なお、かまぼこ板である ~漆塗りの黄金雷と「たんぐすてんばぁ」を公募へ送るまで~   作:ヒツジ(ラム肉

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表面には、黒漆の奥で輝く黄金の雷。

電流によって刻まれた傷を金粉で満たし、黒漆の中へ沈め、再び研ぎ出した。

一枚のかまぼこ板絵としては、もう十分に完成している。

だが、裏返せば、そこにあるのは何も施されていない白い木肌。

表が作品で、裏がかまぼこ板。

その差が、どうにも寂しかった。

ならば裏にも模様を刻めばよい。

ただし、表と同じ黄金の雷では芸がない。



第四話 同じ雷では芸がない

裏面にも電流を流す。

 

方針だけなら、すぐに決まった。

 

表へ雷のような跡を刻めたのだから、裏にも同じことはできる。

 

同じ板の表と裏。

 

材質も厚みも変わらない。

 

ならば、似た模様ができても不思議ではない。

 

だが、本当に同じことを繰り返すだけでよいのだろうか。

 

表に電流を流した。

 

裏にも電流を流した。

 

表を金粉で埋めた。

 

裏も金粉で埋めた。

 

表を黒漆で覆った。

 

裏も黒漆で覆った。

 

両面とも黄金の雷。

 

それはそれで豪華ではある。

 

どちらを表にして飾っても、同じように見える。

 

実用的とも言える。

 

だが、裏返す楽しみがない。

 

「それでは芸がないな」

 

誰に求められた芸かは分からない。

 

公募の募集要項にも、

 

『裏面には表面と異なる芸を施すこと』

 

などとは書かれていない。

 

そもそも裏面の存在に触れてすらいない。

 

しかし、一度裏まで作ると決めた以上、同じものを二度作るだけでは物足りなかった。

 

表と裏で、別の景色が現れる方がよい。

 

一枚の板をひっくり返しただけで、意味が変わる。

 

それならば、裏面を作る価値もある。

 

私は、完成した表面を光へかざした。

 

黒漆の中に、金色の線が走っている。

 

太い中央の筋。

 

そこから左右へ分かれる細い枝。

 

見る角度によって、一部が強く輝き、別の枝が黒の中へ沈む。

 

雷である。

 

夜を裂く、黄金の雷。

 

ならば裏は、その反対にしよう。

 

黒に対して、白。

 

強い光に対して、柔らかな光。

 

空に対して、地上。

 

雷の筋に見える形は、見方を変えれば木の枝にも見える。

 

電流によって刻まれた模様は、中央から細かな線が広がっている。

 

上下を決めれば、幹と枝になる。

 

板の端へ向かって伸びる細い筋は、冬の木々が空へ腕を伸ばしているようにも見えるだろう。

 

「白い樹か」

 

悪くない。

 

表では、空を走る雷。

 

裏では、地に立つ樹木。

 

同じ電流が刻んだ形を、片方では光として、片方では植物として見せる。

 

表裏で素材は同じ。

 

模様を作る方法も同じ。

 

それでも、仕上げによってまったく違う景色になる。

 

その方が、作品として面白い。

 

では、白い枝を何で作るか。

 

白い顔料は多い。

 

胡粉。

 

雲母。

 

銀粉。

 

白漆。

 

細かなガラス粉という手もある。

 

だが、単なる白では少し弱い。

 

表面の金粉は、光の角度によって輝く。

 

裏面にも、それに対抗できる質感が欲しい。

 

金とは違う。

 

もっと柔らかく、淡く、内部から光を返すようなもの。

 

そこで思い浮かんだのが、真珠だった。

 

真珠粉。

 

白く、わずかに虹色を含み、見る角度によって静かに輝く。

 

金のように強く主張するのではない。

 

それでも、ただの白では終わらない。

 

表の黄金が太陽なら、裏の真珠は月。

 

表が稲光なら、裏は雪明かり。

 

