三年目が終わる頃。
ハリーの机の上には、一枚の羊皮紙が置かれていた。
書かれているのは、ヴォルデモートの魂の所在。
最初にこの一覧を作った時は、ほとんどの項目が手つかずだった。
今は違う。
トム・リドルの日記。
破壊済み。
マールヴォロ・ゴーントの指輪。
破壊済み。
サラザール・スリザリンのロケット。
破壊済み。
ロウェナ・レイブンクローの髪飾り。
破壊済み。
ナギニ。
破壊済み。
確認できていた分霊箱のうち、五つを消した。
残っているのは。
ヘルガ・ハッフルパフのカップ。
ハリー自身に付着した魂の欠片。
そして、ヴォルデモート本体。
「随分と減ったな」
背後から、ロンが羊皮紙を覗き込む。
「勝手に見ないで」
「もう全部知ってるだろ」
「知っていることと、机の上の物を見ることは別だ」
「ハーマイオニーみたいなこと言うな」
「何の話?」
本人が、机の反対側から顔を上げた。
場所はグリフィンドール談話室。
年度末試験は終わった。
寮対抗杯も、今年は大きな事件の加点なしで決着した。
グリフィンドールは優勝できなかった。
ロンは少し不満そうだったが、ハリーはむしろ安心している。
毎年、最後に数百点を追加して逆転する学校運営の方がおかしい。
「分霊箱が、あと三つだって話」
ロンが言う。
「正確には、破壊すべき対象が三つ」
ハーマイオニーが訂正する。
「ヴォルデモート本人は分霊箱ではないわ」
「同じようなものだろ」
「違う」
「最後に倒すんだから」
「分類の話よ」
「二人とも」
ハリーが止める。
「最後に倒す順番とは限らない」
「どういうこと?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「本体より先に、僕の中の欠片を取れる可能性もある」
「方法が見つかったの?」
「まだ」
「では、カップが先?」
「ああ」
羊皮紙の一番下。
ヘルガ・ハッフルパフのカップ。
保管場所。
グリンゴッツ魔法銀行。
レストレンジ家の金庫。
前世では、ベラトリックス・レストレンジが保管していた。
正確には。
ヴォルデモートから預けられた。
本人は、中身が分霊箱だと知らなかった可能性が高い。
ただ。
極めて重要な物。
そう認識していた。
だから。
金庫へ侵入したハリーたちが、グリフィンドールの剣を持っていることよりも。
他に何を盗んだのか。
それを恐れた。
「グリンゴッツへ入る方法は?」
ロンが聞く。
「前世と同じ方法は使わない」
「どんな方法だった?」
「ハーマイオニーが、ポリジュース薬でベラトリックスへ変身した」
ハーマイオニーの顔が引きつる。
「私が?」
「ああ」
「本人の髪は?」
「マルフォイ邸で拾った」
「どうしてマルフォイ邸にいたの?」
「捕まっていた」
「何に?」
「死喰い人に」
「どうして?」
「話すと長い」
「いつもそう言って、重要なところを省くわね」
「今はカップの話だ」
前世。
ベラトリックスへ変身したハーマイオニー。
透明マントの下に隠れたハリー。
服従の呪文を使われた小鬼。
グリンゴッツの地下。
増殖する財宝。
火傷させる呪い。
ドラゴン。
脱出。
どれも。
合法とは言い難い。
「今回は、もっと静かに入る」
ハリーが言う。
「合法的に?」
ハーマイオニーの質問。
「侵入する時点で違法だ」
「堂々と言わないで」
「でも、被害は最小限にする」
「小鬼を脅さない?」
「脅さない」
「服従の呪文も?」
「使わない」
「ドラゴンも逃がさない?」
「今回は、地下にドラゴンがいるかも確認しない」
「それで、どうやって?」
ハリーは答える。
「妖精魔法」
ハーマイオニーが黙る。
ロンも黙る。
「また?」
「まただ」
「本当に、妖精魔法ですべて解決してない?」
ロンが言う。
