前を心へ刻んだ。

 

 今度は失わない。

 

 昼頃、茶色い髪の少女が個室へ入ってきた。

 

「ネビルという子が蛙をなくしたの。見なかった?」

 

「まだ見てない」

 

 ハリーが答える。

 

 ハーマイオニー・グレンジャー。

 

 まだ、自分が正しいと証明することに必死だった頃の彼女。

 

「あなたたち、魔法は試した?」

 

 ロンが怪しげな呪文を披露し、当然のように失敗する。

 

 ハーマイオニーは得意げに、自分はいくつか成功させたと話した。

 

「それはすごいな」

 

 ハリーが言うと、彼女は少し驚いた。

 

「あなたはハリー・ポッターでしょう? 本で読んだわ」

 

「僕は読んでない」

 

「自分のことなのに?」

 

「他人が書いた自分の話は、あまり信用しないことにしてる」

 

 ハーマイオニーが首を傾げる。

 

「変な人ね」

 

「よく言われる」

 

 彼女が去った後、ロンが顔をしかめた。

 

「なんか偉そうだな」

 

「少しね」

 

「嫌な奴だと思わない?」

 

「人間は変わるよ」

 

「十一歳なのに、年寄りみたいなこと言うな」

 

「気をつける」

 

 ホグワーツへ到着すると、ハグリッドが一年生を集めていた。

 

 巨体。

 

 髭。

 

 大きなランタン。

 

 ハリーを魔法界へ連れ出してくれた恩人。

 

 駆け寄りたい気持ちを抑え、他の生徒と同じように小舟へ乗る。

 

 湖の向こうに、巨大な城が姿を現した。

 

 無数の窓に明かりが灯っている。

 

「すげえ」

 

 ロンが息を呑む。

 

「ああ」

 

 ハリーも城を見上げる。

 

「本当に、すごいな」

 

 大広間へ入った瞬間、ハリーは教職員席を確認した。

 

 ダンブルドア。

 

 マクゴナガル。

 

 スネイプ。

 

 そして、紫色のターバンを巻いたクィレル。

 

 あの後頭部に、ヴォルデモートがいる。

 

 まだ弱い。

 

 自力で肉体を維持することすらできない。

 

 だが油断はしない。

 

 弱った毒蛇も、人を殺すには十分である。

 

 スネイプと目が合った。

 

 彼の顔が凍る。

 

 ジェームズに似た顔。

 

 リリーの目。

 

 かつてと同じ反応。

 

 ハリーは静かに視線を返した。

 

 憎しみはなかった。

 

 最後まで戦い続け、誰にも理解されないまま死んだ男。

 

 今度は生かす。

 

 できれば、もう少し人当たりも改善してもらいたい。

 

 難しいだろうが。

 

 組分けが始まった。

 

 ハーマイオニーはグリフィンドール。

 

 ドラコ・マルフォイはスリザリン。

 

 ロンもグリフィンドール。

 

 そして。

 

「ハリー・ポッター!」

 

 大広間がざわめく。

 

 ハリーは椅子へ座り、組分け帽子を被った。

 

 視界が暗くなる。

 

『ほう』

 

 頭の中に声が響いた。

 

『これは珍しい』

 

 ハリーは黙って待つ。

 

『十一歳の少年の頭ではないな。知識だけではない。経験、責任、喪失、そして長い年月。君は一度、人生を終えている』

 

 隠せるとは思っていなかった。

 

『二度目の組分けというわけか。以前はグリフィンドールだったようだね』

 

 今回も同じで頼む。

 

『今の君ならば、どの寮にも向いている。目的へ向かう執念はスリザリン。蓄積された知識はレイブンクロー。救おうとする意志はハッフルパフ』

 

 前世の流れを変えすぎたくない。

 

 クィレルとヴォルデモートの行動を把握するためにも、以前と同じ立場にいた方がいい。

 

『合理性でグリフィンドールを選ぶのかね?』

 

 悪いか?

 

『いいや。かつての君は、勇気とは恐れずに進むことだと思っていた。今は、恐怖も代償も知った上で進もうとしている。それもまた勇気だ』

 

 秘密は守ってくれるか?

 

『帽子が生徒の頭で見たものを、教師へ言いふらすことはない』

 

 助かる。

 

『ただし忠告しておこう。未来を知ることと、未来を支配できることは違う』

 

 分かっている。

 

『本当にそうかな?』

 

 答える前に、帽子が叫んだ。

 

「グリフィンドール!」

 

 拍手が大広間に響いた。

 

 ハリーは帽子を外す。

 

 教職員席を見る。

 

 ダンブルドアと目が合った。

 

 半月形の眼鏡の奥にある青い目が、興味深そうに輝いている。

 

 優れた魔法使い。

 

 善良な人物。

 

 そして、若者を試練へ送り込み、成長を期待する英雄癖の持ち主。

 

 いずれ話す必要はある。

 

 しかし、今ではない。

 

 十分な力を得るまで。

 

 自分一人でも計画を遂行できるようになるまで。

 

 ハリーは笑顔を浮かべ、グリフィンドールの長机へ向かった。

 

 二度目のホグワーツ生活が、始まった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。