「これだな」

 

真珠粉で、電流の跡を埋める。

 

表では焼け跡を黄金の雷に変えた。

 

裏では、同じ焼け跡を白い枝へ変える。

 

思いついた瞬間、裏面の完成図が急にはっきりした。

 

しかし、まずは模様を刻まなければならない。

 

再び、かまぼこ板へ電流を流す準備をする。

 

表面は既に漆と金で仕上がっている。

 

今度はその完成した面を傷つけないよう、十分に保護する必要がある。

 

せっかく研ぎ出した黄金の雷へ傷が入れば、裏面の芸以前の問題である。

 

柔らかな布を敷き、その上へ板を置く。

 

表面を覆い、固定する。

 

裏面だけが上を向く。

 

白い木肌。

 

食品メーカーの焼き印は、少し悩んだ末に消すことにした。

 

残しておけば、かまぼこ板らしさは伝わる。

 

それはそれで面白い。

 

だが、雪景色の中に突然商品名が浮かんでいては、世界観が強すぎる。

 

裏面を軽く研ぎ、木肌を整える。

 

表と同じく、薄い板である。

 

既に片面へ漆が重なっているため、反りにも気を配らなければならない。

 

本来ならば、表裏を同時に進めた方が、板への負担は少なかったかもしれない。

 

だが、表が完成してから裏の寂しさに気づいたのだから仕方がない。

 

制作計画とは、往々にして後から生えてくるものだ。

 

準備を整え、安全な環境で裏面へ模様を刻む。

 

電気が流れる。

 

白い木肌に、再び黒い線が生まれた。

 

表のときとは違う。

 

同じ板でも、木目の方向や表面の状態は完全には一致しない。

 

中央付近から伸びた線は、途中で大きく二つへ分かれた。

 

片方は太く、板の端へ向かって進む。

 

もう片方は、細かな枝を無数に生みながら横へ広がる。

 

上から見れば雷。

 

向きを変えれば、風に広がる枝。

 

私は板の端から模様を眺めた。

 

一本の幹から、白い枝が空へ伸びる。

 

まだ白くはない。

 

現状は、単なる黒い焦げ跡である。

 

だが、頭の中では既に雪をまとっていた。

 

「表より、木らしい形になったな」

 

偶然とは面白い。

 

こちらが裏を樹木にしようと決めたから、樹に見える形が生まれたわけではない。

 

先に形があり、後からこちらが意味を拾っている。

 

もし太い線が横向きに走っていれば、川や根に見立てていたかもしれない。

 

作品の意味は、作る前にすべて決まっているわけではない。

 

材料や偶然に合わせて、後から変わる。

 

なかなか芸術的な話である。

 

素材は、かまぼこ板だが。

 

焼け残った炭を、慎重に落としていく。

 

表面以上に、細かな枝が多い。

 

真珠粉を入れれば美しくなるだろう。

 

しかし、これほど細い溝へ均一に入れるのは難しい。

 

太い部分だけ白くなり、末端が黒いまま残れば、雪の積もり方としては不自然かもしれない。

 

いや。

 

太い幹には雪が多く残り、細い枝ではところどころ木肌が見える。

 

むしろ、その方が自然ではないか。

 

完全に白く埋める必要はない。

 

焦げた黒を少し残すことで、枝の影にもできる。

 

表の雷でも、すべてを金色に出したわけではない。

 

黒漆の中へ一部を沈めたからこそ、奥行きが出た。

 

裏も同じでよい。

 

真珠の白。

 

焦げ跡の黒。

 

その両方を残す。

 

すべてを整えすぎない。

 

偶然にできた線を、偶然のまま活かす。

 

方針が決まる。

 

溝へ漆を入れる。

 

表で一度経験しているため、少しは手順が分かる。

 

太い部分へ漆を送り込み、細い枝へ筆先を走らせる。

 

だが、慣れたから簡単になったわけではない。

 

