なお、かまぼこ板である ~漆塗りの黄金雷と「たんぐすてんばぁ」を公募へ送るまで~   作:ヒツジ(ラム肉

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金色のスプレーで覆い、透明な樹脂を重ね、磨き上げた二枚目。

もはや、ただの金色のかまぼこ板ではない。

遠目には小さなインゴット。

近づけば、過剰に艶のある模造品。

手に取れば、驚くほど軽い。

だが、まだ足りない。

金のインゴットには、それが何者であるかを示す刻印がある。

製造所。

純度。

重量。

製造番号。

価値を保証するための、文字と数字。

ならば、この偽インゴットにも刻印が必要である。

ただし、本物と同じでは芸がない。



第八話 純度〇〇〇、〇

 

私は本物のインゴットの写真を眺めた。

 

金色の塊の中央に、製造元を示す紋章。

 

その下に金の純度。

 

重量。

 

さらに、一本ごとに異なるシリアルナンバー。

 

必要な情報が整然と並んでいる。

 

文字そのものは簡素である。

 

装飾も多くない。

 

だが、刻印があるだけで、ただの金属塊が価値ある商品に見える。

 

人は、数字と印を信用する。

 

『純金』

 

『一〇〇〇グラム』

 

『検査済み』

 

そう刻まれていれば、少なくとも確認するまでは本当らしく見える。

 

このかまぼこ板にも、同じ効果を与えたい。

 

ただし、本物の製造所や実在する刻印を真似るのはよろしくない。

 

似せるためとはいえ、他人の信用まで借りる必要はない。

 

それに、あまり本物らしくしすぎれば、単なる偽造品に近づく。

 

私は偽物を作っている。

 

だが、誰かを騙すためではない。

 

見た者が一瞬だけ迷い、次の瞬間におかしさへ気づくものがよい。

 

遠目には、それらしい。

 

近づけば、怪しい。

 

読めば、完全に駄目。

 

その三段階を目指す。

 

まずは、製造所の印。

 

本物のインゴットには、企業名の頭文字や動物、王冠、幾何学模様など、さまざまな紋章が使われている。

 

こちらにも何か必要だ。

 

だが、立派な紋章を一から考えるのは面倒である。

 

複雑な図形にすれば、刻むのも難しい。

 

単純で、どこか意味ありげ。

 

同時に、よく見れば不穏。

 

私は紙へ丸を描いた。

 

その中に、一本の斜線。

 

違う。

 

禁止標識のように見える。

 

次に、十字。

 

教会か病院に見える。

 

星。

 

格好よすぎる。

 

王冠。

 

偽物のくせに威張りすぎである。

 

しばらく考え、丸の中へバツ印を描いた。

 

「これだな」

 

意味はない。

 

だが、刻印らしい。

 

検査に合格した証にも見える。

 

同時に、何かが間違っている印にも見える。

 

見る者が勝手に解釈できる。

 

実に便利である。

 

製造印は、丸にバツ。

 

次は純度。

 

金のインゴットならば、

 

『999.9』

 

あるいは、

 

『999,9』

 

などと刻まれていることが多い。

 

極めて高い純度を示す数字である。

 

ならば、こちらも四桁の数字を入れよう。

 

ただし、この板に金は含まれていない。

 

金色の塗料は使った。

 

だが、それを金と数えるのは無理がある。

 

純度を正直に書けば、零である。

 

『0』

 

これでは短すぎる。

 

いかにも偽物らしい。

 

本物の形式を保ちながら、内容だけを正直にしたい。

 

私は紙へ書いた。

 

『000,0』

 

「うむ」

 

見た目はそれらしい。

 

桁数もある。

 

小数点らしき区切りも入っている。

 

遠くからなら、『999,9』と見間違える者がいるかもしれない。

 

近づいて読めば、金の含有を全力で否定している。

 

純度、零。

 

清々しい。

 

製造印、丸にバツ。

 

