なお、かまぼこ板である ~漆塗りの黄金雷と「たんぐすてんばぁ」を公募へ送るまで~   作:ヒツジ(ラム肉

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一枚目は完成した。

表には、黒漆の奥を走る黄金の雷。

裏には、葵漆の中に浮かぶ真珠の樹。

側面には紅漆。

普通に絵を描くだけでは面白くない。

ただ、それだけの理由で始めたかまぼこ板絵は、いつの間にか表裏と側面のすべてを使った作品になっていた。

公募へ送る作品としては、これ一枚で十分である。

だが、机の上に置いて眺めていると、その隣の空間が妙に寂しく見えた。


第六話 一枚だけでは寂しい

 

完成した作品を机の中央へ置く。

 

黒漆の面を上にすれば、黄金の雷。

 

裏返せば、真珠の樹。

 

横から見れば、細い紅。

 

どこから見ても、悪くない。

 

少なくとも、制作を始めた頃に想像していたものよりは、はるかに手が込んでいる。

 

私は椅子へ座り、腕を組んだ。

 

達成感がある。

 

満足もしている。

 

もう手を加える場所はない。

 

表面へ何か足せば、黄金の雷が騒がしくなる。

 

裏面へ何か描けば、雪景色が崩れる。

 

側面へさらに色を重ねても、紅が濁るだけだ。

 

引き際としては、今が最もよい。

 

作品は、完成したのである。

 

ならば、梱包して公募へ送ればよい。

 

それで終わりだ。

 

私は板を手に取った。

 

表を見る。

 

裏を見る。

 

側面を見る。

 

机へ戻す。

 

もう一度、表を見る。

 

「うむ」

 

よい。

 

では片付けよう。

 

道具を整理し、残った材料をしまい、作業机を元の状態へ戻す。

 

そう考えながら、私は完成した板の隣を見た。

 

何もない。

 

机の上には、一枚分ほどの空間が空いている。

 

「……寂しいな」

 

作品が一枚しかないのだから、当然である。

 

公募へ送るのも一枚でよい。

 

隣に何もないことは、欠点ではない。

 

そもそも展示されるとき、この机ごと持っていくわけでもない。

 

公募の会場では、他の人の作品が周囲に並ぶ。

 

寂しさなど、そこで勝手に解消されるだろう。

 

だが、今この机の上では、一枚目だけが妙に立派な顔をしていた。

 

表も作った。

 

裏も作った。

 

側面まで塗った。

 

一枚の板に、できることを詰め込んだ。

 

その結果、隣の空白まで作品の一部のように見えてきたのである。

 

「もう一枚あれば、収まりがよいのではないか」

 

誰に対する収まりかは分からない。

 

だが、二枚並べれば対になる。

 

一枚目が複雑なら、二枚目は単純。

 

一枚目が自然の模様なら、二枚目は人工的な形。

 

一枚目が漆と金粉と真珠粉を使った工芸寄りの作品なら、二枚目はもっと気軽で、見た瞬間に意味が伝わるものがよい。

 

こうして考え始めた時点で、既に二枚目を作ることは決まっていた。

 

私は新しいかまぼこ板を一枚、机の上へ置いた。

 

白い木肌。

 

薄い長方形。

 

四隅は少し丸い。

 

一枚目も、元はこの姿だった。

 

今では黒と葵と紅に覆われ、どこにも食品の気配は残っていない。

 

それと同じものを、もう一枚。

 

だが、同じように電流を流す気はなかった。

 

同じ技法で別の色を使う方法もある。

 

赤い雷。

 

青い樹。

 

銀粉。

 

雲母。

 

別の漆。

 

考えれば、いくらでも作れる。

 

しかし、それでは一枚目の変奏にしかならない。

 

二枚並べるなら、まったく異なるものがよい。

 

私は新しい板を縦にした。

 

細長い。

 

横へ倒す。

 

やはり細長い。

 

手のひらへ載せる。

 

軽い。

 

当たり前である。

 

かまぼこ板なのだから。

 

だが、その単純な長方形を眺めているうちに、何かに似ている気がしてきた。

 

