なお、かまぼこ板である ~漆塗りの黄金雷と「たんぐすてんばぁ」を公募へ送るまで~   作:ヒツジ(ラム肉

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電流によって刻まれた溝を、金粉で満たす。

それだけでも、黄金の雷にはなるだろう。

だが、雷は暗闇の中でこそ輝く。

ならば一度、金色の光を黒漆の中へ沈め、表面を研ぐことで再び浮かび上がらせればよい。

かまぼこ板絵の公募へ出す作品である。

誰からも、そこまでしろとは言われていない。


第三話 漆の中に雷を沈める

構想は決まった。

 

あとは作るだけである。

 

言葉にすれば簡単だ。

 

実際には、ここからが長い。

 

まず、かまぼこ板へ雷の跡を刻まなければならない。

 

電流を用いて木材へ模様を焼きつける作業は、見た目ほど気軽なものではない。

 

高電圧を扱う方法には、感電や火災の危険がある。

 

動画で見れば、黒い線が板の上をするすると走り、まるで生き物のようで面白い。

 

しかし、その映像の外側には、設備と知識と安全対策がある。

 

私は、かまぼこ板一枚と命を交換する気はない。

 

いかに芸術的価値が生まれようとも、

 

「作者は制作中に感電しました」

 

では笑えない。

 

少なくとも、作者本人は笑えない。

 

だから、この工程は安全に扱える設備と経験を持つ者の手を借りることにした。

 

事情を説明すると、相手はまず、かまぼこ板を見た。

 

次に私を見た。

 

もう一度、かまぼこ板を見た。

 

「これに?」

 

「これに」

 

「電気を流すんですか?」

 

「流します」

 

「公募用?」

 

「公募用です」

 

少し間があった。

 

おそらく、なぜ普通に絵を描かないのか考えていたのだろう。

 

私も最初は考えた。

 

そして、普通に描いても面白くないという結論に至った。

 

今さら引き返す理由はない。

 

板の表面を整える。

 

細かな汚れを落とし、必要な部分を軽く研ぐ。

 

薄い木の板である。

 

力をかけすぎれば反る。

 

削りすぎれば、ただでさえ薄い板がさらに頼りなくなる。

 

これから電流を流され、焦がされ、漆を塗られ、研磨される予定とは思えないほど、慎ましい板だった。

 

準備が整い、板の両端に電極が置かれる。

 

私は少し離れて眺めた。

 

電気が流れる。

 

最初は、何も起きないように見えた。

 

次の瞬間、木の表面に細い黒い筋が生まれた。

 

一本。

 

二本。

 

小さな枝が、先を探るように伸びていく。

 

直線ではない。

 

右へ曲がり、左へ分かれ、途中で細くなり、また別の枝とつながる。

 

人間が描こうとすれば、どうしても意図が入る。

 

ここを太くしよう。

 

こちらへ曲げよう。

 

全体の形を整えよう。

 

だが、電流はそんなことを考えない。

 

木目と湿り気と抵抗に従い、進みやすい場所へ勝手に進む。

 

細い黒線は、瞬く間に板の表面へ広がった。

 

一方から伸びた枝と、反対側から伸びた枝が近づく。

 

最後に細い線がつながり、一本の大きな流れとなった。

 

雷。

 

あるいは、木の根。

 

血管。

 

川。

 

地図の上を流れる無数の支流。

 

見る者によって、何にでも見える模様である。

 

「悪くない」

 

私は板を受け取り、光へかざした。

 

中央には、比較的太い焼け跡。

 

そこから左右へ、細かな枝が広がっている。

 

板の端まで達した線もあれば、途中で消えた線もある。

 

均等ではない。

 

左右対称でもない。

 

だからこそ、よい。

 

ただし、表面には焦げた炭が残っている。

 

このままでは、漆を入れても定着しにくい。

 

柔らかな刷毛で、溝の中の煤を落としていく。

 

強くこすれば、せっかくできた細い枝まで崩れる。

 

太い溝は比較的扱いやすい。

 

問題は末端である。

 

髪の毛ほど細い線が、板の上へ無数に走っている。

 

一つずつ見れば頼りない。

 

だが、全体として見ると、その細さが雷らしさを作っている。

 

焦らず、少しずつ。

 

煤を払い、表面を整える。

 

作業を終える頃には、机の上に黒い粉が薄く積もっていた。

 

かまぼこ板一枚から出たとは思えない。

 

「これで、ようやく下書きが終わったようなものか」

 

下書きに電流を使う絵付けが、他にどれほどあるのかは知らない。

 

次に、溝へ漆を入れる。

 

いきなり金粉を詰めても、木の上には留まらない。

 

まず漆を塗り、接着する層を作る必要がある。

 

太い溝へ、細い筆で漆を置く。

 

塗るというより、溝の中へ送り込む感覚に近い。

 

表面へ広げすぎれば、後の処理が増える。

 