模様が違えば、難しい場所も違う。

 

一本の太い溝から、急に何本もの細い枝へ分かれる部分。

 

そこへ漆が溜まりやすい。

 

細い末端では、表面張力で漆が止まり、先まで届かない。

 

筆。

 

針。

 

細い竹串。

 

道具を変えながら、少しずつ進める。

 

表を作った経験が、すぐ裏で役に立っている。

 

一枚の板で二度学べる。

 

実に効率がよい。

 

制作時間だけを見れば、まったく効率的ではないが。

 

漆を入れ終え、真珠粉を用意する。

 

細かな白い粉。

 

金粉ほど派手ではない。

 

机の上に置いただけでは、小麦粉か化粧品のようにも見える。

 

しかし、光へかざすと、表面が淡く輝いた。

 

真っ白ではない。

 

灰色。

 

銀色。

 

薄い青。

 

角度によって、色がわずかに変わる。

 

この控えめな変化がよい。

 

真珠粉を、漆の上へ施す。

 

太い幹から。

 

黒い溝が白くなる。

 

続いて枝。

 

細い線に粉が乗ると、木の表面に霜が降りたように見える。

 

余分な粉を落とす。

 

すべてが白くはならない。

 

焦げた黒が残り、その間に真珠の白が入る。

 

白黒が混じる。

 

冬の枝。

 

雪の下から覗く木肌。

 

あるいは、曇り空を走る白い稲妻。

 

一つの形が、見る向きによって変わる。

 

私は板を上下逆さまにしてみた。

 

雷。

 

元へ戻す。

 

樹木。

 

横にする。

 

川。

 

「なかなか忙しい板だな」

 

一枚のかまぼこ板に、見立てが増えていく。

 

だが、裏面の主題は樹でよい。

 

表が雷である以上、裏まで雷と呼ぶ必要はない。

 

真珠粉が定着したところで、板全体を見る。

 

白い木肌の上に、白い枝。

 

このままでは、やはり目立たない。

 

わずかな光沢はある。

 

だが、背景と色が近すぎる。

 

表で金を際立たせるために黒漆を使ったように、裏にも背景が必要である。

 

では、何色にするか。

 

黒では表と同じになる。

 

白では真珠の枝が消える。

 

赤は強すぎる。

 

青。

 

緑。

 

雪景色なら、寒色がよい。

 

深い青緑の中に、白い枝が浮かぶ。

 

冷たい森。

 

雪に閉ざされた夜明け前。

 

そこで思い浮かんだのが、葵色だった。

 

青とも緑とも言い切れない、深く落ち着いた色。

 

黒ほど暗くない。

 

白い真珠を柔らかく浮かび上がらせる。

 

表の黒漆と並べても、同じにはならない。

 

「葵漆で覆うか」

 

また覆うのである。

 

せっかく真珠粉で作った白い枝を、今度は葵漆の中へ沈める。

 

そして、乾かし、研ぎ、再び浮かび上がらせる。

 

表で一度やった。

 

裏でも、もう一度やる。

 

同じ工程ではある。

 

だが、金と真珠。

 

黒と葵。

 

雷と樹。

 

見える景色は、まったく違うはずだ。

 

私は真珠の枝を眺めた。

 

この白を、今から隠す。

 

表のときほど不安はない。

 

一度、黒の下から黄金を呼び戻した経験がある。

 

ならば、葵の下から真珠も呼び戻せる。

 

おそらく。

 

できれば。

 

きっと。

 

「まあ、やってみれば分かる」

 

ものづくりにおいて、最後に頼れる言葉である。

 

こうして、裏面の白い樹は、葵漆の中へ沈められることとなった。

 

なお、表が完成した時点では、裏面へここまで手をかける予定はなかった。

 

予定というものは、完成した場所を眺めるたびに増えるらしい。

 

そしてこの板には、まだ何も塗られていない場所が残っていた。

 

側面である。

 

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