なお、かまぼこ板である ~漆塗りの黄金雷と「たんぐすてんばぁ」を公募へ送るまで~   作:ヒツジ(ラム肉

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かまぼこ板へ電流を流せば、雷のような模様が刻まれる。

だが、焦げ跡を作っただけでは、目を引く実験であっても、美しい作品とは言い難い。

そこで私は、電流によって刻まれた傷を金粉で埋め、黄金の雷へ変えることにした。

なお、まだ制作を始めてもいない。

構想だけで、既に普通の絵付けから大きく離れつつあった。


第二話 雷ならば金色であろう

雷ならば、金色であろう。

 

実際の雷が金色なのかと問われれば、少し困る。

 

白にも見える。

 

青にも見える。

 

紫がかって見えることもある。

 

写真によっては、空を裂く真っ白な亀裂にしか見えない。

 

だが、絵の中の雷は金色でよい。

 

いや。

 

金色でなければならない。

 

暗い空に一本の光が走る。

 

その瞬間だけ、夜が昼よりも明るくなる。

 

恐ろしく、眩しく、どこか神々しい。

 

その印象を、小さなかまぼこ板の中へ押し込むならば、金以上に相応しい色もあるまい。

 

私は机の上へ板を置き、鉛筆で薄く線を引いてみた。

 

中央に太い幹。

 

そこから左右へ分かれる細い枝。

 

しかし、すぐに消しゴムをかけた。

 

「これは私が描いてはいかんな」

 

自分で雷の形を決めてしまえば、ただの雷の絵である。

 

せっかく電流を使うのだ。

 

どこへ進むかは、電気と木に任せるべきだろう。

 

人間がするのは、始まりと終わりを用意することだけ。

 

その間に生まれた形を見て、後から意味を与える。

 

美術家のようなことを考えているが、相手はかまぼこ板である。

 

板へ模様を刻む工程については、専門の設備と十分な安全対策が必要になる。

 

見よう見まねで扱えるものではない。

 

高い電圧を使う方法には、実際に重大な事故もあるという。

 

作品を一枚作るために、作者まで焦げ跡になっては笑えない。

 

私は安全に扱える環境を確保することを、最初の制作工程とした。

 

芸術とは、命を懸けるものだという話もある。

 

しかし、かまぼこ板一枚に命を懸けるのは、さすがに配分がおかしい。

 

ともあれ。

 

板の表面に、狙いどおり枝分かれした跡が残ったとする。

 

問題は、その後である。

 

金粉を、どのように入れるか。

 

最初に思いついたのは、溝へ漆を塗り、その上から金粉を蒔く方法だった。

 

金継ぎに近い。

 

割れた器を漆でつなぎ、接着した跡へ金を施す。

 

壊れた場所を隠さず、むしろ美しい線として見せる。

 

ならば、電流が板へ残した焼け跡も、傷の一種と考えてよいだろう。

 

偶然に生まれた傷を、金色の模様へ変える。

 

金継ぎならぬ、雷継ぎである。

 

「……雷継ぎ」

 

口に出してみる。

 

悪くない。

 

伝統工芸の一派にありそうな響きである。

 

もちろん、今しがた私が勝手に作った言葉だ。

 

私は紙へ簡単な図を描いた。

 

板の中央を走る太い溝。

 

そこから無数に広がる細い枝。

 

太い部分は金を濃くする。

 

細い末端は、少し控えめに。

 

すべて同じ明るさにするより、中心から外へ光が弱くなる方が、雷らしく見えるかもしれない。

 

いや、末端こそ細かく輝いた方がよいか。

 

光が散っていくように、細い枝へ細かな金粉を残す。

 

考え始めると、金色一つでも選択肢が多い。

 

明るい黄金。

 

赤みのある金。

 

青みがかった淡い金。

 

粒の細かい粉なら、なめらかな光になる。

 

少し粗ければ、角度によってきらきらと表情が変わるだろう。

 

私は、まだ模様すら刻まれていない板を持ち上げた。

 

光へかざす。

 

白い木肌の上に、黄金の枝が浮かぶ様子を想像する。

 

「うむ」

 

それらしくなってきた。

 

だが、ここで別の問題が浮かんだ。

 

金粉は高い。

 

かまぼこ板は安い。

 

材料費の上下関係が、どう考えてもおかしい。

 

本体よりも装飾の方が、何十倍も高価になる可能性がある。

 