純度、〇〇〇、〇。

 

ここまではよい。

 

次は重量である。

 

本物のインゴットには、さまざまな大きさがある。

 

一キログラム。

 

百グラム。

 

一オンス。

 

今回のかまぼこ板は、小さい。

 

本物ならば百グラム程度が自然かもしれない。

 

だが、百グラムと刻めば、手に取った者が、

 

「まあ、これくらいか」

 

と納得してしまう可能性がある。

 

それでは面白くない。

 

明らかに軽い方がよい。

 

持ち上げた瞬間、刻印との矛盾に気づく。

 

私は板を手のひらに載せた。

 

軽い。

 

何グラムあるかは量っていない。

 

かまぼこの種類や木の厚みにもよるだろう。

 

少なくとも、一キログラムはない。

 

ならば重量表記は、

 

『1000g』

 

これでよい。

 

細長い金塊。

 

表面には一キログラムと堂々と刻まれている。

 

だが、持ち上げれば指先が拍子抜けする。

 

刻印を信じるか。

 

手の感覚を信じるか。

 

迷う余地はない。

 

手が正しい。

 

「重量も決まった」

 

丸にバツ。

 

純度、000,0。

 

重量、1000g。

 

なかなか整ってきた。

 

紙へ配置してみる。

 

一番上に丸にバツ印。

 

中央に純度。

 

その下に重量。

 

あと一つ。

 

インゴットらしさを完成させるには、シリアルナンバーが必要である。

 

一本ごとに割り振られた、固有の番号。

 

数字と英字を組み合わせた、意味ありげな文字列。

 

たとえば、

 

『A0019527』

 

『FK-00001』

 

『GOLD2026』

 

それらしい候補はいくらでも作れる。

 

だが、適当な番号を入れてしまえば、そこだけは普通の模造品になる。

 

ここまで来たのだ。

 

シリアルナンバーにも、何か芸が欲しい。

 

見た者が、

 

「製造番号か」

 

と思って読み始め、

 

「製造番号ではないな」

 

と気づくもの。

 

それでいて、正体を完全に明かしすぎない――。

 

いや。

 

純度を零と書き、重量を一キログラムと偽っている時点で、もう隠す必要はないのではないか。

 

むしろ、最後だけ堂々と名乗る方がよい。

 

私は紙へ英語で書いた。

 

『Fake Ingot』

 

偽のインゴット。

 

製造番号ではない。

 

ただの名称である。

 

しかも、作品の正体を最初から告白している。

 

だが、シリアルナンバーの位置へ刻めば、遠目には番号のように見えなくもない。

 

英字が並んでいる。

 

それだけで、少し工業製品らしくなる。

 

「これだ」

 

ようやく、表面の刻印がすべて決まった。

 

製造印は、丸にバツ。

 

純度は、000,0。

 

重量は、1000g。

 

シリアルナンバーは、Fake Ingot。

 

嘘は、ほとんど書いていない。

 

純度零は正しい。

 

Fake Ingotも正しい。

 

重量だけは、間違いなく嘘である。

 

だが、重量保証とは書いていない。

 

数字が刻まれているだけだ。

 

見る者が勝手に重量だと思うのである。

 

私は、磨き上げた金色の板を机へ置いた。

 

紙に描いた配置を見ながら、表面へ下書きをする。

 

刻印は整然としていなければならない。

 

文字の位置が曲がっていれば、最初からふざけているように見える。

 

表面では、あくまで真面目に。

 

ふざけるのは内容だけ。

 

そこが重要である。

 

丸の位置。

 

数字の間隔。

 

文字列の長さ。

 

かまぼこ板は細長い。

 

本物のインゴットほど面積がない。

 

詰め込みすぎれば読みにくい。

 

余白を残しながら、上下へ整えて配置する。

 

下書きを終え、少し離れて眺める。

 

まだ鉛筆の線だけだが、既にそれらしく見える。

 

