ハーマイオニー・グレンジャーは、三年生になってからさらに優秀になった。
それは間違いない。
変身術では、マクゴナガルが説明を終える前に課題を完成させる。
魔法薬学では、スネイプが黒板へ書いた手順の矛盾を見つける。
呪文学では、授業で扱っていない応用方法まで質問する。
魔法史では、ビンズ教授の講義に一度も眠らず、ほぼすべてを羊皮紙へ書き写していた。
占い学。
古代ルーン文字学。
数占い学。
マグル学。
魔法生物飼育学。
選択できる授業は、すべて受講している。
提出する課題にも、遅れはない。
授業中の発言も、以前より増えた。
教師から見れば、理想的な生徒だった。
少なくとも。
遠くから見ている限りでは。
「ハーマイオニー」
朝食の時間。
ハリーは、隣に座るハーマイオニーを見た。
「何?」
返事は速い。
だが、本人は皿を見ていない。
左手にはパン。
右手には古代ルーン文字の教科書。
パンを口へ運ぼうとして、頬へ押しつけた。
「口は、もう少し下だ」
「分かってるわ」
「分かってないから、頬へ付いてる」
ハーマイオニーはパンを見た。
次に、自分の頬へ触れる。
ようやく状況を理解したらしい。
「少し考え事をしていただけよ」
「昨日は、インク壺へ砂糖を入れた」
「似た容器だったの」
「一昨日は?」
「何かあった?」
「ロンの宿題を自分の鞄へ入れて、そのまま提出した」
「どうりで戻ってこないと思った」
ロンが向かい側から口を挟む。
「マクゴナガル先生から、筆跡が急に悪化したって書かれて返されたぞ」
「失礼ね」
「僕の筆跡だよ!」
ハーマイオニーは教科書を閉じた。
目の下に、薄い隈がある。
「私は大丈夫よ」
「まだ何も聞いてない」
「どうせ、授業を減らせと言うのでしょう」
「分かってるなら話が早い」
「減らさない」
「では、睡眠時間は?」
「取ってる」
「何時間?」
「必要なだけ」
「具体的に」
「人によって必要な睡眠時間は違うわ」
「何時間?」
ハーマイオニーが答えない。
ロンがソーセージを切りながら言った。
「昨日、僕が寝た時にはまだ談話室にいた」
「ロンが寝るのは早いでしょう」
「十二時過ぎ」
「たまには遅くなることもあるわ」
「朝は?」
ハリーが尋ねる。
「普通よ」
「五時に談話室へ来た時、もう勉強してた」
「あなたこそ、なぜ五時に起きてるの?」
「訓練」
「なら、私も勉強よ」
「いつ寝た?」
「寝たわ」
「何時から何時まで?」
「尋問はやめて」
ハーマイオニーは本を持って立ち上がる。
「次の授業があるから」
「変身術は二十分後だ」
「先に行って準備するの」
「ハーマイオニー」
ハリーが呼ぶ。
彼女は振り返らなかった。
「本当に大丈夫だから」
そう言って、大広間から出ていった。
ロンが、残されたパンを見る。
「大丈夫に見えるか?」
「見えない」
「止められる?」
「止める」
「どうやって?」
「まず時間割を確認する」
「見せてくれないぞ」
「知ってる」
時間割そのものは、すでに大体把握している。
前世と同じ。
複数の授業が重なっている。
タイムターナーを使い、一時間戻る。
別の教室へ行く。
同じ時間を二度過ごす。
その分だけ、一日が長くなる。
ただし。
身体が増えるわけではない。
疲労は残る。
課題も増える。
十三歳の少女が、成人魔法使いでも危険な時間魔法を日常的に使い、通常の生徒より多くの授業を受け続けている。
改めて考えると、正気ではない。
許可したマクゴナガル。
承認したダンブルドア。
貸し出した魔法省。
全員、どこかおかしい。
優秀だからできる。
本人が望んだから。
学ぶ意欲を尊重した。
理由としては分かる。
だが。
意欲のある子供が、自分を壊すまで勉強しようとした時。
止めるのが教育者ではないのか。
「長年教師をしていると、感覚が狂うのか?」
ハリーが呟く。
「誰の?」
