なお、かまぼこ板である ~漆塗りの黄金雷と「たんぐすてんばぁ」を公募へ送るまで~   作:ヒツジ(ラム肉

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二枚の作品が完成した。

一枚目は、黒漆の奥を走る黄金の雷。

裏には、葵漆の中に浮かぶ真珠の樹。

側面には紅漆。

二枚目は、金色に塗られた偽のインゴット。

表には『000,0』『1000g』『Fake Ingot』。

裏には、黒いマジックで雑に、

『たんぐすてんばぁ』

あとは、この二枚をかまぼこ板絵の公募へ送るだけである。

絵なのかどうかは、審査する側に任せることにした。



第十話 審査員、首を傾げる

 

作品が完成すれば、次は梱包である。

 

作ることばかり考えていたため、送る段階については何も考えていなかった。

 

一枚目は漆塗りである。

 

表にも裏にも作品がある。

 

側面にも紅漆が塗られている。

 

どこか一面を下にして箱へ入れれば、その面が擦れる。

 

かといって立てれば、側面へ負担がかかる。

 

表裏と側面のすべてを仕上げた結果、気軽に置ける場所がなくなっていた。

 

「作品というものは、完成後の方が扱いに困るな」

 

作っている間は、机へ置けばよかった。

 

研ぐときには固定した。

 

塗るときには台へ載せた。

 

完成してしまうと、どこにも触れたくない。

 

私は柔らかな紙と布を用意した。

 

表面へ直接強く当たらないよう、薄い紙で包む。

 

その外側を布で覆う。

 

さらに、箱の中で動かないよう緩衝材を入れる。

 

一枚のかまぼこ板を送るための梱包としては、ずいぶん厳重である。

 

だが、ここまで手をかけておいて、輸送中に傷がついては悔しい。

 

次に、偽インゴットを包む。

 

こちらも金色の表面を磨き上げている。

 

樹脂の艶へ擦り傷が入れば、安っぽさが戻ってしまう。

 

偽物の高級感を守るため、こちらも丁寧に包む。

 

表の刻印が潰れぬよう。

 

裏のマジックが擦れぬよう。

 

表面は本格的な偽物。

 

裏面は雑な落書き。

 

どちらも同じように保護する。

 

少し妙な気分だった。

 

私は二枚を並べて箱へ収めた。

 

黒漆の作品。

 

金色の作品。

 

緩衝材の間に置くと、何か非常に大切な美術品を送るようにも見える。

 

実際、大切ではある。

 

素材はかまぼこ板だが。

 

応募票を書く。

 

作品名。

 

作者名。

 

連絡先。

 

作品の説明。

 

ここで手が止まった。

 

二枚を別々に説明する必要がある。

 

一枚目については、比較的書きやすい。

 

電流によって刻まれた模様を、表では黄金の雷、裏では真珠の樹として仕上げた。

 

表裏に異なる色の漆を用い、側面を紅漆でつないだ。

 

簡潔に書けば、それなりに工芸作品らしい。

 

問題は、二枚目である。

 

かまぼこ板を金色に塗り、偽インゴットに仕立てた。

 

表には嘘のようで正直な刻印。

 

裏には『たんぐすてんばぁ』。

 

制作意図。

 

一枚では寂しかったから。

 

正直に書くべきか。

 

私は少し考えた。

 

深い意味を後から付けることはできる。

 

価値の虚構。

 

物質と記号。

 

本物と偽物の境界。

 

人間が刻印へ寄せる信用。

 

かまぼこ板という日常素材を金塊へ偽装することで、社会における価値形成を――。

 

「違うな」

 

一枚では寂しかった。

 

それが始まりである。

 

ならば、そのまま書けばよい。

 

作品説明には、こう記した。

 

『一枚目を作り終えた後、一枚だけでは寂しかったため制作。遠目には金塊、近づけば偽物、裏返せばたんぐすてんばぁとなるよう仕上げた』

 

正しい。

 

必要な情報はすべて入っている。

 

審査員がどう受け取るかは分からない。

 

だが、少なくとも嘘はない。

 

箱を閉じる。

 

送り状を貼る。

 

宛先を確認する。

 

かまぼこ板絵の公募事務局。

 

内容物。

 

美術作品。

 

少し悩んだが、それ以外に書きようがない。

 

こうして二枚のかまぼこ板は、作者の手元を離れた。

 

     ◇

 

数日後。

 

公募事務局には、全国から大量の作品が届いていた。

 

花を描いたもの。

 

動物を描いたもの。

 

家族の似顔絵。

 

故郷の風景。

 

季節の行事。

 

小さな板の上へ、それぞれの思いが載せられている。

 

受付の係員は、届いた箱を一つずつ開け、作品と応募票を確認していた。

 