「やはり刻印は必要だな」

 

人間は、文字があるだけで物へ意味を感じる。

 

丸にバツも、何らかの品質保証に見える。

 

000,0も、専門的な数値に見える。

 

1000gは、堂々としている。

 

Fake Ingotも、英語で書かれているため、読まなければ格好がつく。

 

読めば終わる。

 

理想的だった。

 

いよいよ刻む。

 

細い工具で、まず丸を彫る。

 

樹脂の層を突き抜け、金色の塗膜まで深く傷つけないよう、表面へ線を入れる。

 

丸。

 

その中へ、バツ。

 

線が交差する。

 

見事な不合格印ができた。

 

次に、

 

『000,0』

 

数字を一つずつ刻む。

 

丸が並ぶ。

 

遠目には数字の九と見間違える可能性もある。

 

近づけば、すべて零だ。

 

純度を示す数字として、これほど正直なものもない。

 

その下へ、

 

『1000g』

 

こちらは、少し大きめに。

 

持ち上げた瞬間に嘘だと分かるため、隠す必要はない。

 

最後に、

 

『Fake Ingot』

 

一文字ずつ、慎重に刻む。

 

F。

 

a。

 

k。

 

e。

 

間を少し空けて、

 

I。

 

n。

 

g。

 

o。

 

t。

 

文字が完成する。

 

削れた粉を払い、表面を拭く。

 

金色の板の上へ、四つの刻印が並んだ。

 

私は板を立て、光へかざした。

 

丸にバツ。

 

000,0。

 

1000g。

 

Fake Ingot。

 

遠目には、妙に立派である。

 

近づく。

 

何かがおかしい。

 

さらに近づいて読む。

 

全部おかしい。

 

「完璧だ」

 

思わず、うなずいた。

 

何をもって完璧とするかは、作品によって違う。

 

これは偽のインゴットである。

 

本物らしく見せすぎてはいけない。

 

かといって、最初から冗談に見えてもいけない。

 

立派な顔で、堂々と間違っている。

 

それがよい。

 

私は完成した一枚目の隣へ置いた。

 

黒漆の中に黄金の雷。

 

その隣に、金色の偽インゴット。

 

一枚目は、光の角度で模様が変わる。

 

二枚目は、見る距離で意味が変わる。

 

遠くから見れば金塊。

 

近づけば怪しい。

 

読めば偽物。

 

そして手に取れば、軽い。

 

二枚を並べる理由が、ようやく見えてきた。

 

一枚目は、美しさへ向かって手間を重ねた。

 

二枚目は、偽物らしさへ向かって手間を重ねている。

 

どちらも、必要以上に真面目である。

 

私は偽インゴットを手に取った。

 

表面は、これで完成としてよい。

 

刻印も入った。

 

艶もある。

 

金色のかまぼこ板ではなく、金色の偽インゴットになった。

 

では、裏面はどうする。

 

既に裏も金色である。

 

樹脂で磨いてある。

 

何も書かれていない。

 

そのままでもよい。

 

だが、人は怪しい物を手に取れば、きっと裏返す。

 

表の刻印を読み、

 

「何だこれは」

 

と思えば、なおさら裏を見る。

 

ならば、その先にも何か必要ではないか。

 

表面を見た者だけが笑うのでは足りない。

 

裏返した者には、もう一段用意したい。

 

私は金色の裏面を眺めた。

 

表には、必要以上に整った刻印。

 

ならば裏は、整えなくてもよい。

 

むしろ、雑な方が落差になる。

 

偽の金塊。

 

金に近い重さを持ち、偽物へ使われることがある金属。

 

「タングステンか」

 

表面には、Fake Ingot。

 

中身はタングステン。

 

それらしい。

 

もちろん、この中身はタングステンではない。

 

木である。

 

しかも、かまぼこ板である。

 

だが、だからこそよい。

 

私は黒いマジックを一本、机の上へ置いた。

 

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