ロンが尋ねる。
「教師全体」
「マクゴナガル先生へ直接言うなよ」
「言う」
「何でだよ」
「時間割を作った本人だから」
変身術の授業後。
ハリーは教室へ残った。
ロンも残る。
ハーマイオニーは、終了の鐘が鳴る前から荷物をまとめ、廊下へ出ようとしている。
「グレンジャー」
マクゴナガルが呼び止めた。
ハーマイオニーの身体が僅かに固まる。
「はい、先生」
「次は、古代ルーン文字学ですね」
「はい」
「教室は反対側です。急ぎなさい」
「失礼します」
ハーマイオニーは出ていった。
マクゴナガルは、ハリーを見る。
「何か?」
「ハーマイオニーの授業数について話があります」
「本人から相談を受けたのですか?」
「いいえ」
「では、本人の問題です」
「十三歳の生徒が睡眠を削って、時間魔法を使い続けていても?」
マクゴナガルの表情が変わった。
ロンが周囲を見る。
教室に他の生徒はいない。
「ポッター」
マクゴナガルの声が低くなる。
「何の話です?」
「タイムターナー」
「どこで知りました?」
「未来で」
「その言葉を、便利に使いすぎではありませんか?」
「事実です」
「グレンジャーには、秘密を厳守するよう伝えています」
「本人は話していません」
「ならば、あなたも口外してはいけません」
「口外ではなく、使用方法への異議です」
マクゴナガルは杖を振った。
教室の扉が閉まる。
防音。
「ロンまで知っているのですか?」
「ハリーが列車で普通に言った」
「声は抑えたよ」
ロンが付け加える。
マクゴナガルは目を閉じた。
「他に誰が?」
「いません」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんでは困ります」
「では、ハーマイオニーへ確認してください」
ハリーは話を戻す。
「一日に何時間、時間を戻す許可を出しました?」
「授業の重複を解消するために必要な範囲です」
「一日二時間?」
「日によります」
「週に何回?」
「ポッター」
「本人の一週間が、実際には何時間増えているんです?」
「適切に管理されています」
「誰が?」
「私です」
「毎日の睡眠時間を把握していますか?」
マクゴナガルが黙る。
「食事量は?」
「それは」
「課題に掛かる時間は?」
「グレンジャーは、非常に優秀な生徒です」
「質問の答えになっていません」
マクゴナガルの眉が上がる。
「あなたは最近、教師へ対する態度が」
「ハーマイオニーは、パンを口ではなく頬へ押しつけました」
「何です?」
「昨日は、インク壺へ砂糖を入れた。一昨日はロンの宿題を自分のものとして提出した」
「それは単なる不注意では」
「授業中、居眠りしています」
「グレンジャーが?」
「魔法史で三分。天文学で五分。今朝の薬草学では、立ったまま目を閉じていた」
ロンが驚いてハリーを見る。
「気づいてたのか?」
「ああ」
「何で先に言わなかった」
「本人が認めるか見てた」
認めなかった。
「未来では、最後に限界が来ます」
ハリーはマクゴナガルを見る。
「占い学で教師と喧嘩し、授業を辞める。魔法生物飼育学の課題も重なる。タイムターナーを返す」
「結果として、大きな問題は起きなかったのでしょう」
「壊れる直前まで行ってから止めれば問題ないと?」
「そのような意味では」
「では、何時間眠れば中止する。何回食事を抜けば減らす。どの程度成績が下がれば見直す。基準を決めていますか?」
マクゴナガルは答えない。
「本人が望んだから?」
「学習意欲を尊重しました」
「子供が望めば、何でも許可するんですか?」
「彼女は責任感があり、規則を守れる」
「責任感が強すぎるから、全部やろうとしている」
優秀。
真面目。
教師の期待へ応えようとする。
一度選んだ授業を、自分から諦められない。
「ハーマイオニー自身に判断させるだけでは駄目です」
