なお、かまぼこ板である ~漆塗りの黄金雷と「たんぐすてんばぁ」を公募へ送るまで~   作:ヒツジ(ラム肉

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金色のかまぼこ板は、偽のインゴットになった。

表面には、丸の中にバツ印。

純度は『000,0』。

重量は『1000g』。

シリアルナンバーは『Fake Ingot』。

遠目にはそれらしく、近づけば怪しく、読めば完全に偽物である。

だが、人は怪しい物を手に取れば、きっと裏返す。

ならば裏にも、何か必要だった。



第九話 たんぐすてんばぁ

 

金の偽インゴットには、タングステンが使われることがあるという。

 

金とタングステンは、重さの感覚が比較的近い。

 

金色の外側だけを見れば、本物らしく見える。

 

手に取っても、ずしりと重い。

 

表面だけを確かめたのでは、中身の違いに気づきにくい。

 

実に偽物向きの金属である。

 

もちろん、今回作っているものには何の関係もない。

 

この板は軽い。

 

驚くほど軽い。

 

タングステンどころか、金属そのものが入っていない。

 

中身は木である。

 

しかも、元はかまぼこの下に敷かれていた板だ。

 

しかし、偽の金塊と聞いてタングステンを思い浮かべた以上、使わない手はなかった。

 

表面には、既に『Fake Ingot』と刻んである。

 

偽物であることは隠していない。

 

ならば裏面には、その偽物の中身らしきものを示そう。

 

ただし、ここで丁寧な刻印を入れてはならない。

 

表面と同じ書体。

 

同じ間隔。

 

同じ深さ。

 

それでは、ただ情報が増えるだけである。

 

表は、妙に真面目でなければならない。

 

見た者が一瞬、

 

「製造された品物なのか」

 

と思う程度には整っている必要がある。

 

だからこそ、裏は雑であるべきだ。

 

ひっくり返した瞬間に、それまで積み上げてきた重厚さが音を立てて崩れる。

 

そこまで含めて、一つの作品である。

 

私は黒い油性マジックを手に取った。

 

金色の裏面へ近づける。

 

ここへ、何と書くか。

 

『TUNGSTEN BAR』

 

英語で整然と書けば、それらしすぎる。

 

表面の刻印と並べても違和感がない。

 

むしろ、工業製品としての完成度が上がってしまう。

 

『タングステンバー』

 

片仮名ならば、少し柔らかくなる。

 

だが、まだ説明文のようだ。

 

正体を記した札に見える。

 

もっと力を抜きたい。

 

見た瞬間に、

 

「どうして、そこで急にそうなった」

 

と思わせたい。

 

私は紙へ書いてみた。

 

たんぐすてんばー。

 

悪くない。

 

すべて平仮名にすると、金属らしさが一気に消える。

 

高融点金属の威厳がない。

 

兵器や工業製品に使われる硬い物質とは思えない。

 

どちらかといえば、子供向け番組に登場する妙な飲食店の名前である。

 

だが、まだ最後が伸ばし棒だ。

 

これでは少し整いすぎている。

 

私は最後の文字を変えた。

 

たんぐすてんばぁ。

 

「これだ」

 

意味は変わらない。

 

だが、力が抜けた。

 

最後の『ぁ』が小さいだけで、何とも言えない間抜けさが生まれる。

 

金の偽物へ使われるタングステン。

 

その事実を示す言葉として、これ以上ふさわしくない表記もない。

 

だからこそ、よい。

 

私は下書きをしなかった。

 

表面の刻印には、配置を考えた。

 

数字の間隔も整えた。

 

文字が曲がらぬよう、慎重に刻んだ。

 

裏面には、そのような配慮は不要である。

 

むしろ、してはいけない。

 

表の丁寧さを裏切るためには、勢いが必要だ。

 

板を左手で押さえる。

 

右手にマジック。

 

金色の裏面へ、最初の文字を書く。

 

『た』

 

少し大きい。

 

続いて、

 

『ん』

 

わずかに上へずれた。

 

『ぐ』

 

今度は下がった。

 

『す』

 

隣との間隔が狭い。

 

『て』

 

少し太い。

 

『ん』

 

ここまで書いたところで、文字列全体が右上がりになっていることに気づいた。

 

だが、直さない。

 

ここで定規を出しては、すべてが台無しだ。

 

そのまま続ける。

 

『ば』

 

妙に堂々としている。

 

最後に、小さく、

 

『ぁ』

 

書き終えた。

 

たんぐすてんばぁ。

 

予想以上に雑だった。

 

字の大きさは揃っていない。

 

位置も曲がっている。

 

最後の『ぁ』だけが、端へ追いやられている。

 

しかも油性マジックの黒は、金色の艶の上で妙にはっきりしていた。

 

誤魔化しが利かない。

 

誰が見ても、手書きである。

 

私は少し離れて眺めた。

 

「……完璧だな」

 

表面を見る。

 

丸にバツ。

 

純度、000,0。

 

重量、1000g。

 

Fake Ingot。

 