割れや破損がないか。

 

名前は書かれているか。

 

規定外の大きさではないか。

 

複数の板を使った作品なら、部品が外れていないか。

 

作業は慣れている。

 

毎年、多くの作品が届く。

 

少し変わったものが入っていることも珍しくない。

 

立体作品。

 

彫刻。

 

布や糸を組み合わせたもの。

 

板を何十枚もつないだ大作。

 

かまぼこ板という素材から、想像以上に多くのものが作られてきた。

 

だから、今回の箱も、最初は普通に開けられた。

 

緩衝材を外す。

 

布に包まれた、細長いものが二つ。

 

「二点ですね」

 

係員は応募票を確認した。

 

確かに二作品分ある。

 

まず、一枚目を取り出す。

 

布をほどく。

 

薄紙を外す。

 

黒漆の板が現れた。

 

照明を受け、漆の中で金色の枝が浮かぶ。

 

係員の手が止まった。

 

「……きれい」

 

正面から見れば、黒い板を走る黄金の雷。

 

少し傾けると、細い枝が次々に現れる。

 

金色が表面へ描かれているのではなく、黒漆の奥に沈んでいる。

 

顔を近づける。

 

放電によってできた複雑な模様。

 

手描きではない。

 

だが、偶然の焦げ跡をそのまま残しただけでもない。

 

金と漆で、一つの景色へ仕立てられている。

 

「これ、裏もあるみたいですよ」

 

応募票を読んでいた別の係員が言った。

 

慎重に裏返す。

 

葵色の面。

 

そこへ浮かぶ、真珠の白い枝。

 

表と同じような枝分かれなのに、こちらは雷ではなく樹木に見える。

 

白い粉が光を受け、わずかに虹色を返す。

 

「同じ板ですよね?」

 

「同じ板でしょうね」

 

「両方が表みたいです」

 

「側面も見てください」

 

紅漆。

 

黒と葵の間を、細い赤が一周している。

 

係員たちは、しばらく板を回しながら眺めた。

 

問題は、受付票の分類欄である。

 

絵画。

 

工作。

 

工芸。

 

立体。

 

その他。

 

「これは、どれでしょう」

 

「かまぼこ板絵です」

 

「それは公募の名前です」

 

「工芸……でしょうか」

 

「でも、電流で模様を作ってますよね」

 

「絵とも言えます」

 

「両面あります」

 

「側面もあります」

 

話し合った末、分類は『その他』となった。

 

最も広い場所へ入れるのが安全だった。

 

次に、二枚目を取り出す。

 

薄紙を外した瞬間、金色の板が現れた。

 

一枚目とは、まるで違う。

 

つやつやしている。

 

照明を強く反射する。

 

形は、たしかに小さなインゴットに見えなくもない。

 

「金塊?」

 

「かまぼこ板でしょう」

 

「そうでした」

 

係員は手に取った。

 

軽い。

 

想像以上に軽かったため、持ち上げた手が少し上へ跳ねた。

 

「軽っ」

 

裏で作業していた者まで振り向いた。

 

表面には刻印がある。

 

丸の中にバツ。

 

その下に、

 

『000,0』

 

さらに、

 

『1000g』

 

最後に、

 

『Fake Ingot』

 

「偽物って書いてありますね」

 

「純度も零ですね」

 

「重量は一キロと書いてあります」

 

係員は手の中で板を軽く上下させた。

 

どう考えても一キログラムはない。

 

「これは、何なんでしょう」

 

「応募票に説明があります」

 

読み上げる。

 

一枚目を作り終えた後、一枚だけでは寂しかったため制作。

 

遠目には金塊。

 

近づけば偽物。

 

裏返せば――。

 

「裏?」

 

係員が板を返した。

 

金色の裏面。

 

そこへ黒いマジックで、大きく、曲がった文字。

 

『たんぐすてんばぁ』

 

沈黙があった。

 

数秒後、誰かが吹き出した。

 

「表、あんなに丁寧なのに」

 

「裏はマジックですね」

 

「しかも平仮名」

 

「最後だけ小さい『ぁ』」

 

「タングステンは入っているんですか?」

 

応募票を見る。

 

材質。

 

木、塗料、エポキシ樹脂、油性マジック。

 

「入っていませんね」

 

「金も?」

 

「入っていません」

 

「重さも一キロではない」

 

「おそらく二十グラム前後です」

 

「全部違うじゃないですか」

 

「Fake Ingotだけは正しいです」

 

もっともだった。

 

この作品も分類に困った。

 

絵画ではない。

 

工芸と言うには、裏面がマジックである。

 

工作ではある。

 

だが、表面だけを見ると妙に仕上がっている。

 

結局、こちらも『その他』へ入れられた。

 