ハリーは続けた。
「本人は、できると言い続けます。倒れるまで」
「あなたにも言えることでは?」
マクゴナガルが返す。
「はい」
即答した。
マクゴナガルが僅かに驚く。
「だから、最近はシリウスや教師へ仕事を任せています」
「十分とは思えません」
「改善中です」
「では、グレンジャーも改善する可能性があるでしょう」
「そのために、大人が止めてください」
教室に沈黙。
マクゴナガルは机の上へ指を置き、しばらく考えた。
「グレンジャー本人と話します」
「僕も同席します」
「必要ありません」
「未来の結果を説明できます」
「彼女が望むなら」
「それで構いません」
「ただし」
マクゴナガルの声が厳しくなる。
「タイムターナーの存在を、これ以上他者へ話さないこと」
「分かりました」
「ロンも」
「誰に話すんです?」
「それを私へ聞かないでください」
「分かりました」
教室を出る。
ロンが小声で言った。
「よく先生相手に、あそこまで言えるな」
「正しいと思ったから」
「減点されるかと思った」
「僕も」
「思ってたのかよ」
「マクゴナガル先生は、スネイプ先生ほど私情で減点しない」
「基準が低い」
その日の夜。
グリフィンドール談話室。
ハーマイオニーは、机の上へ五冊の本を積んでいた。
古代ルーン文字。
数占い学。
変身術。
魔法薬学。
占い学。
同時に開いている。
羽根ペンが三本。
一つは自分で持ち、二つは魔法で動かしている。
「ハーマイオニー」
「後にして」
「マクゴナガル先生が話したいって」
羽根ペンが止まる。
「何を言ったの?」
「見たまま」
「タイムターナーのことも?」
「ああ」
ハーマイオニーが立ち上がった。
「誰にも言わないと約束したでしょう!」
「僕は約束していない」
「知っていること自体を隠すべきよ!」
「倒れそうな本人を守るためでも?」
「倒れない!」
「今朝、パンを頬へ」
「それは一度だけ!」
「居眠りも?」
「少し目を閉じただけよ!」
「一日に何時間寝てる?」
「またそれ?」
「答えて」
「あなたに管理される理由はないわ!」
談話室の生徒たちが振り返る。
ハリーは杖を振り、周囲へ防音を掛けた。
「管理したいわけじゃない」
「同じよ!」
「君が自分で止まれないから」
「私は止まれる!」
「なら、何を基準に?」
ハーマイオニーが口を閉じる。
「何が起きたら、授業を減らす?」
「成績が下がったら」
「下がってない?」
「全部、上位よ」
「睡眠は?」
「足りてる」
「何時間?」
「人によって」
「具体的に」
答えない。
「食事を忘れたら?」
「忘れてない」
「今日の昼、食べてない」
「時間がなかったの」
「なぜ?」
「数占い学の課題が」
「それが問題だ」
「一度昼食を抜いただけでしょう!」
「明日は?」
「食べるわ!」
「課題が終わらなければ?」
「終わらせる!」
「睡眠を削って?」
「必要なら!」
言った。
本人も気づいたらしい。
顔が固まる。
「ほら」
「少しくらいなら」
「少しが続いてる」
「私は、皆より多く学びたいの」
「悪いとは言ってない」
「なら止めないで!」
「壊れるまで学ぶ必要はない」
「壊れない!」
「未来では壊れた」
「未来の私を、今の私へ押しつけないで!」
声が震えている。
怒りだけではない。
悔しさ。
不安。
「私はできる」
ハーマイオニーは言った。
「マクゴナガル先生も、できると思ったから許可した」
「大人が間違えることもある」
「あなたは、いつも自分の判断が正しいと思ってる!」
「思ってない」
「未来を知っているからって、何でも先回りして!」
「今回は、先回りした方がいい」
「私は助けを求めてない!」
「求められてからでは遅いこともある」
ハリーの言葉に、ハーマイオニーの目から涙が落ちた。
本人は慌てて拭う。
「泣いてない」
「泣いてる」
