リトル・ハングルトンにあるリドル家の屋敷は、長い間、誰も住んでいなかった。
丘の上。
荒れた庭。
ひび割れた窓。
蔦に覆われた石壁。
村人たちは、昔この屋敷で起きた奇妙な殺人事件について、今でも時折噂している。
父親。
母親。
息子。
リドル家の三人が、一夜のうちに死んだ。
外傷はない。
毒物もない。
ただ、全員が恐怖に顔を歪めていた。
事件当時、庭師のフランク・ブライスが疑われた。
証拠はなく、釈放された。
それでも村人たちは彼を疑い続けた。
老人になった今も、フランクは屋敷の管理を続けている。
前世では。
彼は屋敷へ戻ってきたヴォルデモートの会話を聞き、殺された。
ハリーは、正確な時期を覚えていなかった。
三年目だったか。
四年目の夏に近かったか。
少なくとも、三大魔法学校対抗試合が始まる前には、ヴォルデモートはリドル家へ戻っていた。
だから。
シリウスとクリーチャーには、屋敷を定期的に監視してもらっていた。
接触しない。
発見しても戦わない。
庭師が危険に晒された場合は救出を優先。
ナギニが確認できれば、分霊箱かどうかを調査する。
ヴォルデモート本人へは、絶対に近づかない。
何度も伝えた。
何度も約束させた。
それでも。
『見つけた』
シリウスから短い手紙が届いたのは、十一月の終わりだった。
朝食の時間。
黒い梟。
封筒には、ブラック家の紋章。
中に入っていた羊皮紙は、一枚だけ。
『リドル家の屋敷に動きがあった。
クリーチャーが、建物内部で人間ではない魔力を確認した。
大蛇もいる。
フランク・ブライスは無事だ。
接触はしていない。
今夜、グリモールド・プレイスで話す。
シリウス』
ハリーは三度読み返した。
「どうしたの?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「ヴォルデモートが戻った可能性がある」
ロンがフォークを落とした。
金属音。
近くの生徒たちが振り返る。
「声を抑えて」
ハーマイオニーが言う。
「僕は何も言ってない!」
「顔が言ってる」
ハリーは手紙を畳む。
「大蛇もいる」
「ナギニ?」
「可能性が高い」
「もう分霊箱なの?」
「分からない」
ナギニが、いつ分霊箱にされたのか。
前世でも確定していなかった。
バーサ・ジョーキンズを殺した時。
あるいは、それ以前。
ヴォルデモートは、魂を七つに分けることへ執着していた。
ただし、意図した数と実際の数は違う。
日記。
指輪。
ロケット。
カップ。
髪飾り。
ナギニ。
そして、本人。
ハリーへ付着した欠片は、本人の計算外。
ヴォルデモート自身が、魂の状態を正確に把握しているとは限らない。
「先生たちへ?」
ロンが尋ねる。
「話す」
「全員?」
「ダンブルドア先生。スネイプ先生。マクゴナガル先生。ルーピン先生」
「魔法省は?」
ハーマイオニーの質問。
「まだ」
「なぜ?」
「霊体状態のヴォルデモートがいると言って、信じるか?」
「アメリアさんなら」
「証拠があれば」
シリウスの冤罪。
ピーター。
分霊箱。
魔法省の一部は、以前よりハリーの話を重く見るようになった。
だが。
丘の上の廃屋に、闇の帝王の霊体がいる。
大蛇も分霊箱かもしれない。
その情報だけで、闇払いを大量に動かすのは難しい。
しかも。
大規模な部隊を送れば、ヴォルデモートは逃げる。
霊体。
小動物。
人間への憑依。
姿を隠す方法はいくらでもある。
「まず、状況を確認する」
ハリーは言った。
「今夜、外出許可を取る」
「私たちも?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「連れていかない」
「なぜ?」
「戦闘になる可能性がある」
「実務訓練をしているでしょう」
「訓練とヴォルデモートは別だ」
「でも」