「分霊箱を壊しているのは、バジリスクの牙や普通の魔法だ」
「侵入と移動は、ほぼ妖精魔法よ」
「便利だから」
「それで済ませていいのかしら」
ハーマイオニーは本気で不安そうだった。
「屋敷しもべ妖精が、一斉に魔法使いへ反乱したら」
「魔法界は終わる」
ハリーは即答した。
「やっぱり?」
「ホグワーツの結界を無視する。純血家の屋敷へ出入りできる。人間の防護とは別系統。魔法省にも、グリンゴッツにも届く可能性がある」
「怖いな」
ロンが言う。
「だから、待遇を改善しろと言っている」
「反乱防止のために?」
「それだけではない」
「先に、その理由が出るところがハリーよね」
妖精を奴隷として扱うことが間違っている。
同時に。
魔法使いが、自分たちより自由な移動魔法を持つ存在を、永遠に無条件で従うと考えていることも危険。
「でも、グリンゴッツは小鬼の魔法よ」
ハーマイオニーが言った。
「ホグワーツや人間の屋敷と同じとは限らない」
「だから、試す」
「いきなりレストレンジ家の金庫へ?」
「自分の金庫」
ロンが眉をひそめる。
「自分のなら、普通に入ればいいだろ」
「普通に入るシリウスと、妖精魔法で入る僕。二つの経路を試す」
「失敗したら?」
「透明マントを被って待つ」
「どこで?」
「金庫の中」
「入れたなら成功じゃない?」
ロンが言う。
「入れたが、出られない場合」
「ああ」
「シリウスが通常経路で来た時に合流する」
「入れなかった場合は?」
「その場から動かない」
「その場って?」
「グリンゴッツの受付近く」
ハーマイオニーが腕を組む。
「危険性は?」
「低い」
「ハリーが低いと言う時は、信用できない」
「今回は本当に低い」
「誰が同行するの?」
「シリウス」
「クリーチャーは?」
「グリンゴッツ内部へ入れるか分からない」
「連れていった方が安全では?」
「小鬼が、屋敷しもべ妖精を警戒する可能性がある」
「妖精魔法を使うのに?」
「僕が使うとは思わない」
小鬼は。
人間が、屋敷しもべ妖精の魔法を習得しているとは考えない。
そもそも。
ハリー自身も、前世でそんなことが可能だとは思っていなかった。
今世。
必要の部屋で妖精たちへ教わった。
人間の魔法。
杖。
呪文。
妖精魔法。
違う。
それでも、魔力を持つ存在が構造を理解すれば、完全ではないにせよ模倣できる。
「マクゴナガル先生たちには?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「まだ」
「話して」
「実験だけだ」
「グリンゴッツへ無断で転移する実験よ」
「自分の金庫だ」
「場所が自分の物でも、銀行の防護を無視するでしょう」
「侵入できると決まったわけではない」
「だから実験するんでしょう!」
正しい。
「シリウスには話した」
「保護者だけ?」
「名付け親」
「学校側にも」
「夏休みだ」
「ダンブルドア先生か、スネイプ先生へ」
「ダンブルドア先生へ話せば、同行したがる」
「同行させれば?」
「小鬼と話を始める」
「交渉できるなら、そちらの方がいいでしょう」
「正面から分霊箱が入った金庫を開けろと?」
「事情を説明して」
「小鬼は、魔法使いの戦争へ協力しない」
グリンゴッツは。
魔法使いの組織ではない。
小鬼の銀行。
契約。
所有権。
金庫。
信用。
中に危険な物がある。
だから開けろ。
それを認めれば、銀行の根幹が揺らぐ。
「レストレンジ家は収監中よ」
「だからこそ、所有権の問題が複雑になる」
「シリウスはブラック家の当主でしょう?」
「ベラトリックスは、結婚してレストレンジ家に入った」
「実家側の権利は?」
「調査中」
シリウスが。
ブラック家の法務代理人。
小鬼。
古い契約。
相続。
財産管理。
調べている。
だが。