「疲れてるだけよ」
「それを言ってる」
「あなたのせいで!」
「それもある」
今は追い詰めるべきではない。
ハリーは椅子を引いた。
「座って」
「嫌」
「では、立ったままでいい」
「偉そうにしないで」
「気をつける」
ロンが、少し離れた場所で困っている。
ハリーは視線で呼ぶ。
ロンは嫌そうな顔をしたが、近づいてきた。
「僕も」
ロンが言う。
「授業を全部取る必要はないと思う」
「ロンは、勉強が嫌いだからでしょう」
「嫌いじゃない」
「好きでもないでしょう」
「普通だよ」
「あなたには分からない」
「分からないけど」
ロンは机の上の本を見る。
「最近、一緒に話してない」
ハーマイオニーが止まる。
「食事も、授業も、ずっと本を読んでる。何か聞いても、後にしてって」
「忙しいの」
「分かってる」
「なら」
「寂しい」
ロンが言った。
ハーマイオニーの目が大きくなる。
ロン本人も、言ってから恥ずかしくなったらしい。
耳が赤い。
「三人でいるのに、二人みたいなんだ」
「ロン」
「別に、勉強をやめろとは言ってない」
「でも」
「全部取らないと、ハーマイオニーじゃなくなるのか?」
単純な問い。
だが、正しい。
「一つ辞めたら、負けたことになる?」
「負けでは」
「誰に?」
ハーマイオニーは答えない。
自分。
教師。
純血の生徒。
魔法界。
マグル生まれでも、誰より優秀だと証明したい。
知らないことがあるのが怖い。
学べるものを捨てるのが惜しい。
理由はいくつもある。
「全部できると証明しなくても、君が優秀なことは皆知ってる」
ハリーが言う。
「僕は知らないことが多いわ」
「誰でもそうだ」
「あなたは未来の知識がある」
「それでも知らないことだらけだ」
「でも、戦える。何でも対処できる」
「できないから、人へ任せてる」
「それでも」
「君が必要になる未来も知ってる」
ハーマイオニーがハリーを見る。
「未来の君は、僕が知る中でも最高の魔女の一人だった」
「最高?」
「ああ」
「どの分野で?」
「全部ではない」
「なら」
「全部を学んだからではない」
判断力。
調査。
計画。
法律。
魔法。
人を説得する力。
諦めない意志。
「必要なことを深く学び、使ったからだ」
「未来の私は、どんな仕事を?」
以前は話していない。
「魔法大臣になった」
ロンが口を開ける。
「ハーマイオニーが?」
「失礼ね」
「いや、ありそうだけど」
ハーマイオニーは呆然としている。
「本当に?」
「ああ」
「私が」
「ただし、今と同じ未来になるとは限らない」
「分かってる」
「それでも、才能は同じだ」
「なら、もっと学ばないと」
「逆だ」
「どうして?」
「魔法大臣に、占い学の茶葉を読む力が必要か?」
ハーマイオニーが黙る。
「マグル学は?」
「君はマグル社会で育った」
「魔法界から見たマグル研究には意味があるわ」
「興味があるなら続ければいい。でも、全部取る理由にはならない」
「古代ルーン文字は必要」
「同意する」
「数占い学も」
「使える」
「魔法生物飼育学は?」
「知識として役立つ」
「占い学」
ロンが言う。
「いらないんじゃないか?」
「あなたは水晶玉に何も見えなかったからでしょう」
「ハーマイオニーも見えてないだろ」
「理論を学ぶ価値は」
「ほとんどない」
ハリーが言った。
ハーマイオニーが睨む。
「未来の知識で?」
「トレローニー先生は、本物の予言者だ」
「では、価値があるでしょう」
「生涯で、本当の予言は少なくとも二回」
「二回?」
「あとは、本人にも制御できない」
「どういうこと?」
「本物の予言をする時、本人の意識がない。終わった後も覚えていない」
ハーマイオニーの怒りが、好奇心へ変わる。
「なら、なぜ教師を?」
「ダンブルドア先生が保護するため」
「保護?」
「ヴォルデモートと僕に関する予言をしたから」