「今回は、僕も屋敷へ近づかない」
ハリー自身が行けば。
魂の繋がり。
額の傷。
ヴォルデモートに感知される可能性がある。
前世では、双方の感情や視界が繋がった。
今は閉心術で遮断している。
だが、近距離でどこまで通用するかは分からない。
「シリウスとクリーチャーの報告を聞く」
「それだけ?」
「映像記録があれば確認する」
「戦うのは?」
「準備してから」
ロンが息を吐く。
「今年は、シリウスが本当に働いてるな」
「そのために自由にしたわけではない」
「でも、かなり働かせてる」
「本人がやると言った」
「ハリーが頼めば、何でもやるんじゃない?」
ハーマイオニーが言う。
「だから、危険なことは止めている」
「止まる?」
「クリーチャーがいる」
「シリウス本人より、クリーチャーを信用してるのね」
「任務に関しては」
校長室。
ダンブルドアは、手紙を読み終えると、机の上へ置いた。
「ついに、現れたかもしれんの」
「前世より早いですか?」
マクゴナガルが尋ねる。
「時期は、はっきり覚えていません」
「ピーターがいない以上、前回と同じ経緯ではない」
スネイプが言う。
「誰が、闇の帝王を運んだ?」
「自力で移動した可能性もあります」
ハリーは答える。
「霊体であれば、動物へ憑依できる」
「大蛇が運んだ可能性は?」
ルーピンが尋ねる。
「ナギニが、すでに従っているなら」
「蛇は、人間ほど遠距離を移動できない」
「別の協力者がいるかもしれません」
クィレル。
心が弱い。
力を求める。
秘密を持つ。
そうした人間へ、ヴォルデモートは入り込む。
「元死喰い人?」
マクゴナガルが言う。
「可能性は低いと思います」
「なぜ?」
「ヴォルデモートは、彼らを信用していません」
自分が消えた後。
多くの死喰い人は、服従の呪文を受けていたと主張した。
アズカバンを逃れた。
社会へ戻った。
ルシウス・マルフォイ。
クラッブ。
ゴイル。
ノット。
その他。
「自分を裏切った者へ、弱った姿を見せたくない」
ハリーは続ける。
「協力を求めれば、立場が逆転する。ヴォルデモートの性格では耐えられない」
「ピーターは?」
ルーピンが尋ねる。
「追い詰められていた。社会的な地位もない。自分一人では生きられない。ヴォルデモートへ戻るしかなかった」
「闇の帝王から見ても、支配しやすい」
スネイプが言う。
「はい」
「では、代わりになる者は?」
「クィレルのような人間」
完全な死喰い人ではない。
自信がない。
力への憧れ。
秘密。
ヴォルデモートにとって利用しやすい。
「候補が多すぎるの」
ダンブルドアが言う。
「だから、まず監視です」
「シリウスへ続けさせる?」
マクゴナガルの声が厳しくなる。
「危険です」
「クリーチャーだけにします」
「シリウスが納得すると思いますか?」
「させます」
自信はない。
「ハリー」
ルーピンが苦笑する。
「彼は、君が危険へ近づくなと言っても、同じように納得しないと思うよ」
「僕は生徒です」
「今、その理屈を使うのかい?」
「シリウスは治療中です」
「かなり回復した」
「ヴォルデモート相手には不十分です」
「君は?」
「前世で戦いました」
「身体は十三歳だ」
また。
「今回は僕も接触しません」
ハリーは言う。
「ナギニだけを、屋敷から切り離す方法を考える」
「蛇が分霊箱ではなかった場合は?」
「危険な大蛇として保護か処分」
「保護?」
スネイプが鼻を鳴らす。
「闇の帝王に従う人食い蛇を?」
「意思が操られている可能性もあります」
「人を殺していても?」
「それは調査後です」
「バジリスクと同じか」
ルーピンが言う。
「ヴォルデモートに従っているからといって、最初から殺すとは決めません」
「未来では、ロングボトムが首を切ったのであろう?」
ダンブルドアの質問。
「戦闘中でした」
「今回は?」