合法的な経路だけで、レストレンジ家の金庫へ入るのは難しい。
「まず、できるか確認する」
ハリーは言った。
「できなければ、別の方法」
「できたら?」
「レストレンジ家の金庫への侵入を検討する」
「すぐに?」
「準備をしてから」
「私たちにも話す?」
「ああ」
「教師にも?」
少し迷う。
「侵入前には」
「実験前に話して」
「ハーマイオニー」
「未来のあなたが、グリンゴッツへ違法侵入した経験を持っているからこそ、今回は止める人が必要なの」
「シリウスがいる」
「一緒にやる人でしょう」
「止める役ではないな」
ロンが言う。
ハリーは黙る。
「スネイプ先生」
ハーマイオニーが提案する。
「なぜ?」
「ダンブルドア先生より、侵入を止めずに危険性だけ確認してくれそう」
「評価が酷いな」
ロンが言う。
「でも正しい」
「本人が聞いたら?」
「減点される」
「もう学年末だ」
「来年度分から引かれるかも」
「さすがにない」
三日後。
スネイプの研究室。
ハリーは計画を説明した。
シリウスもいる。
「馬鹿か」
最初の言葉だった。
「まだ実行していません」
「計画した時点で十分だ」
「自分の金庫です」
「グリンゴッツの防護を破る」
「破れるか確認するだけです」
「破れた場合、小鬼へ感知される可能性は?」
「分かりません」
「転移先が金庫内ではなく、岩盤の中だった場合は?」
「妖精魔法は、目的地の空間を認識して」
「完全に習得したのか?」
「かなり」
「完全かと聞いている」
「いいえ」
「却下だ」
「先生」
「却下だ」
「でも」
「頭だけ岩へ埋まった状態で発見されたいのか?」
「妖精魔法では、そのような失敗は」
「過去に、人間が同じ魔法でグリンゴッツへ侵入した記録は?」
「知りません」
「ならば、何を根拠に安全だと?」
ハリーは答えない。
感覚。
経験。
何度も使用。
だが。
グリンゴッツは初めて。
「対策を考えます」
「中止しろ」
「カップは必要です」
「今日である必要はない」
「実験だけでも」
「ポッター」
「何です?」
「お前は、最近人に任せることを覚えたと思っていた」
「任せる相手がいません」
「小鬼との交渉は?」
「難しい」
「難しいことと、不可能は違う」
「時間が掛かります」
「闇の帝王は、今すぐ完全復活するのか?」
「可能性はあります」
「可能性で銀行の防護を破るな」
正論。
シリウスが口を挟む。
「なら、どうする?」
「ブラック家の法的権利を調べろ」
「調べてる」
「結果は?」
「ベラトリックスはレストレンジ家の人間だ。ブラック家当主として直接金庫へ入る権利はない」
「収監者の財産管理は?」
「夫のロドルファスも収監中。次の管理権者は、レストレンジ家側の親族」
「誰だ?」
「面倒な純血家が何人か」
「買収は?」
「できるかもしれない」
ハリーがシリウスを見る。
「できるんですか?」
「金ならある」
「なぜ先に」
「相手が怪しむ」
「何を?」
「ブラック家当主が、突然レストレンジ家の金庫へ関心を持つ理由」
「適当な理由を」
「純血家の財産争いでは、適当な理由が一番怪しい」
スネイプが机を指で叩く。
「金庫の中に、何があるかを確認する方法は?」
「契約上、無理だ」
「ベラトリックス本人へ聞く」
ハリーが言う。
二人が見る。
「アズカバンで?」
「面会」
「何を聞く?」
「ヴォルデモートから預かった物が、金庫にあるか」
「答えると思うか?」
「反応は見られる」
スネイプが考える。
「開心術は、アズカバンの面会規則で禁止されている」
「使わなくても」
「ベラトリックスは狂信者だ。お前が分霊箱を知っていると分かれば、闇の帝王へ伝える方法を探す」
「すでに知られている可能性が高い」
「カップの場所まで知られていると確信させるな」
また正しい。