「……それもまた、よいのではないか」

 

むしろ、この作品の面白さに合っている。

 

捨てられるはずだった板へ、必要以上に価値のある材料を使う。

 

素材の値段だけで作品の価値が決まるわけではない。

 

ならば、安い板へ高価な粉を使っても、何の問題もない。

 

問題があるとすれば、財布だけである。

 

初めから大量に使う必要はない。

 

溝の中へ入れる程度ならば、ごく少量で済むはずだ。

 

それに、すべてを純金の粉で仕上げる必要があるかも、まだ決まっていない。

 

真鍮粉。

 

雲母粉。

 

金色の顔料。

 

似た色を出せる素材はいくつもある。

 

だが、最初の一枚である。

 

せっかくなら、本当に金を使ってみたい。

 

金ではない金色で雷を作れば、それはそれで後ろめたい。

 

まるで、偽物の金塊のようではないか。

 

このときは、それが二枚目の作品になるとは、まだ思ってもいなかった。

 

私は構想を進めた。

 

電流で刻まれた溝へ漆を入れる。

 

漆が乾ききる前に、金粉を施す。

 

余分な粉を落とし、定着させる。

 

表面を整えれば、白い板の上へ黄金の雷が現れる。

 

単純である。

 

単純だが、悪くない。

 

いや、かなりよい。

 

私は紙の上に、完成予想図を描いた。

 

小さな長方形。

 

その中央を走る金色の線。

 

左右へ広がる枝。

 

題名を付けるなら、

 

『雷』

 

では普通すぎる。

 

『黄金雷』

 

少し強すぎる。

 

『板上の雷』

 

説明そのものである。

 

題名は後で考えればよい。

 

まずは、見た者が雷だと思うものを作る。

 

それで十分だ。

 

私は改めて、完成した姿を想像した。

 

白い木肌。

 

黄金の雷。

 

……白い木肌。

 

「白いままでよいのか?」

 

突然、違和感が生まれた。

 

黄金の線そのものは美しい。

 

だが、その周りが明るすぎる。

 

雷とは、暗闇の中でこそ輝くものではないか。

 

昼間の空で雷が光っても、夜ほど鮮烈には見えない。

 

白い板の上に金を置けば、上品な装飾にはなる。

 

しかし、それは雷というより、植物の蔓や、金色の根に見えるかもしれない。

 

雷を雷らしくするには、光だけでは足りない。

 

光を際立たせる闇が必要である。

 

「黒くするか」

 

板全体を黒く塗る。

 

その中へ、金色の雷を走らせる。

 

それなら、遠目にも強く見える。

 

だが、先に黒く塗ってしまえば、電流の焦げ跡が見えにくくなる。

 

金粉を入れた後、周囲だけ黒く塗る方法もある。

 

しかし、細かな枝の間を避けながら塗るのは難しい。

 

ならば。

 

一度、すべて覆ってしまえばよいのではないか。

 

黄金の雷を作る。

 

その上から黒漆を塗る。

 

せっかく作った金色を、いったん闇の中へ沈める。

 

そして、表面を研ぐ。

 

黒漆を少しずつ削り、下に眠る金色の線だけを浮かび上がらせる。

 

描かれた雷ではない。

 

漆の奥から現れる雷。

 

表面に載せた金色よりも、深みが出るはずだ。

 

見る角度によって、黒い漆の中で光ったり沈んだりする。

 

「これだ」

 

思わず、机を叩いた。

 

かまぼこ板が少し跳ねた。

 

ただ金粉を入れるだけではない。

 

一度、闇の中へ隠す。

 

そして研ぎ出す。

 

雷を作るのではなく、黒い夜の中から雷を掘り起こす。

 

実に美しい。

 

実に手間がかかる。

 

そして、公募の誰からも、そこまでしろとは言われていない。

 

私は募集要項をもう一度開いた。

 

表現方法は自由。

 

確かに、そう書いてある。

 

「ならば問題はないな」

 

問題があるかないかを決める文章ではない。

 

だが、私はそう解釈した。

 

こうして、かまぼこ板へ刻まれる雷は、ただ金色に塗られるだけでは済まなくなった。

 

金粉で満たされ。

 

黒漆の中へ沈められ。

 

その後、再び研ぎ出されることとなった。

 

まだ一度も筆を取っていない。

 

それでも、完成までの手間だけは、着実に増えていた。

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