少なすぎれば、金粉が定着しない。

 

最初から完璧な量など分からない。

 

ならば、少なめに入れ、足りないところへ追加するしかない。

 

中央の太い部分。

 

そこから伸びる枝。

 

さらに細い末端。

 

太い場所ほど漆が溜まりやすく、細い場所ほど入りにくい。

 

筆先を変え、角度を変え、時には針の先で溝をなぞる。

 

作業は思った以上に細かい。

 

板は小さい。

 

小さいから簡単なのではない。

 

小さいからこそ、すべてが細かい。

 

「かまぼこ板一枚なら、すぐ終わるだろう」

 

そう考えていた過去の自分へ、今の作業を見せてやりたい。

 

おそらく、見せても止まらないだろう。

 

むしろ、

 

「ほう、そこまで細かくできるのか」

 

と喜びそうである。

 

漆を入れ終えたら、金粉を施す。

 

細かな粉が、漆を塗った部分へ静かに乗る。

 

黒い焼け跡が、少しずつ金色へ変わっていく。

 

最初は鈍い。

 

粉が重なり、余分なものを落とすと、ようやく光が見える。

 

中央の太い筋は、力強く。

 

細い枝は、かすかに。

 

すべて同じ明るさではない。

 

見る角度によって、現れたり消えたりする。

 

白い木肌の上へ、黄金の雷が浮かんだ。

 

私はしばらく、板を動かしながら眺めた。

 

「これだけでも、十分ではないか」

 

思わず、そう考えた。

 

最初に思い描いたものは、既にできている。

 

電流で刻んだ雷。

 

金継ぎのように埋められた金色。

 

偶然の形と、人工の装飾。

 

このまま仕上げて公募へ送っても、普通の絵付け作品とは違うものになるだろう。

 

だが。

 

白い木肌の上では、金が少し明るすぎる。

 

上品ではある。

 

美しくもある。

 

しかし、雷の恐ろしさがない。

 

晴れた空に金糸を置いたような、穏やかな見た目である。

 

雷には、もっと強い対比が必要だ。

 

光を際立たせる闇。

 

前話で考えたとおり、黒漆で覆う。

 

問題は、今せっかく作った黄金の雷が見えなくなることである。

 

私は金色に輝く線を見つめた。

 

これを、今から黒く塗り潰す。

 

知らない者が見れば、失敗を隠そうとしているようにしか見えないだろう。

 

だが、隠すのではない。

 

沈めるのだ。

 

表面に置かれた光を、漆の奥へ入れる。

 

そして、後から研いで呼び戻す。

 

私は黒漆を用意した。

 

一度目は薄く。

 

板全体へ、均等に伸ばす。

 

刷毛が通るたび、白い木肌が黒く変わる。

 

金色の雷にも漆がかかる。

 

光が鈍る。

 

さらに刷毛を動かす。

 

枝の一部が見えなくなる。

 

中央の太い筋も、やがて黒の下へ沈んだ。

 

塗り終えた板には、先ほどまでの黄金がほとんど見えない。

 

ただの黒い板である。

 

いや。

 

よく見れば、表面にかすかな凹凸がある。

 

その下に、何かが隠れていると分かる程度だ。

 

「うむ」

 

これでよい。

 

そう言い聞かせる。

 

本当にこれでよいのかという不安も、少しはある。

 

金粉を使い、細い溝へ漆を入れ、時間をかけて作った雷である。

 

研ぎ方を間違えれば、黒漆だけでなく金まで削ってしまう。

 

逆に研ぎが足りなければ、雷は闇の中から出てこない。

 

だが、ここで止めれば、ただ黒く塗り潰しただけになる。

 

漆を乾かす。

 

乾燥には時間がかかる。

 

すぐに触りたくなる。

 

表面が固まったように見えても、中まで十分に乾いているとは限らない。

 

焦って研げば、塗膜がよれ、すべてが台無しになる。

 

待つ。

 

ものづくりにおいて、手を動かさない時間は長い。

 

塗る。

 

待つ。

 

また塗る。

 

また待つ。

 

作業だけを見れば、何も進んでいないように思える。

 

しかし、乾く時間も工程の一つである。

 

私は何度も板を確認した。

 

見るだけで触らない。

 

触りたい。

 

だが触らない。

 

表面が気になる。

 

だが触らない。

 

漆が乾くまで待つというのは、制作というより忍耐の修行に近い。

 

十分に乾いたところで、二度目を塗る。

 

一度目より、さらに深い黒になる。

 

光を吸い込むような色。

 

木目はほとんど見えなくなった。

 

かまぼこ板らしさも、かなり薄れている。

 

裏返せば、まだ食品メーカーの焼き印がある。

 

表だけを見れば、漆塗りの小板である。

 

二度目も乾かす。

 

必要なところへ、さらに薄く漆を重ねる。

 