「では」
ハリーは言う。
「実験だけ」
「話を戻すな」
「僕の金庫に妖精魔法で入れるか確認できれば、最終手段があると分かる」
「最終手段を持つために危険を冒す?」
「選択肢です」
スネイプはハリーを睨む。
シリウスを見る。
「お前は止めないのか?」
「止めたら、こいつは一人でやる」
「やりません」
「本当に?」
「最近は」
「最近は、という言い方が信用できない」
シリウスは続ける。
「だから、俺が一緒に行く。通常経路で金庫へ向かう。ハリーが失敗したら、すぐに回収する」
「失敗の種類によっては回収できん」
「クリーチャーを待機させる」
「小鬼に感知される」
「銀行の外」
「内部で転移不能になった場合は?」
「透明マント」
「解決になっていない」
議論。
一時間。
最終的に。
条件付き。
スネイプが許可する立場ではない。
だが。
危険性を下げるため、複数の条件を出した。
一。
事前に、自分の金庫の正確な構造を思い出す。
二。
妖精魔法で、より強い防護が掛かったブラック家の地下金庫へ転移実験を行う。
三。
身体の一部だけが出現した場合に備え、即座に元の位置へ戻る術式を重ねる。
四。
シリウスが通常経路で、同時に金庫へ向かう。
五。
一定時間ハリーが現れなければ、小鬼へ正直に話す。
「正直に?」
ハリーが尋ねた。
「名付け子が無断で金庫へ入ろうとしたと」
「それは」
「条件だ」
「小鬼との関係が」
「死ぬよりましだ」
「分かりました」
六。
実験で成功しても、そのままレストレンジ家の金庫へ行かない。
「当然です」
「お前の当然は信用していない」
「行きません」
「約束?」
「約束します」
マクゴナガルに似てきた。
本人へは言わない。
終業式。
ホグワーツ特急。
キングズ・クロス。
シリウスが迎えに来ていた。
今年は、駅へ立つ姿にも少し慣れたらしい。
周囲から見られても、以前ほど身体を硬くしない。
「三年目、お疲れ」
「シリウスも」
「俺はかなり働いたぞ」
「認めます」
「もっと」
「非常に働きました」
「聞いたか、クリーチャー」
「聞いております」
「記録に」
「残しません」
いつものやり取り。
プリベット通り。
母の守り。
今年も、最初の二週間はダーズリー家で過ごす。
バーノンは。
シリウスが無罪になった新聞記事を見ていた。
「お前の名付け親という男は、本当に犯罪者ではないんだな?」
「冤罪でした」
「十三年も牢屋にいたんだろう」
「裁判なしで」
「その社会は、本当に大丈夫なのか?」
「改善中です」
「学校の校長は?」
「改善中です」
「教師は?」
「一人は逮捕されましたが、今年は優秀でした」
「それを大丈夫とは言わん!」
ダドリーは、シリウスが黒い犬へ変身できると聞き、見たがった。
シリウスは変身した。
巨大な黒犬。
ダドリーは最初こそ驚いたが。
十分後には、背中へ乗ろうとした。
シリウスは逃げた。
「お前の従兄弟、昔より重くなってないか?」
「成長期です」
「俺の背骨が折れる」
「アズカバンで弱っていますから」
「傷つく言い方をするな」
プリベット通りでの滞在を終え。
グリモールド・プレイスへ。
実験前。
ブラック家の地下。
クリーチャーの案内。
古い金庫。
人間の侵入防止。
血統。
当主。
家の魔法。
「ここへ転移します」
ハリーが言う。
「現在地から?」
「二階の応接室」
「近すぎないか?」
「最初は」
応接室。
集中。
地下金庫。
自分が中にいる。
妖精魔法。
空間。
移動。
視界が変わる。
冷たい石壁。
金庫。
成功。
戻る。
今度は、屋敷の外。
成功。
次に。
ロンドンの別の場所。
距離を伸ばす。
成功。
スネイプが作った帰還術式も、正常に動く。
「問題ないな」
シリウスが言う。
「だからといって」