ロンの顔から笑いが消える。
「どんな?」
「一方が生きる限り、他方は生きられない」
「それって」
「ヴォルデモートが僕を殺そうとした理由の一つだ」
正確には、予言の一部を聞いたスネイプが伝えた。
ヴォルデモートが選んだ。
結果として、ハリーを対等な者へした。
「トレローニー先生は、予言をしたことを知らない」
ハリーは続ける。
「ヴォルデモートに知られれば狙われる。だからダンブルドア先生は、ホグワーツで雇い続けている」
「授業の能力とは別?」
「ああ」
「では、占い学を学んでも、本物の予言はできない?」
「少なくとも、授業の成績とは関係が薄い」
ハーマイオニーは、机の占い学教科書を見る。
「最初から知っていたの?」
「未来で知った」
「どうして先に言わなかったの?」
「自分で授業を見た方が納得すると思った」
「私が疲れるまで?」
「そこまで待つつもりはなかった」
「もう疲れてるわ」
「知ってる」
「本当に腹が立つ」
「悪かった」
ハーマイオニーは椅子へ座った。
手で顔を覆う。
「占い学を辞めたら、一時間減る」
「課題も」
「マグル学も」
「興味があるなら、教科書だけ読めばいい」
「試験は?」
「受ける必要はない」
「でも」
「誰も、全科目の資格を求めない」
「私は取りたかった」
「なぜ?」
「取れるから」
「取れることと、取るべきことは違う」
また沈黙。
「一日」
ハーマイオニーが言う。
「一日だけ考える」
「分かった」
「勝手にマクゴナガル先生へ、辞めるとは言わないで」
「言わない」
「タイムターナーも、まだ返さない」
「一日なら」
「それから」
「何?」
「未来の私が魔法大臣だった話を、もっと聞かせて」
「全部は話さない」
「なぜ?」
「未来を縛るから」
「またそれ?」
「必要な範囲なら」
ハーマイオニーは不満そうだったが、頷いた。
翌日。
マクゴナガルの執務室。
ハーマイオニー。
ハリー。
ロン。
三人で座っている。
「結論は?」
マクゴナガルが尋ねる。
ハーマイオニーは膝の上で手を握る。
「占い学を辞めます」
「理由は?」
「学問としての再現性に疑問があります」
「教師との相性ではなく?」
「それもあります」
「他には?」
「マグル学も、正式受講を取りやめます」
マクゴナガルの眉が動く。
「興味を失ったのですか?」
「いいえ。教科書は読みます。でも、私はマグル社会で育ちました。試験のために時間を使うより、魔法界固有の科目を優先します」
「古代ルーン文字と数占い学は?」
「続けます」
「魔法生物飼育学も?」
「はい」
「授業の重複は?」
「一日二時間ではなく、最大一時間になります」
ハーマイオニーはタイムターナーを取り出す。
金色の砂時計。
「使用回数を減らします」
マクゴナガルは、しばらく彼女を見る。
「本当に、それで納得していますか?」
「完全には」
正直な答え。
「全部受けたい気持ちはあります」
「ならば」
「でも、全部受けることが最善とは限らないと考えました」
マクゴナガルの視線がハリーへ向く。
「ポッターに説得された?」
「一部は」
「ロンにも」
「僕も?」
ロンが自分を指す。
「寂しいと言ったでしょう」
「ここで言うなよ!」
耳が真っ赤になる。
「それから」
ハーマイオニーは続ける。
「ハリーが、授業で扱わない実務的な魔法を教えると約束しました」
マクゴナガルの顔が険しくなる。
「何を?」
ハリーは少し視線を逸らした。
「閉心術。戦闘時の判断。防護。応急処置。調査方法」
「いつ約束したのです?」
「昨日」
「私は聞いていません」
「今、報告しています」
「生徒が生徒へ、高度な魔法を教えることを許可した覚えは」
「では、教師が教えますか?」
マクゴナガルが黙る。
「通常授業では扱わない内容です」
「年齢に適していないからです」
「未来では必要になります」