「分霊箱なら破壊します」
迷いはない。
「中身の魂を消すには、器である蛇の生命を断つ必要があります」
「牙は?」
スネイプが尋ねる。
「魔法省から借りた一本が、まだ学校にあります」
「動物へ刺すのか?」
「バジリスクの毒は不要です。ナギニは生物なので、通常の致命傷でも分霊箱ごと破壊できる可能性があります」
「可能性?」
「生物を器とした分霊箱は例が少ない」
「なら確実な方法を」
「首を落とす。炎で焼く。魂の反応が消えたか確認する」
マクゴナガルが険しい顔をする。
「十三歳の生徒が、淡々と言う内容ではありません」
「前世では見ました」
「それを基準にしないでください」
「必要な話です」
ダンブルドアが手を上げる。
「まず、グリモールド・プレイスへ行こう」
正式な外出許可。
教師四人。
ハリー。
今回は、ロンとハーマイオニーは残す。
夕方。
グリモールド・プレイス。
応接室。
シリウスは、机の前を歩き回っていた。
「遅い」
「学校があります」
「ヴォルデモートが見つかったんだぞ」
「可能性です」
「クリーチャーが確認した」
「本人を待ちましょう」
「俺も見た」
ハリーが止まる。
「接触しないと言いましたよね?」
「屋敷の外からだ!」
「どの距離?」
「丘の下」
「近い」
「姿隠しと、防護と、気配遮断も使った」
「感知されたら?」
「されてない」
「なぜ分かる?」
「攻撃されなかった」
「それを無事の根拠にしないでください!」
声が大きくなる。
廊下の肖像画が騒ぎ始める。
クリーチャーが現れ、防音布を押さえた。
「シリウス様は、クリーチャーの制止を無視なさいました」
「クリーチャー!」
「事実でございます」
「接触してないだろ」
「丘の下まで近づく必要はございませんでした」
「見たかったんだ」
「だから危険だと言ってるんです!」
ハリーは机を叩いた。
部屋が静まる。
シリウスも、少し驚いた顔。
「もし死んだら?」
「死んでない」
「次も?」
「ハリー」
「十三年待って、無罪にして、ようやく会えたのに」
言葉が止まらない。
「数か月で死ぬつもりですか?」
シリウスの表情が変わる。
「そんなつもりはない」
「なら、約束を守ってください」
「お前だって」
「僕も守っています」
「本当に?」
「分霊箱は教師と破壊した。一人でリドル家へ行っていない。今も報告を聞きに来ただけです」
シリウスは黙った。
「僕が守っているのに、シリウスが破るなら」
「悪かった」
早い謝罪。
ハリーの言葉が止まる。
「悪かったよ」
シリウスは椅子へ座った。
「俺が間違った」
「本当に?」
「ああ」
「次から?」
「クリーチャーの許可なく、監視地点より先へ行かない」
「クリーチャーが責任者?」
「……ああ」
「記録いたしました」
クリーチャーが言う。
「嬉しそうだな」
「主人の安全は、屋敷しもべ妖精の責任でございます」
リーマスがシリウスの肩を軽く叩く。
「君は昔から、止められるほど進みたくなるからね」
「お前に言われたくない」
「私は、今は教師だ」
「ずるい立場を使うな」
ダンブルドアが咳払いする。
「報告を聞いてもよいかの?」
「忘れてた」
「ワシもいるのじゃが」
クリーチャーが机の中央へ、小さな水晶球を置く。
「記録でございます」
「映像を?」
ハーマイオニーがいれば喜んだだろう。
「ブラック家の監視術です」
シリウスが答える。
「対象へ直接魔法を掛けない。土地に残った光景を短時間だけ保存する」
「屋敷の防護に気づかれない?」
スネイプが尋ねる。
「離れた丘から、窓に反射した像だけを拾った」
「音は?」
「一部のみ」
水晶球が光る。
暗い部屋。
リドル家。
暖炉。
椅子。
椅子の上に、小さな何か。
人間ではない。
赤黒い皮膚。
細い手足。
毛がない。
赤ん坊のようであり、老人のようでもある。