ハーマイオニーが睨む。
ロンと共に、夏休みの数日をグリモールド・プレイスで過ごしている。
「グリンゴッツは別よ」
「分かってる」
「本当に?」
「行くのは自分の金庫だけ」
「成功しても、他へ行かない」
「約束した」
「もう一度」
「行かない」
実験当日。
ダイアゴン横丁。
グリンゴッツ魔法銀行。
白い建物。
青銅の扉。
銀色の扉。
小鬼。
警告文。
『入る者よ、覚悟せよ。
強欲の罪に何が待つか――』
「改めて読むと、銀行の入口に書く文章ではないな」
シリウスが言う。
「侵入者への警告です」
「客も読む」
「防犯意識が高い」
「脅してるだけだろ」
シリウスは。
ハリーの金庫から、学用品購入のため金貨を引き出す。
正式な委任状。
名付け親。
保護者に近い立場。
ブラック家当主。
必要な書類は揃えた。
受付。
小鬼が確認。
「ハリー・ジェームズ・ポッター本人は?」
「今日は別の用事がある」
シリウスが答える。
ハリーは。
すでに透明マントの下。
受付の柱の陰。
地図。
金庫の記憶。
前世。
ハグリッドと一緒に入った。
地下。
トロッコ。
鍵。
金庫。
内部。
石。
金貨。
「では、ご案内します」
小鬼が立ち上がる。
シリウスが歩き出す。
合図。
ハリーは。
柱の陰で集中する。
ポッター家の金庫。
自分の金庫。
内部。
妖精魔法。
移動。
一瞬。
身体が引かれる。
ホグワーツ。
必要の部屋。
グリモールド・プレイス。
それらより強い抵抗。
空間が。
押し返す。
小鬼の魔法。
侵入を拒む。
「やはり」
戻るべきか。
だが。
完全に閉じてはいない。
人間の姿現しとは違う。
妖精魔法。
所有者。
自分の金庫。
鍵。
契約。
ハリー・ポッター。
自分の物。
その認識。
抵抗が僅かに弱まる。
押す。
空間。
抜ける。
足元が消える。
暗闇。
石。
金属。
冷たい空気。
ハリーは転移した。
目を開ける。
金貨の山。
銀貨。
クヌート銅貨。
古い箱。
自分の金庫。
「成功」
身体を確認。
両手。
両足。
頭。
ローブ。
透明マント。
すべてある。
異常なし。
額の傷も反応しない。
周囲。
小鬼の警報。
音。
魔力。
何もない。
少なくとも。
即座には感知されていない。
ハリーは、透明マントを被る。
待つ。
約束。
そのまま別の金庫へ行かない。
数分後。
外から音。
鍵。
扉が開く。
小鬼。
シリウス。
「こちらが、ポッター家の金庫です」
小鬼が言う。
シリウスは中へ入る。
自然に。
周囲を見る。
ハリーの姿は見えない。
だが。
合図。
金貨を一枚。
足元へ落とす。
シリウスの近くで、ハリーが杖を一度振る。
小さな風。
成功を伝える。
シリウスの表情は変わらない。
金貨を袋へ入れる。
「これでいい」
「他に?」
「ない」
二人が出る。
扉が閉まる直前。
ハリーは。
妖精魔法。
シリウスの後ろ。
トロッコの脇。
透明マントのまま移動。
成功。
帰還できた。
銀行の外。
ダイアゴン横丁。
人の少ない路地。
透明マントを脱ぐ。
「入れました」
「見れば分かる」
シリウスは笑う。
「本当にいたな」
「気づいてました?」
「金貨を落とした時、風が来た」
「合図です」
「分かってた」
「小鬼は?」
「気づいてない」
「警報も?」
「何も」
ハリーは息を吐く。
成功。
グリンゴッツ。
自分の金庫。
小鬼の防護。
妖精魔法なら、所有者という条件を利用して入れる。
「問題は」
シリウスが言う。
「レストレンジ家の金庫は、お前の物じゃない」
「はい」
「今の抵抗は?」
「強かったです」
「自分の金庫でも?」
「所有権を意識すると、少し弱まりました」
「なら、他人の金庫では」
「さらに強い」
「入れない可能性もある」
「あります」
でも。
完全に閉じてはいなかった。
