なお、かまぼこ板である ~漆塗りの黄金雷と「たんぐすてんばぁ」を公募へ送るまで~   作:ヒツジ(ラム肉

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一枚目は、漆の奥に黄金の雷と真珠の樹を沈めた。

二枚目は、かまぼこ板へ金色のスプレーを吹きつけた。

乾かしては塗り、塗っては乾かし、丁寧に磨き上げた。

その結果、確かに金色にはなった。

ただし、祭りの景品のように安っぽかった。

偽物を作っているのだから、偽物らしいこと自体は間違いではない。

だが、最初から一目で偽物と分かってしまっては芸がない。

せめて一瞬くらいは、見る者を迷わせたかった。



第七話 金色だが安っぽい

 

机の上には、二枚のかまぼこ板が並んでいた。

 

一枚は、黒漆の奥を黄金の雷が走る作品。

 

もう一枚は、金色に塗られた板。

 

並べて見ると、色の相性は悪くない。

 

金色という共通点もある。

 

だが、質感が違いすぎる。

 

一枚目の金は、黒漆の中から光る。

 

見る角度によって細かな枝が現れ、また沈む。

 

二枚目の金は、表面に乗っている。

 

光を受ければ、それなりに輝く。

 

しかし、薄い。

 

見れば見るほど、塗装である。

 

私は二枚目を手に取った。

 

軽い。

 

まだ刻印もない。

 

現状では、ただの金色のかまぼこ板だ。

 

「このままでは、並べる相手に失礼だな」

 

一枚目は、そんなことを気にしていない。

 

板である。

 

それでも、隣へ置くならば、もう少し格を合わせたい。

 

本物の金塊にする必要はない。

 

そもそもできない。

 

必要なのは、本物らしさではなく、妙な説得力である。

 

偽物なのに、なぜか手間がかかっている。

 

見る者が、

 

「そこまでやる必要があったのか」

 

と首を傾げる程度の完成度。

 

それがよい。

 

私は透明なエポキシ樹脂を用意した。

 

金色の塗膜へ薄く重ねれば、表面に厚みが出る。

 

光の反射も均一になる。

 

金属の質感にはならなくとも、安い塗装のざらつきは隠せるだろう。

 

ただし、樹脂は扱いを誤れば、別の安っぽさが生まれる。

 

厚く盛りすぎれば、飴で包んだようになる。

 

気泡が入れば、金塊ではなく、金色の寒天である。

 

角へ樹脂が溜まれば、形も崩れる。

 

表面だけを、ごく薄く覆う。

 

それで十分だ。

 

主剤と硬化剤を量る。

 

ここは目分量ではいけない。

 

割合を誤れば、固まらない。

 

表面だけ乾いたように見えて、中がいつまでも柔らかいままになることもある。

 

漆とは違う。

 

だが、待たなければならない点は同じである。

 

私は容器の中で、二つの液をゆっくり混ぜた。

 

勢いよくかき回せば、気泡が増える。

 

ゆっくり。

 

底からすくうように。

 

透明な液体が、少しずつ均一になる。

 

混ぜながら、金色の板を見る。

 

これから透明な樹脂を塗る。

 

表面へ薄い層を作る。

 

乾いたら、また磨く。

 

一枚目では、金粉を漆で覆った。

 

二枚目では、金色の塗料を樹脂で覆う。

 

工程だけを見れば似ている。

 

使っている材料の格調は、ずいぶん違う。

 

だが、目的は同じだ。

 

光を表面へ置くのではなく、透明な層の奥へ沈める。

 

「偽物にも奥行きは必要だからな」

 

自分で言っておいて、妙に納得した。

 

細い刷毛へ樹脂を含ませる。

 

一度に多く取らない。

 

板の中央へ置き、端へ向かって伸ばす。

 

金色の表面が、濡れたように変わる。

 

曇っていた部分が消え、色が少し深くなる。

 

塗り残しがないよう、光へかざしながら確認する。

 

厚い部分は、刷毛で余分を取る。

 

側面へ垂れそうな樹脂は、角で止める。

 

表面を終えたら、裏。

 

続いて側面。

 

全面が金色なのだから、どこか一面だけ質感が違ってはならない。

 

一枚目で側面まで紅漆を塗った経験が、ここでも生きている。

 

一度、側面の存在に気づいてしまうと、もう放っておけない。

 

薄く塗り終えた板を、埃の少ない場所へ置く。

 

あとは硬化を待つ。

 

触らない。

 

動かさない。

 

眺めるだけ。

 

漆の乾燥でも、同じことをした。

 

ただし今回は、表面が透明なので、余計に触りたくなる。

 

気泡がないか。

 

垂れていないか。

 

埃が入っていないか。

 

顔を近づけて見る。

 

触りたい。

 

だが触らない。

 

少し離れる。

 

また気になって近づく。

 

「待つ工程だけは、何を使っても変わらんな」

 

材料が違っても、作者の落ち着きのなさも変わらない。

 

やがて、樹脂が固まった。

 

指で触る前に、光で確認する。

 

表面はなめらかに見える。

 

大きな気泡もない。

 

端にわずかな厚みの差はあるが、初回としては悪くない。

 