前世。
復活前のヴォルデモート。
ピーターが世話をしていた、仮初めの肉体。
「肉体がある」
ハリーが呟く。
おかしい。
ピーターはいない。
バーサ・ジョーキンズを利用した儀式も、まだ起きていない可能性が高い。
それなのに。
ヴォルデモートは、弱いながら身体を持っている。
椅子の横。
大蛇。
太い身体。
長い。
ナギニ。
映像の中。
小さなヴォルデモートが、蛇語で何かを話す。
ハリーには意味が分かる。
『まだ足りない』
『もっと強い身体が必要だ』
ナギニが舌を出す。
『あの少年の血』
『母親の守り』
『だが、近づけない』
映像が揺れる。
別の人物。
部屋の端に、人影。
顔は見えない。
黒いローブ。
背は高くない。
細い。
「協力者」
ルーピンが言う。
声。
『ご主人様。ポッターは、ホグワーツにおります』
男か。
若い。
聞き覚えのない声。
『ダンブルドアのもとへ近づくのは危険です』
『だから、お前が必要なのだ』
『私では、城へ』
『城へ入れとは言っていない』
ヴォルデモートの声。
弱い。
それでも、傲慢。
『少年を外へ出せ』
『どのように?』
『学校は、子供を閉じ込め続ける場所ではない』
映像が途切れる。
次。
ナギニの目。
黒い魔力。
蛇の身体に、魂の痕跡。
ハリーの額が痛む。
「分霊箱です」
即座に分かった。
「確かか?」
スネイプが問う。
「はい」
傷。
魂。
同じ感覚。
「ナギニは、すでに分霊箱になっている」
室内の空気が重くなる。
「協力者の顔は?」
マクゴナガルが尋ねる。
「映りませんでした」
クリーチャーが答える。
「魔法で隠していた?」
「いえ」
「なら、なぜ?」
「窓から見える位置へ、顔を向けなかったのでございます」
慎重。
偶然か。
監視を警戒しているか。
「声に心当たりは?」
ダンブルドアが全員を見る。
誰も答えない。
スネイプも首を振る。
「元死喰い人では?」
「少なくとも、私が知る者ではない」
声を変えている可能性もある。
「問題は」
ハリーは言った。
「ヴォルデモートが、すでに仮の肉体を得ていることです」
「前回は、どうやって?」
「ピーターが作りました」
「材料は?」
「ユニコーンの血。ナギニの毒。その他の闇の魔術」
「ピーター以外でも可能?」
「術式を知っていれば」
協力者。
ヴォルデモートから教わった。
あるいは。
最初から、その分野に詳しい。
「ナギニを先に破壊します」
ハリーが言う。
「どうやって、屋敷から離す?」
リーマスの質問。
「餌」
スネイプが言った。
「蛇へ、外へ出る理由を作る」
「普通の餌では、ナギニだけが来る保証がない」
「ハリーの匂い」
シリウスが言う。
全員が見る。
「駄目です」
ハリーが即答した。
「本人ではなく、血や衣服だ」
「僕の血を使えば、ヴォルデモートも気づきます」
「気づかせて、別方向へ誘導する」
「危険すぎる」
「お前が言うのか?」
「今は僕が止める側です」
「案としては使える」
スネイプが言う。
「ただし、本物の血を使う必要はない」
「模造?」
「匂い。魔力。魂の痕跡」
「作れますか?」
「お前の血を一滴採取すれば」
「結局、本物を使うじゃないですか」
「一滴だ」
「ヴォルデモートへ渡る可能性は?」
「回収できる形にする」
慎重な術式。
偽の獲物。
ナギニだけを、屋敷の防護外へ誘う。
クリーチャーが空間を遮断。
シリウスとリーマスが周囲を防護。
スネイプが魂の反応を確認。
ダンブルドアがヴォルデモート本人の介入を防ぐ。
ハリー。
ナギニを破壊。
「僕が必要ですか?」
マクゴナガルが尋ねる。
「ナギニへ最後の一撃を入れる者が必要です」
「あなたである必要は?」
「魂の反応を見分けられます」
「スネイプにもできる」
「僕の方が、ヴォルデモートの魂を知っています」
「だから危険でもある」