二枚は同じ作者の作品として、並べて保管された。

 

黒漆の雷と、金色の偽インゴット。

 

片方は、静かで美しい。

 

片方は、裏返すと『たんぐすてんばぁ』。

 

共通点は、同じ形のかまぼこ板であることくらいだった。

 

     ◇

 

審査の日。

 

広い机の上へ、応募作品が並べられた。

 

審査員たちは、一点ずつ見て回る。

 

技術。

 

発想。

 

構成。

 

素材の活かし方。

 

かまぼこ板という小さな支持体の中で、どのような表現が行われているか。

 

評価の基準は一つではない。

 

子供らしい勢いを重く見る者もいる。

 

緻密な描写を評価する者もいる。

 

素材そのものの温かさを大切にする者もいる。

 

その中に、黒漆の一枚があった。

 

審査員の一人が立ち止まる。

 

「これは面白い」

 

別の者も近づく。

 

「放電模様ですね」

 

「そのままではなく、金を入れて漆で研ぎ出している」

 

「裏もあります」

 

作品を慎重に返す。

 

葵漆と真珠の樹。

 

「表と裏で見立てを変えたのか」

 

「側面も紅です」

 

「かまぼこ板で、ここまでやるか」

 

感心しているのか、呆れているのか。

 

おそらく両方だった。

 

技術については評価しやすい。

 

仕上げも丁寧である。

 

表裏で異なる景色を作る発想も分かる。

 

ただし、

 

「これは、かまぼこ板絵なのか?」

 

という疑問が残った。

 

「板に表現しているのだから、絵でよいのでは」

 

「工芸でしょう」

 

「公募名に絵とあるだけで、工作も可です」

 

「では問題ない」

 

問題はない。

 

それで話が終わりそうになったところへ、隣の金色が目に入った。

 

「これは同じ作者です」

 

審査員の一人が持ち上げる。

 

やはり、手が少し上へ浮いた。

 

「軽いな」

 

「1000gとあります」

 

「ないだろう」

 

「純度は000,0です」

 

「潔い」

 

「シリアルナンバーはFake Ingot」

 

「番号ではないな」

 

一人が裏返した。

 

『たんぐすてんばぁ』

 

審査員たちは、全員が少しずつ違う角度へ首を傾げた。

 

「これは……何を評価すればよいんだ」

 

「発想では」

 

「表面の仕上げも悪くありません」

 

「裏はマジックだぞ」

 

「そこまで含めて作品なのでしょう」

 

「タングステンは?」

 

「入っていません」

 

「では、なぜタングステンバーなんだ」

 

「偽の金塊に使われることがあるからだそうです」

 

「しかし、これは軽い」

 

「かまぼこ板ですから」

 

「それは分かっている」

 

分かっているが、分からない。

 

表面には、最初からFake Ingotと書かれている。

 

偽物であることを隠していない。

 

純度も零。

 

重量だけは堂々と嘘。

 

裏面には、実際には入っていないタングステン。

 

しかも平仮名。

 

作品説明には、一枚では寂しかったから作ったとある。

 

価値や偽物について深く考えた作品なのか。

 

単なる冗談なのか。

 

作者本人も、おそらく両方なのだろう。

 

「一枚目は評価しやすい」

 

審査員の一人が言った。

 

「美しい。技術もある。かまぼこ板の形も活かしている」

 

「二枚目も、形は活かしています」

 

「金塊として?」

 

「偽物の金塊として」

 

「裏の字は、必要なのか」

 

「必要でしょう」

 

「なぜ」

 

「手に取った者が裏返すからです」

 

一同は、もう一度『たんぐすてんばぁ』を見た。

 

確かに、裏面へ何もなければ、ここまで印象には残らない。

 

表だけなら、よくできた偽インゴット。

 

裏返した瞬間、作品の格調は崩壊する。

 

だが、その崩壊まで計算されている。

 

「悔しいが、よくできている」

 

誰かが言った。

 

他の審査員も、否定はしなかった。

 

二枚の評価票には、さまざまな言葉が書かれた。

 

技術的。

 

独創的。

 

美しい。

 

遊び心。

 

意味不明。

 

記憶に残る。

 

審査基準へ当てはめようとするたび、どこかがはみ出した。

 

だが、応募条件は満たしている。

 

素材は、かまぼこ板。

 

大きさも規定内。

 

危険な突起もない。

 

展示も可能。

 

作品説明も提出されている。

 

一枚目も。

 

二枚目も。

 

間違いなく、かまぼこ板を使った作品である。

 

絵であるかどうかには、まだ議論の余地があった。

 

しかし、公募へ出せない理由は一つもなかった。

 

二枚とも、応募規定には違反していなかった。

 

それが、審査員たちを最も悩ませた。

 

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