塗膜を作りすぎれば、研ぐ量が増える。

 

薄すぎれば、奥行きが出ない。

 

どこまで重ねればよいのか。

 

最初の一枚なので、正解は分からない。

 

分からないなら、試すしかない。

 

ようやく研ぎ出しの日が来た。

 

私は板を机へ置いた。

 

真っ黒である。

 

これから、この黒の下に眠る黄金を探す。

 

まず、細かな紙やすりを当てる。

 

強くは押さない。

 

表面を撫でるように、少しずつ。

 

黒漆の艶が消え、薄く曇る。

 

削れた粉を拭き取る。

 

まだ何も見えない。

 

さらに研ぐ。

 

中央付近に、ごく小さな金色の点が現れた。

 

「出たな」

 

そこを中心に、慎重に研ぐ。

 

点が線になる。

 

細い金色が、黒の中から顔を出す。

 

少し離れた場所にも、別の点が現れる。

 

枝の先だ。

 

研ぐ。

 

拭く。

 

光へかざす。

 

また研ぐ。

 

太い幹が少しずつ見えてくる。

 

その周りに、細い枝が浮かび始める。

 

黒漆を削りすぎないよう、場所ごとに力を変える。

 

中央は少し強く。

 

末端は触れる程度に。

 

紙やすりの番手を細かくし、傷を整える。

 

金色の線は、表面へ完全に出すのではない。

 

一部は黒の中に残す。

 

すべてを明るくすれば、ただ金色の模様になる。

 

黒い膜の下から、所々が透ける。

 

光の角度によって、見え方が変わる。

 

それがよい。

 

研ぎ進めるうちに、雷は再び姿を現した。

 

最初に白い木肌の上で見たものとは違う。

 

黒漆の中に沈んでいる。

 

表面へ描かれたのではない。

 

板の奥に金色の亀裂があり、その隙間から光が漏れているように見える。

 

「……よいな」

 

思わず、手を止めた。

 

正面から見ると、黒が強い。

 

少し傾けると、細い枝がきらりと光る。

 

別の角度では、中央の太い筋だけが現れる。

 

雷は一度にすべてを見せない。

 

黒の中で、現れては消える。

 

狙っていた景色に近い。

 

だが、研いだだけでは表面が曇っている。

 

最後に磨く。

 

柔らかな布。

 

できれば絹。

 

板を包むように持ち、何度も擦る。

 

きゅっ。

 

きゅっ。

 

小さな音がする。

 

黒漆の表面に、少しずつ艶が戻る。

 

曇っていた黒が深くなる。

 

金色の線も、光を返し始める。

 

磨く。

 

角を整える。

 

再び磨く。

 

手の中にあるのは、もはや洗って乾かしただけのかまぼこ板ではない。

 

黒漆の奥に、黄金の雷を閉じ込めた一枚の板である。

 

私は机の上へ置き、少し離れて眺めた。

 

小さい。

 

やはり、かまぼこ板なので小さい。

 

しかし、小さな黒の中に、複雑な金色が走っている。

 

遠くから見れば一筋の光。

 

近づけば、細かな枝が無数に分かれている。

 

偶然が作った形を、漆と金で固定した。

 

最初に考えた、

 

「電気を流しただけでは美しくない」

 

という問題には、ひとまず答えを出せたように思う。

 

「悪くない」

 

声に出してみる。

 

悪くないどころか、かなり気に入った。

 

表面は、これで完成としてよいだろう。

 

公募へ送る作品としても、十分に目を引くはずだ。

 

私は満足し、板を持ち上げた。

 

光へかざす。

 

黄金の雷が黒漆の中で輝く。

 

角度を変える。

 

細い枝が現れる。

 

もう一度、裏返す。

 

何もない。

 

白い木肌。

 

食品メーカーの焼き印。

 

洗った跡。

 

ただの、かまぼこ板の裏である。

 

「……寂しいな」

 

表は完成した。

 

一枚の作品として、十分なはずだ。

 

展示するときに裏など見えないかもしれない。

 

誰も、裏面まで作れとは言っていない。

 

だが、表だけがこれほど凝っているのに、裏が何もないというのは、どうにも落ち着かなかった。

 

私は板を表へ返した。

 

黄金の雷。

 

もう一度、裏へ返す。

 

ただの板。

 

表。

 

作品。

 

裏。

 

かまぼこ板。

 

「これは、いかんな」

 

何がいけないのかは、うまく説明できない。

 

ただ、寂しい。

 

それだけで十分だった。

 

裏面にも、何かを作ろう。

 

表と同じように、電流を流して模様を刻む。

 

だが、同じ黄金の雷では芸がない。

 

ならば何を入れるべきか。

 

私は、白い木肌の上へ広がる枝を想像した。

 

金とは違う光。

 

柔らかく、白く、見る角度によって静かに輝くもの。

 

そのとき、真珠が頭に浮かんだ。

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