反対されると思った。
「では、スネイプ先生が攻撃。僕は距離を取って確認」
「それでよい」
マクゴナガルが頷く。
以前のハリーなら。
自分が前へ出た。
今回は譲る。
「ナギニを破壊すれば、ヴォルデモートは気づく」
ダンブルドアが言う。
「こちらが、分霊箱をすべて把握していると確信するじゃろう」
「日記の時点で疑っています」
「今までは、偶然と考えていた可能性もある」
「それでも、残す方が危険です」
ナギニは移動する。
ヴォルデモートのそば。
守られる。
復活後は、さらに近づきにくい。
「今が最も弱い」
ハリーは言う。
「ナギニを外へ出せるなら、今しかない」
作戦は三日後。
新月。
夜。
視界が悪い。
リドル家から少し離れた森。
クリーチャーが、土地の境界に小さな肉片を置く。
スネイプが作った偽装。
ハリーの血。
一滴。
魔力と匂いを増幅。
ただし。
触れた瞬間に消滅する。
遠く。
ハリーは、丘のさらに外側。
マクゴナガルと共に待機。
「前へ出ない」
「分かっています」
「何が起きても?」
「必要なら」
「ハリー」
「……出ません」
「約束?」
「約束します」
額の傷。
まだ痛みはない。
閉心。
精神の壁。
遠く。
気配。
蛇。
巨大な身体が、森の影から現れる。
ナギニ。
舌。
匂いを追う。
慎重。
周囲を確認。
屋敷から離れる。
境界を越える。
「今」
クリーチャーの魔法。
空間が閉じる。
ナギニが振り返る。
森。
屋敷が見えない。
隔離された空間。
シリウスとリーマスの結界。
スネイプが杖を構える。
「セクタムセンプラ!」
銀色の刃。
ナギニが身を捻る。
鱗を裂く。
血。
だが浅い。
蛇が飛びかかる。
速い。
スネイプは横へ避ける。
リーマスが拘束。
縄。
蛇の身体へ巻きつく。
ナギニが力任せに破る。
シリウスの爆破呪文。
地面。
蛇の進路を変える。
「首を狙え!」
ハリーの声は、魔法で届く。
スネイプが二撃目。
切断。
ナギニの鱗が硬い。
通常の蛇ではない。
分霊箱。
闇の魔力で強化されている。
ナギニが口を開く。
毒牙。
スネイプへ。
クリーチャーが指を鳴らす。
蛇の頭だけが、半歩分横へ移動する。
牙が空を噛む。
「シリウス様!」
「分かってる!」
シリウスが杖を振る。
地面から黒い鎖。
蛇の胴体を固定。
リーマスも重ねる。
ナギニが暴れる。
木が折れる。
土が舞う。
ハリーの額に、突然痛み。
ヴォルデモートが気づいた。
怒り。
驚き。
蛇を通じて。
『ポッター』
声が頭へ入る。
閉心。
遮断。
『そこにいるな』
痛みが強くなる。
「ハリー?」
マクゴナガルが肩を掴む。
「大丈夫です」
「繋がった?」
「ヴォルデモートが、ナギニを通して見ています」
蛇の目。
ヴォルデモートも戦場を見ている。
『また私の魂を』
「先生!」
ハリーは遠隔の声で叫ぶ。
「今すぐ!」
スネイプが杖を両手で握る。
「ディフィンド・マキシマ!」
強い切断呪文。
ナギニの首。
半分まで入る。
蛇の絶叫。
黒い煙。
それでも切れない。
「もう一度!」
シリウスとリーマスが、さらに拘束を強める。
クリーチャーが空間を圧縮。
蛇の首を動かせない。
スネイプ。
二撃目。
首が落ちる。
巨大な身体が地面へ倒れる。
頭。
胴体。
痙攣。
黒い煙が噴き出す。
人の顔。
蛇。
赤い目。
ヴォルデモートの魂。
『許さん』
声。
ハリーの頭の中。
『貴様だけは』
「知ってる」
ハリーは閉心を強める。
「でも、今一つ減った」
黒い煙が、ナギニの死体へ戻ろうとする。
スネイプが炎。
青白い火。
蛇の頭と身体を焼く。
クリーチャーの結界が魂を逃がさない。
煙。
悲鳴。
消える。
額の傷。
繋がりが切れる。
痛みが消えた。
「破壊されました」
ハリーが言う。
「完全に?」
マクゴナガルの質問。