グリンゴッツの防護は。
妖精魔法を排除するのではなく。
所有者。
契約。
許可。
それらで空間を固定している。
「鍵が必要かもしれない」
ハリーが言う。
「ベラトリックスの?」
「物理的な鍵ではなく、金庫へ入る権利」
「どうやって?」
「代理権。相続権。所有者の魔力」
「結局、法的な方法か」
「一部だけでも」
侵入する。
ただし。
防護を弱めるため、正当な権利を利用する。
「ナルシッサ」
シリウスが言った。
「何が?」
「ベラトリックスの妹だ」
「ブラック家の?」
「ああ」
「レストレンジ家の金庫へ権利は?」
「普通はない」
「普通は?」
「ベラトリックスとロドルファスの双方が、長期収監。子もいない。レストレンジ家側の財産管理者はいるが」
「ブラック家から持ち込まれた品については?」
シリウスが目を細くする。
「持参金や、実家由来の財産なら、ナルシッサや俺に確認権が生じる可能性がある」
「カップは?」
「ヴォルデモートから預かった物だ。実家由来ではない」
「でも、小鬼は中身の由来を知らない」
「ブラック家の家宝が混ざっている可能性を主張する?」
「金庫を開ける権利までは得られなくても、魔法的な抵抗を弱められるかもしれない」
「本当に、法律と不法侵入を組み合わせるんだな」
「使えるものは使います」
シリウスが笑う。
「闇払い局長らしい」
「褒めています?」
「半分」
「残りは?」
「十三歳らしくない」
「今さらです」
その夜。
グリモールド・プレイス。
報告。
ハーマイオニー。
ロン。
クリーチャー。
スネイプは、通信鏡の向こう。
「成功しました」
ハリーが言う。
『だからといって、レストレンジ家の金庫へ行くな』
「行ってません」
『今後の話だ』
「準備してから」
『行く前提で話すな』
「カップを放置しますか?」
通信鏡の向こう。
スネイプが黙る。
『方法を詰める』
「はい」
『小鬼に感知されなかった根拠は?』
「警報なし。帰りも問題なし。シリウスも異常を確認していません」
『小鬼が黙って監視している可能性は?』
「あります」
『次に入った瞬間、捕縛される可能性も?』
「あります」
『ならば、成功とは言い切るな』
「侵入には成功しました」
『実用性は未確認だ』
「分かりました」
ハーマイオニーが頷く。
「先生の言う通りよ」
「分かってる」
「本当に?」
「次は、情報を集める」
「何を?」
「レストレンジ家の金庫の場所。防護。所有権。内部の呪い」
「前世で入ったのでしょう?」
「場所は、案内されたから覚えていない」
「道順は?」
「トロッコが速すぎた」
「内部の呪いは?」
「触れた物が増殖して、熱くなる」
ロンが顔をしかめる。
「財宝が増える?」
「ああ」
「いいことじゃ」
「触るたび増える。部屋を埋め尽くす。熱で焼かれる」
「悪いな」
「カップは?」
「財宝の山の中」
「正確な位置は?」
「前世では、上の方にあった」
「今回も同じとは限らないわ」
ハーマイオニーが言う。
「ベラトリックスが動かしている可能性は?」
「収監中だから、十二年間は動いていない」
「小鬼が?」
「顧客の物へ触らないはずだ」
「なら、前世と同じ場所?」
「可能性は高い」
クリーチャーが手を上げる。
「クリーチャーが申し上げても?」
「何?」
「レストレンジ家の金庫へ、屋敷しもべ妖精が入った記録を探すことは可能でございます」
「ブラック家の?」
「純血家同士では、婚姻の際に財産を運びます」
「ベラトリックスが結婚した時?」
「ブラック家からレストレンジ家へ、複数の品が移されました」
シリウスがクリーチャーを見る。
「お前も行ったのか?」
「先代のクリーチャーが同行しております」
「先代?」
「クリーチャーの母でございます」
「記録がある?」