「未来の危険を理由に、生徒へ負担を」
「授業を減らした時間の一部を使うだけです」
ハーマイオニーが言った。
「週に二時間」
「二時間?」
「占い学とマグル学を辞めることで、それ以上の時間が空きます」
「課題も減ります」
ハリーが続ける。
「睡眠は最低七時間。食事を抜かない。週に一日は追加訓練なし」
「条件まで?」
「僕から出しました」
「あなたが?」
「自分にも適用します」
マクゴナガルの目が鋭くなる。
「本当に?」
「シリウスにも監視されています」
「ならば、こちらでも確認します」
「僕も?」
「当然です」
話が増えた。
「訓練内容は、事前に私とルーピン教授へ提出してください」
「スネイプ先生にも」
「なぜ?」
「閉心術は先生の方が詳しい」
「あなたとセブルスの二人で教えるのですか?」
「必要なら」
「ハーマイオニーへ開心術を使わせる気?」
「基礎だけ」
「駄目です」
「では、スネイプ先生と相談します」
「私も同席します」
「分かりました」
マクゴナガルは、ハーマイオニーへ向き直る。
「タイムターナーは、引き続きあなたが管理します。ただし、使用記録を毎日提出。睡眠時間と体調も記載すること」
「はい」
「一度でも規定を破れば、返却させます」
「分かりました」
「それから」
マクゴナガルの声が僅かに柔らかくなる。
「無理をしていたことに、もっと早く気づくべきでした」
ハーマイオニーが顔を上げる。
「先生」
「あなたならできると思った。それは、あなたへ責任を押しつける理由にはなりません」
ハリーは黙って聞く。
マクゴナガルは認めた。
大人の判断ミス。
「申し訳ありませんでした」
ハーマイオニーは驚いている。
「私は、自分で希望しました」
「許可を出したのは私です」
「でも」
「責任は分けられる」
ハリーが口にした言葉。
マクゴナガルも使った。
「今後は、私も確認します」
「はい」
ハーマイオニーの目に、少し涙が浮かぶ。
今度は疲労だけではない。
「ありがとうございます」
話し合いは終わった。
執務室を出る。
廊下。
ハーマイオニーが大きく息を吐いた。
「緊張した」
「授業を二つ辞めるだけで?」
ロンが尋ねる。
「私にとっては大きいの」
「後悔してる?」
「少し」
「戻る?」
「戻らない」
ハーマイオニーは、鞄の中を確認する。
占い学の教科書。
少し考え、取り出した。
「トレローニー先生へ返してくる」
「今?」
「次の授業前に」
「喧嘩しないで」
ハリーが言う。
「未来と違って、まだ怒っていないわ」
「睡眠不足で判断力が」
「もう授業を減らしたでしょう!」
「今日からです」
「本当に腹が立つ」
だが。
前日より、顔色はよい。
「ハリー」
「何?」
「約束は守って」
「実務訓練?」
「そう」
「君が寝不足なら中止する」
「分かってる」
「課題が終わっていなくても中止」
「それは」
「条件だ」
「……分かった」
「それから、訓練内容は僕が決める」
「質問は?」
「受ける」
「教科書は?」
「用意する」
「参考文献は?」
「スネイプ先生とルーピン先生へ聞く」
「試験は?」
「ない」
「評価は?」
「実戦で生き残れるか」
ハーマイオニーの顔が少し引きつる。
「やっぱり、普通の授業より重くない?」
「時間は短い」
「内容の話よ」
「有用だ」
「本当に?」
「未来で必要だった」
ハーマイオニーは長くハリーを見た。
そして、頷く。
「分かった」
優秀な魔女を壊すのは簡単だ。
期待する。
任せる。
できるから、さらに与える。
本人が断らないことを利用する。
だが。
育てるなら。
減らすことも必要だった。
休ませる。
選ばせる。
学ばないことを許す。
その上で。
本当に必要なものを教える。
今年だけ。
ハリーは、前世で知る最高の魔女を、もう一度育てる手伝いをする。
彼女が自分を壊さない形で。