板。

 

塊。

 

延べ板。

 

「……インゴットか」

 

金の延べ棒。

 

もちろん、本物のインゴットはもう少し厚い。

 

重い。

 

角の形も違う。

 

表面には製造所や純度、重量などが刻印されている。

 

何より、かまぼこ板ではない。

 

だが、金色に塗れば、それらしく見えなくもない。

 

少なくとも、花や猫よりは今の板の形を活かせる。

 

「金塊風のかまぼこ板絵」

 

口に出してみる。

 

絵なのかどうかは怪しい。

 

だが、一枚目も既に一般的な絵からは離れている。

 

今さら気にすることではない。

 

かまぼこ板を使っていればよい。

 

表現方法は自由。

 

募集要項には、そう書いてあった。

 

自由とは、実に便利な言葉である。

 

私は完成した一枚目を、新しい板の隣へ置いた。

 

片方は黒漆の中に金色の枝が走っている。

 

もう片方は、ただの白い板。

 

これを金色にすれば、色の上では少しつながる。

 

一枚目には本物の金粉が使われている。

 

二枚目は、金そのものを模した偽物。

 

自然の雷と、人工の金塊。

 

片方は偶然に生まれた模様。

 

片方は人間が価値を決めた形。

 

少し意味ありげな組み合わせになった。

 

「悪くないな」

 

何も考えずに思いついた割には、対比ができている。

 

むしろ、二枚並べるために最初から考えていたと言っても通りそうである。

 

実際には、一枚では寂しかっただけだ。

 

だが、作品の理由など、後からいくらでも整えられる。

 

私は紙を取り出し、簡単な完成予想図を描いた。

 

金色の長方形。

 

中央には丸い紋章。

 

その下に純度。

 

重量。

 

シリアルナンバー。

 

刻印があれば、ただ金色に塗った板よりはインゴットらしくなる。

 

問題は、どこまで本物へ寄せるかである。

 

本物そっくりに作れば、模造品になる。

 

あまりに偽物らしくすれば、子供の工作になる。

 

遠目には少し立派。

 

近づけば、どこかおかしい。

 

手に取れば、異様に軽い。

 

その程度がよい。

 

一枚目は、近づくほど細かな模様が見える作品だった。

 

二枚目は、近づくほど嘘が見える作品にしよう。

 

「それなら、並べる意味もある」

 

意味は今できた。

 

便利である。

 

さて、金色にする方法だ。

 

金箔。

 

金粉。

 

金色の漆。

 

金属粉。

 

選択肢はいくつもある。

 

一枚目には、本物の金粉を使った。

 

ならば二枚目も材料へこだわるべきか。

 

いや。

 

偽のインゴットである。

 

本物の金を使えば、少し話がややこしくなる。

 

偽物らしさを残すためにも、もっと手軽な金色がよい。

 

私は道具箱を探した。

 

奥から、金色のスプレー缶が出てきた。

 

以前、何かへ使おうとして買い、そのまま残っていたものである。

 

缶を振る。

 

中で球が鳴る。

 

からから。

 

安っぽい音だった。

 

「これだな」

 

金塊を作るための第一歩として、これ以上ふさわしいものもない。

 

本物の金塊は、地中から鉱石を掘り出し、精錬し、不純物を取り除き、鋳型へ流し込んで作られる。

 

こちらは、かまぼこ板へスプレーを吹きつける。

 

製造工程の格差がひどい。

 

だが、完成後に金色であれば、第一段階としては成功である。

 

私は作業場所を整えた。

 

周囲を養生する。

 

換気を確保する。

 

板の表面を軽く研ぎ、汚れと毛羽立ちを落とす。

 

一枚目では、電流を流す前に木目や湿り気を考えた。

 

二枚目では、塗料が均一に乗るかだけを考えればよい。

 

実に気楽である。

 

そう思った。

 

この時点では。

 

板を台の上へ置く。

 

金色のスプレー缶を構える。

 

近すぎれば、塗料が一か所へ溜まる。

 

