五十人だった。俺を入れて五十人だ。残りの四十九人は荷を持っていた。食い物。水。縄。布。器。そして大きな箱を四つ。箱は二人で担ぐ。中は空だ。心臓を入れるためのものだ。
俺はその箱を見た。見て、こう思った。この五十人は心臓を運ぶために集められた。龍を殺すために集められたのではない。殺すのは俺だ。俺一人だ。……。俺はそれを当たり前だと思った。村でもそうだった。都でもそうだった。俺はいつも一人で殺す。殺したものを他の者が運ぶ。
いつも通りだ。
隊の頭は四十くらいの男だった。名は書かない。俺はこの男の名を覚えている。だが書かない。この男は何も悪くない。
この男は初日に俺にこう言った。あんたがソウか。俺はそうだと答えた。男はこう言った。俺はあんたを信じていない。俺は頷いた。男は続けた。だがリツ様がそう決めた。だから俺は従う。あんたが龍を止める。俺たちは運ぶ。あんたが失敗したら俺たちは逃げる。……それでいいな。俺はいいと言った。
男は少し意外そうな顔をした。それからこう言った。あんた腹が立たないのか。俺はこう答えた。立たない。男はこう訊いた。なぜ。俺は答えた。俺が失敗したらあんたらは死ぬ。死ぬくらいなら逃げた方がいい。当たり前だ。
男はしばらく俺を見ていた。それからこう言った。
……あんた、変わってるな。
俺はそうかもしれないと言った。
三十日歩いた。
都を出て東に向かった。平らな土地を抜けた。丘を越えた。川を渡った。そして山が見えてきた。
山は遠くから見えた。最初は雲かと思った。白い。空に白いものが浮かんでいる。俺はそれをしばらく見ていた。そしてそれが山だとわかった。雪だ。頂に雪が被っている。春なのに雪がある。
俺は隊の頭にこう訊いた。
あれか。
男は頷いた。
そしてこう言った。
ミルの山だ。
俺はその山を見ていた。
高い。村の山よりはるかに高い。村の山は冬に雪が積もり春に解ける。この山は春でも解けない。いや頂だけだ。下の方は緑がある。だが上は白い。
俺はこう思った。あの上に龍がいる。
……なぜあんなところに。
俺は隊の頭にそう訊いた。男はこう答えた。知らん。昔からそこにいる。俺はこう訊いた。
なぜ下りてこない。
男はこう答えた。
……知らん。だが下りてきたら俺たちはとっくに死んでる。
俺はその言葉を聞いた。
龍は下りてこない。三百年下りてこない。下りてくれば人間に勝てる。勝てるのに下りてこない。……。なぜだ。
俺はその問いを立てた。立てて答えが出なかった。答えが出ないまま俺は歩き続けた。
二十五日目に山の麓に着いた。
そこに村があった。小さい。家が十ほどだ。村の者は俺たちを見て逃げなかった。だが近づかなかった。隊の頭が話をつけた。金を払って水と食い物を買った。
俺はその村の年寄りに話しかけた。なぜかはわからない。訊きたいことがあったからだ。
俺はこう訊いた。ミルを見たことがあるか。年寄りは俺を見た。それからこう言った。ある。どんなものだ。年寄りはこう言った。大きい。俺は待った。年寄りはしばらく黙っていた。それからこう言った。
……そして、動かない。
動かない。年寄りは頷いた。そしてこう言った。わしは若い頃に上まで登った。馬鹿だったからだ。登って見た。ミルはそこにいた。
……こっちを見た。
俺はこう訊いた。
それで。
年寄りはこう言った。
それだけだ。
俺はその言葉を聞いた。
年寄りは続けた。わしは逃げた。全力で逃げた。転げ落ちるように逃げた。……追ってこなかった。俺はこう訊いた。追ってこなかったのか。年寄りはこう言った。追ってこなかった。ずっと見ていた。わしが山を下りるまで見ていた。振り返るたびに見ていた。
俺はこう訊いた。なぜ殺さなかった。年寄りはこう答えた。……知らん。それからこう言った。だがわしはあれ以来そう呼んでいる。ミルと。
俺はそこで動きが止まった。
……あんたが名づけたのか。
年寄りはこう言った。
いや。昔からそう呼ぶ。
わしが生まれる前からそう呼ぶ。
……だがわしはなぜそう呼ぶのかを知らなかった。登ってわかった。
俺はこう訊いた。なぜだ。年寄りはこう答えた。
「あれは見ているからだ」
俺はその村を出た。
登り始めた。最後の五日だ。道はなかった。岩を登った。四十九人の荷が重かった。俺は荷を持っていない。俺は身一つだ。殺すためだけにいる。
三日目に木がなくなった。岩と雪だけになった。寒かった。村の冬より寒い。息が白い。風が強い。四十九人のうち二人が動けなくなった。置いていった。置いていくと隊の頭が決めた。二人はそこに残された。迎えは帰りに来る。
……来るかどうかはわからない。
俺はそれを見ていた。何も言わなかった。言っても変わらないからだ。……。いや。俺は言えた。俺は二人を担げた。俺なら担いで登れた。だが言わなかった。
なぜか。
俺はそのときこう考えていた。俺は龍を殺しに来た。殺すには力が要る。人を担げば力が減る。力が減れば殺せないかもしれない。殺せなければ心臓が手に入らない。心臓が手に入らなければ算えられない。……。だから担がない。
俺はそう考えた。考えてそのまま登った。二人を置いて。
いまこれを書いていて俺は思う。あのとき俺はこう考えた。
「算えるために人を捨てる」
……。
俺はそれを正しいと思った。思って、実行した。迷わなかった。
……。迷わなかったのだ。
俺はそのことにそのときは気づいていなかった。気づいたのは龍と話してからだ。
五日目に頂に着いた。
雲の上だった。
俺はそこに立った。下を見ると雲があった。白い。平らだ。海のようだ。その雲の下に世界がある。村がある。都がある。人がいる。だが見えない。雲が隠している。
俺は上を見た。
空があった。
俺はそのとき息を呑んだ。
空が近かった。
いや、そんなはずはない。空は遠い。この山を登っても空は遠い。わかっている。わかっているのに近く見えた。青が濃い。俺が知っている空より濃い。濃くて深い。そしてその青の中にうっすらと星が見えた。
星だ。
昼なのに、星が見えた。
俺はそれを見上げていた。しばらく動けなかった。隊の者が俺の横を通り過ぎた。誰も上を見ていなかった。全員下を見て足元を確かめて進んでいた。当たり前だ。滑れば落ちる。
……。俺だけが上を見ていた。
俺はそのときこう思った。
ここは空にいちばん近い。
俺はそこでこう考えた。
……だからあれはここにいるのか。
俺はその考えを頭の中に置いた。置いてそれ以上進めなかった。わからなかったからだ。俺はそのときまだわかっていなかった。
隊の頭がこう言った。
「いる」
俺は前を見た。