慎重に手に取る。

 

金色が、以前より深く見える。

 

塗料そのものの色は変わっていない。

 

その上へ透明な層が載ったことで、光が一度表面へ入り、下の金色を拾って返す。

 

ただの艶ではない。

 

少し、ぬるりとした光だ。

 

「ほう」

 

祭りの景品から、展示用の模造品くらいには進歩した。

 

本物ではない。

 

だが、遠目ならば少し迷うかもしれない。

 

少なくとも、

 

「金色のスプレーを吹きました」

 

という第一印象からは離れた。

 

しかし、硬化したままでは表面にわずかな波がある。

 

刷毛目。

 

端の盛り上がり。

 

小さな凹凸。

 

このままでは、光が歪んで映る。

 

そこで、また研ぐ。

 

樹脂を塗った直後に、もう削る。

 

最初から平らに塗ればよいのではないかと思う。

 

できるなら、そうしている。

 

ものづくりとは、作ったものを一度整え、また別の材料を重ね、その材料を再び削ることの繰り返しである。

 

私は細かな紙やすりを用意した。

 

表面へ水を少しつける。

 

力を入れず、円を描くように研ぐ。

 

つやつやしていた表面が、白く曇る。

 

せっかく出した艶が消える。

 

一枚目でも、磨く前は同じように曇った。

 

完成へ近づくほど、一度完成から遠ざかって見える。

 

不思議なものだ。

 

盛り上がった部分を落とし、全体を平らにする。

 

粗い傷が消えたら、番手を上げる。

 

また研ぐ。

 

拭く。

 

光へかざす。

 

まだ細かな線が残る。

 

さらに細かい番手へ変える。

 

角を削りすぎないよう、中央と端で力を変える。

 

樹脂の下には金色の塗膜がある。

 

研ぎすぎれば、その金色まで削り、白い木が出る。

 

それだけは避けたい。

 

偽インゴットの表面から、突然かまぼこ板の木肌が覗けば、さすがに笑いが早すぎる。

 

正体を明かすのは、裏面を見るまで待ってもらわなければならない。

 

十分に表面が整ったところで、磨きへ移る。

 

柔らかな布を当てる。

 

少しずつ、曇りが消える。

 

最初はぼんやりとした反射。

 

磨くたびに、光の輪郭がはっきりする。

 

腕を動かす。

 

布を変える。

 

また磨く。

 

金色の奥に、透明な艶が戻ってくる。

 

一枚目の漆とは違う。

 

漆の艶は深く、落ち着いている。

 

樹脂の艶は、もっと直接的である。

 

つるりとして、明るい。

 

高級感というより、新品らしさが強い。

 

だが、それでよい。

 

本物の金塊を作っているのではない。

 

本物らしく振る舞おうとする偽物を作っている。

 

少しくらい、過剰に光っている方が似合う。

 

私は磨き終えた板を、机の上へ置いた。

 

一枚目の隣。

 

黒漆の雷。

 

金色の塊。

 

今度は、隣へ置いても負けていない。

 

質感はまるで違う。

 

だが、違うからこそ並べる意味がある。

 

一枚目は、近づくほど細かな技法が見える。

 

二枚目は、近づくほど人工的な艶が見える。

 

一枚目は、偶然の形を美しく仕立てた。

 

二枚目は、ありふれた板を価値ありげな形へ偽装した。

 

「悪くない」

 

私は金色の板を持ち上げた。

 

艶がある。

 

光を返す。

 

角も整っている。

 

遠目ならば、小さなインゴットに見えなくもない。

 

近づけば、金塊にしては妙に薄い。

 

手に取れば、驚くほど軽い。

 

それでも、以前の安っぽい金色よりは、ずいぶん立派になった。

 

正確には、立派な偽物になった。

 

見た目だけは、価値へ近づいている。

 

中身は、最初から何一つ変わっていない。

 

木である。

 

かまぼこ板である。

 

その事実が、むしろ面白く思えてきた。

 

本物の金塊は、中身が金だから価値がある。

 

この板には、金は含まれていない。

 

見た目だけを金へ近づけるため、塗り、乾かし、樹脂で覆い、研ぎ、磨いた。

 

中身と外見の差は、手間をかけるほど大きくなっていく。

 

「実に正しい偽物だな」

 

私は満足して、板を裏返した。

 

裏面も金色である。

 

艶もある。

 

まだ何も書かれていない。

 

表面も同じ。

 

どこにも、これが何なのかを示すものがない。

 

現状では、金色の塊ではある。

 

だが、インゴットではない。

 

インゴットらしさを決めるのは、形と色だけではない。

 

そこに刻まれた印。

 

製造所。

 

純度。

 

重量。

 

番号。

 

人間が価値を保証するための、文字と数字。

 

それが必要だった。

 

「となれば、次は刻印か」

 

表面が整った。

 

艶も出た。

 

偽物としての土台は完成した。

 

あとは、その表面へ何を刻むか。

 

本物と同じでは芸がない。

 

露骨な偽物では、ここまで磨いた意味がない。

 

遠目にはもっともらしく。

 

読めば読むほど信用できない。

 

そのような刻印が必要だった。

 

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