遠すぎれば、表面がざらつく。

 

薄く。

 

均等に。

 

一度で仕上げようとしない。

 

基本は分かっている。

 

私は缶のボタンを押した。

 

しゅう、と音がする。

 

白い木肌の上へ、金色の霧が広がる。

 

一往復。

 

二往復。

 

端まで軽く吹く。

 

まだ木目が見えている。

 

だが、一度目はこれでよい。

 

乾かしてから重ねる。

 

焦って厚く塗れば、垂れる。

 

一枚目で漆の乾燥を待った。

 

二枚目でも、やはり乾燥を待つ。

 

使う材料が変わっても、ものづくりは待つことから逃れられないらしい。

 

しばらくして、一度目の塗膜が乾く。

 

板は薄い金色になった。

 

金塊には見えない。

 

金色のかまぼこ板である。

 

「まだ一度目だからな」

 

二度目を吹く。

 

乾かす。

 

三度目。

 

また乾かす。

 

表。

 

裏。

 

側面。

 

どこから見ても白い木が残らないよう、角度を変えながら重ねていく。

 

徐々に、木目が消えていく。

 

板らしさが薄くなる。

 

金色の塊へ近づいていく。

 

何度か塗り重ねたところで、私は作業を止めた。

 

乾いた板を手に取る。

 

光へかざす。

 

金色である。

 

間違いなく金色だ。

 

白い木肌は見えない。

 

側面も裏面も、すべて金色。

 

形だけ見れば、小さな延べ棒に見えなくもない。

 

私は完成した一枚目の隣へ置いた。

 

黒漆の雷。

 

金色の塊。

 

色の相性は悪くない。

 

だが、二枚目を近くで見ると、どうにも違和感がある。

 

塗膜の粒。

 

わずかなむら。

 

軽い光沢。

 

金属というより、塗装された何か。

 

「……安っぽいな」

 

金色ではある。

 

だが、高価には見えない。

 

祭りの景品。

 

玩具の財宝。

 

あるいは、舞台の小道具。

 

偽のインゴットを作る予定なのだから、偽物らしいこと自体は間違っていない。

 

しかし、最初から偽物としか見えないのでは、裏切りがない。

 

一瞬くらいは、本物らしく見えてほしい。

 

手に取った後で、

 

「軽い」

 

と気づくのがよい。

 

近づいて刻印を読み、

 

「何だこれは」

 

と首を傾げるのがよい。

 

遠くから見た時点で、

 

「スプレーで塗った板だな」

 

と理解されては、芸がない。

 

私は金色の板を指でなぞった。

 

乾いている。

 

塗装そのものは悪くない。

 

足りないのは、表面の深みと艶だ。

 

もう少し磨けば、見栄えはよくなるかもしれない。

 

紙やすりで細かな凹凸を整え、布で磨く。

 

私は慎重に表面を研いだ。

 

塗膜を削りすぎれば、下の木が出る。

 

細かな傷を整える程度に留める。

 

その後、柔らかな布で磨く。

 

何度も擦る。

 

角度を変える。

 

さらに磨く。

 

少し艶が出た。

 

塗った直後よりは、なめらかになった。

 

光も均一に返す。

 

だが。

 

「金色だが、微妙に安っぽいな」

 

結論は変わらなかった。

 

むしろ、丁寧に磨かれたことで、安っぽさまで美しく整っている。

 

一枚目では、手間をかけるほど深みが増した。

 

二枚目では、手間をかけるほど立派な偽物へ近づいている。

 

方向は違う。

 

だが、進んではいる。

 

私は板を机へ置いた。

 

安っぽい。

 

しかし、ここで止める気はなかった。

 

偽物には、偽物なりの磨き方があるはずだ。

 

表面へ透明な層を作り、厚みのある艶を出す。

 

金属の輝きとは違っても、少なくとも玩具の塗装からは離れられるかもしれない。

 

「樹脂で覆うか」

 

また工程が増えた。

 

一枚だけでは寂しいと思っただけである。

 

それでも私の物づくり欲は、ますます熱を帯びていた。

 

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