妙に整っている。

 

裏返す。

 

たんぐすてんばぁ。

 

落差がひどい。

 

表面へかけた手間が、一瞬で無駄になったようにも見える。

 

だが、実際には逆である。

 

表面が丁寧だからこそ、裏面の雑さが生きる。

 

最初から全面へ落書きしてあれば、ただのふざけた工作で終わる。

 

表面だけを見れば、少なくとも少しは真面目な作品に見える。

 

持ち上げる。

 

軽い。

 

刻印を読む。

 

怪しい。

 

裏返す。

 

たんぐすてんばぁ。

 

この順番が重要だった。

 

私は何度か、自分で動作を確かめた。

 

机の上に置く。

 

少し離れて見る。

 

金色の塊。

 

近づく。

 

表面の文字を読む。

 

丸にバツ。

 

000,0。

 

1000g。

 

Fake Ingot。

 

手に取る。

 

軽さに驚く。

 

裏返す。

 

たんぐすてんばぁ。

 

「うむ」

 

想定どおりである。

 

見る者の反応まで、ある程度予想できる。

 

最初は、

 

「金塊?」

 

次に、

 

「何だ、この刻印は」

 

持ち上げて、

 

「軽い」

 

裏返して、

 

「たんぐすてんばぁ?」

 

最後に、

 

「いや、中身は木だろう」

 

そこまで行けば、作品として成功である。

 

偽物を作りながら、何一つ騙していない。

 

表面には偽物だと書いてある。

 

純度も零だと書いてある。

 

重量だけは嘘だが、手に取れば即座に分かる。

 

裏には、タングステンらしき言葉がある。

 

だが、本当にタングステンが入っているとは、どこにも書いていない。

 

『たんぐすてんばぁ』と書いてあるだけだ。

 

しかも、作品そのものはかまぼこ板である。

 

正体は最初から目の前にある。

 

人が勝手に金塊の形を見て、金塊らしさを読み取る。

 

丸い印。

 

数字。

 

英字。

 

金色。

 

それらが揃えば、人はそこへ価値を感じる。

 

内容を読めば、すべて否定されているにもかかわらず。

 

「なかなか哲学的ではないか」

 

私は腕を組んだ。

 

見た目と中身。

 

本物と偽物。

 

価値とは何か。

 

人は何をもって物を信用するのか。

 

金色であることか。

 

刻印があることか。

 

重さか。

 

素材か。

 

それとも、他人が価値を認めているという事実か。

 

一枚のかまぼこ板から、ずいぶん大きな話になってきた。

 

私はもう一度、裏面を見た。

 

たんぐすてんばぁ。

 

哲学が少し遠ざかった。

 

「まあ、よい」

 

この程度でよい。

 

考えようと思えば、いくらでも深く考えられる。

 

笑おうと思えば、ただの変な板として笑える。

 

作品の前で、全員が同じ顔をする必要はない。

 

意味を考える者がいてもよい。

 

純度の表記で笑う者がいてもよい。

 

最後の『ぁ』だけを気に入る者がいてもよい。

 

子供が金塊だと思って手に取り、あまりの軽さに振り回すかもしれない。

 

その結果、裏面の文字を見つけて笑う。

 

それで十分だ。

 

私はマジックのインクが乾くまで待った。

 

最後の最後まで、乾燥である。

 

ここで触って文字を擦れば、雑な文字がさらに滲む。

 

それも味になるかもしれない。

 

だが、意図した雑さと、単なる失敗は違う。

 

私は触らずに待った。

 

十分に乾いたことを確認し、布で表面を軽く拭く。

 

文字は残った。

 

金色の艶も損なわれていない。

 

二枚目の作品が完成した。

 

表面は、過剰に丁寧な偽物。

 

裏面は、雑な正体告白。

 

中身は、どちらとも関係のないかまぼこ板。

 

私は一枚目を机へ持ってきた。

 

黒漆の中に輝く黄金の雷。

 

裏には、葵漆の中に浮かぶ真珠の樹。

 

側面は紅。

 

その隣へ、二枚目を置く。

 

金色の偽インゴット。

 

一枚目と二枚目。

 

まったく似ていない。

 

片方は、電流が作った偶然の模様。

 

片方は、人間が作った価値の形。

 

片方は、金と真珠と漆を使い、表裏と側面まで仕上げた。

 

片方は、金色のスプレーと樹脂とマジックである。

 

それでも、並べると不思議と収まりがよかった。

 

両方に金色があるからか。

 

同じ形の板だからか。

 

あるいは、どちらも必要以上に手間をかけているからか。

 

私は椅子へ座り、二枚を眺めた。

 

一枚だけでは寂しかった。

 

だから、もう一枚作った。

 

結果として、机の上には黄金の雷と偽の金塊が並んだ。

 

「うむ。これで寂しくない」

 

理由としては、それで十分だった。

 

あとは、この二枚を公募へ送るだけである。

 

かまぼこ板絵の公募へ。

 

絵であるかどうかは、まだ少し怪しかった。

 

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