「屋敷しもべ妖精の家系記憶に」
また。
人間が把握していない情報。
「場所を辿れる?」
ハリーが尋ねる。
「完全ではございません」
「でも、金庫の感覚は?」
「ブラック家の品が、今も内部にあるなら」
クリーチャーは目を閉じる。
「家の魔法を通じて、僅かに辿れる可能性がございます」
「それを使えば」
「ハリー・ポッター様の妖精魔法へ、行き先を示すことは可能かと」
所有権。
ブラック家由来の財産。
クリーチャーの家系記憶。
シリウスの当主権限。
完全な無権限ではなくなる。
「行ける」
ハリーが言う。
『まだだ』
通信鏡のスネイプ。
「可能性は上がりました」
『だからこそ、急ぐな』
「分かっています」
『全員の同意を得るまで、グリンゴッツへ近づかないと約束しろ』
「全員?」
『私。ブラック。グレンジャー。クリーチャー』
「ロンは?」
『判断材料にならん』
「失礼だな!」
ロンが鏡へ抗議する。
『ならば、何を確認するべきか言ってみろ』
「え?」
『侵入前に必要な条件だ』
「ええと」
ロンは考える。
「入れること」
『他には?』
「出られること」
『他には?』
「カップの場所」
『他には?』
「触ったら増える呪いを解除すること」
『他には?』
「小鬼に見つからないこと」
『最低限は分かっているな』
「なら僕も入れてください」
『却下だ』
「何で!」
「ロンも同意者へ」
ハリーが言った。
『甘やかすな』
「友人です」
『判断を止める側になれるか?』
ロンは、ハリーを見る。
「止めるよ」
「本当に?」
「お前が、そのままカップを取りに行こうとしたら殴る」
「魔法ではなく?」
「先に殴る」
「では、入れます」
『何を納得している』
条件。
小鬼の警報を調べる。
ブラック家由来の財産との繋がりを確認。
レストレンジ家金庫の管理権者を特定。
内部の増殖呪いへの対策。
退路。
カップの破壊手段。
そして。
ヴォルデモートの協力者が動く前に。
どこまで準備できるか。
ハリーは、羊皮紙の一覧を見る。
残り三つ。
カップ。
ハリー。
本体。
妖精魔法は。
グリンゴッツへ届いた。
世界一安全と言われる金庫へ。
小鬼に気づかれず。
「怖いな」
ロンが言う。
「何が?」
「本当に、妖精が反乱したら終わるって話」
「だから言った」
「クリーチャーは反乱しないよな?」
クリーチャーの目が細くなる。
「ウィーズリー様が、クリーチャーをどのように扱われるかによります」
「冗談だよな?」
「屋敷しもべ妖精は、冗談を申し上げません」
「怖い!」
少しだけ笑いが起きる。
だが。
ハリーは、本気で思っていた。
妖精魔法。
小鬼の魔法。
人間の魔法。
魔法界は。
自分たちが理解しているより、ずっと多くの力の上に成り立っている。
ヴォルデモートは。
それを理解しなかった。
屋敷しもべ妖精を道具としか見なかった。
小鬼を下に見た。
血統だけを重視した。
だから。
その隙を使う。
「次は、カップです」
ハリーが言う。
「今度こそ」
ハーマイオニーが睨む。
「全員で計画を立ててから」
「分かってる」
「約束?」
「約束する」
レストレンジ家の金庫。
前世では。
追い詰められた末に侵入した。
今回は違う。
時間がある。
仲間がいる。
情報もある。
それでも不法侵入であることに変わりはない。
「できれば、合法的な穴を見つけたいな」
シリウスが言う。
「穴を使った時点で、合法か怪しいです」
「法律は、使える穴を探すものだろ」
オクタヴィウスが聞けば怒る。
ハリーは、少し笑った。
三年目は。
アズカバンの囚人を追う一年ではなくなった。
その囚人と共に、グリンゴッツへ不法侵入する準備をする一年になった。
未来は。
かなり前倒しになっている。
四年目を待つ理由は。
もうなかった。