「はい」
ナギニ。
五つ目。
日記。
ロケット。
指輪。
髪飾り。
ナギニ。
残り。
カップ。
ハリー。
ヴォルデモート本体。
作戦区域の向こう。
リドル家から、強い魔力。
怒り。
屋敷の窓が割れる。
小さなヴォルデモートが叫んでいる。
だが。
隔離空間へは来られない。
身体が弱い。
協力者も、屋敷から出ない。
「撤退!」
ダンブルドアの声。
全員。
クリーチャーの魔法。
グリモールド・プレイスへ移動。
一瞬。
戦場が消える。
屋敷の地下。
シリウス。
リーマス。
スネイプ。
クリーチャー。
遅れてダンブルドア。
最後に、マクゴナガルとハリー。
「全員?」
ハリーが確認する。
「いる」
シリウスが答える。
「怪我は?」
「スネイプのローブが少し破れた」
「余計な報告をするな」
「噛まれてない?」
「問題ない」
スネイプの腕。
浅い擦り傷。
毒牙ではない。
「治療を」
「自分でできる」
「確認だけでも」
「ポッター」
「分かりました」
シリウスがハリーを見る。
「約束を守ったな」
「前へ出ませんでした」
「偉いぞ」
「子供扱いしないで」
「俺が褒めた時は受け取れ」
「では、ありがとうございます」
今度はシリウスが驚く。
「素直だな」
「シリウスも、勝手にヴォルデモートへ向かわなかった」
「俺も褒められる?」
「はい」
「聞いたか、クリーチャー」
「記憶しております」
「記録に」
「残しません」
「なぜだ!」
少しだけ。
緊張が解ける。
だが。
まだ終わっていない。
「協力者」
ルーピンが言う。
「屋敷に残った人物は、何者だ?」
「ナギニを奪われても、出てこなかった」
スネイプが続ける。
「臆病か。闇の帝王を守ることを優先したか」
「有能です」
ハリーは言った。
「ナギニを捨てても、ヴォルデモート本体を守った」
「次は、その者を特定する必要がある」
ダンブルドアが言う。
「リドル家の監視は、続けます」
「クリーチャーだけで」
ハリーがシリウスを見る。
「分かってる」
不満そう。
「僕も近づきません」
「ならいい」
ナギニを失った。
ピーターもいない。
ヴォルデモートは、弱い身体。
協力者は一人。
前世より追い詰めている。
それでも。
完全に倒せていない。
「次に動くとすれば」
ハリーは考える。
「僕を外へ出す方法を探す」
「大会?」
ダンブルドアが尋ねる。
「三大魔法学校対抗試合は、来年度です」
「前倒しになる可能性は?」
「主催国や他校の調整が必要です。ヴォルデモートが動かせる規模ではない」
「では?」
「学校行事。休暇。家族。魔法省」
ハリーを外へ出す。
手段はいくつもある。
「そして」
もう一つ。
「クラウチ・ジュニア」
前世で。
最も完璧に、ハリーをヴォルデモートへ届けた男。
今も、クラウチ邸にいる。
服従の呪文。
父親の管理。
だが。
ヴォルデモートが復活の準備を始めた。
クラウチ・ジュニアが解放されれば。
最も危険な駒になる。
「予定を早めます」
ハリーは言った。
「クラウチ・ジュニアを、今年中に表へ出す」
「魔法省へ直接伝える?」
シリウスが尋ねる。
「いいえ」
「なぜ?」
「隠される可能性がある」
シリウスの冤罪。
ピーターの生存。
クラウチ・シニアによる、死喰い人の息子の脱獄。
魔法省の信用は、完全に崩れる。
内部で処理しようとする者が出る。
「だから」
ハリーは、机の上に置かれた『日刊予言者新聞』を見る。
「魔法省が隠せない形で、先に世間へ知らせます」
リーマスが嫌そうな顔をした。
「リータ・スキーターかい?」
「はい」
「信用できない記者だ」
「だから使えます」
権力者の秘密。
大事件。
魔法省の失態。
リータ・スキーターが食いつかない理由はない。
「真実だけを渡します」
ハリーは言った。
「彼女が誇張する必要もないほど、十分に酷い真実を」